複雑・ファジー小説
- 2-1 ( No.2 )
- 日時: 2013/08/09 11:41
- 名前: 石焼いも ◆ns5PzeHZB. (ID: hPHSBn6i)
気付けば俺は眠っていた。気付いた時には、俺は目を瞑って微睡んでいた。
——あれは夢だったのか。
スマホの液晶画面に吸い込まれるだなんて、そんな事は普通ありえない。ファンタジーやメルヘンじゃああるまいし、ましてやあれは近未来のアイテムではない。林檎社の製造した最新のスマホではあるが、それにそんなハイテクな機能は装備されていない筈だ。
では、あれはたちの悪い、やたらとリアルな夢だったのか。夢なんてここ何年も見ていないが、あの時の俺は疲れていたのか。
それにしても、何かがおかしい。地面が固い。俺はベッドに倒れこんでいた筈だ。それなのに、身体中が痛む。よくよく考えれば違和感しかない。身体が覚醒し始めているのだろう。目を瞑っていても周りの状況がなんとなく分かるようになってきた。
まず、俺は日光を浴びている。直射日光が身体をじりじりと焼いている感覚。俺はあの時、というかいつもカーテンを閉め切っているからそんなことはありえない。そして地面。俺はそっと地面に触れる。すると、そこには砂があった。手に細かい砂が付着する。どうやらここは俺の部屋ではないらしい。では、ここはどこだ?
目を開け周囲を確認しようとした途端、俺の耳に見知らぬ人物の声が飛んできた。
「……んじゃ、ちょっとオレ、見てきますね! あのぶっ倒れてる奴!」
俺と同じぐらいの年の、少し高めの少年の声であった。
その声が聞こえてきた少し後に、こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。恐らくあの少年のものだろう。
どたどたと駆け足で向かってきたその音は、俺の近くで急に止まった。やはり目的は俺らしい。
その声の主はしばらく黙って俺を見つめていた(俺の推測だが)。そして何秒か何十秒か、それか何分か俺を見つめた後、声の主は俺の身体を揺さぶった。
「おーい、起きてるゥー? いい加減目覚めろよ、でないと蹴飛ばしちまうぞ? オレ、結構短気なのよ。プッツンだ、プッツン。だからさぁ、こういうのめんどっちーンだよな。だ・か・ら。起きてんなら起きろ。グンモーニン!!」
「…………」
俺は面倒くさいと考えつつ、目を開け起き上がった。やはり、ここは俺の部屋では無かった。
そこは、空と土と岩しかない、乾いた場所だった。雲ひとつない快晴。砂しかない地面に無造作に置かれている、大小様々な、黒く鈍く光る岩。周りには建物ひとつ無かった。こんな場所、俺の家の近所にある筈ないし、そもそも日本かどうかも怪しい。スマホの液晶に吸い込まれた、あの一連の出来事は本当だったんだ。
「って、ちょいちょいちょい。オレ見えてるゥ? 見えてますかー?」
深く思考していた俺は、少年の一言で我に返った。
俺は誰かの目を見ることがどうも苦手なので、目線を逸らし彼全体を観察した。すると、まず、彼は現代日本の若者らしい顔立ちをしているのに対し、現代日本では考えられないような服装をしている事に気づいた。髪をどうやら赤に染めているようで、髪の色は鈍い赤だ。それの証拠に、彼の細い眉や、それとは対照的に長い睫は黒である。鋭く細い瞳で、身長も小柄であるため猫のようにも見える。いわゆる「高校デビュー」とやらでもしたのであろう。しかし、彼はその顔とは驚くほど不釣合いな衣装を身に纏っていた。
全体的に黒で統一された衣装。彼の身体にフィットしたようなぴっちりとした作りになっていた。その服には沢山のポケットが付いており——中でも一番目立つものが、彼の腰に吊り下げられた、一本のナイフであった。
これはファンタジーのジョブで例えると「盗賊」。何故、そんな格好の人間が俺の目の前に?
「オマエ、今なんでオレがこんなカッコしてんのかって思ってるだろ」
まるで俺の心を読んで言っているかのような台詞に動揺した。エスパーか、こいつは。
「まあ、なんとなくな勘だけど、大体そんなモンだろ。オレだってそうだったしな」
「お前も、か?」
「おう。ってかやっと喋りやがったな……。その様子だと、テメェもここでぶっ倒れてたンだろ? 寝てた訳じゃなくて。つーかオレともう一人、ここに迷い込んできたヤツとで倒れてるお前を見たからな」
成る程、最初に聞こえてたこいつの台詞は、恐らくそのもう一人に言ったものだったんだな。
「で、オマエもスマホの変なアプリをダウンロードしようとしたら、スマホの画面に吸い込まれたと」俺は小さく頷いた。
「だからなんか言えっつの」
「喋るのは得意、ではない」
「……そうかよ」そいつは呆れたような表情をした。
「あれか? いわゆるコミュ障ってやつ。訳わかんねー。喋ればいいだろ喋れば」
「それが出来たら苦労しない。それに今、コミュ障の話は関係ないだろ」
俺はすかさずツッコむ。そうは言ったが、初対面でしかもこんなちゃらけた奴相手にしては、よく喋っている方だ。状況もあるが、恐らく彼の人柄によるものだろう。裏のない、社交的で親しみやすい性格。最初に出会った人間がこいつでよかったと心底思った。
「んー、まあそうだな。そういや、なんでこんなカッコしてんだって思ってンだろって話だったな」
すぐに話題を戻して、彼はそう言った。俺はまた黙ったままで頷くと、彼は肩をすくめて口を開けた。
「そりゃオレにも分からん」「……は?」
「いや、気づけば着てたんだって。目覚めた時に気づいたの。もう一人もそうだった。そいつは——いや、その人はいわゆる、「魔術師」系の衣装を着てて、杖を握った状態で眠ってたンだよ」
何故その人、と言い直したかについてはスルーして、俺は首を傾げる。まるで本当のファンタジー世界のようだ。なんの意図があって、ここに連れてきた奴はそんな衣装を着せたんだ?
「そういや、オマエは「剣士」のカッコしてるよな。寡黙な剣士……ヒューッ! カッコいいじゃねえか、おい!」
そう言って、彼は俺の肩をドンドンと叩く。って待て、俺が剣士の格好だと? そんなまさか。
そう思って目線を下にやると、俺の左腰には、一本の長剣が吊り下げされていた。
「!?」
気付いた瞬間、左腰に重たいものを感じ少しよろめいた。何で今まで気付かなかったのだろう。緑の服に皮のグローブとブーツ。何処かのエルフ耳の勇者のような格好をしていた。
そう、俺はあの剣士の格好になっていた。