複雑・ファジー小説
- 『なんてったって……バージン』 ( No.33 )
- 日時: 2014/12/15 16:41
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
☆ ★ ☆
暖房が効いているせいで暖かいのか。
それともさっき高樹くんに抱き締められて————
『さっきキスできたら……よかったね』
そう言われた時からずっと震えている指先で自分の下唇をそっと触れながらバスに乗り、松浦くんの隣の席に座った。
どうして大嫌いな彼の隣に座ったのか。それにはちゃんと理由があるのです。
「じゃ、出発しますよ」
優しく穏やかな蒲池先生のアナウンスと共に大きな排気音をたて、バスが動き出す。
さて、あたしの方も発進しなくちゃだよ。
もろくて折れそうなアクセルをそっと踏み込む。
「待たせてごめんね。松浦くん」
「…………」
あたしのせいでこんなに帰りが遅くなっちゃったもん。
一応、謝ったはいいものの、やっぱり怒っているのか松浦くんは何も言わずに肘をつきながら窓の外を見ている。
チラッとでもいいから、こっち見てくれたっていいのに。
松浦くんがこんな態度をとるのは、あたしに対してだけなのかもしれないけれど、やっぱり彼の心は氷の様に冷たい。いや、違う。アレは氷なんかのレベルじゃない。ドライアイスだって言った方がいいのかもしれない。
さっきあたしを見ていた顔は凄かった。
ただでさえ怖い顔がさらに凍りついた様な感じで……。
かえって謝らなかった方が良かったのかな。
こんなひとに謝るんもんじゃなかったと後悔。
しかも謝るために隣なんかに座ってしまった、と、後悔の2連発。
今日の塾耐久アドベンチャーを何とかクリアできたと言うのに家に着くまでここから地獄の30分を味あわなければならないなんて……悲惨すぎる。
何だかあたしの人生はこの先もずっと後悔ずくめの様な気がする。
あたしのこの情けない性格が祟って。
たった1日だけでもいい。“充実してる”と感じられる様な日を送ってみたい。
ずっと前に見たバラエティー番組で有名な占い師……名前忘れちゃったけど、せと……なんとかさんが言ってた。
神様は人をこの世に送る前に、平等に一生分の幸せを与えてくださっているんだと。
幼少時代に使い果たしちゃったのかな? ……生まれたばっかりの時とか、記憶のない相当昔に。
「はぁ……」
初めて塾に行く時に、松浦くんに『おまえには友達がいない』とバカにされた事を思い出した。悔しいけれど、こんなに冷たくって意地悪な彼なのに、何故か学校では友達がいっぱいいる。そして勉強ができるからだろう、彼にはみんなヘコヘコ。頼りにされていて、女の子にも結構モテている。
あたしは隣に座っている松浦くんの顔をチラッと見た。
スッと通った鼻筋。切れ長の目。どうもこのすました顔がオトナの色気を感じさせるのだろうか、お母さんまでもが彼の事をハンサムだって言っている。
きっと塾でもそうに違いない。みんな“本当の松浦くん”を知らないから騙されているんだ。
こんなの、彼の正体を知っているあたしには、ただの冷酷な悪代官にしか見えないのに。
膝の上に乗せた手を思いっ切り握り締め、再びギアを入れ加速。
「こっ、こんなあたしでもねっ、友達、ちゃんとできたんだよ。
も、もう一人なんかじゃないもん……」
震えた声で挑発し、無理矢理作ってみせた得意気な顔で彼を見た。
「……誰だ」
少し間をおいて、松浦くんはそのまま窓の外を見ながら聞いてきた。
無理矢理作った得意気な顔が、松浦くんのボソリと問いかける低い小さな声に壊される。
「えっと、同じクラスの高樹、純平くん……」
ガンッ!!
