複雑・ファジー小説

Re: 「人間」を名乗った怪物の話。 ( No.8 )
日時: 2013/08/20 19:41
名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)

4.

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それから、その日の昼時。
俺は街道、というより山道の中腹地点で休憩をとった。
ここから山を登らず、真横に横切るように渡っていくと次の国の表街道に出る。

アンヌは荷物をゴソゴソやった後、何か手のひらサイズの四角い粘土のようなものを取り出した。

「何やってるんだ?……なんだ、ソレ」

俺が尋ねると、アンヌはしれっと

「携帯食料です」

と答えた。
瞬間、俺の中で人格が変わった気がした。

「お前!」

「はい?」

「その年齢で、しかも女なのに何て言うもの食ってるんだよ!」

「え?」

バッ、と俺はアンヌから携帯食料を取り上げた。

「まさかこれだけで昼飯済まそうと思ってたんじゃないよな?」

「以前からそうしていましたが」

「ばっか、成長期に携帯食料だけって栄養が足りなくなるだろうがっ!」

ああもう、なんでガキってこう無謀なんだ?と俺はブツブツ言いながら自分の荷物を漁った。

「あの、ニコルさん」

アンヌが「お気遣いなく」と言いかけたらしいので、俺はそれを遮るように

「ほら、これを食え」

と荷物から目的のものを取り出して、アンヌに突き出した。

「これ、って……料理、ですか?」

「そうだけど。ったく、俺が前の国の宿で、調理場借りて作り置きしておかなかったらどうするつもりだったんだよ。世話の焼ける……」

しばらくポカンとしたように無表情でそれを眺めていたアンヌだったが、
——突然、こらえきれなかったように吹きだした。

「くすっ、あはは……」

「?おい、なんで笑ってるんだ。つうか早く食えよ」

そういえばこいつ、初めて笑ったな。
じゃなかった。
アンヌは礼を言って俺の料理を受け取った後、付け足すようにこう言ってきた。

「ニコルさんって、『善い人』ですよね」

「……は?」

俺は思わず聞き返した。
いいひと?……俺が?

「……よくわからんが褒められたのか、俺は?」

「そのつもりですが」

褒められる、ということが殆どなかった俺には実感がわかなかった。
と、いうよりアンヌの言う『善い人』の概念が理解しにくかったんだが……。まぁ、俺は馬鹿だし、家事全般と戦い以外の特技はない『人間』だから、仕方ないか。

アンヌはいつの間にか元の無表情に戻り、すっかり冷めている料理をそれでも美味しそうに頬張っていた。
……うむ、携帯食料より断然健康的だ。

「ニコルさんは、料理が得意なのですか?」

「家事全般ならなんでもできるつもりだが。ま、どうせ住処なんてどこにもない旅人だがな」

「羨ましいです」

アンヌは淡々と続けた。

「私は何かしようとすると、必ずモノを『壊して』しまうので何もできないのです。いろいろできるニコルさんが羨ましいです」

「……?そうか」

俺は何となく眼帯をポリポリかいた。
しかし、アンヌが今言った意味はどういうことだ?
天性のドジか何かなのか……。モノを壊す、とは。
俺は何となく、料亭の見習いが皿洗いで手を滑らして皿を割る様子が想像できた。

目の前にいる少女は、相変わらず無表情で地べたにペタ、と座り込んでいるだけである。動かないでいると、まるで人形のようだ。

(……あんまり『ドジ』の雰囲気はしなさそうだけどな?)

俺はそういう風に、不思議に思っていた。

後に、俺はアンヌの言っていたことの本当の意味を知る。