複雑・ファジー小説

『もの好き男の宣戦布告!? 』 ( No.16 )
日時: 2014/12/12 15:39
名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)

     ☆     ★     ☆


 講習が終わり、俺は教室のドアを開けて廊下に出た。
 はぁ……。あとは帰るだけか。
 帰る“だけ”。


 Bクラスの教室の前を通ると、武藤のバカ顔が頭に浮かんだ。
 そういえば、この塾は、他の所に比べるとレベルが高かったんだ。
 学校のレベルにさえ全くついていけてないあいつが、どう考えてもここで続けていけるわけがねぇんだ。
 一体あいつの母さんは何を考えてんのか分かんねぇけど、あんなのを塾なんかに通わせるなんて、はっきり言って金をドブに捨ててる様なものだ。ああいう勉強の仕方から分かっていない様な奴には、せめて家庭教師の先生を頼むとかにしとかねぇと。
 確かに、あんなにヒドすぎる成績じゃあ、親が心配する気持ちがイタいほど解るけれども、イヤイヤ勉強なんてさせたって頭に入るわけがない。
 好きなものに熱中する意欲がねぇと、力を発揮できねぇから。まじで。
 親の心子知らず……なんて昔の人はよく言ったものだ。
 俺も俺で母さんに『なみちゃんと仲良くしてあげなさい』とか、しょっちゅううるさく言われてるから。


 ————死んでも嫌だが。


 そうやってやりたくない事をムリヤリ押しつけられて、あいつもまぁ可哀そうっちゃあ、可哀そう……って! か、かわいそう!? はあっ!? なに考えてんだ、俺っ!!
 武藤と一緒にバスに乗ってきたもんだから、頭がおかしくなっちまったんだろうか。
 週に二回といえども、これから俺の傍にあいつにいられたりしたら俺のステータスが悪化しかねない。


 妙な危機感。
 階段を降りる足が一瞬もつれてコケそうになっちまった。
 意外にアイツ……ああ見えてゴキブリよりもしぶとい奴なのかもしれねぇ。
 塾の外に出て空を見上げると、まるで疲れた俺をお出迎えしていたという様に暗い雲をかきわけて現れ出した月が。
 降り注ぐ月光を浴びながら長く深呼吸。


 フン! いい気味だぜ。
 あんな奴、すぐに追い出してやる。 


 駐車場の脇にある自転車置き場から、俺に向かって大きく手を振っている徳永さんがいる。
 いらない愛情をムリヤリ押しつけられている俺の気持ちと武藤の気持ちがなんとなく似ている気がして、「ふっ」と思わず笑ってしまった。
 さてと、あいつの疲れきって青ざめた顔をバスの中でじっくり見てやるかな。
 わざと徳永さんに気付ていないフリをして、俺はバスへと向かって歩いた。


「松浦くん」


 バスに乗ろうとしたら、背後から誰かに声を掛けられた。
 足を止め振り返ると、上品な顔をした男が近付いてくる。
 ああ、こいつは確か……。


「高樹ー、早く来いよー」


 そうだ、高樹だ。見覚えがある。
 今、自転車置き場の方からこの男をを呼んだ、俺と同じクラスの結構仲のいい友達の“健”っていうやつと、よくつるんでいるBクラスの奴だ。 
 クラスが違うから挨拶程度だけで、こうやってサシで話した事はまだ一度もないが————
「いーよ、健。先行ってて」
 夜風に乱された柔らかそうな髪の毛。それを男のわりに繊細な長い指でかき上げる。
 なんだこのキザ野郎。
 ニコッと紳士的な笑みを浮かべながら彼はゆっくりと話し出す。


「どうも。僕、2年生Bクラスの高樹純平です」


 堂々とした口調で律儀にまず自分の名を名乗り、ニコリと微笑む“高樹”とやらいう男。誰にでも好かれるような甘い声。そして優しい瞳をしている男だが、なんとなく感じる。


 まるで俺に対して挑発をしているかの様に。


 どうも、うさん臭い。
 健の友達だから、あまり悪くは言いたくないのだが。
 こいつが俺に一体何の用なのか。
 どうやら俺と高樹のツーショットが珍しいらしく、徳永さんを含め、1年生から3年生までの塾の女生徒達の野次馬軍団が興味を示した顔をして続々と集まってきやがる。
 言いたい事があるんなら、さっさと言いやがれ。
 厄介事はもうこれ以上ごめんだ。
 ジャケットのポケットから出した右手を腰にあてて目を細めると、高樹は俺の顔色を探りながら、こう聞いてきた。


