複雑・ファジー小説

忍び寄る疫病神 ( No.14 )
日時: 2014/09/23 16:12
名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)

《突然ですが、ここから松浦鷹史くんが主人公になります》


「ねぇ、鷹史。この前話したお隣のお嬢さんのなみちゃんが、あなたの行ってる塾に入るって話だけど……。
 それがね、今さっき聞いて————今日からなんですって」


「んー」
 ……なんだ、そんな事か。
 リビングのソファーに座ってノートパソコンのキーボードを打ちながら答える俺。
 頬に手を添えながらキッチンとリビングを何回も往復しながらうろうろと歩いていた母さんは、どうでもいい話題とため息をこぼし、俺の隣に詰め寄る感じで座ってきた。
 ガラス製のテーブルの上に置かれた湯のみに入った熱い緑茶を少しずつすすっては何度も俺の顔をチラチラと見てくる。
 父さんがもうすぐ帰ってくるぜ。
 そろそろメシの仕度、したらどうだ?
 ちっ。触れて……くんなよ。
 母さんの方は一切見ない様、ディスプレイに顔を近付けると、さらにわざとらしく俺に聞こえる様に大きな声で“ひとりごと(?)”を呟いてきた。
「なみちゃん……初めてで、きっと心細いでしょうね。おとなしい子だから、いじめられたりしないかしら? 
 ————心配だわ」
「んー」
 ……知るか。
 悪いけど、その“件”に関してはあまり……いや! 絶対に関わりたくはない。俺は聞いていないフリをしてキーボードを打ち続ける。
 もう5時回ってるぜ。
 ほらほら、父さん会社から疲れて帰ってくるんじゃね?
 キーボードを打つ指に少しずつ力が入る。
 “なみちゃん”。
 あいつの事をそう呼んでいる母さん。
 昔は俺も……。
 さらに指に力が入る。


「鷹史、あなた同じ学校なんだから、なみちゃんの事優しく守ってあげてね」


「…………」
 守る?
 俺はキーボードを打つ手を止めた。我慢ができなくて。
「ねえったら、ちょっと! 聞いてるの? 鷹史っ!」
 うるっせーな……。
 ムカついてるのは俺の方なのに、こっちの気も知らないで、知ろうともしないで勝手に逆ギレしやがって。
 ドンッ!
 リビングに響きわたる大きな音。
 俺じゃない。……母さんの方だ。 
 テーブルの台がガラスだというのにこんなに無茶な危なっかしい音をたて、湯のみの中に残っていたお茶を零しながらテーブルに置いた母さん。
 そんな事したら割れちまう……ではなく、『空気読め』と心の中で返し、睨んだ。


「……母さん。この前話してた石川きよしのコンサートチケット2枚……結構いい席取れたよ。ほら」


「えっ? あらホント。武藤さんに連絡しなくっちゃ。きっと喜ぶわぁ。ありがとね、鷹史」
 コロッと機嫌を戻した母さんは嬉しそうに携帯電話を手に持ち、おそらく“あいつ”の母さんと話をしている。


 優しく守ってあげろ? ————あいつを?


 細身の上体を俺に背を向けメトロノームの針のように揺らしながら電話をしている母さんの声のボリュームが段々と大きくなる。
 ゲンキンなババアだぜ、全く。
 俺は楽しそうに話し込んでいる彼女の背中を見て鼻で笑い、リビングを出た。


 俺がいっぱい、いじめてやるよ……。


     ☆     ★     ☆


 2階に上がり、自分の部屋のベランダの窓の外を見ながら俺はデカいため息をついた。
 母さん同士で仲良くするのは勝手にしてもらって構わないが、俺まで巻きこむのはいいかげんやめてほしい。
 もしかしたら、この調子で勝手に親の都合で将来ムリヤリあいつとケッコンなんてさせられるハメになるんじゃないか?
 ハッ! 冗談じゃねぇ! ————それだけは死んでもゴメンだ。


 目の前に武藤の部屋がよく見える。
 相変わらず勉強机の上には、1日であんな量読めるか、というくらいの数の漫画本がどっさりと積み上げられている。ウッドチェストの上に、女らしく花の植木鉢なんかを飾っているつもりだろうが、元が何の花なのか、どんな色の花だったのか、分からないくらい無惨にドライフラワー化している。————見れば見るほど思わず“バカ代表”の称号を与えたくなるようなツッコミどころ満載の部屋だ。


