複雑・ファジー小説
- Re: 「人間」を名乗った怪物の話。 ( No.105 )
- 日時: 2013/08/29 13:40
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: A/2FXMdY)
1-11.
黒ずくめは俺の言葉にも、「勝手に言っていればいい」と言ってまったく意に介さなかった。
「お前は強敵そうだが……戦法を少し変えるか」
何だ?と思っていると、黒ずくめは急に動いた。
俺のほうに向かわない——と思っていたら、その向かった方向は、
「っ、ティム!逃げろ!」
「え?え、うわぁっ!?」
注告はしたが、やはり遅く。
ティムはやすやすと黒ずくめに新たな人質としてとられてしまった。
「もっとも弱く小柄なヤツを優先して人質にする——当然の戦法だと気づかなかったのか?ハハハ、馬鹿な奴め!」
黒ずくめは先ほど部下を刺した短剣を、血をぬぐうこともせずティムの首に当てた。
ティムの首に、短剣の物か彼の物なのかわからない血が付着する。
(くそ、こいつはさっきの奴と違って遠慮躊躇なくヒトを殺す……ハッタリは効かないってわけか)
「どうした眼帯の怪物?先ほどの威勢は消えうせたか?ハハハ!」
いちいち笑い方が耳に障る言い方で黒ずくめが言った。
そしてこう続けた。
「ま、安心しろ。我々が求めているのは、そこにいる女と娘だけだ。大人しくその2人を寄越せばお前たち3人は見逃す。……だが、交渉に応じないならこのガキは即死だ」
狙いはモードとティアだと?
「違法風俗の経営者かなんかなのか?お前ら」
「全く腕は立つのに頭はガキと同じだな……。そこの女共は貴重な研究対象なのだよ、いいから寄越すがいい」
ものすごく上から目線に言われた。
……悪かったな頭悪くて。
俺が動けないのを見て取り、モードとティアにジリジリと近づく黒ずくめの部下。
思わず俺が止めに入ろうとして身じろぎすると、見せつけるように黒ずくめは短剣をティムに押し付けた。
「痛っ……」
ティムが小さくうめいて、幼い顔に苦痛を露わにする。
どうすればいいんだ、この状況は……。
と、俺が悩んでいたその時だった。
「美少年こそ世界のすべて……美少年こそ世界の宝……」
ぼそ、と呟きが聞こえた。
見てみると、ナルシーが少しうつむき加減で何か呟いている。
「おい、ナルシー?」
話しかけてみるが、気づく様子はかけらもなかった。……よくわからないが、何かヤバそうだった。
そして、ナルシーは急に前を向き、その端正な顔立ちで黒ずくめをキッ、と睨んだ。
「美少年は、この私が守る!!」
——ただしセリフの内容に俺はコケそうになったが。
例外なく、誰もがポカーンとして見守る中、ナルシーは恐ろしい速度で黒ずくめに迫った。そして、
バシィッ!
あまりのことにあっけにとられて、黒ずくめが何もできないでいるのを狙い、短剣を握っている手を力強く叩いた。
カラン、と短剣が落ち、ナルシーはそれを素早く足で踏みつける。
「な、お前……!!戦えない吸血鬼ではなかったのか!?」
黒ずくめがそう言うが、ナルシーは耳にすら入っていない様子でティムに跪き、心配するように彼の肩に両手を置き、
「ご無事ですか!!?お怪我はっ!?」
と、かなり大袈裟に心配を表現した。
「あ、えと……うん、大丈夫です!ありがとう、ナルシー」
ティムは戸惑いながらも、助けてくれたことにお礼を言った。
しかしそこに、黒ずくめがナルシーに間髪入れず襲い掛かった。
「人質を勝手に奪ったうえに、この俺の話を無視とはいい度胸だな、オイ!?」
短剣の他に隠し持っていたメイスを振り上げる。
しかし、ナルシーはそれを軽々と避けた。ティムを後ろにかばいながら。
「何?」
黒ずくめは不審そうに眉をひそめる。
先ほど、ナルシーが非戦闘員だったこともあって、どうやら完全に彼を甘く見ているようだった。
……というか、俺もナルシーの実力は知らないのだが。
ナルシーは、足をのせて敵にとられるのを防いでいた短剣を拾い、構えた。
「ほう、俺と戦うつもりか吸血鬼。あっちの怪物に任せなくていいのか?」
「フッ、私の剣術と格闘術を馬鹿にしないでくれたまえ」
ナルシーはそう言って不敵に笑うと、短剣を操って黒ずくめに切り込んでいく。
(……どうやらあっちは、ナルシーに任せてよさそうだな)
俺はそう判断し、
茫然としている部下たちをさっさと始末することにした。
「ティム!悪いがモードをティアと一緒に介護していてくれ!」
「え、あっうん、わかったニコル!」
旅の最中に身に着けた、我流の格闘技で1人をすでに倒しながら、俺はティムにその指示を与えた。
しかしそこで、言っているそばから声がかかった。
「私ならもう大丈夫よ」
「モード?」
モードは、先ほど子供の様に泣きじゃくっていたのが嘘のように、立ち上がっていた。スカートに付いた土ぼこりをパンパンと払い、髪をサッ、とかき上げる。
「さっきはかっこ悪いとこ見せちゃったわね。迷惑かけたわ、ニコル」
そして、懐からあの純白の扇を取り出し、パっと開いた。
黒ずくめの部下たちを見据え、
「……さっきはよくもやってくれたじゃない。女性の顔に傷つけたら、重罪だってお母さんに教えられなかった?」
いつもと変わらない、だというのに底知れぬ冷たさを感じる恐ろしい声音で、しかもニッコリ笑いながら言った。
背後に吸血鬼と苦戦するボス、目の前に眼帯の怪物と扇の怪女、
もはや部下たちには絶望しか残されていなかった……。
(だから、俺は格闘技しか使わないただの人間だよ馬鹿)