複雑・ファジー小説
- Re: 「人間」を名乗った怪物の話。 ( No.72 )
- 日時: 2013/08/25 11:54
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: aRobt7JA)
1-5.
モードに声をかけて、俺とアンヌとモードはナルシーの案内で図書館を出た。シリウスはそのまま、図書館の備え付けの、読書用の長椅子に横になって「お昼寝ターイム」と言っていた。……本当に変わったやつだ。
しばらく歩くと、道の材質が少し変わった。
茶色い、土交じりのレンガの道が、きっちりと敷き詰められた石畳に変わる。と、同時に周りの建物もぐっと豪華になった。
「ここから先は東街、通称・貴族街になります!私の屋敷はこの最奥にあるのですよ!」
ナルシーが観光案内のように紹介した。
なるほど貴族街か。どうりで一件の敷地面積が広すぎて、建物の数が減ったわけだ。
「なんか、むしろ田舎っぽいわね」
「建物が少ないですからね。お庭が広いのは貴族さんの特徴です」
モードとアンヌは後ろでそう話していた。
-*-*-*-
そして、やはりというかこれまた、図書館に負けず劣らず豪華な屋敷に俺たちは案内され、中に入った。
赤い絨毯の他には、置いてある家具(シャンデリアだか彫刻みたいな置物だとか)は、金色かなぜか黒が多かった。
それを見て、アンヌは急にハッとしてナルシーに尋ねた。
「ナルシーさん、つかぬ事をお聞きしたいのですが」
「はい、なんなりと!私に答えられる質問であれば!」
「ナルシーさん、あなたは……吸血鬼一族ですか?」
さすがに俺もモードも、驚いて2人を見やる。
倉庫の鍵を家具から取り出しながら、ナルシーは一瞬キョトン、となり、
「おや?言っておりませんでしたか?」
サラリと肯定した。
「金色の他に、赤や黒を好むのは吸血鬼一族でよくありますから。さすがに黒のシャンデリアは珍しいかと思いまして」
「ご明察ですね、アンヌさん!聡明なる、小さく可憐なレディ!」
ナルシーとアンヌは平和的にそんなことを話していたが、俺とモードはそうはいかなかった。
咄嗟に俺は身構え、モードはなぜか懐から純白の優雅な扇を取り出す。扇は謎だが、彼女も俺と同じく臨機戦闘態勢で、目つきを鋭くしている。
しかし、ピリピリしているのは俺とそのモード2人だけで、アンヌとナルシーはいきなり戦闘態勢に入った俺たちを見て驚いたように不思議そうにしていた。
「いったいどうなさったのですか、お二方!?もしや、私の背後に不審者の陰でも!?」
「いや、お前だよ!」
ナルシーがあまりに真面目に尋ねてくるので思わず俺は突っ込んだ。
慌てた様子でアンヌがこう言ってきた。
「落ち着いて下さい、ニコルさんモードさん。悪気はなかったとはいえ、吸血鬼であるという正体を教えてもらわずに屋敷の中に入ってしまって、警戒してしまう気持ちはわかりますが……。ナルシーさんは無害ですよ」
無害って……どういうことだ?
「ああ、確かに私は吸血鬼です!しかし、私はO型の血しか飲めないのですよ。それに、今日は『晩餐』の日ではありませんからどうかご安心を!」
ナルシーは爽やかに笑いながら、やはり堂々と高らかにそう言った。
……まぁ、よくわからないが。吸血鬼でも、無差別に周囲の人間の血を飲み干すような真似はしないらしいことがわかった。しかも、『晩餐』とかいう、決められた日にほんの少し血を飲むだけらしいので、本当に人間にとっても無害なのだそうだ(後日アンヌ談より)。
「なんだ、そうなら早く言ってよね」
扇をしまいながら、モードはそう言って肩をすくめた。かわりに煙管を取り出して、紫煙をふかしはじめる。
……結局あの扇はどんな戦法で取り出したのだろうか。
そしてここ、喫煙して大丈夫なのか?
