複雑・ファジー小説

Re: Re: The world of cards ( No.4 )
日時: 2013/11/25 07:26
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 8AM/ywGU)

Chapter1
Episode1 【Whereabouts of the cards】




 トランプを使ったことがあるか? カードに描かれる記号の意味を、考えたことはないだろう。スペード、ハート、ダイヤ、クローバーそれぞれに意味がある。その意味に気付かないとしても、生きていく覚悟さえあれば、大丈夫だろう。


 ふと、あの日の夢を思い出す。温かい布団に包まれて寝ていた寒い夜の日、夢を見ていた。さんさんとした太陽が照る一日。コンクリートの道路に、少女の持つ髪の影が揺れている。
 暑い暑い日に、少女はどこかへ向かって黙々と歩いていた。汗一つかかず、涼しい顔のまま、だ。周りを通り過ぎていく大人たちは、みな汗をかいている中、不思議な光景だった。

「もう少し遠いのか」

 少女は手に持った紙切れと、目の前の掲示板を交互に見る。彼女が向かっているのは、建設されたばかりの東京スカイツリー。そこに行かなくてはならなかった。
 空を見上げれば、もう東京スカイツリーは見えるところまで来ている。けれどその足元までは、まだまだ距離があるのだ。少女は持っていた紙をくしゃくしゃにして、また歩き始める。

 


 ただ黙々と、淡々と、東京スカイツリーを目指していく。数十分ほど歩いて、やっと目的地付近についた。彼女は少し口を開け、空気を吸い込む。少し、疲れているようだった。

「ここで合っているようだけど……。まだ誰もいないのか」

 きょろきょろと周りを見るが、確かにそこには誰もいない。目安となる時間は紙に記載されていたが、正直に来た人は自分くらいか、と少女は小さく溜息を吐いた。
 少し待ってみたが、新たに誰かが来る気配は一向にない。少女は仕方なく、折角だからと東京スカイツリーの入り口へと向かった。どうせ誰もいないならば、世界一高い建物からこの空っぽの世界を展望してみようと思ったのだ。

「やあ、小さなお嬢さん。そちらに入るには、通行料が必要だよ」

 不意に後ろから聞こえた声に、少女はぴたりと動きを止める。誰かがいるような雰囲気は、一つもしなかったのだ。それなのに後ろに誰かがいることを、不思議に感じていた。

「……通行料?」
「そう、通行料。持っているのか、持っていないのか。それが分かれば、ここからの対処は簡単だ。君が持っているのならば、俺は君を通してあげるよ。持ってないんなら、このまま殺処分するだけ」

 男の声はどこか楽しげに、少女の耳へと吸い込まれていた。少女は流れる冷や汗を首に感じながら、男の言う通行料について考える。どうしても通行料がお金だとは思えなかったため、考えている時間が自然と長くなる。
 少女は持ってきていたものを、一つずつ手の中に出していく。先ほどの地図、何も描かれていないトランプカード、家のカギ、小銭の入った小さな財布。この中に、通行料があるのかどうかなんて分からなかったが、振り向いて男に手の中身を見せた。

 少女の目に映った男は何をモチーフにしたのか分からない仮面をつけ、どこかの学校の制服を着ている。こんな男に一瞬恐怖したのか、と少女は心の中で毒づいた。

「なんだ、あるじゃないか通行料」
「あるのか?」
「あるよ、これこれ」

 そういって男が少女の手から取ったのは、無地のトランプカード。地図の紙に記載されていたものだった。無地のトランプカードを持ってくること、背面の柄は何でも良い。と書かれていた。
 男は一度、指をパチンと鳴らす。すると真っ白かったトランプカードに、数字と柄が浮かび上がってきた。黒いハート。数字は「3」が浮かび上がった。

「それじゃ、行っておいで、小さなお嬢さん。そうそう、顔バレは今のところなしだからコレを付けてね」

 そういって男は、先ほど出したものをしまっている少女に仮面を渡す。男がつけているものと似て、どこか遠い所に大切なものをなくしているようだった。
 少女はそれを受け取り、顔にはめる。何か不思議な力でもあるのか、受け取ったときは大きく感じたそれは、少女がはめるときに少女の輪郭と同じカタチになったのだ。

「ありがとう」
「うん。あ、トランプはしっかりと大事にしていてね。それが壊されてしまったら、簡単に終わっちゃうんだからさ。気をつけてね、可愛らしいお嬢さん」

 そう会話したのを最後に、少女は足元に開いた大きな穴に落とされた。少女を吸い込んだ後に直ぐ、その穴は閉じる。穴が閉じた頃に、先ほどいた仮面の男の姿はどこにも見えなかった。