複雑・ファジー小説

Re: ※救世主ではありません! ( No.3 )
日時: 2013/08/13 11:44
名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)

 目が覚める。瞼は自分の意思で開くというより、辺りのまぶしさによって反射的に開いた。
 どういうわけだか、目の前に青空が広がっていた。それに加え、何だか全身がとても痒い。何だこれ、どこだここ。
 ゆっくり腰を起こしてみる。いてて、何だか久々に動いた感覚がするなぁ。あれ、何か手に触れ……土?

「え? 外?」

 思わず呟いた。
 見渡すと、辺り一面草むらだらけだった。木々もそこそこあって、といったところだ。
 よく前方を見つめると、少し遠目に草むらとは全く異なった洋風の町並みが並んでいた。それもなかなかお洒落な感じの雰囲気で、例えるとファンタジーもののゲームで出てきそうな外国風な町並みってところか。
 それも、なかなかの規模だ。建物が立ち並んだそれは一列だけでは勿論なく、多くの家々が連なっている。ここどこだよ、まさか夢か?

「それにしてもリアルな手触りだな」

 手に触れたままの草を千切ると手の中に収めた。この手触り、間違いなく草だ。絶対そうだと確信できる。
 俺は今リアルな夢を体験しているのか? あれ、元々俺何してたんだっけ。寝てしまったのか? 何をしていて寝てたんだ? よく思い出せない。
 とりあえず立ち上がることにする。着ている衣類を叩いて付着した草を……と、ここで俺の服装に気付いた。

「俺の寝巻きじゃん」

 見ると、まんま俺の寝巻きである浴衣スタイルだった。半そで半パン状態の藍色の浴衣寝巻きはまさしく俺のもの。
 あー、なんとなく思い出してきたぞ。そういえば俺、パソコン弄ってたんだった。それで……そうだ、タクだ。あいつのことを調べてて……それで、どうした?

「あの時、もう夜だったよな……」

 タクのことを調べていたあの日、既に夜だった。だからこうして寝巻き姿になっているわけだけど、どうして外にいて、それにこんなに青空が燦々としているんだ?
 気になることはまだある。万が一俺に何らかの記憶に障害がもたらして、外に出ていたんだとしても、どうして裸足なんだ。だから足がさっきから痒い。あぁ、痒い痒い! どうして草むらで寝てんだよ!

「ったく、何だよこの状況。どんな夢だよ」

 一人でツッコんでみるが、大して混乱しているわけでもない。とりあえず、足が痒いぐらいが今の所困っているぐらいで、多分今頃俺はこの足の痒さにベッドの上でうなされていることだろうと思ってる程度。はぁ、目覚めたら速攻でムヒでも塗るか。
 とにかくこの痒さは草むらのせいだと思い、街の中はレンガで道が造られているようで痒さを凌げるだろう。さっさと街の中に入ることにする。

「ん……? 何だ、あれ」

 と、街に少し入ってから前方より何者かが走ってきていた。
 そういえば、街の奥の方は賑わってる感じがするのに、どうしてだか俺のいる場所はまるで人気がない。なんつーか、無人街みたいになってる。
 それに入ってみて気付いたことだが、見た目以上に広い。見渡す限り家家家家、と民家が立ち並ぶ。それも家自体が何だか洋風チックで一つも日本という感じがしない。俺ってば日本人ですよ? 誰か日本人いないの? もしかしてここテーマパークかなとか思い始めてきた。
 そうこうしている間にも前方から走ってくる人影は俺に近づいてきていた。おい、待て、こっちくんな。

「はぁっ、はぁっ」

 息を乱している様子だけど、何をそんなに慌てているんだい、と声をかける暇はない。っていうかただ単に関わりたくない。だから何度も言うようにこっちくんな。

「おいおい、とまれって——ぁ」

 と、危ない。後ろにあった石で躓きそうになった。体勢を少し崩し、目線を自分の足元に移した次の瞬間、

「あっ!」
「うぉぉっ!?」

 前方から近づいてきていた奴が俺にぶつかった。いや、避けろよ。何してんだよ。俺は避けたくても避けれなかったのに、お前が避けないでどうする。何余所見してんだよ、とか色々言いたいことが詰まっている中、俺は押されるがままに後ろへ盛大に尻餅をついたというわけだ。
 俺にぶつかった奴はフードを被っていた。見た目的に子供だな。フードのせいで男か女か分からない。服装も何だか女装なんだか男装なんだかよく分からない格好をしていたから服に詳しくない俺には全く分からない。
 で、そいつは俺の激突して前のめりにこけていた。俺は尻が痛く、こいつはきっと膝か顔面が痛いことだろう。

