複雑・ファジー小説
- Re: 「人間」を名乗った怪物の話。 ( No.7 )
- 日時: 2013/08/20 19:44
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)
3.
それから数時間が立ち、朝日が昇り始めた。
街道はそのまま山に差し掛かり、今俺(と後ろから付いてくる少女)は崖のようなところを歩いている。
崖と言っても、馬車が通れるくらいの幅はあるため、落ちる心配はない。
山とはいえ、緑はまったくなく視界を遮るものもないため、真下の樹海や朝焼けが一望できた。
純粋にきれいだなと思う。
後ろの少女も、時折足を止めて昇ってくる朝日を眺めたりしていた。
「…………」
「…………」
やはり俺たちの間に会話はない。
……本当に、何が目的なんだあの少女は。さっぱりわからない。
と、その時だった。
ガラッ、ピシピシ……ッ
「ん?」
妙な音が上のほうからした。
見上げてみると、
「うあっ!?」
さすがに驚いた。馬車よりも一回りも大きいくらいの巨石が降ってきたのだ。
おそらく山の一部が風化して崩れたのだ。
が、そんなことを分析している場合じゃない。俺は即座に巨石が落下するであろう地点から離れた。
離れ——ようとした。
「……チッ、ああもう」
俺は小さく悪態をつきながら道を急いで少し戻り、
がしっ
「え?」
キョトン、としている少女の腕を掴んで引き寄せた。
瞬間、俺と少女の目の前——寸秒まで少女がちょうどいた位置を、降ってきた巨石がすさまじい音をたてながら通り過ぎて行った。
崖の道幅では巨石は止まり切れず、そのまま下へ落下し、……しばらくしてからボスッ、という音がかすかに聞こえた。樹海に突っ込んだのだろう。
その様を、少女は相変わらず何を考えているのかわからない無表情で眺めていた。……俺はたぶん、よく言われる『不機嫌そうな顔で睨むように』眺めていたんだと思う。
「ありがとうございます」
少女がお礼を言ってきた。対して俺は、本日何度目になるかわからないため息をついた。
「お前なぁ……。危機回避能力っつうのを持ってないのか?」
「何かの特殊能力ですか?」
「……やっぱもういいや」
真顔で問うてくる少女に俺は投げやりに返した。
そして俺が何事もなかったように歩き出すと、やはり少女は付いてきた。
「…………」
「……なぁ、」
「はい」
しかし、俺が話しかけると少女は打てば響くように即座に返事を返す。
「お前、家出でもしてきたんじゃないのか?」
「追い出されました」
「は?」
俺は、いつの間にか少女と会話していた。
「追い出された、って……は?」
少女は先ほどまで無言を貫き通していた俺が話しかけたことに、特に嬉々とするわけでもなく、狙いすましたわけでもないように淡々と語る。
「私は、『忌み子』なのだそうです。私自身は人間だと自覚していますが、他の方はどうしてもそれを信じていただけませんでした」
なので追い出されました、と少女は続ける。
そして、唖然として何も言わない俺にその無表情な顔を向け、こう言った。
「あなたと同じだと思います。『ドラゴンさん』」
その呼び名に、俺は思わず反応した。
「おい、ドラゴンさんってなんだよ?俺は人間だ」
「そうですか。では眼帯さん」
「それもやめろ馬鹿」
眼帯さんって……。こいつのセンスは何なんだ。まぁ、『ドラゴンさん』と呼ばれるよりは断然マシだが。
「なれ合いが好きでなければ、名乗ることもしたくないのでしょう。それなら、名前以外で何か呼び名を決めないと不便です」
「あーもう、わかったよ……俺の負けだ」
俺は両手を軽く上げた。
「俺はニコラウス=レイジング。ニコルでいい。……これでいいだろ?間違っても人前で『ドラゴンさん』とか言うなよ?」
「自己紹介をしてもいいのですか?」
なぜか若干驚いた風に少女は言った。
「この先付いてくるな、っつっても結局付いてくるつもりだろ、お前」
「はい」
即答だった。
「私はアンヌ=ヴィヴィアンと申します。アンヌで結構です。よろしくお願いしますね、ニコルさん」
「結局関わる気満々だったんじゃねぇかよ……」
ただ付いてくるだけで何もするつもりはない、と言っていたはずがな。
まぁいいか。
もう互いに名を名乗ったなら、いい加減『赤の他人』ではないだろう。
こうして俺の旅に、妙な道ずれができた。
まさかこいつ——アンヌとの出会いと、その後の旅が、そこまで長く続くとは、夢にも思わなかった。