複雑・ファジー小説
- 『いざ!出陣!』 ( No.11 )
- 日時: 2014/11/01 23:37
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
☆ ★ ☆
「はい、着きました。それでは松浦くん、武藤さんの事お願いしますね」
「……分かりました」
そう返した松浦くんの顔には明らかに『めんどくせぇなぁ』と書いてあった。
さて、30分もかけて、やっと到着した塾。
あたしの家の近所なんて、この時間になると裏山の辺りから虫の合唱なんかが聞こえ始めてきたりする様な静かでのどかな町ってところなんだけど、ここは夜に向かって栄える、っていうか、大衆食堂とはいえない様なオシャレなレストランや、パチンコ店に見えないゴシックな造りのパチンコ店、ゲームセンターなどがあって、行き交う車や人が多い、流行最先端、って感じの“街”。
“真剣ゼミナール”と縦書きに書かれた小さな緑色の看板が塾の入り口の横にひっそりと立て掛けてあるコンクリート打ちっ放しの質素な3階建てのビルが水垢でくすんだバスの窓の向こうに見える。
中は一体どうなっているのだろう。早く入ってみたい様な……いやいや! どっちかと言えば入りたくない、っていうのが本音だけど。
“必勝”とか書いてあるハチマキだけは絶対したくない。
「あっ、ありがとうござい、ました」
運転手さんに深く頭を下げてバスを降りたあたし。
松浦くんは彼に軽く会釈をして降りてから、あたしをジロッと睨み、舌打ちをした。
この人が塾になんかに通ってなかったら、こんな目に遭わなくて済んだかもしれなかったのに……。
————舌打ちしたいのはこっちの方ですっ。
「————ふぅ」
疲れた。
塾の中に入る前から松浦くんのせいで、かなりの精神的ダメージを負った。
お母さんの言っていた通り、長い……とても長く感じた道のりだった。
ただし、これだけは……“松浦くんが一緒だから安心”は大間違いだ。だって、想像を超える程に心地が悪かったから。
あーあ。こんなに遠くまで来ちゃったよ……。
手さげカバンを腕の中に隠すようにギュっと抱きしめる。
こんな栄えた街の人達から見たら、あたしなんてつまんない女の子だよ。
なんか塾の入り口の脇にある自転車置き場が騒がしい。
どうやらここに通うあたしと松浦くん以外の生徒達の殆どは自転車で来ている様だ。自転車で通う人が多過ぎて、自転車置き場の中に収まらなかった自転車は駐車場のスペースを利用して停めている。バス1台……あとは先生達の車が3、4台しかないわりには異様に広い駐車場。そして狭過ぎる自転車置き場。
「へんなの……」
塾の3階辺りをふっと見上げた時、気が付いた。
「え? パブ? ……ヤード? な、なんだコレ?」
目を凝らして見てみると、壁に一部か二部か消えかけたピンク色で書かれた文字が残っている。それこそ塾にはとても似合わない、赤いハイヒールとキスマークのデザインが添えられて。
どうやらこの塾は、塾になる前にオトナの通う怪しげなお店? だった様だ。これで駐車場がやけに広い意味がやっと分かった。でも————
「やっぱり、へんなの……」
余計にそう思った。
バカにして笑っただけ。この塾に通う事が今日初めてのあたしの案内をしてくれる気配りの気の字も見えない松浦くん。案の定、彼はサッサと一人で歩いて塾の中に入って行ってしまった。
あんな人と毎回バスで行き帰り合計1時間も一緒だなんて……。
あたしは、これまで腹の底に溜まり続けた彼へのいかりを絞り出す様にため息をついた。
別にあんな人の案内なんて要らないもん。
自動ドアをおそるおそる抜け、塾の中に入ったあたし。
しかし入ったはいいものの、自分の教室がどこなのか分からない。
自動ドアから続々と入ってくる塾の生徒達が、あたしを通り過ぎていく。みんな学校が違うから、という事もあって、なかなか思い切って声を掛ける事ができない。
えっと、誰か……女の子で親切そうで、一人の人————いませんですか?
目だけをキョロキョロとさせながら通り過ぎていく人達の中から選んでいた。
まるでクローゼットの中から自分に合った地味な服を一着ずつ手に取って探しているかの様に。
「ねぇ、君」
うわっ! こっ、これは多分、男の子の声っ!
突然、後ろから声を掛けられビックリしたあたしは、反射的に振り返りもしないで逃げてしまった。
お願い! 男の子だけは勘弁して欲し————
……だなんて文句なんて言ってる場合なんかじゃない。自分のクラスの教室の場所を聞けるせっかくのチャンスを結局あっさりと逃してしまった大バカ者。
しかし幸運な事に、ちょうど廊下を走って逃げた所に偶然にも職員室らしき部屋をを見付ける事ができた。つばを飲み込んで、その部屋のドアに付いている小窓にそっと顔を近付けてみる。中を覗いてみると、スーツやネクタイを身につけた先生っぽい感じの人が何人か見えた。
やっと職員室に辿り着けた……とはいえ、学校と同じで、いくら職員室だって入るのはもちろん緊張するけれども、こんな所でずっと一人で立ち止まっていたって何も始まらない。うかうかしてる間に講習が始まる時間がきてしまう。あたしは思い切ってドアを開け中に入り、たまたま近くにいた多分先生だろう人に背後から尋ねてみた。
「あのっ! 今日からこの塾に入った2年生の武藤なみこっ、でっす!
