複雑・ファジー小説

Re: ※救世主ではありません! ( No.7 )
日時: 2013/08/24 17:44
名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)

 いやいや、待て待て。おかしいおかしい。
 何で俺はこんなちょっとした軽鎧を着て、そこそこ長さのある剣を両手で持ってんだ? おかしいだろ。何してんのこれ。

「救世主さ——」
「だから違うって言ってんだろ! 次言ったらぶっ飛ば……さないけど、気をつけろよ!」

 危ない危ない。強靭な肉体をした駐屯兵士に悪態を吐くところだった。下手するとこの場で斬り捨てられるかもしれん。
 ところで、全身が重い。軽鎧といっても普通に重いし、盾も本当は渡されてたけどあまりに重すぎて捨てた。剣だけでもこんなに重いのに、やってられるか。

「準備は整いました。魔物は街の近くをウロついているようです」
「知ってるって……。俺が無理そうだったら、後は頑張れよ」
「いえ……その、お恥ずかしい限りなのですが、魔物との実戦経験は我々駐屯兵は無いのです」
「はぁ!? 何いまさらぶっちゃけてんだよ!」
「面目次第もございません……」

 もし魔物とやらがいたとしてもこいつら兵士共に任せておいて、俺はどこか逃げまくってればそれで大丈夫だと思ってたのに。
 あまりに予想外だ。これだから駐屯兵止まりなんだよ。使えねぇ野郎達だな……。クソほど力だけはあるくせしやがって。

「ま、まあ何とかなるだろ。結構数もいるじゃん? 魔物も怯えて逃げ帰るんじゃねぇの? は、はは……」

 渇いた笑みしか浮かべない。出る汗ももうない。何だこの異常な緊迫感は。
 兵士は俺を除いてでも10人ぐらいはいる。これだけいれば何とかなるだろう。魔物とやらがどんなものか全く知らんけど。

 俺含め兵士達は城から出撃し、魔物が出たという場所に向けて街中を歩いていた。
 避難勧告が出されたのか、先ほどまでとはまるで雰囲気の違う無人の街中を行進していく。
 てか、どこにいるんだよ魔物。さっさと出てくるなら出て来いよ。こっちは疲れてんだよ。この革靴、サイズちょっと小さかったら実は少し痛いし、鎧も何だか動きにくくて正直言って邪魔すぎる。

「早く終わらねぇかなぁ……ぁ?」

 何だあれ。何か角のところに……何か生えてないか?
 魔物が出るという街外れに行く道中、その道の角に何やらふわふわした毛の生えた長いものがひょこひょこと動いていた。
 あー……もしかして、何かの動物か? 生えてるわけねぇもんな、街角にこんなもん。見れば見るほど尻尾だな、こりゃ。色合い的に……虎っぽい感じがする。虎ぐらいなら、この人数で攻めれば——

 様々な考えが過ぎった最中、更に気付いてしまった。

「……? どうしましたか? 救世主様?」
「……なぁ、おい」

 もはや、救世主と呼ばれることも構わない。いや、構う余裕が強いて言うならば、無かった。
 ひょこひょこと目の前を動く尻尾は、"一つじゃなかった"。

「ここらへんの動物の尻尾って、一本だけじゃなくて……"五本"も存在すんの?」

 ひょこひょこなんて可愛らしい。もう5本も色違いの尻尾が動いていれば、それはうねうねだ。うねうねうねうねと、俺のほんの数メートル先で蠢いている。
 
「いえ、普通は一本です。もし五本もあるとしたら、それは"魔物"ですよ」

 あっはっはっは、と実に朗らかな笑顔とご一緒な兵士一同。

「いやバカお前ら笑ってる場合じゃ——!」
「ひああああ! ま、魔物だぁぁ!!」
「だから言っただろ! 魔物だろ——! って、え?」

 兵士達が驚愕のあまり腰を抜かしていたり、俺の真後ろを指さしながら震えている中、俺は後ろをとりあえず振り返ってみた。
 黄色く、または所々に黒い分厚い毛皮を全身に覆い、ごつい筋肉が凝縮されたように見える強靭な体、そして黒光りする鋭利な爪と五本の様々な色が染色された尻尾、4、5mは優に超す巨体。
 そんな強烈な印象を与える部分があるにも関わらず、俺にはどうしても目が離せない部分があった。

「がる?」

 猛獣の声だけど何か可愛い発音で鳴くこいつの目は——まさにピュアすぎた。マジメルヘン。何だこいつの瞳は。これが億千万のピュアな瞳かよ。これほどまでにキュンとする瞳は初めてだ。どんだけピュアな子犬の瞳でも騙されなかった俺が、この瞳だったら騙されそうだ。いや、騙されてもいい——けど、何でこいつ二足歩行なんだよ。

