複雑・ファジー小説
- Re: ※救世主ではありません! ( No.8 )
- 日時: 2013/08/25 18:44
- 名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)
あ、やばい。死ぬわ。
児島に対する劣等感で何とか起き上がったけど、無理だわ。よく考えたら、俺の腹部とんでもなく血塗れだし、いつ臓器が零れてきてもおかしくねぇし。大体、俺ってばもぶきゃらだし。所詮その程度の扱いってことで、はい人生終了——
なんて、赤い光が目の前に姿を現したかと思いきや、突如響き渡った金属音によって俺の思考は遮断された。
突然なんだよ。俺はそろそろおねむの時間に——
「っ、は?」
再び目を開けると、俺の手にはいつの間にか剣が握り締められていた。
先ほどまで、重いと感じていたそれ。化け物に攻撃しようと振りかざしたそれ。それが何故か俺の手元に握り締められてて、なおかつその剣で身に降りかかろうとした化け物の爪を受け止めていた。
爪は鋭く、もう少し剣を傾ければ剣の方が折れてしまいそうなほどその爪は俺を切り裂こうとしてきている。
ていうか、そもそもどうして俺はこんなことになっている? 起き上がった直後に剣を持って、さんにーいちの合図も待たず、即座に襲い掛かってきた爪を防ぐ、なんて芸当は無理だ。絶対に無理。まず、手を動かそうとしてもいなかったうえ、目も瞑ってたんだぞ? それなのに、ありえない。
一体何がどうなってる?
「あの赤い光……! もしかして……!」
少女が少し離れた距離から何か言ってるが、今はそれどころじゃない。少女の声よりも、ものすごい鼻息の音と、そして攻め寄ってきやがる爪を回避するのに精一杯だった。
「うぉりゃっ」
ギリギリ身をよじらせて爪の悪夢から逃れる。それと同時に化け物も危機感を感じてくれたのか、俺から距離をとった。
剣を見ると、刃こぼれはしてるが折れることはなかったようだ。それでも刃こぼれをしているところを見るに、やはりあの爪はそれなりの斬れ味を兼ね備えているようだ。
この剣じゃおそらく、次にまた爪を受けるとなれば折れてしまうだろう。なので早急に武器を替える必要がある。
俺の近くで傷を負って寝ていた兵士の剣にさっさと持ち替えた。
やっぱりこの剣重い。両手で持つのが限界だ。あの攻撃を防げたのもまぐれだろう。次がきたらやばい。
そういえば、こうしている間にも不思議に思うことがあった。
理屈は分からないが、痛みを感じていないことだ。腹部を見てみると、赤い血で染められてはいるけど、傷が開いているとか、そういう感覚は一切ない。
痛覚がなくなっているのか? 普通なら痛すぎてぶっ倒れてるよな。こんな痛み、経験したこともないし。……もしかして、児島への憎しみで痛覚が一時的に消えた?
——そうだとしたら、どんだけ児島を恨んでんだよ、俺。
「ぐるるる……!」
様子を見ているのか、化け物がうなり声をあげてピュアな瞳は変わらず、俺を見続けている。これからどうするべきか……。俺ってば、十分役目を果たしたような気がする。そろそろ別の奴にバトンタッチしたいところだが……。
「救世主様! 頑張ってください!」
とか何とか、少し擦り傷をつくった程度の兵士が俺に向けて、
「エールを送るんじゃねぇよ! 救世主じゃねぇって何度言ったら分かる! ていうかてめぇ、働けよ! こっちは必死で……!」
「き、救世主様! 危ない!」
「ッな!」
速過ぎんだろ。俺と距離空いてたクセして、何でそんな簡単に、すぐに俺の目の前まで移動できるんだよ! それとそこの兵士! 危ないとか言う前にお前も加勢しろ! 何で勝手に傍観者になってんの?
しかし、状況はもうそんな愚痴を言う暇も無かった。俺が気付いた時には爪はすぐ目の前まで襲いかかってきていた。これは本当に無理だろ。無理——
「だぁああああっ、ってええええ!?」
何か掛け声みたいなの出しちゃったけど、またしても俺は剣で爪を受け止めていた。それをこなした俺自身が一番びっくり。マジで、何か能力目覚めたりでもしたの? って心の奥底から自分に是非聞いてみたい。
——とか冗談言う前に再び横からもう一撃。そういえば腕は二つあるんでしたね!
「くそっ、ぉぉおおおお!」
自分でもどうやったのかいまいち理解できないまま、身をくねらせ、剣に引っかかった化け物の左手をスライドさせ、右手が襲いかかってくるコースに上手く運んだ。
爪と爪が合わさり、鋭い音を鳴らして交差する。間一髪、俺の真後ろを爪が通っていた。
「がるるっ!」
「だああ! まだきやがるか!」
化け物が爪を更にスライドさせて、俺を切り刻まんとする。が、そこに手に持った剣で防ぎ、俺が捨てておいたボンクラの刃になった剣を思い切り爪ではなく、毛皮のところに叩きつける!
