複雑・ファジー小説

Re: ※救世主ではありません! ( No.4 )
日時: 2013/08/15 00:05
名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)

 行き交う人々と雑踏、連なる商店の数々、そして裸足で寝巻き姿の俺。
 やたらと綺麗な町並みに、バザーみたいな感じで商品を見せびらかし、接客する為の掛け声が入り混じる。その熱気はまさに都会といえるぐらいのものだ。

「どこの外国だ、ここ」

 いつまで経っても解けない夢にため息を吐いて周りを見渡す。どこもかしこも人、人、人、人って感じだ。
 暑苦しいな。この姿でも結構汗が垂れてきた。目覚めた時の俺は一体どれほど暑苦しくて足が痒いことだろうと目覚めた後が心配になってきた。

「らっしゃいらっしゃい! リンキーの実が沢山入ってるよぉ! 格安だよぉ!」

 丁度俺から見て一番近い売店のおっちゃんが声を出した。頭にはインド人みたいなターバン的なの巻いて、中は何も来てなくて布で作られた素朴な服を一枚羽織る程度で下はぶかぶかの薄茶色のものだ。
 やっぱ外人? ここインドか? それにリンキーの実って何だ。聞いたことないぞそんな果物。

「すみません」
「おうっ、いらっ——うん?」

 リンキーの実に対する興味とこの場所に関して情報を聞く為に声をかけると、おっさんは怪訝そうな表情で俺をまじまじと見つめてきた。

「……何か?」
「いや、見慣れない格好をしたにいちゃんよ。あんた、頬に"血"がついてるが、喧嘩でもしたのかい?」
「え?」

 おっさんに言われるがまま、俺は頬を拭った。

「な、何だこれ……」

 手には赤い液体が付着していた。きっとナイフ男の血が俺の頬まで飛んできたのだろう。血糊だと分かっているけど、何だか不気味だな。
 それにしても、この臭いといい、このベットリ感といい、何もかもが血にそっくりだな。血糊って最近はここまでリアルなのか?
 でも何か汚いな。血に似すぎて、嫌悪感が拭えない。どこかで洗い流したいところだ。

「あ、あぁ……これは血糊だよ。さっき撮影現場に巻き込まれてさ。ここらへんで何か映画でも撮ってんの?」
「……? 何を言ってるんだ、にいちゃん」

 あれ、通じてないのかな、言葉が。やっぱ外人か? でも会話できるよな……こいつ相当な田舎から出てきたに違いないな。撮影現場に巻き込まれる自体がそもそも信じられないんだろう。

「まあいいよ。ところで、ここはどこか分かる? 自分の家にいたはずなんだけどさぁ」
「あぁ? お前、ここがどこか分からないって……どこから来た?」

 急に態度を変えたように言ってきたおっさん。

「いや、だから。俺は自分の家にいたんだって。ここ日本のどこだよ!」
「さっきから何を言っておるのかさっぱり分からんが……ここはエクリシア大陸の中枢部分に位置する大王国の一つ、ティファリア王国だぞ? まさかエクリシア大陸五帝王国の一つを知らんとは……世間知らず以上に、どうやってここまできたんだ、そんなド田舎者が」
「はは、またまた。そういう設定か? もしかしてあんたも映画関係者?」
「……もういい。店の前に立つな。他の客の邪魔だ!」
「そ、そんな怒鳴らなくてもいいじゃねぇか……! 分かったよ、どいてやるよ!」

 おっさんの店から遠のく。何だよ、一体。そこまで怒らなくてもいいじゃねぇかよ。設定に凝り過ぎても演技に支障が出るだけだぞ。

「他の奴に聞いてみるべきか……」

 もっとまともな奴がいないのかと辺りを見回すが、皆この空気に溶け込んでる感がある。ダメだ、もしかしてこいつらエキストラ? 映画関係者どこにいるんだよ。

「おーい! 映画撮ってるならちょっと待ってくれー! 俺は無関係の人間だから!」

 中心らへんぐらいで大声を出して言ってみることにした。
 周囲の雑踏や騒音で全く俺の声は響かなかったが周りにいた人間は足を止め、俺の方を向いた。

「何だ? あいつ」
「見慣れない格好だな。どこの国出身だ?」
「もしかしてラザリア帝国の奴じゃないだろうな」
「不法侵入者か? よく見れば頬に血がついてるぞ!」

 予想以上に人目についた。何だよ、お前らその目は。映画のエキストラじゃないのか?

