複雑・ファジー小説
- 夢にオチそう ( No.13 )
- 日時: 2015/03/13 13:48
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
☆ ★ ☆
「高樹ー。ゲーセン寄ってこーぜー」
見た感じはあたしと同学年。学校が違うからよく分からないけれど、教室の入り口のドアから顔を出して大きな声で呼んでいるおそらくAクラスの2人の男の子。
彼らの呼ぶ声にそばかすくんが反応した。苗字を呼び捨てにしている彼らは、きっと彼と仲のいい友達なのだろう。
良かった……。
友達登場のおかげでなんとかあたしは救われた様です。
だけど……この時やっと知った。そばかすくんの名前が“たかぎ”だっていう事を。
関わりたくない、って思ってたくせに実は彼の名前が何なのか、少しだけ気になっていた。
ふっと、さっき、たかぎに握られた手に視線を落としてみる。
だって、こんなあたしなんかの顔を見て『可愛い』だなんて言った人なんだもん————
温ったかい手、してたなぁ。
たかぎ……。
「ちょっと待ってて」
たかぎは床に転がっている消しゴムを拾い、あたしの着ているジャンパーのポケットにいきなり手を入れてきた。
『ひゃっ!』
あまりに大胆な行動に心臓が悲鳴をあげる。
「高樹純平。よろしく」
ファッションセンスのないあたしがこんな事を言うのもなんだけど、着ている紳士的な服とはなんだかミスマッチな感じの、そう……戦地にいざ突入しようとする兵士が持つ様なワイルドな深緑色をした迷彩柄のリュックを肩に掛け、笑顔を見せて教室を出て行く彼。
そんな彼に消しゴムを拾ってくれたお礼を言おうと呼び止めようと思ったけれど————なんだっけ?
しばらく“ちょっと待ってくださいポーズ”で伸ばした片手を前に出して口を開けた状態で再び固まってしまったあたし。
……あれ? ————名前が出てこない。
たった今フルネームを教えてもらったばっかりなのに。
あたしをまっすぐ熱い眼差しで見てくる彼の顔だけしかどうしても思い出せなくて、ポケットの中の消しゴムをそっと握り締めた。
☆ ★ ☆
消しゴムを筆箱に入れずに、さっきからずっとポケットの中で握り締めたまま帰りのバスに揺られているあたし。
今頃になってやっと、あの彼の名前を思い出した。……苗字だけだけど。
隣のシートに座っているのは松浦くんのはずなのに、行きのバスの張りつめた緊張感は不思議と無い。
バスのエンジン音だけが聞こえる静かな空間の中で窓の外に見えるお月さまを眺めながら、あたしはずっと“たかぎ”の事を考えていた。
あたし達の乗るバスの運転手、兼・数学担当の講師の“蒲池先生”がラジオをつける。
ノイズ音に負けていない勢いでリスナーに語りかけてくるDJのお兄さん。
彼の高いテンションが、あたしのテンションを少しだけ上げてくれる————
『全国の恋に奥手な少女達よ! 夢見てばかりじゃ何も始まらないのさ!
さあ! 僕の手を掴んで! 夢なんてよりも、もっとロマンチックな世界に連れて行ってあげる!』
僕の手を掴んで、か。
実際にそんな事言われてないけれど、たかぎの瞳が何度もあたしにそう語りかけてきていた様に感じていた。
☆ ★ ☆
「なみこちゃん……すきだよ」
空一面、茜色に染まる夕暮れ時。
周りには誰一人居ないムードあふれる静かな公園のベンチに座る初々しいカップル。
1人はあたし。
そして、もう1人、『すきだよ』と、あたしに告げた相手の男の子はもちろん————そう。
あたしはたかぎに愛の告白をされた。
「キス……しようか」
それは、まるで少女マンガのワンシーンの様なシチュエーション。
彼独特の、高いけれど少しかすれた声で、あたしの頬に優しく指を添えてきた。
あたしの唇に近付いてくる彼の顔。
あたしも、すき……。
恥ずかしくて言葉には出せなかったけれど、たかぎの気持ちを全部受け止める思いで、ゆっくりと目を閉じる。
————ビシッ!
突然、おでこの真ん中に激痛が走った。
何! 何なのッッ!? ……何でおでこ!?
目を開けると、さっきまであたしの前にいたはずのたかぎの姿が、いつの間にか松浦くんになっている。
「いい気になってんじゃねーよ、ブスが」
松浦くんはあたしを上から見下ろし、手の指をポキポキと鳴らす。
「もっとブスにしてやろうか?」
白い歯を光らせて汚い言葉を放ち、笑いながら思いっ切り力を込めてデコピンをしてきた。しつこく何回も。
「痛い! ダメっ! そんなコトしないで! 松浦くんッ!」
「おいっ! 起きろ、武藤ッ!」
……起き、ろ?
足を蹴られてあたしは目を覚ました。
茜色の夕方ではなく、真っ黒な夜。
公園のベンチではなく塾のバスの座席。
————残念ながら、やっぱりあたしの隣に座っているのは高樹くんではなくて……松浦くんだった。
目をこすって窓から外を見ると、バスはすでに家の前で止まっている。
どうやら、あたしはバスの中でいつの間にか居眠りをしてしまっていた様だ。
でも、どうしてだろう。夢だったはずなのに、おでこがヒリヒリ痛むのは————
自分のおでこを手でさすりながら、隣に座っている松浦くんを見上げた。
「おまえ……」
呼吸を乱して、あたしに何か言いたそうな顔をしている松浦くん。
どうしたんだろう。そんなに引きつらせた顔をして。
「見てた夢……おしえろ」
「……何だっけ?」
夢か。見ていた気がするけれど、内容を全く覚えてない。いい夢だった様な気がするけれど、悪い夢だった様な気もする。
この人に蹴られた瞬間、飛んでった。
ジンジンと痛む足。
酷いよ。女の子にこんな起こし方を事するなんて。
よだれを手で拭き、モシャモシャと頭を掻きながら、バスを降りたあたし。そして松浦くん。
『松浦くんにお礼しなさいよ』
そういえばお母さんにこう言われてたな。
おうちに向かってよろよろと戻る途中で一度振り向いてみてみる。
うわ……。
明らかに睨んでいる松浦くん。
ふん……お礼なんかする場面なんて無かったもん。
☆ ★ ☆
「ひっ!」
玄関のドアを開けると、仁王立ちであたしを迎えて待ち構えていたお母さん。
『おかえりなさい』? いやいや、そんな言葉出てくるわけない。
「どうだった? 楽しかった?」
はい。いきなりこうきたです。
勉強が楽しいわけないでしょ?
嘘でも棒読みだって『たのしかった』なんて、言ってやるもんか。
このお母さん曰く、“優しくていい子”にされた酷い扱い、そして初めて経験した異性とのドキドキハプニング……色んな事があって精神的にとても疲れていたあたしは、今はもう誰とも何も話したくない気持ちだった。
「どうだった? ねえ!」と、笑顔でしつこく聞いてくる仁王様をうまくかわしながら、ふくれっ面で台所に入った。
このお母さんのせいであたしは……。
自分の学力の無さを棚に上げて、冷蔵庫から出したガラスポットに入った麦茶をコップにたっぷりと注いでガバッと飲み干す。
————しかしスッキリしたのは、ほんの一瞬だけ。
そこに、まだ懲りずにあたしの後をつけて台所に入ってきたお母さんの、とどめの一撃!!
「鷹史くんが一緒だから心強いでしょ? 高い受講料払ってんだから頑張んのよ!!」