複雑・ファジー小説
- 『狙われちゃったくちびる』 ( No.31 )
- 日時: 2014/12/15 12:43
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
「武藤さーん! 武藤なみこさーん!!」
魔法が……きれた?
あの声はさっき塾まで送ってくれた蒲池先生の声。
あたしの名前を何度も呼んで探し回っている。
声だけじゃなく激しい足音までも聞こえる。
ああ、これは……あの先生一人だけの足音なんかじゃない。複数の人達があたしと高樹くんが今一緒に居る3階に向かってきている。
どうしよう……マズイよ……。
「先生、来ちゃう……」
目を開け、あたしは立ち上がる。
あと3センチ……いや、1センチ? もう少しであたしのくちびるは高樹くんに奪われていた。
コツ、コツ、コツ、コツ。
蒲池先生の靴の音と共に段々と近付いてくる様々な靴の足音。
階段の方に目をやると、ぬっと黒い影が見えた。
————誰かが3階に昇ってきたのだ。
「君たち……。こんなところで何をしているのかね」
あたし達を見付け、一瞬驚いた顔をした蒲池先生が、今度は不思議そうな顔をして歩み寄ってくる。
当たり前だ。
講習が終わって、みんな帰らなくちゃいけないはずの時間に関係ない3階に違う学校に通う男女が二人っきりで居るのだから。
こんな明かりの付いていない暗い廊下の片隅に寄り添って。
いきなり教え子が。しかもこれから家まで送って行かなくちゃいけない、今日から初めて塾に通い始めた女生徒が消えた、と思いっ切り心配までかけちゃって。
「あ、なーんだ、こんなトコにいたんだー。めっちゃ探したんだぞー」
「おや? ウワサの“なみこ嬢”も一緒でござるな?」
ウワサ? それに、なみこ嬢って何だ一体……?
先生の後ろから、まだ会話はした事はないけれど、前に何度かチラッと見た事だけはある2人の高樹くんの友達がダラダラとした足取りで歩いてきた。
ピシッとした先生の黒い革靴の音と一緒にバタバタとだらしなく聞こえてきた靴音の正体はこの人達のだったんだ。
こんなシチュエーションの中でこの高樹くんのお友達登場。
嫌でござる……。
あたしは思わず後ずさり。
塾が終わった時間から、まっすぐ家に帰らずに、高樹くんをゲームセンターに行こう、と誘っていたお友達だ。2人共、提げGパンにTシャツなラフな格好をしていて不良っぽい感じはしないけれど、片方は茶髪で片耳にピアスを付けた男の子。もう片方は男の子にしては長い髪をサイドをガチガチにピンで留め、トップをちょんまげみたいに縛った男の子。
多分不良ではない感じだけれど、この手の男の子はなるべく関わりたくない。
あたしの身体の中に設置してあるセキュリティー機能(システム)が危険を察知して、『上手く逃げろ!』と信号を送る。
「すッ、すみませんでした! あ、あの、あたしっ、高樹くんに悩み事を聞いてもらってたんです。高樹くんはっ、ですね、一緒のクラスですし、席も隣ですし、その、友達だから……」
とにかく、まずは先生に謝らなければいけないと思い、あたしにしては珍しく冴えた言い訳セリフが勢いでポンポンと出てきた。
だ、大丈夫、かな? 怒られないかな?
まあ、怒られても仕方ないよね……。
うなじから流れ出した冷たい汗が背中をつたっていく。
あたし達を見付けた時は心配のあまり顔を青ざめさせていた先生。その顔が少しずつ穏やかになっていった。彼はあたしの肩に手を置き、ニッコリと微笑んだ。
「保護者の方が心配されます。すぐにバスに乗ってください」
蒲池先生の後について廊下を歩くあたし達。
自分の隣にベッタリと高樹くんが寄り添って歩いているのは感じてはいる。彼を見ると、さっきの教室での彼の様子から、向こうも絶対こっちを見ているに違いない。
そう思って、こっちは下を向いていた。
しばらく無言で歩いている間に、あたしの手の甲にそっと触れる高樹くんの指。
まるで『繋ぎたい』と要求しているかの様に。
先生に注意をされたそばからこんな大胆な事を。しかも彼の友達が見ている前で、できないよ。
ごめんなさい……。
あたしはあえて高樹くんの方にある片方の手を、着ているカーディガンのポケットの中に逃げ込ませた。
「武藤さん、見付かりました!」
蒲池先生は一階ずつ階段を降りながら、大きな声で一緒に探していた先生達に報告をしている。先生の少ない髪の毛が海岸の岩に貼り付いているワカメの様に、たっぷりの汗をふくんで頭皮にベッタリとくっ付いている。
先生達は、安心した顔で「気をつけて帰りなさい」と見送ってくれている。
こんなに心配かけちゃったのに、こんなにも優しくしてくれるなんて。
「本当にすみませんでした……」
マジメにやるんだ、って、さっき決めたばかりだったのに……いきなり挫折ときたもんだ。
階段を降りている蒲池先生の猫背の背中を見ながら、自分の情けなさに呆れてため息をこぼすあたし。
「んもう、なみこチャンったら。悩みなら、これからは高樹にだけじゃなくって俺達にも打ち明けてくれよ。
ん? 恋の悩み? それともカラダの悩み?」
「上手な接吻の仕方ならば、日々数々の経験を積んだ拙者が手とり足とり腰とり、かつ濃厚に教えて差し上げまつる!
