複雑・ファジー小説
- Re: 「人間」を名乗った怪物の話。 ( No.58 )
- 日時: 2013/08/24 16:40
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: aRobt7JA)
1-4.
そうして、数十分ほどアンヌは本を静かに読んで、異世界転移について調べていた。俺はたまに指示を受けて、高いところの本をとったりしまったり。
ようやくナルシーの話から解放されたモードも俺たちを探してここに来たが、アンヌの指示で別の棚を探してまわることになった。
……なんというか、こういう点でアンヌは本当にただのガキではないのだとつくづく思えてくる。どこかの研究部署の院長のようだ。
しかし、そんなアンヌでもなかなか目当ての情報は見つからないらしい。
「今のところ、どんなことがわかったんだよ?」
俺が尋ねるとアンヌは読書をいったん止め、スラスラと答えた。
「異世界、つまり世界と世界を隔てているのは『虚無空間』もしくは『亜空間』と呼ばれる特殊なフィールドなのです。その空間を、生きている生命体が通り抜けるには『魔術』、『神術』、現在ではこの2つの方法しか実行できません。『科学』では現在はまだまったく追い付いていないため——」
「あ、うんなんとなくわかったからやっぱいいや。悪いな邪魔して」
「……そうですか」
うむ、よーくわかった。俺には最初の文字すら理解できん(アンヌが『キョムクウカン』を言い始めたあたりから俺の耳は機能を失った)。
はぁ、と小さなため息が聞こえる。
「あー……なんか、俺ホントに頭悪いから役に立たなくて……」
「え?」
俺は少し気まずくなって、眼帯をポリポリかきながら謝りかけたのだが、なぜかアンヌは心外な様子だった。
「『え?』って、お前今ため息ついたじゃん」
「ああ……。あまり役立つ情報がなかったので」
なんだそっちか……。
「ここにある本は、大体皆、すでに私が知っていることしか載っていませんね」
「ふーんそうか……って、お前知ってるのかよ!?ここにある本の内容を!?」
思わず俺は声が大きくなってしまった。いや、だって驚くだろ。
こんな子供で、こんな厳めしい、大人でもあまり読まないような本の内容を把握しているとは。
「声が大きいです。まぁ、似たような事しか書かれておりませんね。私、以前から本は好きでよく読みましたから」
お前の読書の嗜好範囲はどんな分野にまで及んでいるんだ。
と、俺がそんなことで唖然としていると。
「はいは〜い、そこちょっと邪魔かな?シリウス君が通りますよっと」
ちょっとかがんだ、赤髪の男がいきなり俺のわきをすり抜けた。
「うわ。なんだよ……」
「およ?こんなに本が床に置いてあると躓いちゃうんだぜ」
赤髪のそいつは、アンヌの足元に積み重ねられた本を見て言った。
アンヌはすぐに気づいて、
「あ、すみません。すぐに退けますね」
と、本を片付けた。
よく見るとそいつは、体にぴったりな背広を着ていて、まるでサーカスの手品師のようだった。中に着ている赤いシャツが少し派手に見える。
そして何より……。
(尻尾って……こいつ、獣人族か)
背広の隙間からどう生えているのか、髪と同色の長い尻尾がプラーンと垂れていた。
頭部を見ると、やはり三角の赤い耳がたっていた。猫の獣人族のようだ。
「はいは〜い、通れるようにしてくれてありがとーね〜。さて、では天国のお昼寝タイムといこうかな」
赤髪の男はそういって、眠そうに「ふにゃ〜ん」とあくびをした。
……なんというか、さっきの図書館長と同じくらい変わったやつだな。
そう思っていると、
「ああ、ここにいらっしゃいましたか!お二方!」
噂をすれば影、その図書館長がやってきた。
俺たちに用があったようだが……その前にナルシーは、その奥の赤髪の男を見つけて声をかけた。
「おや?シリウスさんではありませんか!また睡眠をとりにいらしたのですか?」
どうやら知り合いらしい。シリウスと呼ばれた男はそれに答えた。
「あ〜、ナルシー君だ。そうなの、この図書館ちょうど涼しいからお昼寝にうってつけなんだよね」
「読書もいいものですが、睡眠も大事ですからね!どうぞおくつろぎください!ただし蔵書を引っ掻くのはぜひともやめていただきたいのですが」
「爪研ぐのにもちょうどいいのにな〜」
やけにのんびりした会話に、アンヌがポソッと言った。
「本は読むものです。引っ掻いたら駄目です、大切に扱わないと本が可哀想」
思わぬアンヌの言葉に、シリウスは少し驚いたようだが、すぐに『ふにゃ』、と柔らかく笑って、長身をかがめてアンヌと目線を合わせた。
「優しい仔なんだね〜君は。君くらいの子供って、だいたいみんな乱暴ばっかなのに。とくに〜、俺の自慢の尻尾引っ張ったり〜」
「そんなことはしませんよ。私も、三つ編みを引っ張られたら嫌な気分にしかなりませんから」
「そっか〜。君、名前は〜?あ、俺シリウス=ザード」
「アンヌ=ヴィヴィアンです。アンヌと呼んでください」
……なぜか仲良くなった。
「おお!なんと美しき友情!感涙です!!!我が図書館が友情を育む『出会いの場』になることができるとは、なんたる光栄でしょう!」
「えっとだな、ナルシー、お前俺かアンヌに用があったんじゃ?」
俺の言葉にナルシーは「ああそうでした!」とやっと用件を思い出した。
「先ほど、モードさんから大まかな事情はお聞きしました!私もいくつかの文献を当たったのですが、もしかしたら私の屋敷に役に立つ蔵書があるのではないか、とお知らせしたくここまで来た次第なのです!」
「ナルシーさんのお屋敷に?」
アンヌが不思議そうな顔でちょこんと首をかしげた。
「ええ。ここにはあまりに貴重過ぎて、盗まれては困るので一般公開できない書物は私の屋敷に保管してあるのですよ。私はあなた方が気に入りました、本来は市役所などでもう少し手順を踏まなければならないのですが、私の権限でその文献の閲覧を許可いたしましょう!」
そんな個人的な理由で許可なんてしていいのか……?
「もともと、この図書館含め屋敷の文献も、私が個人的に集めたコレクションですから!」
「ナルシーさんも本が好きなんですか?」
「ええ、それはもう!特に恋愛小説などはもう感動の波が……」
そこでまたナルシーは、自身の気に入った作品やら著者やらを熱く語りだした。しかもアンヌもだいぶ熱心に聞いている。
「読書家同志って集まると、話題が湯水みたいに湧いてくるからね〜。なかなか終わらないんだよね」
シリウスが、なんとなく俺の気持ちを察して言ってきた。
……とりあえず、ナルシーの屋敷に行けるのはいつごろになるのだろう。