「き、救世主様! 早くお、お逃げに……!」
「バカかよ、お前ら……! 何を逃げる必要がある?」
「な……!」

 俺は振り返らず、逃げるように求める兵士の声を受け入れず、ピュアな瞳を持つ子猫ちゃん(※魔物)を前にして、怯まない。

「こんな……! こんなにもピュアな瞳を持った子猫ちゃんが魔物なわけ——!」

 ぶんっ。と、一閃。
 ただそれだけのことだったのに、俺のすぐ近くにいた兵士が吹き飛んでいた。

「——え?」

 真横から凄まじい風と、そしてごつい体を持った子猫、じゃなかった。化け物が黒光りした爪を兵士に向けて薙ぎ払っていた。
 化け物によって弾かれた兵士は民家の壁に激突し、その腹部は爪によって鎧ごと抉られ、血が腹部全体を赤く染めていた。

 あれは、血糊じゃない。俺の頬に当たった、この血は血糊じゃない。この世界はフィクションじゃない。夢じゃない。どこぞのテーマパークでもない。


これは"現実"だ。


「う、うわぁぁああああああああああ!!」

 ようやく、俺は目の前の現実に向き合ってしまった。
 何となくもしかしたらこうなんじゃないかと、わずかばかりの期待をこめていたそれは目の前にいるピュアな瞳を持った化け物によって壊されてしまった。
 俺の体に付着した血は、俺の血ではない。先ほど吹き飛ばされた兵士の血だ。そうだ、この化け物の爪で蹂躙されれば、俺もあの兵士のようになってしまう。そうだろう、はは、バカだろ。ふざけんなよ、何だこれ。何だ、これ。何だ……よ、これ。

「な、何なんだよ……ッ! ふざけんなよぉッ!!」

 俺の声に反応した化け物がこっちをチラリと見るが、気にせず俺の後方にいた兵士達に向けて爪を構えた。

「ひ、ひぃっ! ば、化け物ぉっ!」

 兵士の何人かが震えながらも剣を化け物めがけて刺しにいく——が、刺す前に爪によって弾かれ、また一人と爪で鎧ごと肉体を抉られていく。そのたびに血が辺り一面を塗らしていった。

「は、はは……」

 渇いた笑みしか浮かべれない。この状況がまるで理解できない。
 魔物って、街の中じゃなくて街の外にいるはずだろ? 何で普通に街の中歩き回ってんだよ。
 で、兵士。お前ら弱すぎだろ。何で歯が立たないんだよ。俺にはバカみたいな力で抑え込めれるのに。おい、もう最初の時の半数ぐらいしかいねぇじゃねぇか。
 このままだと、死ぬ。俺は死ぬ。死んでしまう。この化け物に殺される。嬲り殺しにされるに違いない。あの鋭い爪で俺は瞬く間に殺されてしまうんだ。こんな、わけわからんところで。
 助けてくれ。誰か、助けれるなら助けてくれよ。

「き、救世主様ぁっ! このままでは、やられてしまいます!」
「黙れ……!」
「うわああ!! 救世主様! どうかお力を!」
「やめろ……!」
「救世主様! 救世主様!」
「やめてくれ……! やめろ……!」

 耳が痛い。頭が痛い。
 俺に助けを求めるな。誰が救世主だ。俺は、救世主なんかじゃねぇ。俺は、ただの——

『お前さ、気味が悪いんだよね。居ても居なくても分かんねぇっつうか……』
『クラスの邪魔? ていうか、空気を乱すようなことばっかしてんじゃねぇぞこら』
『お前マジで、影ねぇよな。幽霊みたいで薄気味悪ぃ。どうせなら、どっか行ってくれよマジで。お前と同じ学校で卒業とか勘弁してくれねぇかな』

 居ても居なくてもいい。そんな、どうでもいい人間だ、どうせ俺は。
 目の前で兵士が俺に助けを求めていても、これが現実だったならば俺に特別な力があるわけでもなし、ましてや体力も腕力もそうだ。人より何が優れているわけでもなく、ただ周りに合わせながら生きていただけに過ぎない……そんな俺を、救世主? 笑わせんなよ。
 逃げよう。俺がこの場で生き残る為には、それしか方法がない。そうすることでしか、俺は生きることが出来ないのだから。勇気を出して戦ったところで、そこで死ねば何もかもが終わりだ。俺は間違ってなどいない。間違ってなんか……

「うわああ! 助けてぇぇ!!」

 また一人、兵士が襲われそうになっていた。構わない。俺はもう決めた。俺はこういう人間だ。それは前から分かっていただろう? ……ほら、動けよ、俺の足。分かっているなら——なんで俺の足は動いてくれないんだ?