ところで先ほどから気になっていたのでござるが、一体何センチなのでござるか? おぬしの背丈は」
気が付けば、あたしの両側に2人の高樹くんの友達が馴れ馴れしくくっ付いてきている。
男の子2人に左右両側から挟まれ潰れそう。……心が。
っていうか、お願いだから身長の事は触れないで。
この2人。なんだかんだ言って体にまで触れてきそうな予感。
高樹くんの事は好きだけど彼の友達は好きになれない。はっきり言って苦手だ。
「僕の大事な友達に触らないで」
“友達”というところを強調したちょっぴり怒った様な口調で高樹くんはあたしを挟んでベッタリとくっ付いている彼の友達を切り離し、肩に手を回してきた。
「これは愉快。一丁前に独占欲あふれてござるな」
「まだ“友達”のくせに」
冷やかしてくる友達に『うるさい』と、言い放つ様に高樹くんは肩に回した手に力を入れ、さらにグッと寄せてきた。
「ほう。やるのう、おぬし」
「ヤれヤれ、ヤっれー、もっとヤれー」
それでもめげずに、あたしと高樹くんの気持ちもお構いなしに面白がってわざとグイグイと近付いてくる高樹くんの友達。
もう、はっきり言いたい。迷惑だ。
彼らは、本当に高樹くんの友達なのだろうか————信じられない。
「フーン」
ニヤニヤしながら、高樹くんの友達の一人が、あたしのお尻を手の平で撫で回してきた。
撫で回していた手を次第に一本の指に変え、彼の指がいやらしくあたしのお尻の割れ目をたどり前の穴へと到達。
「んあっ!」
油断して突如漏れてしまったあたしの声に鼻の穴を膨らませて喜ぶ金髪ピアス君。彼は自分の上唇をペロッと舐めてからあたしの顔に顔を近付かせ、問いかけてきた。
「ねねっ。なみこチャンって、処女なの?
あっ、もしかして、もうすでに“あげちゃった”のカナー。いとしの高樹クンに……」
- 『狙われちゃったくちびる』 ( No.32 )
- 日時: 2014/12/15 12:57
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
「コッ、コラ! いい加減にしなさい、君たち!」
蒲池先生が、広いおでこに血管を浮かばせて怒っている。
身長聞いてくるわ、ペタペタお尻を触ってくるわで、あたしも我慢の限界だった。
『やめてください!』
なんて、いくらあたしがキツーく怒ったとしても、この人達は反省なんてせずにもっとやってきそう。
ほら。だって、あんなに先生に注意されてたのにニヤニヤ笑ってるんだもん。
もうっ、しらないっ! 帰るッ!!
「さあ武藤さん、早くバスに乗りなさい。ホラホラ、君たちも早く帰りなさい」
ああ。気が付けば塾の入り口の自動ドアを出たところ。
腕時計を見て大きなため息をついている先生。
塾の外の駐車場と自転車置き場はすでに、あたしと一緒にバスに乗って帰る松浦くん以外の他の生徒達はみんな帰ってしまった様でガランとしている。
あたしの隣で両手を腰にあてた先生が、片足のかかとを付けたつま先でアスファルトの地面を小刻みにトントン叩いている。きっと、ふざけた態度でなかなか帰ろうとしない彼らにイライラしているのだろう。
「バイバーイ、なみこチャーン」
「応援いたす! さらば!」
高樹くんのヘンな……じゃなくって、とても特徴的な友達は、あたしに向かって投げキッスをしながら大きく手を振り、自転車置き場の方へと走って行った。
「はい、ほらほら高樹くんも。まっすぐ帰るんですよ」
「…………」
「どうしたんです? 高樹くん、早く帰りなさい」
先生に何度も言われているのに、高樹くんは全く帰ろうとしないであたしの顔をまっすぐ見つめている。
「高樹ー、おいてくぞー」
高樹くんの友達が大きな声で呼んでいるのに、返事もしないで彼はまだあたしの顔を見つめている。
先生は頭を掻きながら、
「まったく君はいつも……。もう知りませんよ」
呆れた顔でため息をついて、バスに乗りエンジンをかけた。
今、何時だろう。
きっと松浦くんがバスの中で待ちくたびれてイライラしながら待っている。それに、先生だって早く仕事を終えて家に帰ってゆっくり休みたいに違いない。
「……またね、高樹くん」
ずっとあたしの顔を見つめたままで動かない高樹くんに戸惑いながら小さく首を傾けた様なおじぎをして“さよなら”を伝え、あたしはバスに乗ろうと後ろを向いた。
「!」
突然、後ろから高樹くんに強く抱き締められた。覆いかぶさる様に強く。
「友達だなんて……いうな」
あたしの耳元で震えながら囁く声。
高樹くんの激しく刻む心臓の音を背中で感じた。
バスの窓から松浦くんが、あたし達の方に向けて冷ややかな視線を流している。
「さっきキスできたら……よかったね」
腕をゆっくりと解いた高樹くんは、あたしの肩をトン、と叩いて自転車置き場へと走っていった。