複雑・ファジー小説
- Re: 必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話 ( No.90 )
- 日時: 2013/11/23 12:37
- 名前: 凰 ◆ExGQrDul2E (ID: SrUKMM4y)
【第十七話】 <上っ面の契約を>(時雨 視点)
——ああ、俺は何をやっているんだろう。
なんで、梅子さんを殺してしまったんだろう。
こんなことをしても、なにも特にならないことはもう知っているのに。こんなことをしても、光が戻ってこないことは知っているのに。
——光、光、光! なんで、梅子さんに殺されたんだよ!
あの時みたいに、暴れろよ! 「葵、葵!」って叫んだ時みたいにあばれろよ!どうして、死んだんだよ……。——
そんなことばかり考えていた俺は、もう罪の意識なんてなくて。【目の前の女を殺そう】と、ただそれだけを考えてた。
目の前の女は、俺の息子を殺した。
いや、今は俺の息子じゃない。女の娘だ。しかし、彼女はかつての俺の息子なのだ。複雑で良くわからないって? お前も、100年も200年も生きてみろ。そしてら、それが分かるさ。
雪は、光。光は、雪。そんな事実があって、俺と梅子は、それに忠実に生きてきた。
——『光の生まれ変わりである雪を、悲しませたり、殺したりしてはいけない』
これが、俺と梅子の契約。だが、梅子はそれを破った。
悲しませたのなら、俺が厳重に注意して、終わっていただろう。
だが、彼女は罪を犯した。
雪を、俺の大切な“光”を、殺したのだ。
しかも、雪の感情を涙で誘導して、毒を塗った針で殺したのだ。あの綺麗な柔肌に、針を刺したのだ。
あの綺麗な肌だから、刺した時の感触は、さぞ気持ち良かっただろうね。
でも、俺はすっごく気持ちが悪いよ。そんなこと、考えたこともない。
雪を殺した人間なんて、死ねばいい。
——あぁ、俺は何をやっているのだろう。
彼女を殺して、俺は徐々に冷静になっていく。
そして、俺は驚いた。
今更だけど、「梅子さんは殺されてしまった」のだ。
だが、それはあり得ないはずなのだ。
だって、あのゲームが有る限り、俺と彼女は不老不死なのだから。しかし、事実、彼女は死んでいる。
あの強さで首を絞めて、"普通なら"生きているはずはないから、演技で死んだふりをしている、なんてことはないだろう。
じゃあなんで、彼女は死んだ?
サァ。頭から血の気が引いていく。嫌な予感がした。
「さ、時雨。 楽しかったかい? 最愛の人を憎しんで殺す悲劇は」
笑いの含んだ声で、“傍観者”の彼は聞いた。
「はい、とても面白いですね」
俺も、笑う。
彼は、いつも“傍観者”だった。
誰の味方でもなくて、誰の敵でもない。
ただ、他人の悲劇を見て、笑うだけ。
それが、彼だった。
でも、誰一人彼の存在を否定しなかった。まぁ、肯定もしなかったけど。
彼の黒髪はとても綺麗。医者だけが着ることを許されるその白衣も、とても似合っていた。すらりとした体型に、申し分ない整った顔立ち。
彼は、俗にいう「イケメン」だった。
彼に好きなやつはいない。ただ、興味を持ったやつにだけは過剰な愛情を注ぐ。
彼は、矛盾している。だけど、“傍観者”だから、許される。
好きじゃないけど、興味を持ったから愛情を注ぐ。
ただ、それだけ。
彼は、興味を持ったものに愛情を注ぐ為だけに生まれた。
きっと、そういっても過言はないだろう。
「へぇ、良かったね。 面白いのはとても良いこと。 そんなこと、僕はどうでもいいけどね」
彼は、本当にどうでもよさそうだ。俺のしゃべりながらも、自分の前髪をいじっていた。
そして、無表情で、下の方を見ている。
彼に見下ろされているのは、彼が興味を示していた“梅子さん”だった。
彼と、梅子さんはとても仲が良かった。
結婚するって決まった時は、俺は心から祝福した。……多分。
「そうですか。 ちなみに、なんで彼女は死んだのかわかりますか?」
俺は、首を傾げて聞いた。
「そりゃ、首を絞めたから、じゃないかい?」
彼は、笑いながら俺に視線を向けた。
狂った俺でもゾッとする、その笑顔を、彼は俺に向けた。
「そ、そうですか」
「当たり前だし。 それくらい、俺にでも分かるよ」
笑いながら、彼は踵を返した。
「あのさー、僕をバカにするのも大概にした方がいいよ」
そして、彼は手を振りながら、車に乗ってどこかに行ってしまった。颯爽と。
バカにする?
