複雑・ファジー小説
- 『王子様の暴走』 ( No.26 )
- 日時: 2014/11/27 10:21
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
☆ ★ ☆
————2年生Bクラス教室。
今日も始令のベルの音が鳴り終わると同時に、時計の秒針の動く音が聞こえるくらいにシンと静まる教室。
「はい、みなさん、注ー目ー」
講習が始まり出し、黒板いっぱいに書かれた英文を、先生が指示棒を使って熱心に説明している。
それなのに、先生の姿をきちんと見ながらも、あたしの頭の中ではさっき高樹くんに言われた『一緒に寝たい』が語尾にエコーを付けて甘くセクシーに何度もリピートしている。
またもや今日も講習に集中できないような気が————
「あれ? どこだろう、ここ……」
どこかの旅館だろうか。
何故かいつの間にかあたしと高樹くんは雰囲気のいい純和風の部屋の中で二人っきりになっている。
はっきりした時刻は分からないが、どうやら今は夜の様で、部屋のテラスの窓からは大きなお月さまが見えている。お外の庭からはサワサワと揺れた木の葉の擦れる音。そしてリー、リー、と虫の鳴く声。そして池があるのだろうか。カッポーン、と“ししおどし”の風情漂う音が聞こえてくる。
「よぉーっし! 本気でいくからね!」
淡いブルーの浴衣をフェミニンに着こなした高樹くんが、気合いを入れて思いっ切り“何か”を投げてきた。
ぼふっ!
あたしの顔に、“まくら”が見事にヒット。
まさか、本当に本気で投げてくるだなんて。
あたしは彼の投げたまくらに押し倒されて、尻もちをついてしまった。
「いったーい。
もうッ! 手加減してよぉ。これでも一応、女の子なんだから……」
片手で顔を押さえ口先をとんがらせながら、まくらを彼に投げ返したあたし。
「ふふん、僕の勝ち、だね」
キャッチしたまくらをその場に置いて、嬉しそうな顔をした高樹くんが這ってこっちに近付いてくる。
……勝ち?
あっ、そうか。あたし達はまくら投げして遊んでたんだ。
「じゃ、約束だから……」
高樹くんは立ち上がり、部屋の電気を消した。
そして自分の着ている浴衣の帯をスルスルと外し出した。
真っ暗にされた部屋の中。ほんの僅かな月明かりの照明が、帯を外し、はだけた浴衣姿になった彼をぼんやりと照らしている。
約束、って……何の?
ワケが分からなくなって聞こうと思ったら、彼の手があたしの両肩に置かれ、そのままお尻の下に2枚仲良く並べて敷かれている布団にそっと寝かせられる。
あれっ? この布団……いつの間に?
腕枕をされながら髪を撫でられる。
恥ずかしいけど心地良くって思わず目を閉じてしまう————
「いい子だねっ。じゃあ……脱がすよ」
え! ぬ、ぬが!?
ちょっと待って! 高樹く————!
今ここで何が起こっているのか。
彼の言葉にビックリして目を覚ます。
顔が近い。
はだけた浴衣の襟の間から彼の鎖骨が見えている。
男の子の鎖骨がこんなにセクシーだったなんて今まで思った事も無かった。
「もしかして“忘れちゃった”なんて、言わないよね」
あたしの髪を指先でつまみながら呟く彼。
彼曰く、“約束”というのは、まくら投げ勝負で負けた方の人が、勝った方の人の“いいなり”にならなくちゃいけない事らしい。
い、いいなり、って、一体何を?
あたしの足から上へと、触れるように視線を昇らせ、
「……っふ」
小さく笑った高樹くんが今度はあたしの耳たぶを軽くつまんで囁く。
「ルールだから、ね。————僕の言う事、聞かなきゃダメだよ……」
————カシャッ。
「!」
気が付くと、あたしは机の上のテキストの上に左の頬をくっ付けていた。
しまった! 寝ちゃった!
テキストの開かれたページは、よだれで濡れてフニャンフニャンになっている。ほっぺたもよだれでしっとり。
「おはよ」
ん……高樹、くん?
目を擦りながら顔を上げると、優しい笑みを浮かばせた高樹くんが、隣で右手で頬づえをつきながらあたしの顔に向けて携帯電話をかざしている。
「寝顔、ゲット」
絶対ヘンな顔のあたしの画像を待ち受けにして机の上に置いた高樹くん。
壁の時計を見ると、講習が始まってからもうすでに30分近くも経っていた。残り時間は10分……寝ていた時間の方が多い。こんなに長時間寝ていて、よく先生にバレなかったもんだ。
でも、気付いてたなら起こしてくれればいいのに。
横目で高樹くんをチラッと見てみる。するとまたもや彼と目が合ってしまった。
気のせいなんかじゃない。
講習の時間中、本当に高樹くんと目が合ってばっかりだ。
自意識過剰なのかもしれないけれど、あたしの事を彼にずっと見られている様な気がする。
どうしてだろう。やっぱり、あたしがおかしい子だから?
