複雑・ファジー小説
- Re: 「人間」を名乗った怪物の話。 ( No.14 )
- 日時: 2013/08/21 20:10
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: aRobt7JA)
5.
数時間ほど仮眠をとり、俺たちは再び歩くのを再開した。
(寝ている間もやっぱり逃げなかったな……。まさか本当に道ずれができるとは)
相変わらず数歩後ろをトテトテと付いてくるアンヌを確認しながら、つくづく俺はそう思った。
20年近くもずっと1人で過ごしていたというのに、いやだからこそ『連れができた』ことが違和感に思えて仕方ない。
……まぁ、もうあきらめてこいつの同行は認めたけどな。
そろそろ山を下るところになってきた。
周りの景色が、岩や赤土がむき出しの高所の物から、だんだん緑が増え樹海に入ってきたことを告げる。
申し訳程度に道が造られてはあるが、見失えば樹海を彷徨うことになるので夜にここを通るのは危険だ。だから俺はいつもより仮眠の時間を早めて、日があるうちにここを抜けようとしていた。
ま、一番最悪でも俺の場合、右目を使えば暗闇でも全く平気なのだが……その手段はあまり使いたくない。
そういえば、と『右目』で俺は思い出した。
「なぁ、えーっと……アンヌ?」
「なんでしょう」
俺は返事が聴こえたことのみ確認して、振り返らずに尋ねた。
「お前さ、なんで最初に俺のこと……『ドラゴンさん』って呼んだんだ?」
できればあまり答えは聞きたくなかった。だが、確認はしなければならない。
——俺の正体を、こいつがどれだけ正確に知っているのかどうか。
「私を盗賊さんから助けるときに、ニコルさんは人間ではありえないほどの怪力を発揮しました。獣人でもない限り、ヒトの姿のままであの力を発揮できるのは『ドラゴンの血を受け継いだ方』のみだと判断しました。なのでそう呼びました」
「……そうか」
俺は確信した。
アンヌは、やはりただのガキじゃない。
今アンヌが言ったことは、すべてが大当たりだったからだ。
俺がそう思いながら黙っていると、後ろからアンヌの若干不安げな声が、
「あの、違いましたか?」
と尋ねてきた。
「あ?いや、全部合ってる。これから旅に同行するんだったら、一応説明しておきたいんだが……。」
俺はちょっと立ち止まり、アンヌに向き合った。アンヌはそれを察して立ち止まり、俺を見上げる。説明は聞くつもりなようだ。
俺は右目を指して、言った。
「これ、なんで眼帯で隠しているかわかるか?」
「生まれた際の障害で失明されたのではないのですか?」
「生まれつきの障害、っつう点では合ってるがな……。俺にとっては『失明』のほうがまだよかったな」
自嘲するように俺は小さく嗤った。アンヌは疑問気に首をかしげている。
「この右目はな、とんでもなく気持ち悪いカタチをしてるンだよ。俺もガキのころに、一回だけうっかり鏡で見ちまったんだが……最悪だった」
その時のことを少し思い出し、俺は急いで記憶から消した。
「俺は人間だ。だが、右目だけ変な風にドラゴンの血を受け継いだみたいでな……。たまにここが疼くと、怪物——いや、ドラゴンの力が勝手に出せるようになるんだ。俺の意志は関係なしに」
アンヌはなんとなく疑問が解けたような様子だった。
そして、俺に予想外の一言をぶつけてきた。
「私には見せてくれないのですか?」
「……え?」
俺は思わず、馬鹿みたいにポカーン、とした顔をした。
「……いやお前、今ヒトの話聞いてたか?なんで俺がわざわざ自分の劣等物(コンプレックス)晒さなきゃならねぇんだよ」
「駄目ですか、やはりまだ私は信用されてないのですね……」
「そういう問題じゃないんだが」
やけにこいつは『信用』を得たがるな……。
まぁ、どっちにしろ俺は右目を誰にも見せないと、随分昔に心に誓ったんだ。誰が見せるか、あんな『人間らしくないキモチワルイもの』。
『絶対に右目は隠す』と新たに決意しながら俺は樹海を進むのを再開すると、アンヌが後ろから追いかけてきた。
「ニコルさん、じゃあ次私が話します!」
急いでトテトテと追い付き、横に並んだアンヌが見上げながらそう言ってきた。
「は?話すって何を」
「自分の正体です。ニコルさんは『自分は人間だと思いたいけど事実上は怪物』なので、本当はさっきの話、したくなかったんでしょう?」
おいお前。ヒトがせっかく遠まわしに思っていたことを直球で言い当ててどうする。
「でも、私にちゃんと打ち明けてくれたので、今度は私が私の本当のことを話します」
「本当のことって……」
なおも俺はわけがわからなかったので、聞き返そうとアンヌを見下ろすと、
「うわ」
人間の頭くらいの巨大な青いカエルが鎮座していた。
なんとなく俺はふざけてみた。
「なにっ、アンヌお前の正体はもしや」
「違います!ニコルさんの馬鹿!!」
後ろのほうから怒ったアンヌの声が聞こえた。ま、そりゃそうだな。
「冗談でも酷くないですか」
「『馬鹿』のほうが酷いと俺は思ったが。まぁいいか」
俺が見下ろしているカエル——おそらくこの樹海に生息しているモンスターだろう——は、ゲコっ、とあまり美しくない声で鳴いた。
とりあえず、食材には不向きだな。
と、カエルは俺の荷物を狙って飛びついてきた。
俺は、まさかそれをそいつに与えるわけにはいかないので腕で追い払った。簡単にカエルは地面にボト、と落ちた。
そしてそのまま、ピョンピョン跳ねて逃げて行った。
「……んで、なんだっけ」
俺はアンヌに話を再開しようと話しかけた。
しかし。
「もう少し待ってください。まだいるみたいなので」
相変わらず、何てことないように淡々と言いながら、アンヌはカエルが逃げたほうを指した。
「……うわ」
さすがの俺でもちょっと気分が悪くなったな。
なぜかというと……そこには先ほどのカエルの仲間らしき、青いカエルの大群が木々の隙間から覗いていたからだ。