切り刻むというものではなく、感触は固いものを叩いた感じ。けれど、刃は少し身にめり込み、毛皮を抉って血を垂らした。
「グゥォォッ!」
明らかに違った鳴き声で怒りを表す化け物。やっぱりこの程度じゃ、怒らせただけにしかならないか。
そそくさと化け物の傍からダッシュで逃げる。それだけでも息が切れる。情けないとは思うが、とりあえずあの場から逃げ切れただけでもまだマシだろう。
「はぁ、はぁ……そろそろ、勘弁してくれよ……!」
俺にしては奇跡的な行動が続いて何とか逃げ切れたが、さすがにもう無理だ。武器は今はねぇし、次にあのスピードでまたこられたらもうどうすることも出来ない。一発で俺は真っ二つにされ、人生終わりだろう。
じゃあどうする。ここで逃げるか? いや、でもキレさせた時点で俺を執拗に追ってくるんじゃないのか?
迷いに迷う俺。相手の様子を窺いつつ、とりあえず武器はないかと辺りを見渡す。
しかし、その間に化け物は俺の予測を簡単に覆した。
「あ……?」
「え……」
俺の呆けた声と、少女の声が重なった。既に部外者扱いと思われた少女は化け物のすぐ近くにいた。
そこから逃げる勇気もないのか、少女が立ち止まっている。その間に、化け物は少女に気付いた。おい、まさか。
「グルァァッ!!」
まさかのまさか。化け物は俺ではなく、少女に雄叫びをあげた。
この野郎、相手は誰でもいいのかよ! それにそこのバカ娘! 俺がせっかく逃がしてやったのに、何で逃げてないの? ねえ、バカなの? 死ぬの?
「あ、あ! 救世主様!」
で、お前は黙れ! 何が救世主様だよ。お前が助けにいけばいいだろ、兵士。
俺はそんな文句を口出すほどの元気も無かった。体力は自信が全く無い。正直、ギブアップしたい。
青ざめた顔をした兵士が少女と化け物の方を指して情けない声を出している。バカか、本当に。ひょっとして、俺以上にロクでなしじゃないのか?
その間にもずんずんと化け物は少女に近づいていく。
「こないでよ!」
少女は必死にそこらにあるものを化け物に投げつける。バカ、それだと逆効果だろ。
そこで、俺は応援しているまぬけ兵士の腰らへんに剣があることを知る。何だよ、お前武器もってんじゃねぇか……!
「おい! そこのバカ野郎!」
「き、救世主様! は、早くしないと……!」
「だから、救世主じゃねぇ! ……クソッ。そんなことは今はどうでもいいから、その剣ちょっと貸せ!」
「は……剣?」
「お前の腰にぶら下げてるそれだよ! さっさと渡せバカ!」
思わず言ってやったが、もう仕方ないだろう。今ならどれだけ肉体がごつい奴でも俺は敵う気がする。
まぬけ兵士から投げ込まれた贈り物をキャッチする。案外簡単にとれたな。俺なら落とすと思ったんだけど、何だか今はそんな感じじゃないぞ。
ミスをしない。俺は弱くないと自然に思える。こんな気分、初めてだ。
剣をおもむろに引き抜き、構えながら走る。バカめ、あの化け物少女に夢中だ。距離は数十メートルってところだが、何とかいける。間に合う!
「ガルルルッ!!」
「ぁ……」
化け物のうなり声と、少女の気弱な声が聞こえる。
化け物は爪を大きく掲げ、五本も無駄にある尻尾を蠢かせた。
「ガルル!?」
と、そこで俺の方にターンバック。あらこんにちは、ピュアな瞳の子猫ちゃ……じゃねぇ! こっちに気付きやがったが、もうそれも遅い。既に俺は上空にジャンプし、剣を振りかざしていた。
そして——
「うぉぉおおおお!!」
赤い光が再び瞬いたと思いきや、いとも簡単に俺は化け物の顔面から一直線に斬りつけた。案外柔らかい感じ。さっきの固いものを叩きつけるのと全然違う。斬るべくして斬れたような。
何秒後かまでは覚えてない。程なくして、ゆっくりと化け物は倒れていった。
……って、待て。勢いに任せて後ろに化け物が倒れたってことは、少女がその下敷きに——!
「ふう。危なかったわ……」
普通に回避してた。
何だよ、こいつ……心配損だったわ……とか思ってたら、眠気が急に襲ってきた。何だこの疲労感。力が抜けて、立てない。地面に倒れたことも、よく分からない。後はどーにでもなればいいって感じだ。
ふわふわしてんなぁ……あはは、気持ちがいいや……このまま寝てしまったら、きっと良い感じの夢が……。元の世界に、戻れるような気もするぞ……。
ていうか、さっきから腹部が猛烈に痛い。あ、そっか。俺重傷だったな……。いてぇ、いてぇ……しぬな、これ。
「き、救世主様ぁっ!!」
だから、俺は。
救世主じゃねぇっての。