「今日、君と一緒にバスに乗ってきた女の子の事、聞かせてくれない?」

『もの好き男の宣戦布告!? 』 ( No.17 )
日時: 2014/11/11 11:10
名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)

     ☆     ★     ☆


 帰りのバスで、また俺はわざと武藤の隣の席に座ってやった。
 さてと、今度はどんな攻撃カマしてやろうか。
 武藤の泣きっ面。
 武藤の怒りっ面。
 どれもこれも最高……っと。
 この塾からおまえを追い出すために、この俺様がじわじわといたぶってやるから覚悟しろ。
 ワクワクする気持ちが抑えきれず、思わず笑みがこぼれてしまう。


 思った通り、隣でとても疲れた様子で口を半開きにして窓の外を見ている武藤。


「綺麗な月だなァ、武藤」
「…………」


 いきなり俺にこんな事を言われて驚いているのだろう。彼女は何も返してこない。
 手応えのある反応だ。
 この調子で次の俺の発する言葉に毒を盛る。
「このバスから、おまえと一緒にこの月を何回見れるんだろうな。もしかしたら今夜で最後、だったりしてな! ハハッ!」
 さあ、どんな反応くれるかな?
「…………」
 彼女はまたもや何も返してこない。
「!」
 もしかしたらこいつは生意気に俺の事無視しやがる気なのか!! クッ!
 予想外の彼女の反応に迂闊にもカッときた俺。
 じょ、上等じゃねーか、コイツ……。まさかそうきやがるとはなあ!!
 首を伸ばして俺は窓の外を見ている彼女の顔を覗き込んだ。
「チッ!」
 舌打ちをして俺は鼻でため息をついた。
 彼女は見事に寝ていやがったんだ。
俺と同い年とはとても思えない、幼少時代からまるっきり成長していない様な顔をして。


 楽しい夢でも見ているのだろうか。
 現実とは正反対の空想の中で。
 俺の居ない……温かいものばかりに囲まれた癒しの世界のなかで。
 瞳を閉じながら、時折幸せそうに笑みを浮かべている彼女のくちびるを思いっ切りつまんで現実に引っぱり出してやりたくなる。無性に————


「可愛いお友達ですねぇ。松浦くん」


 か、かわいい? 
 だッ、誰が? どこの誰がだ!?


 ハンドルを操作しながら俺に話を振ってきやがる蒲池の言葉に『どう見たって“友達”になんか見えねぇだろうが!!』と心の中でツッコミを入れながら武藤の寝顔にそっと視線を流す。


 可愛く……ねぇよ。こんなの……。


 確か高樹、といった。
 さっきバスに乗る時に、こいつの名前とか俺との関係とか色々聞いてきた男の事を思い出した。


 ゴツッ!
 いきなり俺の傍ですごい音がした。
 武藤が寝ぼけて窓に思いっ切り顔をぶつけた様だ。
「プッ!」……バーカ。
 ……なんて笑ってる場合なんかじゃない。その後、彼女は俺の二の腕に寄り掛かってきた。
 小さな白い額に、ほんのりと痛々しく赤い跡が付いている。
 痛い、のか?
 ……っつーか、こんななっても起きねぇんだが。
 こいつ、やっぱり相当、鈍————


「……ん。んぅ」
 小さく動かしたくちびるからふわりと漏れる武藤の声。
「く、来んなよ、バーカ」
 俺はひじを使って彼女を押し返した。
 すると一昔前のコントの様に、再び寄り掛かってきやがった。
「はーっ! ……クソッ!」
 俺は諦めて腕を組み、後ろにのけ反った。