それとも————
「夢、見てたの?」
机の下で、高樹くんの足が軽くあたしの足に触れてくる。
まさか寝言でヘンな事言ってなかったよね?
高樹くんの名前出してたりなんかしてないよね?
「わ、わかんない」
あたしは自分の足を彼の足から離し、イスの脚に絡ませた。
「僕が夢に出てきた時は、ちゃんと覚えててね」
そう言いながら彼は、講習が始まってからすぐ居眠りをしていて同じページのままずっと開きっ放しになっていた、あたしのよだれでしっとりしているテキストをめくってきた。
「んーっ」
イスの背もたれにもたれて伸びをしながら、何かを呟きだした高樹くん。
「昨夜さ、なみこちゃんが夢に出てきたよ。楽しかった……」
あたしの心臓が発作を起こし出した。
だってだって、夢に出てくる、ってコトは————眠っている間、あたしの事を考えてたってコト、だよね?
考えていた時間が一瞬だけだったのかもしれないのに勝手に思いつめるくらい考えていたと解釈。高樹くんが見た夢がどんな夢だったのかを気にしながら……って、気にしてなんていちゃいけない。(殆ど寝てたけど)今は講習の時間なんだから!
自分の胸に手を当て、呼吸を整えて……とにかく、最後だけでも頑張って気持ちを先生の方に集中させた。
……とたん、今度は先生と目が合ってしまった。
「はい、じゃあ武藤さん、この英文、訳してくださーい」
- 『王子様の暴走』 ( No.27 )
- 日時: 2014/11/27 10:40
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
☆ ★ ☆
高樹くんが隣の席で良かった。
さっき、いきなり先生に当てられた問題は、彼にノートを使って伝言方式で教えてもらえたから何とか答える事ができて本当に助かった。
それにしても高樹くんってすごいって思う。
顔立ちだけじゃなく、書く字まで綺麗なのだから。左手で書いてるのに……って、左利きだから当たり前か。
こんなにカッコ良くって、優しくって、頭も良い高樹くんなんだもん。学校では男の子にも女の子にも人気があるに違いない。特に女の子は放っておかないと思う。
絶対……。
色んな意味でドキドキしながらも、なんとか終わった本日の講習。
特に英語は5教科の中で一番苦手な科目だったので、チンプンカンプンだった。
そういえば、もうすぐ学校で模試があるんだったっけ。
アレって偏差値とか県内の順位だとか、細かい結果が報告されるんだよなぁ。
「はぁ……」
イヤな事を思い出してしまった。
カバンにテキストと文房具をしまいながら、だんだんと不安になってくる。
せっかく塾に入ったっていうのに。
これじゃあ全然意味無いよ。
高樹くんに会えるのは嬉しいんだけど————
『会いたかった』
さっき彼に言われた言葉を思い出した。
あたしも、だよ……。
なんだか塾に通う目的が勉強をしに来てるんじゃなくて、高樹くんに会いに来ているみたいな感じになっている。
夢に酔ってる場合なんかじゃない。
現実の厳しさを今頃になってやっと気付いたあたし。
両手で自分のほっぺたをぺチンと叩き、心に決めた。
ちゃんとしなくっちゃ。頑張ろう、あたし!(お母さんに叱られるし)
次の講習からはマジメに受けるようにするっ!
なんて考えている間に、Bクラスの教室の中には、あたしと高樹くんが二人っきりになっていた。
「わっ!! しまった! もうこんな時間!」
壁の時計を見てビックリ。
隣で高樹くんが、机の上に散らかっているあたしの文房具の片付けを手伝ってくれている。
「じっ、自分でやるから、いいっ! ですっ」
彼の手にあるあたしの消しゴムをサッと奪い取って、それを中身をグチャグチャに押しこめたカバンの中にコロンと放り込み、裏返った声で一言、
「お先ですっ!」
机の角にぶつかりながら教室の外に飛び出す。
ここは恋愛の仕方を教わる塾じゃない!
勉強を————!!
振り返らずに……振り返るのを我慢してあたしは握り締めた両手を大きく振って高樹くんを残して歩き去る。
本当はバスの停まっている駐車場まで彼と一緒に……こっちは何も用意してないけど、雑談とかして歩いて行く計画だったのに。
『お先ですっ!』なんかじゃなくって、『またね』と言ってお互い笑顔で小さく手を振り合って別れる予定だったのに。
週に2回だけしか逢えないのだから少しでも彼と一緒にいたかった。
せめて『さよなら』くらいは言った方が良かっ————
「なみこちゃん!」
背後からあたしの名前を呼び掛ける声。
この声は————
高樹くんが追い掛けてきている。
廊下にいる人達が、みんな一斉にこっちを見てくる。
恥ずかしい。
早く外のバスに逃げ込みたい。
廊下は走っちゃいけない、って、そんな事は分かっているのだけど、この状況にとても耐える事ができなくて、遅い足で駆け出したあたし。
「おいおい高樹ぃー、彼女、嫌がってんじゃん。そんなにいじめちゃ可哀そうだぜーっ」
「うむ! もっと優しくして差し上げぬと」
ああ、もうっ、やっぱり!