松浦くんは足で思いっ切り前の座席のシートを蹴り付けた。
シートが壊れるかもしれないくらいの大きな衝撃音がバスの中に響き渡った。
「こっ、こらっ! 乱暴はやめなさいっ、松浦くん!」
ハンドルを操作しながら彼を叱る蒲池先生。
「——チッ!」
松浦くんは一瞬だけあたしの顔を見て舌打ちをして再び窓の外を見た。
まっ、負けないもんね……。
☆ ★ ☆
「今日は寝ないんだな……」
「えっ?」
相変わらず窓の外を見ながらの姿だけど、突然、松浦くんに話し掛けられた。
あんなに怒っていたから、もう家に着くまで会話なんてしないと思っていたのに一体どういうつもり————
「だって、眠たくないもん……」
あたしは小さな声で返した。
どうせまたよだれ垂らして寝てるとこ見られて、からかわれるの嫌だし……。
「フン、どうせお前の事だから講習の時間に居眠りでもしてたんじゃねーの? ダラダラよだれでも垂らして」
彼は鼻で笑って、またいつもの様にバカにしてきた。
「余裕だねェ。もうすぐテストだっていうのになあ。ハー、うらやましい!」
彼は成績が全教科校内学年トップのくせに、わざと針でつつく様な嫌味を言ってきた。
彼にこんな事を言われるのは、いつもの事だと分かっているけれど……なんだか違う。
何となく、ただ単にあたしをいじめているだけではない様に感じた。まるで何か面白くない事があって八つ当たりをされている様な。
あたしが彼と同じ塾に通う……通わされる様になってから、ペースが狂ったのかな? こっちなんか、それで当たられて、ペースどころか気が狂いそうなのに。
気のせいかもしれないけれど、なんだか今夜の松浦くんは昨夜よりも落ちついていない様な気がする。
確かにさっきシートを蹴り付けて怒っていたみたいだけど、よく考えてみれば“あたしにお友達ができた”事で、どうして松浦くんがあんなに不機嫌になるのかが分からない。元はといえば松浦くんが初めにあたしをバカにしてきたのが悪いんだ。
とにかく相手の顔も見ないで、ヒドい事をこうやってサラサラッと言ってくるところが許せない。
「べっ、勉強? う、うん 、してるよ。ちゃんとしてるもん……」
ホントは全然してなくって焦ってるんだけど、さっきよりも小さくなった声で返した。
バスが赤信号で止まった。
赤信号、か。
あたしも、もうこれ以上余計な事を言わない事に決めた。
相当キライなんだ。あたしの事。……はい。しかと承知してます。
無表情で窓の外を見ている松浦くんを見て思った。
ただあたしは……さっき、いっぱい待たせちゃったから、一言謝りたかっただけだったのに。
やっぱり松浦くんの隣になんて座るんじゃなかった。
こんなに相性の悪い、愛想のかけらもない人の傍にいても、また衝突事故を起こすだけ。
バスが止まっている今のうちに、彼から離れた席に移動しようとあたしは席を立った。
瞬間、信号が青に変わり、再びバスが動き出し、左折をした。
「ひゃあッ!」
そのままバランスを崩し————なんとあたしは松浦くんの上に倒れこんでしまった。
「イタタタ……」
気が付くとスゴい体勢になっていた。
両手を松浦くんの肩の上に乗せて……おそらくあたしはバスが左折をした時に、大胆にも彼の胸の中に顔からダイブをしたのだろう。彼が首に掛けている銀色のペンダントにぶら下がっている十字架の形にクロスした2本の剣(つるぎ)のヘッドが目の前で狂気を放ち冷たく光っている。
おそるおそる顔を上げると松浦くんの顔があった。
目を丸くして固まっている彼。
「うわっ! ご、ごめん、なさいっ!」
彼の顔をいきなり至近距離で見たものだから、おばけに遭遇した時の様に取り乱して思わず『うわっ』と叫び声が飛び出てしまった。
あたしは怖くなって、動いているバスの中にも構わず立ち上がり、彼の傍から逃げようとした。
「武藤さん! 運転中に席を立たないでください。危ないですよ!」
先生に注意をされ、仕方なくその場に座った。
すごくイヤそうな顔であたしを見ている隣の松浦くん。
彼はまるで汚いゴミでも付いたかの様に上着を両手で払い出した。
「チッ! 痛いのは俺のほうだ」
- 『なんてったって……バージン』 ( No.34 )
- 日時: 2014/12/22 11:46
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
あっ、そうだ。
実は松浦くんに謝った“ついで”に聞きたい事があったんだった。
「ねぇ、松浦くん……」
「…………」
一瞬だけこっちを見たけれど、すぐにプイッと何も言わずに窓の外を見ている松浦くん。
絶対聞こえているはず。
ここで引き下がったら、あたしの負けだ。
それにバスに乗る前からずっと気になっていた“アレ”の意味を聞くまでには気持ちがおさまらない。
「松浦くんっ」
彼の膝の上に手を置いて揺らしたあたしに、
「なに!」
面倒臭そうに鋭い目をして睨み付けてきた松浦くん。
怖かったけれど、あたしは思い切って聞いてみた。
「“処女”って……なに?」
「——ッ!!