「っ、何突っ立ってんのよ!」

 突然こいつは俺に向けて怒鳴り始めた。声的に女だろう。随分と生意気な野郎だ、お前からぶつかってきたクセに。

「は、お前が勝手にぶつかって——!」
「やぁっと捕まえたぜぇー!? お嬢ちゃんよぉ!」

 誰だよ、俺の言葉を遮った奴は。俺の文句を遮る奴はどんな奴でも——とか言おうとしたけど、やっぱやめておく。
 いや、だってほら、いかつい顔してゴツい体をした男が二人、斧とナイフをそれぞれ持って突っ立ってるんですもの。そりゃ言いたいこと言えませんわ。嫌な世の中になりやがったもんだ、本当に。

「は、はは、こんな朝っぱらから強姦? 元気いいねぇ、君たち」
「あ? 何だこいつ?」

 ……やばいやばいやばい、こいつの顔本気で怖い。なんだよ、そんなマジで怒ることないじゃんか。冗談のつもりなんだから、そのノリで返してこいよ! 何斧とか持っちゃってんだよ。プラスチックとかでよく出来た奴か? 自分で憧れて自作しちゃったのか? こいつそう思ったらどんだけ厨二病なんだよ、俺も人のこと言えないけどさ。

「あ、ああの、じゅ、銃刀法違反ですよ……?」
「何意味わかんねーこと言ってんだてめぇ」
「け、警察に突き出すぞ! いいのかよ! 傷害罪でお前ら臭い飯食うハメになるぞ!」
「だから何言ってんだって言ってるだろうが! あぁんっ!? 殺されてぇのか!」
「ひぃぃ!! すみませんすみません! ごめんなさい!」

 すぐに頭を下げて謝るナイス俺。じゃないとマジで殺されるわ。こいつの目、おかしいもん。狂ってるよ。いくら斧がプラスチック製だからといって、こいつに殴られたらきっと痛い。ボッコボコにされたら病院送りは間違いない。こいつの筋肉だけは認めてやるよ。

「どうする、殺っちまうか?」
「待て。いくら無法地帯のこの場所でも死体は控えた方がいい。……おい、お前! その後ろにいるフードの嬢ちゃんをこっちに渡したらお前は見逃してやっても構わねぇ! どうだ?」

 斧男の後ろにいたナイフを持った男がナイスな交渉を持ちかけてきた。マジナイス。俺助かるじゃん。後ろのこいつって、フードのあいつだよな。ぶつかった奴が悪いんだし、俺は関係ねーし。いくら夢でも、起きた時に心臓に悪くないように殺されたくないんだ。
 だから、俺は迷わず選ぶ。

「よし! 分かった。それじゃあお構いなく——!」
「あんた達に"あれ"は渡さない!」

 って、お前遮るなよ。人の言葉をよ。せっかく俺がお前をエサに逃げようとしてんのに。
 立ち上がって威勢よく男たちに指をさし、堂々と胸を張ってるが……こいつ、よく見ると小刻みに震えてやがる。はは、ざまぁねぇよ。お前が俺にぶつかるからだ。怖いだろうけど俺の為に勘弁しろ。
 俺も立ち上がってまた話を続けることにする。

「……で、こいつを引き渡すから」
「はっ、この状況で何を言ってやがる」
「……だから、その代わり俺を助けてくれるってことで」
「私は今"あれ"を持ってない! 残念だったわね。あれは私の友人に託してある!」

 ……ん? あれ? 話通じてる?

「そういうことで、いいよね?」
「なんだと……!? ……おい、予定変更だ。こいつを人質にしてそいつを誘き寄せよう」

 あれれ? これ俺の話聞いてもらってないんじゃね?

「え、いいよね? ちょ、話を——」
「さっきからうるせぇな! てめぇは後でゆっくりぶち殺してやるから大人しくしとけ!」
「そ、そんな! は、話が違うだろッ! ふざけんなよぉっ!」

 男たちは下衆な笑みを浮かべる。最初から俺を逃がすつもりなんてなかったんだ。引き渡したと同時に俺も始末するつもりで……。

「とりあえず、手足を切り刻むか。動けないようになぁ」

 斧男が斧を頭上で構えた。狙いはフードのやつじゃなくて、勿論その前方にいる俺。
 全く身動きがとれない。逃げたい、逃げたいのに、どうして動けないんだよ、マジでふざけんな。痛い思いするの嫌なんだけど、夢だって分かってても斧で惨殺とか嫌だわ。誰が望んでやるかよ。
 だから動いて! マジで動いて俺のあ——