 俺の腕を図々しくも枕にして鼻の音をピーピーさせて寝ている武藤を見ながら思った。
 こんな奴のどこがいいんだ……。
 高樹の気持ちが分からない。
 待てよ、もしかしたら————
 高樹の奴は、誰でもいいからただ単に女とヤリたいだけなんじゃないか?
 こいつバカだから、なんとか上手いこと騙して、思う存分弄んで終いにはポイするって魂胆か。
 考えてみれば、あの紳士的な態度といい、純粋“そうに”見える顔つきといい、あんなのに限って意外に“そーゆーやつ”が多いんだ。
 だがしかし、なんでよりにもよって、こんな女をターゲットにしたんだ? もっとましな奴がいたんじゃねぇのか?
 ますます彼の気持ちが分からなくなった。
 俺だったら金をしこたま積まれて土下座で頼まれたって、こんな女はお断りだ。


 お断……ん?
 俺の手の甲に何か変なものが落ちた。
 生温かい様な、でも少し冷たい様な……液体?
 ふと手元に目をやると、半開きの武藤の口からよだれが滴り落ちている。


「!」
 こっ! こいつッ————!!


 慌てた俺はポケットの中に入っているハンカチを出そうと思って右腕を少し動かした。
 ズルリ。
 そのせいで武藤の頭が俺の腕から滑り落ち、今度は膝の上にやってきた。
「おい、マジかよ……」
 こーゆーシチュエーションは普通なら男女逆だろう、。
 つーか、武藤の膝枕を頂くなんてのは俺のプライドが許さねーがな。


 こいつの膝枕……か。
 膝の上の武藤の顔からゆっくりと彼女の下半身へと視線でなぞる。
 俺の二の腕くらいの太さしかない細い太もも。 
 この左右の細い太ももの間に頭をうずめてみたら、ふんわり柔らかくて気持ちーのかな……って! 何考えてんだ、俺ッ!


 と、とにかく武藤のよだれをどうにかして止めなければ、と自分の手よりも先に彼女の口をハンカチで拭いた。
 その時、俺の指がかすかに彼女のくちびるに触れた。
 小さくてプルンとした柔らかいくちびるだった。
 彼女の着ている黄緑色のVネックのカットソーの脇から右の鎖骨がちらりと覗いている。
 シャワーを浴びたらお湯が溜まりそうな深く窪んだ鎖骨が。
「ゴクリ」
 俺は無意識で生つばを飲み込んでいた。


「痛い! ダメッ! そんなコトしないで! 松浦くんッ!」


「!」
 武藤が、いきなり寝言でとんでもない言葉を叫びやがった。
 ————キーッ!
 バスが急ブレーキをかけて止まった。
 何故こうしたのかは自分でも分からないが、俺は反射的に膝の上の彼女を落ちない様に手で押さえ守っていた。……っつーか、よっぽど勉強に疲れたのか、武藤はまだ目を覚まさない。
 いーかげん起きろって……。
 蒲池が、運転席から首を出して心配そうに振り向き、俺たちの事を見ている。
「なッ! ななな何もしてませんッッ!!」
 俺は(不自然に動揺しながら)必死で訴えた。


 こいつは確かに、はっきりと俺の名前を叫んでいた。
 痛い、ってドコが? そんなコト、って……どんなコトだ? 
 ————夢の中で俺がおまえにナニをシタんだ?


 塾に行く前に見た武藤の下着姿とさっきの叫び声が、頭の中で合成されて一つの映像になる。
『松浦くんの……エッチ……』
 モンモンと俺の中で勝手にエスカレートしてゆく武藤のエッチな映像。


『……あうっ! 
 だめだよ、松浦くんっ。いきなりそんな風にしたら壊れちゃうっ!
 あたしの方まだ準備できてないの……』


『初めてだから……お願い。
 優しく……して』


 俺が今何を考えているのかも知らずに、彼女はまだ俺の膝の上でのん気に寝ている。
 俺は武藤の口をハンカチで押さえながら、ため息をついた。


 なんでこんな奴のために、俺がこんなに……。


 彼女のよだれのせいで俺のズボンは今大変なコトになっている。
 大変になっているトコロが“股間”じゃなくて良かったが。
 蒲池がバックミラーを俺たちが映る位置に合わせて、さっきから何回もチラチラと見てくる。


「も、もうすぐ着きますよー」