「ちょ、す、すみませんでした!」

 とりあえずその場から去ることにする。
 その道中、

「うぉっ」

 何者かとぶつかって、俺は再び尻餅をついた。ぶつかった相手はよく見えなかったが、人ごみの中に紛れて尻餅をついた自分が恥ずかしい。

「ん……? 何だ?」

 手元に転がってきていた碧色に輝く石を見つけることは容易かった。
 誰かが落としたのか、もしくは元々落ちていたのか分からないがこんな人混みに溢れた中でこの宝石が地面に置かれていたとしても気付く人間は少ないんじゃないだろうか。

「おいっ、何座ってんだ! 邪魔だ!」
「い、いってぇ!」

 がたいのいい男が俺の背中を蹴ってきやがった。てめぇ、覚えてろよ。後で……どうにも出来ないけど。返り討ちにされるのがオチだけど。

「チッ、まあいいや。お前はどうせ乱暴なことしか出来ない奴だ……」

 自分でもわけがわからない負け惜しみを言ったところで握り締めた碧色の宝石を無意識に懐に仕舞いこんだ。
 っていうか、本気で困った。どうすりゃいいんだ。これ夢なのに全然解ける気配しねぇし、ここが何だ? 大陸やら王国やら、夢見すぎ乙な設定だしさ。ていうか、世界中にここまでゲームみたいな世界が存在しちゃってるってのが信じられないわ。こんな場所あるんだな。

「お、あれは……」

 少し歩き続けた俺の目の前には今まで気付かなかったのが嘘のように立派な白い城が奥の方に見えた。
 あそこに辿り着くまでまだまだ歩かないといけないけど、本当に広すぎだろここ。民家が立ち並んでたりして、あの城自体でかいし、まだここ以外にも地区が存在しそうだ。

「あぁ、分かった。ここはテーマパークか。新アトラクションか何かだろ」

 戯言のように呟きながら、推測してみる。
 きっと俺は何らかのクジにあたって招待でも受けたんだ。それで、こっそり俺を部屋から連れ出し、テーマパークに連れて来た。それから放置プレイと決め込んだわけだ。何だよ、言ってくれればもっと気持ちよく招待受けてたのに。
 あれ、でも何か俺忘れてないか?

「……ま、いっか」

 それより今はテーマパークを楽しもうじゃないか。人混みは相変わらずだけど、それでも着実と白い城に近づく。もうすぐだ、これが夢だとしたら最後にはちゃんと楽しまないと意味ないじゃないか。もう何年もテーマパークなんてとこには行ってないんだから。

「はぁ、はぁ、見えてきたぞ」

 息切れが酷い。あの人混みの中をよく耐えたと自分を褒め、今すぐにでもこの場に座り込みたい、水を飲みたいと思うが、その努力も後もう少し。城は目と鼻の先まで来ていた。
 城に続く長い白で彩られた道が城門へと一直線に続いている。……ように見えたが、よく見たら何かがおかしい。

「あ……? 道が続いてないぞ? てか……なんで城"浮いてんの"?」

 何の科学技術を使用したか分からんが、確かに城は浮いていた。丘の上にあるもんだとてっきり思っていたが、そうではなく、白色の道と城との上下の格差は大きく、長さも半ばで途切れていた。

「どうやって城の中に入るんだよ……凄いアトラクションだな、こんな城見たことねぇよ」

 どうすれば入れるんだと思考を凝らしてみるが、特に思いつくものは何一つ無い。どころか、ここから先どうしたものかと考えている内に"万が一もしここが夢じゃなかったら"とバカなことを考えてしまう。
 そんなわけないだろ。バカバカしい。もしそうだとしたら、何だ? 転生したの? 俺。異世界に来ちゃった感じ? んなアホな。出来すぎたラノベでもあるまいし……。