バカにしているのは、おまえじゃないか。俺をバカにして、騙して。
昔からそうだろう、お前は。
あぁ、もう、嫌になる。
なんで俺がこんなことをしなきゃならないんだ。
もう、疲れたよ。動く気力もない。
「はぁぁ」
大きくため息をつく。
梅子さんは、そこに横たわったまま。
これ、どうしたら良いんだろう。
死体の処理の仕方なんて知らない。
- Re: 必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話 ( No.91 )
- 日時: 2013/11/23 13:02
- 名前: 凰 ◆ExGQrDul2E (ID: 9yNBfouf)
「はぁぁ」
もう一度ため息を着く。
仕方ない。放っていくわけにはいかないので、家にいれておく事にした。
歩が事前にあけておいてくれた家に入ると、リビングのドアが開いていた。ちらりと見えたリビングは、とても綺麗に整頓されている。
でも、リビングまで持って行くのは面倒臭かったから、玄関に置いておいた。
歩は、もうこの家には戻らないだろうし、雪と夜人は死んだから、この家の持ち主はいなくなっている。
だから、玄関でもいっか。という、楽観的な思考なのは、俺だから仕方ない。
そして、家から出た。
俺は、この家の鍵を持っている。
俺が鍵を閉めると、この家は、歩が戻らない限り、二度と開かない家になった。
そして、その鍵を適当に捨てておいた。
「こんな鍵、もういらないなぁ」
そう、つぶやいて。
俺は、街を歩きはじめた。
大きなショッピングモールを通り過ぎると、寂れた街に。そして、さらにそこを通り過ぎると、大きな丸菜学園が現れる。
ここは、昔から、ずーっと建っている。白狐川の近くに。
葵さんが生きていた時も、真人くんが生きていた時も、建っていた。
俺と梅子さんは、ここだけは消そうとしなかった。世界の全てを消すとしても、この学園だけは、残しておきたかった。
いや、残さなければならなかった。
なぜなら、“彼”が消すな、と言ったから。
彼が言ったのなら、消してはいけない。
きっと、消したらとんでもない天罰が下るのだろう。どんな天罰かは、想像もつかないけどね。
だから、俺は、この学園の本性を知らない。
この学園を誰が創設したのか、そんなことも知らない。調べたら分かるけど、それも“彼”がダメだ、という。
“彼”は、権力者なのだ。
俺なんかは、絶対に勝つ事ができない。だから、彼に従うしかない。
丸名学園の門の前に立つ。
そして、校庭のサッカーゴールの近くに向かった。
確か、——いつかは覚えてないけど——昔に、ここになにか大切なものを埋めた気がする。
それは、なんだっけ。
そこだけ、抜き取られたように記憶がない。
「なにだったかなぁ」
つぶやいて、土に手をかけた。
そして、掘ろうとした時だ。
「ん?」
俺は、土に異変を感じた。
土が……柔らかかった。
俺が掘ったのは、覚えてないくらいの昔の事だから、こんなに柔らかいままになることはないだろう。ということは、誰かが俺が埋めたあとにそれを掘り出した、ということになる。
「……っ!?」
俺は、底知れぬ恐怖を感じた。本能的な、恐怖。根拠のない、本当の恐怖だった。
そして、それは突然に起こった。
「バンッ!!」
何かの破裂音。その瞬間に、胸に痛みが走る。
俺の綺麗な黒いスーツには、丸い綺麗な穴が開いていて、その穴から自分の肌が見える。ぷくぷく、と赤い蕾が膨らんだかと思うと、それが弾けた。弾けたのを合図に、赤い液体が溢れ出す。止まらない、止めようとしても止められない。
必死に、止血しようとする。が、体に力が入らない。それでも、力を絞り出して、自分のシャツを剥ぎ取り、それを丸い穴に当てた。
もう、痛いなんて感覚を通り過ぎていた。
痛いというか……感覚がない。身体が痺れたようになっている。
呼吸が苦しい。
口の端を、少し鉄の味がする液体が伝う。それが、ポタリ。自分の服に落ちて、服を赤く染める。
「ぁ"っ……ぐっ」
俺には分かる。 俺は、撃たれた。でも、そこまでしか分からない。誰に撃たれたのだろう、俺は。
- Re: 必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話 ( No.92 )
- 日時: 2013/11/23 13:18
- 名前: 凰 ◆ExGQrDul2E (ID: xV3zxjLd)
「楽しい? ねぇ、楽しい?」
無邪気な声が聞こえる。
「……っぁっ!」
俺は、「誰だっ!」と聞きたかった。だが、もうそんな声も発することができない。汚い、声だけが残る。
俺は、この声を聞いたことがある。だが、誰かと聞かずにはいられなかった。
だって、ここに“あの人”がいるなんて信じられないから。いや、居てはいけない。
「よかったね、時雨さん。 楽しい?」
また、“あの人”は聞いた。
嫌がらせだろうか。この苦しむ姿を見え楽しむのはお前だ。俺は楽しくない。もう喋る気力もなくて、ただ、黙っていた。
「銃弾って、本当に綺麗だよね」
あぁ、そうだね。
もうそんな返事しか思いつかなかった。
まるで、ガキに付き合ってる気分だ。
さっさと俺の後ろから消えてくれよ。
お前が後ろにいるのは不快だ。まぁ、俺の前にいるよりかはマシだけどな。でも、もう声が発せなくて、“あの人”にはなにも伝わらないだろう。
「あ、そうだ。 時雨さん、梅子さん死んだんだって? カワイソー」
彼は、楽しそうに笑っている。
そういえば、お前はそういうのが好きだったけな。人が死ぬのを見るのが好きで、人を殺す時は必ず銃を持ってて。
確か、変な異名がついてたな。どんなのだったかなぁ。思い出せないよ。
「ま、ボクは可愛いから、そんな汚い争いには参加しないけどねー」
【ボク】。女にでも男にでも使える一人称。
——こいつは男だったっけ、女だったっけ?
もう、誰がどこにいるのか分からない。前後左右が分からない。
息ができない。姿勢が保てない。
地面に横たわった状態で、俺は“あの人”の声を聞いていた。
(どれだけ狂っても、やっぱりお前には勝てないなぁ)
そう思いながら、小さく微笑む。
「あれ? どーしたの? あ、楽しいから笑うんだねっ」
その言葉を聞きながら、俺は目をつぶる。
「じゃあ、お疲れ様、時雨」
彼女がそういった。
けど、もうその声が俺の耳にはいることはなかった。
【第十七話 END】