複雑・ファジー小説

Re: 必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話 ( No.87 )
日時: 2013/11/21 20:59
名前: 凰 ◆ExGQrDul2E (ID: mb1uU3CQ)

【第十六話】<そうしたらね>(梅子 視点)

(あぁ、だめだわ、私って)
……ついに、私は約束を破った。
 雪は、私に殺されてしまった。可哀想に、私に殺されてしまった。
 焦って、殺しちゃうなんて、私って本当にダメ。ダメダメ。

 そんなことを思いながら、店から出ると、スマートフォンを操作して、歩さんに電話をする。
「あ、歩さん? 今、あのカフェに居るんだけど、迎えに来てくれる?」
 いつも通りに。動揺しているのを悟られないように。
『おお、そうか。 わかった、すぐに行くよ』
 歩さんの声が聞こえた。
 私は、いつも聞いてる声を聞いて、安心した。
「ん、お願い」
 そういって、私は電話を切る。そのまま、スマートフォンをポケットに入れた。

 そして、五分くらい待った頃だ。
 黒い車が目の前に止まった。これは、間違いなく歩さんの車だ。もう、何十年も見続けているから分かる。
「迎えに来たぞ!」
 歩さんは、とても明るい声と笑顔で迎えてくれた。
「ありがとう、歩さん」
 車に乗り込むと、ふぅ、と安心してため息をついた。そして、窓からカフェを眺めた。
 ちょうど、外から雪は見えなくなっていた。我ながら、良い所で殺したものだ。
 まぁ、全く嬉しくないけどね。
 雪を殺したこと、本当はすっごく後悔してる。
 それは、自分でも分かっていた。でも、そんなことは、言えない、言ってられない。
「なんで……殺したんだろう」
 私は、小さくつぶやいた。
 それは、歩さんにも聞こえていたらしい。
「ん?」
運転席の歩さんが私の方を見た。私は、慌てて適当に話を繕っておいた。
 歩さんは、私の本当のことを知らない。
 まさか、この容姿のままの私が生き続けるなんて思っていないだろう。
 だって、夜人と雪を巻き込んで、私の誕生パーティーを開いたのも、彼なのだから。
 絶対、私は普通の人間なのだと、歩さんは信じてる。
 それに、彼は、時雨さんのことも知らない。
 彼には知らせずに、私は時雨さんと会ってる。
 これ、もしかしたら世間には、浮気って見られるのかな?
 あはは、それは面白いわ。私が浮気だなんて、面白い。
 今までと同じ、狂った思考。のはずなのに、今度はなんでか笑えない。微笑もうとしてもできない。
 笑おうとしたら、床に倒れた雪の姿が脳裏に浮かぶ。そしたら、笑えなくなる。 それどころか、涙がでそうになってくる。
 それって、おかしいよね。私は狂ってるんだから、娘の為に泣くわけがないし。
「どこにおくっていこうか?」
 私がぼーっとしていると、歩さんが聞いてきた。
「そうね。 私の家までお願い」
「りょーかい!」
 朗らかで純粋に彼の目に、雪のあの姿はどう映るのかな。
 夜人がいなくなった時のことも、まだ私は彼に話していない。「友達の家に泊まりに行くんだって。 しかも、一ヶ月」なんて、あり得ないような言い訳をしたら、彼は単純だから……純粋だから、「おう、そうか! あいつもそんな友達ができてよかったなぁ」と笑いながら言った。
 多分、事実を言ったら、彼は普通ではいられないだろうね。
 だって、夜人が生まれた時、一番喜んでたのは彼だった。病院中に響くような声で、涙まじりに叫びながら喜んでたよね。
 ま、そんなの、私からみたら滑稽な劇くらいの価値しかないけど。 
「おい、着いたぞ」
 歩さんの声が聞こえた。
 かなり、早く着いたみたい。