「あ、あんた責任とって守りなさいよ!」
「ぁ、あ!?」

 どんっ。
 俺の体が前のめりになる。背中が押された。そう、フードの野郎に。そして、目の前には勿論斧が見えてる。
 おいやめろバカ何してんだ俺死んじゃうだろうがやめろ今すぐやめろって、願っても既に走馬灯も見えてくる頃か。斧が、もうすぐ、俺の体に。自分から死ににいった、俺の、体が、

「あ、ぁ、ぁああああああ!!」
「なぁっ!」

 だが、予想外のことが起きていた。
 俺が前のめりになった瞬間、見えなかった男の顔は驚きに歪み、斧男の後方にいたナイフ男も身動きがとれない。
 その中でも動いたのはただ一人、俺であって、斧男の中腰辺りに俺の両手の平で勢いのまま押した。
 どんっ、と俺が先ほど味わったように斧男も同じように、斧男は後ろに倒れていったのだ。別に言い方をすれば、ドミノみたいなにして俺たちは倒れていったわけだ。
 そして、斧はそのまま後ろにいたナイフ男の左肩に激突し、軽々とその身の肉を斬り裂いた。

「ぎ、ぎぃやああああああ!!」

 ナイフ男が叫び始めたのと、血が吹き出るのと、斧男が尻餅をついたのはほとんど同時のことだった。
 ナイフ男の肩から血が噴水のように噴出した。斧は肩に刺さったまま、ずぶりと嫌な音を立てては更に中を抉ろうとする。肉が裂けて血がとめどなく流れ落ちていく。

 なんだ、これ。これって映画の撮影の1シーンか? 俺って映画撮影の現場に巻き込まれたの? これがあれか、噂の血糊。初めて生で見たけどやっぱ凄いリアルだな。この血生臭い、鉄の臭いとか、もう本物と同じじゃねぇか。

「ぁ、あ……」

 心の中で色々思ってはいるものの、実際結構心拍数がやばいことになっていた。ちゃんと肩に刺さって、血……じゃなくて血糊が吹き出たし、仕組み的なのも気になったけど、とにかくこの助かったという状況がリアルすぎて興奮していた。
 
「い、急がないと……!」

 後ろにいたフードの奴は何か呟くと街の中に逃げて行く。お前どこに行くんだよ、とか声をかける余裕も無かった。

「ち、ちくしょう! てめぇ、よくも!」

 恨みのこめられた目で俺を睨んでくる斧男。相変わらずナイフ男の肩からは血が吹き出て、口からは泡を噴き、目は白目を剥いて失神しているようだった。 

「ち、違うだろ!? それは俺がやったんじゃなくて! お前じゃねぇか!」
「黙れ! 絶対お前だけは許さない……!」

 何でそこまで憎悪の対象にされなくちゃならねぇんだ。俺は巻き込まれただけだぞ?
 っていうか、これ全部演技なんだろ? 女優が逃げたぞおい。追いかけなくていいのかよ。撮影中止だろ? さっさとドッキリならドッキリでした看板でも出せよ。

「強いて言うなら責任は俺じゃなくてさっき逃げたあいつだバカ野郎! さっさとあいつを追えよ!」

 ゆらりと立ち上がった斧男の表情は——明らかに正気じゃない。これは俺でもわかる。演技じゃない。何で、演技じゃないそんな本気の表情してんだよ。
 俺は悪くないだろ、悪くない。何だよ、何で俺ばっかり——

「うぉぉおお!」
「うわああああ!!」

 斧男が飛び掛ってくるのを間一髪で避けると俺は走り出した。おぼつかない足取りで走って、走って。運動そのものはあまり得意じゃないから結構しんどい。
 奥に行くたびに賑やかな様子が増えていく頃になり、そこでようやく後ろを振り向くと、既に斧男の姿は無かった。

「ッざけんなよ……! 俺が何したっていうんだ……俺は悪くない、俺は悪くないだろ……」

 映画の撮影だか何だか知らないが、本当に勘弁してくれ。俺にはあそこまでハードな芝居は無理だ。突然のアドリブとか俳優業でもやってないとキツいわ。
 ……ところで、ここは一体どこなんだろうか。やたらと人も増えて、町並みも豪華になってるんだけど。
 
 はぁ、マジで早く家に帰りたい。本当にどこなんだよ、ここ。