「うわああああ!!」

 二度目の叫び声。そして振り下ろされる黒光りの爪——

「おりゃっ!」

 爪は、兵士を切り裂かなかった。その直前に、何者かの掛け声と、そして化け物の尻尾を踏む一つの影。
 そこにいたのは、いつぞやのフードを被った少女だった。しかし、今度はフードを被っていない。淡い栗色のショートヘアーが揺れ、大きな瞳が薄い青色をほのかに彩った、えらい美人がそこにいた。

「がるるぅぅ……」

 ピュアな瞳を少女に向ける化け物。爪は兵士を切り裂く寸でのところで止まっている。
 化け物に見下ろされているというのに、少女は怯むことなく睨み返し、挙句の果てには、

「いい加減にしなさい、この……!」

 再び、別の尻尾を思い切り踏んづけた。

「がるるるぅぅっ!!」

 それにはさすがの化け物もキレたのか、完全に後ろを振り返る。その反動で尻尾が少女の足元から抜けて少女は後ずさった。

「う……!」

 あそこまで怒らせておいて、少女はもう何も出来ないといった感じに座り込んでしまった。力が抜けたのかどうか分からないが、あのままだと完全に化け物の爪の餌食になることは間違いない。
 おい、誰でもいいから助けてやれよ。命助けてもらった兵士、お前立ち上がって助けてやればいいだろ。お前も助けてもらったんだから。
 よく見てみると、兵士は皆傷だらけだった。なんだかんだ言って立ち向かったものや、何も出来ずにただやられた奴もいる。けど、皆傷だらけだった。
 そして、少女は助けようとした。そんな兵士達を、非力だと分かっていながら、助けようとしやがった。何してんだよ、っていつもなら叫ぶだろう。けど、そうすることが出来なかった。かといって、逃げることも、何故か俺の足が言うことを利かなかった。

「何、してんだ。早く、逃げろよ」

 少女に迫り来る化け物。俺はそこからほんの10メートル程度の場所から小さく呟いていた。

「はは……殺されるぞ、そんなことしてたら。俺みたいに、逃げてればそんなことなかったのによ……」

 拳に力が入る。震える。何故か震えるその拳を、必死で押さえつける。

「がるるる!!」
「あ……ぁ」

 少女は弱気な声を出す。化け物を前に、何も出来ない。何もすることが出来ない。何も、そう、何もだ。
 ……俺は、何してんだ? 一体俺は、こんなところで何をしている。俺が手に持っているのは何だ。剣だ。これで戦う。戦う? バカ言うな。負けるに決まってる。負けるに、決まって——





 突然、俺は走り出していた。

「うわああああああ!!」

 無我夢中で、何が何だか分からないまま、剣を引き抜き、握り締めて、必死で振りかざして、それで

「がう」

 ただ一言。その一言で化け物に、まるで虫を払うかのように、俺は吹き飛ばされた。
 痛ぇ。なんだこれ。血? 嘘だろおい。何してんだ俺。鎧が粉々になってる。どうなってる。何で逃げなかったんだよ、俺。何で立ち向かったんだよ。どうして。どうしてだ。

 痛みが、全てを麻痺させる。色々思っても、しでかしてしまったことはもう取り戻せない。俺、死ぬのかな。痛すぎて、声も出ないし。血出すぎだろこれ、はは。

 目の前に、化け物の姿があった。こいつ、俺に標的を変えやがったのか? まあいいや、これで、一人は助かるんじゃねぇの? あの少女。あいつ、初対面最悪だったけど、まあいいや。何故か、助けたくなったからさ。もういいんだ、これで。悔いはない。悔いは——

 ……うん? 待てよ。
 俺がここで死ぬとする。死ぬとして……それで、現実の俺はどうなる?
 もしその結果、現実の俺が消えたとしても、誰も悲しまない。親ぐらいは悲しむかもしれんが、クラスメイトの誰一人して俺のことを何も思わないだろう。上っ面で仲良くしてた奴らのことは知らんけど。
 何より、児島とか。あいつに同情されるの? で、またあいつの人気上がっちゃうの? え、それ俺利用されたの?
 ……待て待て、ふざけんなよおい。何で俺が死んでまでお前に利用されなくちゃならん。ふざけんなよ、この野郎。
 死んで、たまるか。死んだら何もかもムカついてくる気がする。どうせなら、そうだな。児島だ。俺は児島がムカつく。生きて帰ってこれたのなら、俺は——


「児島をぶっ倒してやらぁぁああああああ!!」


 血だらけのまま体を起こした俺に、黒光りした爪が上空から襲いかかってきていた。