 私は、なにも疑わずに車から出た。それが、間違いだって気づいたのは、車から降りたあと。私は、外の光景をみて固まった。 この状況を一言で表すなら、〈時すでに遅し〉って感じかなぁ。
「梅子さん、お疲れ様です」
 聞き慣れた声がする。敬語で、優しい声。
 私が、今日、“一番”会うはずがないと考えていた人物が、今、私の目の前にいた。
「……なんで、いるのかしら?」
——そう。彼は、時雨さんだった。
「おやおや。 俺がここに存在することに、意味が必要ですか?」
 彼は、質問に質問で返しながら、面白そうにカッカッと笑った。
「……そういうことじゃないわ」
 適当に彼の冗談に返事を返しながら、私は、後ろをゆっくり振り返った。そこに最愛の人物がいないことを願って。
 でも、……居た。そこには、歩さんがちゃんと存在していた。
 現実って酷いよね。私のことも、逃してクレナイ。

Re: 必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話 ( No.88 )
日時: 2013/11/21 21:41
名前: 凰 ◆ExGQrDul2E (ID: kXLxxwrM)

「どうしたんですか、梅子さんらしくない。 いつもなら笑っているのに。 もしかして、なにか"やっちゃった"とか?」
 時雨さんの言葉が、私に刺さる。また、脳裏に雪が浮かぶ。私は、それを慌てて振り払う。
 そして、時雨の方を振り返った。
「そ、そんなわけないじゃないっ」
 その時、私は完全に動揺していた。感心しちゃうくらいに、完全動揺。笑っちゃうよね、私は動揺するなんて。
「はは、面白いです。 能無し豚は爪を出す、って言いますけど、貴方の今の状態はまさにそれ。 そうですね、貴方がなにをしたのか、俺が当てて見ましょうか。 雪さんを——」
「雪を殺した」
 時雨さんの声を遮った。
 誰かの声が。
 これって、私の声?違うよね。ってことはさ……、
「歩さん……!?」
——私と時雨さんの声じゃないなら、残りはあと一人しかいなかった。
 私は、もう動揺した状態から戻れないかもしれない。
 [歩さん、なんで知ってるの?]
 その思いが、私の心を支配した。
 ぶわぁぁっ、と頭からいろんな考えが抜けていく。考えが抜けた頭は、文字通り「真っ白」になった。
「そうそう。 歩さん、見事ですね、正解です」
 時雨さんは、楽しそうに笑いながら、拍手をした。拍手の音が、響き渡る。
 ここは、私の家の前だった。確かに、私の家の前。だけど、違う。時雨さんがいるから。
 時雨さんがいる所は、すでに普通の場所ではない。そこは、「最狂」だ。少なくとも、私は、そう思ってる。
 そして、それは私の家の前も例外じゃなかった。彼がいたせいで、家の前は冷たい雰囲気が漂っている。
 今すぐにでも、逃げたい。
 この冷たい空間から逃げたい。
 能無し豚でも、能無い鷹でもなにになってもいいから、逃げたい。
「ってことはですね、梅子さん。 貴方、契約を破ったことになるんですよ」
 コツ……、コツ。時雨さんの足音が響く。彼が、こちらに歩いてくる。
 私も、それに合わせて後ずさり。
「約束なんてものより、契約は重いんですよ」
 そして、次の瞬間。 私のほおを激痛が襲った。
 もう、痛いなんて感覚じゃない。痛感が壊れてる、そう思っちゃうくらい。脳が、痛がるのを拒否してる。
 私は、こんな暴力を受けたことが今まで一度もなかった。
 口から、じんわりと生暖かい感触が広がる。……血だ。真紅にちょっと黒が混じってるような、綺麗な赤。
 血が口の端を伝う。
 やだよね、こんなの。 もう、大怪我だよ。あーあ、メイクとか全壊だよね。
 いつもならそんなことを考えてるだろうけど、今の私は、そんな精神状態じゃない。もう、精神なんてボロっボロ。木っ端微塵になってる。
「あ、少し手加減できてませんでしたか? そういえば、前にもこんなこと、ありましたねぇ」
 時雨さんの顔が、間近に見えた。
 怖い!
 やめてよ!
 助けてよ、歩さん!
「彼女は、丸菜学園の制服を着てましたっけ? 黒い長い髪で、静かそうな子でしたよ。 最後、俺のナイフを取ろうとした時には流石に驚きましたねぇ」
 そして、彼は私を蹴った。鳩尾に、彼の足が直撃して、もう痛みで立てない。座ったまま、私は、涙目で時雨さんを見ていた。
 涙が、止まらない。
 痛くて、辛くて。