 たった今、学校から帰ってきたばかりなのだろう。
 ドアを開けて部屋に入ってきたセーラー服姿の彼女。こいつは普段からあちこちに恥をさらけ出し過ぎて、羞恥心というものを失くしてしまったに違いない。隣の家に同級生の男が住んでいるって分かっていながら、見られているとも気付かずに、いきなり服を次々と脱ぎ出し、堂々と着がえ出した。
 カーテンくらいしろよ……。
 案の上、胸も尻もクビレもない幼児体型をしていやがる。
 それにあの上下薄ピンク色の下着はよっぽどお気に入りの様でか、それともただ単にタンスを開けて一番上にあったものを取るだけなのか、2日に1回の割合で着けている様な気がする。女はこの年頃になると下着にもこだわる位オシャレに目覚めるものだと思っていたのだが。
 うおっと。今度は下着姿で背伸びをしていやがる。
 みっともねぇ体。
 こんな女を好きになるやつなんて絶対いない、と俺は思った。

忍び寄る疫病神 ( No.15 )
日時: 2014/11/11 11:40
名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)

 平和な日々に“ひび”が入る。
 不吉な予感。
 “こいつ”のせいで、何かいやな事が起こる気が————


     ☆     ★     ☆


 ……くそ。何だ、この妙な胸騒ぎ。
 鞄の中から出したミント味のチューイングガムを一枚口に含み、天井を見上げて深呼吸。
 バスの中、俺の隣の席で石の様に固まっている武藤がいる。
 今日から俺と同じ塾に通う事になる彼女。
 脳ミソスッカスカの……ちょっと蹴っただけでこっぱみじんに砕けちまいそうな情けないくらいに脆い武藤石。


『続いて明日の天気をお知らせします』


 暖房の温風と共に、ラジオから何気なしにサラサラと流れ出てくる天気予報。
 おいおい、天気予報士のおっさんよ。頼むからついでに俺のこれからの塾生活も予報してくれ。


 ああ。ますます頭痛が痛ぇや。
 同じ学校で隣同士の家に住んでいる武藤と俺がバスに一緒に乗って塾へ。
 こんな状況をはたから見たらどう映るんだ。


 ————恋人?
 ……ざけんな。クソ。
 塾生活だけじゃなく学校生活にも悪影響を及ぼすぜ。
 こんな事誰かに知られちまったら俺は————


 頼むから母さん達には、この話を他の奴らには漏らさないで欲しい。
 こんな奴なんかとヘンな噂になるのは、ゴメンだからな。


 ガムの味が無くなり出した頃、塾に着いた。
 多分、同じ学校に通っていて、住んでいる家が隣同士だから仲がいいのかと思われたのだろう。先生に“武藤の面倒をみてやれ”みたいな事を頼まれたけれども、まっぴら御免だ。
 フン! 自分で何とかしやがれ。
 そんな事したら俺が面倒な事になる。
 武藤の事は一切構わずバスを降り、俺は早歩きで逃げ出した。


     ☆     ★     ☆


 何事も無かった様に、いつも通りの顔に切り替えるんだ。
 いつも通りの俺になれ。
 教室のドアを開けて自分のクラスの教室に入り、席に着く。


「よォ、鷹史」
「はぁーい、鷹っち」
「来たな、鷹殿」


 わざわざ自分(こっち)から動いたりなんかしなくたっても周りの奴等の気持ちがこんな風に自然に集まってくる。こんな事を自分で言うのもなんだが、俺には人を惹きつけるオーラが出ているのかもしれない。
 違う学校なのに何かと親しくしてくれる彼らに、俺は軽く手を上げ笑顔で応える。


 今頃Bクラスの教室で武藤はどうしているだろう。
 周りにいるのは違う学校の知らない人だらけ。
 負のオーラしか出てないあいつの事だから、きっと教室のドアの前で立ち止まって泣きそうな顔してるだろうな。
 ごめんな。“優しく守って”あげられなくて。……ククッ。


