複雑・ファジー小説
- Re: 星憑のエルヒューガ ( No.32 )
- 日時: 2018/02/21 02:55
- 名前: 夕暮れメランコリー (ID: OxIH1fPx)
「おっきろーヨダカ!もう昼だぞ、ひーるー!!」
「わああっ!?」
突然耳元で大声なんか出されたら、ぐっすり寝ていようがそりゃあ誰だって飛び起きるだろう。僕も例外ではなく、なんとも情けない声を出してベッドから落ちた。
「おはよう、いやそれともこんにちはの方がいいのか?兄ちゃんなら分かるかもだけど肝心の兄ちゃんは昼飯用の弁当持ってどっか行っちゃったし。まあいいや」
「……そんなに僕寝てたの、シグナレス」
僕を叩き起こした張本人は「そりゃもうぐっすり」と部屋にある時計を指さした。十一時四十五分。立派な寝坊だった。思わずうわあ、と声が出た。箱庭にいた時ですらこんな遅い時間に起床したことなどない。まあ昨日は肉体的にも精神的にも疲労間違いなしの一日だったから仕方ないと自分に言い聞かせる。
……地味にショック。
「とりあえず着替えて食堂来いよ。昼飯食おうぜ昼飯!」
言いたいことは全て言い終わったのか、シグナレスはさっさと僕の部屋を飛び出して食堂の方向へと走り去ってしまった。
一応昨日クラムボンから教わったし、食堂の位置は分かるけれど。ここに来てからまだ一日も経っていないような新人に対してちょっと薄情というか、思いやりが足りないのではないか?彼に対して言いたいことは積もっていくが、ここでぐちぐち言っていても始まらないしそもそもお腹が空いた。着替えて食堂に行くことが最優先だ。
「来たばっかりで施設について全く分からなかったのに自分の部屋に案内すらしてくれなかったことに一言ないんですか」
「それは本当ゴメン」
とりあえず食堂で注文したシチューを咀嚼しながら、一番の不満点を彼にぶつける。シグナレスも後々気付いて申し訳なく思っていたらしい。誠心誠意謝ってくれたのは十分に伝わったので今回のところは許した。お昼だったとはいえ僕を起こしに来てくれたのはシグナレスだし。ところで食堂のメニューにあった「サンマテーショク」ってなんだろう。
「でもさ、結果的にヨダカはあの部屋にいたわけだろ?誰かに案内されたとか?」
「うん。クラムボンに」
クラムボン、の名前を出した瞬間シグナレスの表情が曇った。ホモイさんの名前を出した時には嫌悪感を全面に押し出すのに対し、こちらは恐怖を全面に押し出している。
「よりにもよってクラムボンかよ……これをネタに一ヶ月はいじられる……」
頭を抱えるシグナレス。なんと声をかけていいかわからず、「ご愁傷様……」と言ってみたものの逆効果だったようで、うめき声をあげながら机に突っ伏してしまった。しばらくそっとしておいた方がいいかもしれない。
机に突っ伏すシグナレスを横目に、シチューと一緒についてきたやたらふわふわなロールパンを食べていると頭に衝撃。なんだろうと思って振り返るとジョバンニが包みを持って立っていた。たぶん、包みの中身はパンかサンドイッチ。弁当用にそれらを販売している売店が食堂内には存在していることを昨日クラムボンから聞いていたから、そうだろうとアタリをつけただけだけれど。
「なになに、昼食べてんの?」
「うん。一緒に食べる?」
折角だし人は多い方がいいだろうと提案するも首を横に振られてしまった。彼曰く、「銀河鉄道の運行ダイヤを乱すわけにはいかない」らしい。
「でもその、あれって勝手に動くんでしょ?だったら君がいなくっても平気じゃないかなって思ったんだけど」
そうやって昨日の疑問を言えば、ジョバンニは面食らった顔でしばらく僕を見たあと「そういうわけにはいかない」と真面目な顔で言った。
「万が一があったらいけないし、あそこが俺にとっての居場所なんだ。多分まだ、あそこ以外に俺の居場所は存在しない」
彼の特徴であるマシンガントークはナリを潜めていた。それだけでなく、雰囲気もどことなく以前会った彼とは違う。なんと言えばいいのか、今の彼は落ち着いていた。言動も、なにもかも。
「あ、えっと。引き止めちゃったね、時間大丈夫?」
「え?あっヤベ!また今度!」
ジョバンニは混み始めた食堂を、うまいこと人とぶつからないように避けつつ走り去っていった。
「あんまり、アイツのこと深追いしない方がいいかも」
そこそこ復活してきたようで、シグナレスは机から顔を上げて僕の方を向いた。
「適度な距離ってあるじゃん?アイツの場合は乗客と車掌。間違っても友達になろう、なんて思ったらいけない。みんなアイツに対してそうやって接してきたし、アイツも友達を作ろうとか思っちゃいない」
僕はその言葉に「はい」とも「いいえ」とも言えなかった。