Re: 必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話 ( No.89 )
日時: 2013/11/22 21:21
名前: 凰 ◆ExGQrDul2E (ID: Uj9lR0Ik)

「でも、梅子さん。 貴方は、彼女よりもランクが低いですよ。 比べものにならないくらいに、です」
 時雨さんは、にこにこと微笑みながらそう私に話した。
『私の方がランクが低い』——その言葉が私の心に突き刺さる。ぐさっと、直接。
「……ぉぁ、ぅ"ぐっ」
 喋ろうと思ったら、——口答えしようと思ったら——、また蹴られる。
 もう体は打撲傷だらけ。なによ、これ。なんでこんな目に合わなきゃいけないの?私、そんなことをされる理由なんて、あるの?
「ははは、貴方はとても可哀想です。 でも、雪さんの方が、もっと可哀想なんですよ。 私が、貴方に教えて差し上げましょうか?」
 時雨さんの笑顔が艶やかに光る。
 彼は、私に質問したけど、私に回答権なんてない。
 私は、殺されるんだ。
 雪を殺したから、私は仕返しされるんだ。
「自業自得」。
 正に、それだよね。自業自得じゃん。
 なんで私、そんなことが分からなかったのかな。
 そんなことを考えている間に、時雨さんの指が私の首を絡みつく。そして、時雨さんの手の血管が浮かび上がった。
「ぅ"……ぐぁ」
 私の口から、女とは思えない汚い声が出た。
 苦しい、息ができない。嫌だ、助けてよっ!
 抵抗しようとしても、体に力が入らない。
 私は、目をつぶった。
——現実から逃げる為に。

 ある日、私は歩さんに呼ばれた。私の家の近くの、御花畑に。
 そこには、歩さんが居た。にっこりと優しく微笑んで、彼は、私の前に立っていた。
 私は、彼に抱きついた。彼は、それを迎えてくれる。そして、私に言う。
「梅子、好きだよ。 結婚してください」
 彼は、今まで私が見たことの無い赤い顔をして、結婚指輪の入った箱を私に差し出した。
 かぁぁぁ。私の顔が、真っ赤になっていくのがわかる。きっと、耳まで真っ赤っかだよね。
 恥ずかしいけど、すごく嬉しかった。
「……うん。 ありがとう」
 私は、満面の笑みでそう言った。
 あたり一面の綺麗な花と、幸せに、私達は包まれる。花は、桃色や紫色、紅色のコスモスだったから、あれは秋のことだった。
 
 でも、今。その幸せは崩れ落ちていく。
 コスモスは、萎れて、もう花の形ではなくなっていた。
 今の私を例えるならば、その枯れたコスモスかな。
 あの時の歩さん、とっても笑顔で優しくて。私の自慢の夫だった。女として、歩さんが純粋に好きだった。
 だけど、それは崩れる。私の抱いていた幸せな幻想は剥がれ落ちて、心の中には、むき出しになった“現実”だけが残った。
 違う。
 私は、そんなものが欲しいんじゃない。
 私は、幸せが欲しかったの。
 歩さんと結婚して、夜人と雪……二人の子宝に恵まれて、あの時はとっても幸せだった。
 幸せを求めて、幸せに貪欲になってた私。
 今、私の本当の姿を、“ワタシ”は知った。
 私は、歩さんが好きなんじゃなくて、夜人が好きなんじゃなくて、雪が好きなんじゃなくて、私が好きだったのは——。

 そして、その瞬間、私の思考回路は停止した。体に力が入らない。呼吸ができない、しゃべることもできない。
 意識が朦朧とする。
「さようなら」
  さようなら。
 私の人生は、そこで終わったみたい。

 私が好きだったのは——一体、なんだろう。
 もう、今はわからない。
 でも、あの時の“ワタシ”は、純粋だった。……ような気もする。

【第十六話 END】