 まァ、とにかく武藤と違うクラスで良かった。


 ————と、なんだよ全く。
 今日武藤がこの塾に通う様になってから、気が付くと無意識で彼女の事ばかり考えてる気がする。
 極力、俺の視界と脳内に連れてきたくはない女なのに。
 いち早く強力な殺虫剤でも撒いて追い出さなくては気分が悪くなる。
 俺はカバンの中に手を入れて、講習が始まる時間までの暇潰しのためにと家からちゃっかり持ってきていた小説本を出して読み始めた。
 実は今読んでいる場面が、スゴくイイとこだったりする。
 断じてエッチな小説ではない。
 俺に限ってそんな事などあるわけない。
 ただ……最新ベストセラーとなっている恋愛小説だから、俺がこんなの読んでるなんて誰にも知られたくない。


 他の奴等に絶対にタイトルを見られない様にしっかりと深紫色のカバーを付けて隠した本を読んでいると、俺の大嫌いなくさい香水の臭いが近付いてきた。


「たーかし、クンっ」


 チッ! こいつか。
 まだ読み始めたばっかりなトコなのにとんだジャマが入りやがった。
 同じクラスのこの彼女の名は、徳永静香。
 “静香”のくせに、全くもってうるせー奴。
 こんなののドコがいーのか分かんねーけど、さっき俺の事を呼んだ釜斗々中のちょっと変わりモンの友人の一人が、どうやら彼女にのぼせ上がっててるらしくマーメイドやら妖精とやら言ってた。……どっからどう見ても俺には蠅にしか見えねぇが。
 迷惑っちゃ迷惑なオンナだが、俺の前でだけ人格を変えられる、という結構ウケる得意技を持っている。


「なに、よんでルのぉ?」


 さらに彼女は声のトーンを普段よりも1オクターブ上げた見事な作り声で話す事ができる、という高度な裏技まで持ち合わせている。
 先生とか女と話す時は標準語喋ってるくせにな。
 天ぷらに思いっ切りがぶりついてきました、みたいにギットギトに光っている深紅の唇。それだけでも吐き気をもよおしそうなのに、さらにその唇を尖らせながら俺の顔を上目遣いで見つめている徳永さん。
 視線を俺にロックオンしたままで、インド人のパフォーマンスとかによく見るアレ……そう、アレだ。笛を吹いたら壺の中から出てくる蛇の様に体をくねらせながら、俺の手元を覗き込んできた。


「本……」


 こんな女と話したくないのに。
 香水の臭いが鼻にまとわりついてむせ込みそうだ。武藤にだけじゃなく、ついでにこいつの顔面にも殺虫剤をぶっ掛けて追い返してやりたい。
 本を閉じ、『さっさとどっかへ行きやがれ』と念じたが、今度は俺の顔に顔を近付けてきやがった。
 はぁ。
 近くで見ると思ったよりも……かなりゴテゴテしててケバイ顔。
 こいつは塾を何だと思ってるんだ。


「ねェ。今日、鷹史クンと一緒にバスに乗ってきたコって、ナニ?」


 彼女はいきなりイヤな事を聞いてきやがった。
 武藤の事は話したくない。
「アハハ……」
 ……なんて笑ってごまかそうとしたけれど————ダメだった。


「あのコ、鷹史クンと同じ中学で家が隣同士なんだって、さっき蒲池(かばいけ)センセイに聞いて。
 ねェ、どんな関係なの? 幼馴染み? 
 ————もしかしてコイビト……なんてコト、ナイよね?」
「——ッ!」


 くそッ! 早速“恋人”出やがった!
 蒲池のやつ、余計な事言いやがって!!


 ムンムンとたちこめるくさい香水の臭いが、さらに俺をムカつかせる。
 我慢ができなくなって、右手の拳で机の上をドン! と叩いた俺。
 塾のバスの時から溜まりに溜まった怒りのオーラで教室の中全体が一瞬シーンと静まりかえる。


 やはり“あいつ”のせいで————


 コレはマズった。ミスった。トチった。
 俺とあろうものが、こんな女に言われたバカバカしい話に対してこんなに腹立てちまうとは。
「フッ」と小さく笑って椅子にのけ反り返った俺は、


「関係ない……」
 と呟いた。
 “武藤と俺は何の関係も無い”
 “徳永さんには関係の無い話”
 両方の意味を込めて————


「よかったァー。コイビトじゃなかったのネー。じゃあ静香、まだ脈アリなんだねェー」


 スキップしながら自分の席へと去ってゆく懲りない女。
 風の噂で耳に飛びこんできた事だが、確かこいつ最近————
 そんな憐れな彼女に向け、心の中で“フェイク・ポーズ”をおみまいしてやった。