————はあ!?」
一瞬でバスの中の時間が止まってしまった様な空気へと。
首を傾げるあたし。その隣で顔を真っ青にして背中をのけ反り返して固まっている松浦氏。
聞こえていたのか聞こえていなかったのか。
だって、松浦くんが固まったまま何も返してこないから。
そしてあたしはもう一度聞いてみる。
「ねぇっ。処女って、どーゆう意味なのか……」
キ————ッ!!
同時にバスも急ブレーキを掛けて止まる。
『もう、かんべんしてくれ』
そんな表情でで運転席から首を出して振り向き、あたし達の方を見てきた蒲池先生。
そういえば先生は、さっきそれをあたしに言っていた茶髪ピアスの人を『いい加減にしなさい!』ってすごい顔して叱っていた。あの人は確かに変な人だったけれど、あたしの事をそんなに傷付けようとしていた様にみえなかった。相手を見下す、とか、そんな感じの言葉なんかじゃない様な気がするんだけどなぁ……。
「それ、あいつが……高樹が言ったの、か?」
松浦くんが声と体を震わせながら問い掛けてくる。
こっちが聞いてる方なのにそんな風に聞き返してこられると困る。
“ソレ”を言ったのは高樹くんじゃなくって高樹くんの友達だったんですけど。
高樹くんは優しい人。
あなたと違って人を見下したりなんか絶対しない。
————そんな事よりも彼の反応を見ると、やっぱり……いや、絶対意味を知っている様だ。
「知ってるんなら教えてくれたっていいでしょ、ねえっ、処女っ……
——もが!」
松浦くんの大きな手が、あたしの口をガバッと塞ぐ。
まるで人質にでも捕らわれたかの様に、彼の腕が首を締めつける様に強く巻き付いていて身動きが取れない。おまけに息もできなくて、あたしはバタバタともがいていた。
「だまれ。わかったか……」
決して口にしてはならない呪いの言葉なのだろうか。処女とは。
その手の話は苦手なあたし。
わかりました! 呪われるのは嫌なのでもうやめます!! 言わない! 言わない!
あたしは何度も首を縦に振って、極悪指名手配犯・松浦くんの手を離してもらった。
「もッ、もうすぐ着きますから、おとなしく座っていてくださいね。おとなしく……」
一体何なのかよく分からないけど、先生はオドオドした声でハンドルを握り、バスが再び動き出した。
再びガタガタ音のし出すバスの中、首を右や左に傾けては犯人の顔色をうかがう。
彼は自首するのを断固として認めないつもりらしい。
……そんな様な顔をしている松浦くん。大きなため息をついてから、あたしの口を塞いでいた手を自分のズボンで拭いてから、1回咳払いをして、
「経験が、まだ、って事だよ……」
自分の顔を手で覆い隠しながら説明をしだした。
経験、って霊体験の事なのだろうか。
説明とはいっても何だか曖昧で、あたしはさっぱり意味が分からず、さらに聞き返した。
「経験、って————何の?」
空気が再び凍りつく。
「え! ……ええッ!?」
あたしの足の付け根の辺りに視線を落とし、顔を真っ赤にして呼吸を乱す松浦くん。
いつもの超クールなポーカーフェイスの彼とはとても想像がつかない顔を見てしまった。返事を待っているあたしの顔を『そんなに見てくるな』という様な顔で何度もチラチラと見ながら、ろれつの回っていない慌ただしい口調で、
「うん……。だっ、だからな、その……せっ、性……」
と、言い掛けたところでバスが止まった。
「ハイ、着きました! さようなら、武藤さん、松浦くん!」
ずれたメガネをかけ直しているやっぱり何だか焦った様子の先生に、あたし達はムリヤリバスから降ろされた。
気まずさで静まりかえった路肩に取り残されたあたしと松浦くん。
バスはそのままあたし達の元から逃げる様に去っていった。
先生も知ってたのかな。
結局、あたしだけが意味の分からないままだったとか?
「むぅっ」
何だか無性に後味が悪い。
あたしは心の霧が晴れない気分で、すぐ横にいる松浦くんを見上げた。
「おッ! ——おまえの事だッッ!!」
ものすごく怯えた顔で彼は言い放ち、大慌てで家へと帰って行った。
説明だけではなく結論まで曖昧。
あたしの事……って?
21時過ぎの閑静な住宅街に、松浦くんの家の玄関のドアを閉める音が大きく響き渡った。