えっと、その、あたし……教室が分かりません、くて……」
あたしのヘンな日本語に振り向いた、先生な感じのおじさん。
グレーのズボンに腕まくりした白いシャツ。赤いネクタイを締め、ストレートで脂ぎった黒髪を手でかき上げながら話す彼はきっと先生だ。間違いなく先生。昔の青春学園モノドラマでこういう人、なんか見た事ある。
「おおっ。君が武藤さんかね。真剣ゼミナールへようこそ。
おほほ。初めてだから緊張しておられるのかもしれませんが、そんなに堅くならなくても大丈夫ですよ。肩の力を抜いてください。
2年生? でしたね。2年生……はい。話は聞いております。今日からでしたね」
異様に“2年生”を強調していた先生。身長138センチ・体重36キロしかないあたしの体型はどう見たって小学生だからかな。
加えて教養のない話し方。
しまった……。そういえばノックもしないで入ってきちゃってたよ。
外見どころか内面までも小学生。ヘタしたら低学年児童並み。
口に手を当て笑いを堪えながら対応する先生。
そして恥ずかしさを堪えるあたし。いけない。ちゃんと聞いておかないと。
☆ ★ ☆
「しつれいしました……」
ホント失礼極まりない態度だ。これじゃあ第一印象最悪だよ。
ため息をつきながらドアを閉めたあたしは先生に教えてもらった通りに廊下を渡り、階段を昇る。
あたしたち2年生クラスと1年生クラスの教室は2階になっていて、AクラスとBクラスの2クラスに分かれている。
あたしのクラスはBクラス。
自分のクラスを聞くついでに聞いてみたところ、松浦くんはAクラスらしい。
彼と違うクラスになれた事は幸いといえば幸いなのだが、知らない人達ばっかりの中にいきなり飛び込むのには、かなりの勇気が要る。
教室のドアを開けると、学校の教室よりも少し狭く感じるくらいの部屋の中に20人くらいの人達がいた。多分学校が同じ子同士なのだろう。何グループかに分かれた仲良しグループの塊が、机の周りや壁にもたれて楽しそうにおしゃべりをしている。中には静かに一人で本を読んでいる子もいるけれど、バッチリと“わたしに話し掛けないでくださいオーラ”を出している。
手の平に指でなぞった“人”という字を何回も口に入れながらドアの前で立ち止まっていたら、さっきあたし達が乗ってきたバスを運転していた、まんまるハゲの先生が入ってきた。
彼があたしの肩にそっと手を置き、
「始めるぞー」
講習がいきなり始まり出した。
あたしは慌ててぐるりと教室の中を見回して、たまたま目に入った空いていた席に着いた。
講習が始まると、さっきまで賑やかだったはずの教室の中がまるで空気が変わったように静かになった。
居眠りなんかしたら絶対バレるなぁ。
あー、お腹空いた。帰り何時だろう。
あ。そういえば今夜テレビでバカ殿スペシャルやる日だったのに。
なんて、みんな真剣な顔をして先生の話を聞いている中、あたしは一人でくだらない事ばっかり考えていた。
「はい、テキスト58ページ開いてくださーい」
講習の大切な時間をムダな時間をとって費やさないためなのか、新入生の紹介はなく授業が進まれていく。
面倒臭い事をしなくて良かったはずなのに、あたしは少しドキドキしていた。
何故かというと————
- 『いざ!出陣!』 ( No.12 )
- 日時: 2014/09/12 13:55
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
隣の席の子、どんな人だろう?
適当に空いていた所に座ったはいいけれど、気になってしまう。
実は塾第1日目早々いきなりやってしまったのだ。
人と関わるのが……特に男の子が苦手だというあたしのくせに、よりにもよって男の子の隣の席に座っちゃってしまうという大失態を。
せめて女の子の隣だったのなら仲良くなれる確率が少しは高かったかもしれなかったたのに。
学校だけじゃなくて、塾でも“一人ぼっち”決定かぁ。
くちびるを尖らせながらシャープペンの先で消しゴムに穴を開ける。
どうせ女の子だからって、こんなあたしと友達になりたいって思ってくれる人なんているわけないや。
結局はこうなる運命に導かれるワケなんだ。ホント情けない。バカ……何やってんだろ、あたし。
壁に掛けてある時計を見るフリをして隣に座っている男の子をチラリと見てみた。
すると偶然なのか、彼の方も左手でペンを回しながらあたしの方を見ていた。
うわ。目が合っちゃった。話題が何にもないのに。
ぐ、偶然……だよね?