応接室らしい部屋で俺たちはしばらく待たされた。ナルシーは鍵を持って「すぐに戻ってまいります!」と、書庫に向かってしまった。
「あいつ、貴族なのに家来とか雇っていないのか?」
「もともと吸血鬼は孤独を好む習性がありますから。……ナルシーさんに至っては少々意外に思われますが」
「少々どころじゃないわね、それ。……それにしても、アンヌって本当になんでも知ってるのね?ニコルの質問、全部スラスラ答えてるじゃない」
と、しばらく待っていると、
「お待たせいたしました、こちらです!」
ナルシーが高そうな紫の絹の布で包まれた、本らしき一冊を持ってきた。布がかかっている時点で『いかにも』といった感じがする。
机に置いて布をとると、中から古びた革製の本が現れた。
もとはブラウンだったろう表紙はほとんど真っ黒で、中に使われている羊皮紙も黄ばんで端もボロボロである。相当古いと見た。
「ありがとうございます、ナルシーさん」
「いえいえ!これくらい、レディのためであれば紳士として当然のこと!」
ナルシーは全く気にした様子はなく、アンヌが静かに本を読む様子を眺めていた。
案外、そこまで悪い奴でもないのかもしれない。……特徴的なしゃべり方のおかげで、若干怪しさが残るが。
-*-*-*-
それからまたさらに数分して、アンヌは顔をあげた。
「ニコルさん」
「ん、俺か?どうした」
俺を見上げる金色の双眸は、無表情ながらそこだけキラキラ輝いていて、
「この本、もっと読み進める必要があります。とても重要なことが書いてあります」
と言った。するとモードが思わずと言った様子で尋ねた。
「本当に?私が元の世界に戻れる方法も書いてある?」
「はい。儀式が少し必要なようですが……。異世界転移についてかなり詳しく記されています。ナルシーさん、いったいどこでこれを……」
アンヌが尋ねると、ナルシーは、
「いや〜、若気の至りで昔、私も旅をしていた時期がありまして!その当時に行ってみた遺跡で見つけたのですよ!」
となんとも誇らしげに言った。
ナルシーが多くの蔵書を持っていたのは、その旅の最中に集めたものがほとんどだと言う。
やけに本好きな吸血鬼の謎が解けた。
思わず俺は苦笑交じりにナルシーに言ってみた。
「アンヌといいお前といい……。ホントに『本の虫』だな。どれだけ読めば気が済むんだよ」
「書物とは、読者を別の世界へ連れて行ってくれる素晴らしきものですからね!……もっとも、私がこの世で一番愛しているのは、その『書物』よりさらに素晴らしきモノ、いえ『人種』なのですが」
……『人種』?特別に血が美味い種族でもいるのか?
わからないでいると、話を戻すようにアンヌがナルシーに「すみません、紙とペンをお借りできますか?」と言った。
ナルシーが渡した紙に、アンヌは何かを書いて、リストを作った。
それを俺に渡す。
「私はもう少し、この本の『儀式内容』を読み解く必要があります。どうやら普通の人には暗号化されて読めないようになっているらしいので……」
「そうなのか?じゃあ、俺に手伝えることって……」
「これです」
アンヌはリストを示した。
「今のところ、儀式に必要な材料がこれだけわかったので、集めてきていただけませんか?街などで簡単に入手できるモノのみをリストにしましたから」
「わかった。それくらいなら俺でもできそうだな」
と、俺たちが淡々と結構な速度で話を進めていると、モードが割って入った。
「ちょっと、異世界転移をする当の本人を差し置いて話を進めないでよね。——私も手伝うに決まってるでしょ?」
モードはそう言って、不敵に笑った。それに続けてナルシーも、
「私もぜひとも参加してみたいですね!久しぶりに面白そうな出来事が起こりそうです!いえ、すでに起こっているとも言えますが」
と、好奇心旺盛な少年のように乗り気で言ってきた。
「ありがとうございます、みなさん。モードさんを元の世界に戻してあげるために、がんばりましょう」
アンヌは少し嬉しそうに言った。
だんだん冒険らしくなってきたな。……最初は観光目的だったが。まぁそこはいいか。
——なんだかんだ言って、俺もこの状況を楽しんでいた。