「君、そこの君」

 大体、もしそうだったとして、何で俺なんだよ。もっと適任の奴いたろ。例えばー……あ、ほら。児島とか。あいつみたいなタイプはこういうことに憧れてるんだろうな。はいはい、主人公主人公。もぶきゃらの俺は引っ込んでいますよ。そういう世界だ、そうして世界は廻っているんだから——

「おい! 聞いているのか!」
「ッ、え? はっ?」

 気付くと、兵士らしき人に腕を掴まれていた。痛い痛い痛い、なんて握力してやがるんだこいつ。離せよ、いてぇじゃねぇかバカ野郎。

「な、なな、何だよ!」
「街の者から通報を受けた。見慣れない格好をし、頬には血をつけた不審な人物がいると」
「だ、だとしても俺じゃねぇよ! どこが見慣れない格好だ! 由緒正しいジャパニーズ衣類だ! それと、頬のこれは撮影に巻き込まれて出来た血糊だっつうの! お前は血糊と本物の血の違いも分からねぇのかよ!」
「ふむ……やはり、聞いた通り意味の分からないことを口にするようだ。さっきも商店通りで大声を出してわけの分からないことを口にしたらしいな。詳しく話を聞こうじゃないか」

 ぐいっ、と俺の腕を固く握り締め、凄い力で引っ張ろうとしてくる。抵抗をしてもこいつには敵わない。頭の中で分かっていても、こんな理不尽なことあるかよ。こんな理不尽なテーマパークはクソ喰らえだ。

「離せよっ!」

 手を振り払おうと俺は自分の手を振り上げ、もがいた。その瞬間、

「ッ!?」

 赤色の光が急に俺の手に灯り、そのまま衛兵の手を軽々と弾いた。

「え……?」

 弾かれた衛兵はその衝撃か否か、地面に倒れこんで俺を焦った顔で見上げている。お、俺は何もしてないぞ!? だから何なんだよ、その目は!

「————ああー!!」

 その時、不意に後ろから叫び声が聞こえた。俺の後ろ側には、浮かぶ城が突っ立っている。そして、その城の間には、何故か"先ほど存在しなかった立派な階段"が備えられていた。
 城門の手前、階段を下りようとしてくる一人の"子供"とその傍に仕える屈強な兵士が二人。衛兵とは格が違う独特な雰囲気を漂わせていた。
 子供が俺に近づいてくるたびに、そいつが少年だということが分かる。着ている服は何だか学者っぽい服装で、眼鏡をかけていた。髪はボサボサで薄緑色だ。珍しいな、外人でもここまでアニメに出てきそうな髪色はしてないのに。

「やっと会えましたね!」

 少年は俺に近づきながら笑顔でそう言ってくるが……何言ってんだこいつ?
 こんな奴は見たことも、聞いたこともない。第一なんだその服。コスプレか? にしてはサイズ合ってないぞ。よく見るとぶかぶかじゃねぇか。
 俺の目の前まで辿り着くと、屈強な兵士が二人俺を左右に囲んできた。

「な、何だよ……!」
「こ、こいつ、妙な力を使います!」

 衛兵が立ち上がりながら俺を指して言って来た。と、そこで兵士達が二人がかりで俺の両腕をガッチリ掴みあげた。

「み、妙な力なんて使わねぇよ! いってぇから離せ!」

 暴れようとするが、屈強な兵士のゴツい腕には敵いそうにない。どれだけ腕を振ろうとしてもピクリとも動かない。

「やはり、貴方が……」
「な、何か用かよ……! お、俺は何もしてねぇぞ!?」

 焦りが募る。少年が詰め寄ってくるたびに冷や汗が止まらない。どうする、どうするんだ。何だこの展開。俺は何もしちゃいねぇ! こいつはどういうわけで俺を——


「やはり貴方が、"救世主さま"なのですね!?」


 ……は? 今なんつったこいつ。
 何で目をそんなに輝かせてんだおい。こっち見んな。