初対面でいきなり目が合ったのに視線を逸らさずにわたしの顔をずっと見つめている彼。
それが羨ましいほどのサラサラヘア。鼻の周りに“そばかす”を付けた優しそうな、かっこいい……というよりも可愛らしい顔をした男の子。
服装は淡いグレー色の大人っぽいシャツの胸ポケットにМADE IN 外国? っぽいバッジを付けてオシャレにキメている。
彼の顔を見た瞬間、まるで金縛りに掛かってしまった様にコチーンって固まってしまったあたし。
今まで、これっぽっちも男の子と関わった事の無い……というか関われないあたしだけど、一応は学校で様々な男の子を見てはいる。けれど男の子を見た途端、いきなりこんな気持ちになったのは初めてだった。
あっ、あたしは勉強をしにきた!
反応がおもしろいから、からかっているのですか?
それともわたしと仲良くなりたくて……ですか?
調子に乗るな。
飲んだら負けだ。
自然(?)にあたしの方から目を逸らし、気を取り戻して自分にこう言い聞かせた。
机の上に置いてあったテキストを慌てて開く。
なんだろう。この気持ち————誰かおしえてください。
足のつま先から、なんか熱いものがカーッと昇ってくるんです。
「……61ページ」
小さな声で呟いた隣の席の男の子。横からスッと伸びてきた細くて長い彼の指が、あたしのテキストをめくった。
もう彼の指を見ただけでドキドキしてしまう。
そんな事あるわけないのに、一瞬、手を握ってこられるのかと思った。
乱れた気持ちをコントロールしなくっちゃ、と意識をすればするほど余計におかしくなる。
あたしは、勉強しにきた!! ここは塾なんだから!
何回も……何回も自分に言い聞かせた。
☆ ★ ☆
それからおそらく15分くらいは経っているはずなのに、目が合った時からずっと隣の席からあたしの体の色んなトコロを撫でてくる様な視線を感じる。
黒板の横で少ない髪の毛を何度もかき上げながら懸命に数学の公式やら何やらを説明している先生。先生の話を集中して聞きたいのに、隣に座っている彼からあたしに向かって一直線にふり注ぐ強力な紫外線の様な視線のせいで、全く聞き取る事ができない。
————もう集中できない。
気になってしょうがない。
右手に持ったシャープペンを開いたテキストの間に置き、呼吸を整える。
そして勇気を出して、もう一度隣の席を見た。
「 !! 」
コレは集中なんかできないはずだ!
隣の席の“そばかすくん”は、さっきよりも更にこっちに身を乗り出し頬杖をつきながらあたしの顔を見つめている。
頭の中でせっせと積み上げ続けてきた公式やら何やらが大きな音を立ててバラバラに崩れ散った。
もう、どうしたらいいのか分からない。
「エへへ……」
顔まで崩し、戸惑いながら笑うあたし。
だって、あんな風に見つめられたらもう……笑って逃げるしかないでしょ?
ちゃんと隠せているのだろうか? この胸のドキドキ。
すると目を細めて優しく微笑んだ彼から、不意打ちでウインクをもらった。
☆ ★ ☆
————はっきりいって勉強どころじゃなかった。
結局、始まりから終わりまで、ただでさえ男の子に対して免疫というモノをこれっぽっちも持ち合わせていないあたしが、初めて会った隣の席の男の子にずっと見つめられっぱなし……という息の詰まるような講習がやっと終わった。
キーンコーン。
「はい、今日はここまで!」
終了のベルと共に、静かだった教室が徐々にざわめきだす。
ああ、(色んな意味で)やっと終わった……。
大嫌いな人と大嫌いな勉強をしに塾へ通う……それ以上に大きな試練。学校の違う人達に囲まれ、男の子に見つめられるという、とんでもないカルチャーショックを味わった。
とにかくこの場から早く消え去ってしまおう。
あたしは机の上に置いてある文房具とテキストを手提げカバンの中にかき込み入れて立ち上がった途端————
「……あっ! ねえ!」
さあ、また出ましたそばかすくん。彼はあたしがうっかりカバンにしまい忘れた、小学校の時からずっとあたしの筆箱の中に住んでいる消しゴムを手に取り、呼び止めた。
あたしの顔は今、絶対に赤くなっているに違いない。
こんな顔、彼に見られたくない。
勘弁してよ……。今日はもうこの人とはこれ以上関わりたくないのに。
消しゴムなんて別に要らないって……と思いながらも、
「どうも……」
彼の手に触れない様に、それを親指と人さし指の先でつまんで受け取る。目を合わさない様に気を付けながら。
その瞬間、あたしの手首がギュッと握られた。そのせいで消しゴムは床に落ち、どこかにコロコロと転がっていってしまった。
『なッ! 何するのッ!』
思っただけで言葉にできず、彼の手を振り払ったあたし。
そんな強く突き放した態度にも全く動じず、余裕に「ふっ」と小さく笑ったそばかすくん。
彼はあたしの全身をゆっくり見て言った。
「可愛いね」