途中で高樹くんの友達が笑いながら冷やかしてくる声が耳に飛び込んでくる。
ふっと彼らの隣にチラッと見えた松浦くんの姿。
でも、松浦くんは一緒になって笑ってはいない。
どうしてだろう……。
いつもなら困っているあたしの顔を見た時は、誰よりもバカにして笑ってくるはずなのに。何かものすごく不機嫌そうな顔でこっちを見ている。
そうだ! きっと彼も恥ずかしいんだ。こうやって、塾のみんなにバカにされているあたしと同じ学校に通っている、という事が————
『お願い高樹くん! もう追いかけてこないで!』
そう心の中で念じ、足の加速度を1段階アップさせた。
しかしそんな念力も空しく、Aクラスの教室の中に残っていた人達までもがざわざわと廊下に出てきた。
みんな、あたし達に向けて指をさして笑っている。
見せ物じゃ、ないっ!
真っ赤になりながら廊下を全力疾走。
もしかしたら最速タイム更新したかもしれないくらいの勢いで。
今1階に行ったら、きっともっと人がいるに違いない。
さらにもっと笑われちゃう。
あたしは階段を降りるのをやめて、3階へ駆け昇った。
静かで暗くて、誰もいない。
急に走り出したせいなのか、それとも男の子に追いかけられたせいなのか。たぶん両方原因だと思うけれど、ドキドキする胸に手を当てながら、ぐるりと辺りを見回してみる。
この階は塾の教室としては、おそらく使われていない。
廊下には今では使われていない古いテキストの様な物が入っている段ボール箱や、先生が数学の公式などを書いて黒板に貼るために使いそうな長い紙筒。そしてテストやお便りを印刷するコピー用紙等が、無造作に置かれている。
どうやらここは塾の倉庫のようなスペースとして使われている様だ。
ごちゃごちゃしているこの廊下の先は一体どうなっているのか。何の部屋があるのか。
————暗くてよく見えない。
息を切らし力の抜けきったあたしは、すぐそばの壁にもたれて、ペタンと座りこんだ。
トン、トン、トン、トン。
階段を昇って追い掛けてきた高樹くん。
彼はあたしを見つけてニコッと微笑み、ゆっくりと近付いて来た。
そして隣に座り、あたしの肩に腕を回してきた。
「つかまえ、た」
シンデレラに出てくる王子様も、こんな風に追いかけてきて————どうなるんだったっけ。
あれ? 確かシンデレラの履いていたガラスの靴だけしかつかまえられなかった様な。
————はい。
……ってなワケで、どんくさいシンデレラは、簡単に王子様につかまってしまいました。
時計の針が12時を刻んだ瞬間、魔法が切れて、醜い元の姿を彼の目の前で思いっ切りさらけ出したのでした。
リーン、ゴーン。
『悪い夢を見たようだ』
夜空に空しくこだまする鐘の音と共に寂しく消えてゆく王子様の後ろ姿。
醜い姿だとはいえ、絵本の挿絵に描かれたシンデレラは可愛かった。
あたしなんか昔から松浦くんに“バカ”とか“ブス”だとか言われてる、外見も中身も本当に醜い女の子だから。
どこから見ても王子様みたいな高樹くんは、こんなあたしを絶対好きになるわけ————
「なみこちゃん、足はやい……っ」
息を切らしながらあたしの耳元で囁く高樹くんの声が、男の子なのにやっぱりセクシーに感じてしまう。
彼の声と共に温かい吐息があたしを刺激。
「恥ずかしいから、みんなが見てる前で、こういう事しないで……」
肩にふんわりと巻きついている彼の腕をほどいて顔を反らした。
すると彼は、今度はあたしの両肩に手を置いて向かい合わせてきた。
「ねぇ。こっち見てよ……」
「…………」
恥ずかしい、って言ってるのに。
“こっち見て”だなんて言われても、高樹くんの顔をまともに見る事ができない。
「ふっ」
きっと真っ赤になっているあたしの顔を見ておもしろかったのだろう。彼は小さく笑い、あたしの頬に指を添えて顔を覗き込んできた。
「誰も見てないから、いいじゃん……」
薄暗く、シン、と静まりかえった3階の廊下。
息を切らしたセクシーな声の高樹くんの顔が、ゆっくりと近付いてくる。
再び、心臓が発作を起こし出す。
今度こそ、キスされる!
あたしは、息をころして目を閉じた。