複雑・ファジー小説
- Re: 「人間」を名乗った怪物の話。 ( No.4 )
- 日時: 2013/08/21 02:24
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)
2.
時刻は、今から数分前にさかのぼる。
俺は、とある事情で住む場所がないため、あっちこっちを旅してまわる旅人だ。目的は特にないが……言ってみれば、住処探しと観光を兼ねた感じだ。
ま、この右目がどうにかならない限り、住処は見つかりそうにもないがな……。ああ、この右目のことはそのうち話す。
ちなみに、俺は人間だ。
……誰が何と言おうが人間だ。
俺は基本的に、移動は夜のうちに行う。
今も、ついさっきまで宿泊していた宿を出て、もう国境を越えたところだ。
前回滞在していた国で買った、安物の地図を広げて方向を確認する。
「……あっちか」
街道(といっても裏街道なので、整備は全くされていない)を歩きながら、俺は目的の国の方向を目指した。
そのときだった。
ドサッ!!
やけに大きな、鈍い音がどこかから響いた。そう遠くない。
なんだ、と思って音のしたほうを見やる。
「よぉ、嬢ちゃん。こんな夜中に何してンだぁ?」
「あぶねぇなぁ、悪いヤツらに襲われたら、パパやママが悲しむぜぇ?」
2人組の盗賊が、小柄な少女を釣り上げているところだった。
盗賊の1人は少女の首を、汚らしい手で掴んで下卑た笑いを浮かべている。少女の足は宙に浮いていた。
「……くっ……なして、くださ……っ」
「ああ?きこえねぇなー?」
釣り上げている盗賊が少女をいたぶっている間、もう1人は地面に落ちた少女の物らしき荷物をガサゴソ漁っていた。
俺は、この状況をどうしようか迷った。
はっきり言って、あの程度の盗賊2人くらい、適当に蹴散らせる。
が、あの少女が何かいわくつきの——例えば、若気の至りで後先考えずに家出してきた貴族の娘とか——だったとしたら、俺にとっては何の利益もない、それどころか旅の邪魔になる面倒事を抱えることになる。
しかし、俺がそうして迷っているうちに事態は動いていた。
荷物を漁っていた盗賊は、急に悪態をついて荷物を蹴り飛ばした。
「あンだよ、クソ!金目のモン、何も持ってねぇじゃねーか!!」
「はぁ?んなわけないだろ、これだけいい身なりしてるんだ、何かはあるだろ!」
「ねぇよ。なんかよくわかんねぇ葉っぱとか薬みたいなのしか入ってねー。……気持ち悪ぃな、この女、魔女か?」
盗賊が少女の顎を乱暴に掴んで上を向かせた。
少女は、少し震えながらもなぜか表情は陶器のように無表情だった。
「……顔色ひとつ変えねぇ。こりゃ、魔女か」
「おいおい、本気かよ?ジョーダンじゃねぇ……」
と、そこで最初に少女を吊し上げていたほうの盗賊が、無い頭を働かせて何かひらめいた。
「そうだ!おい、こいつ奴隷にして売り飛ばせばいいんじゃねぇか?」
「!名案じゃねーか、確かに容姿だけは人形みたいだしなぁ。偉い値段が付きそうだぜ」
再び下卑たいを漏らす盗賊。
少女はそんな彼らを、まるで石ころでも見るかのように無表情に『見る』だけ。
……俺は、なんとなくその少女がいたたまれなくなった。
泣きわめくこともせず、形ばかりの抵抗はしてもその動作からはさほど必死さがが伺われない。……そう、まるでもう『何もかも諦めきったような』。
「……ふざけんなよ」
気が付くと、俺は誰にともなくそう独り言をボソっ、と呟いていた。
——そして、自分でも気づかないうちに、次の瞬間。
ゴキッ、
「げふっ、ぁ!!??」
鈍い音をたててぶっ倒れる盗賊。そいつの首があった位置にある、俺の右足。
俺は、少女を釣り上げていた盗賊を、渾身の脚力で蹴り上げていた。
ぶっ倒れた盗賊は、そのまま白目をむいて気絶した。
「え?……へ?」
状況を全く理解していない、残された盗賊は倒れた相棒と突如現れた俺を、交互に見た。……いかにも間抜けそうな面だ。
一泊おいて、我に返ったそいつは、今度はその間抜け面を怒気で真っ赤にした。
「て、テメェ!何しやがるんだ、このっ!」
そして殴りかかってくる。
俺はサッ、とそれを避け、「うわっ!?」と馬鹿のように悲鳴をあげて態勢を崩した盗賊の腹に拳を突き出そうとした。
瞬間、俺は右目がジン、と熱を帯びて疼きだす感覚を覚えた。
(あ、やばい)
と思ったときには時すでに遅し。
グゴシャァァァっ!!!
俺の握った手のひらは、見事に盗賊の腹に命中。——しすぎて、肉をえぐった。
「げええぇぇぇっ」
盗賊は白目をむいて、吐血。
ドボドボ、と暗闇には真っ黒にしかみえない液体をぶちまける。ああもう、シミ落とすの大変なんだぞ、オイ。
と、そんなくだらないことを考えていると、盗賊はドサっ、と倒れこんだ。
右目の疼きや熱は、いつの間にかとっくに消えていた。チッと俺は舌打ちし、眼帯の上から右目をポリポリかく。俺の悪い癖だ。
そして、つかの間忘れていたが少女を振り返った。
少女は、相変わらずそこにいた。
最初の盗賊が倒れた時に、地面に座り込む態勢になったのだろう。
そこから、無表情なまま金色の双眸が俺を見上げていた。
「…………」
「…………あー、まぁなんだ。……大丈夫か?」
何か声をかけるべきだと本能で察したが、気の利いた言葉が浮かばずかなりベタな感じになってしまった。思わず眉根にしわが寄る。
「大丈夫、です」
少女は、やはりあの儚い小さな声で答えた。
「そうか。……えっと、あっちに進んでいけば国にたどり着くから」
俺はやっとそれだけ言った。昔から人と話すのは苦手だ。
少女は俺が示した方向を、チラリとも見ずに俺を見据える。俺はなんだか居心地が悪くなった。
ん?俺、人助けしたんだよ……な?
「…………まぁ、そういうわけだから気をつけてな?……じゃ」
俺は内心舌打ちした。
くそ、さっきまで襲われた少女を颯爽と助けていた、どこぞの騎士気取りがこのザマかよ。
まぁ、こいつにどう思われていようがどうでもいい。もう2度と会うことなんてないだろうしな。
俺はそそくさと旅路を急いだ。
——トテトテという足音に気づいたのは、その数分後である。