複雑・ファジー小説

『美し過ぎるライバル』 ( No.42 )
日時: 2013/10/21 16:54
名前: ゆかむらさき (ID: bIwZIXjR)

 Bクラスの教室に戻ったあたしは、次の講習の科目の準備もせず自分の席で今日一日だけで二人の男の子にたて続けにキスをされた事が信じられなくて何回もほっぺたをつねっていた。
 やっぱり何回つねっても————痛い。
 高樹くんは“やりまくりべや”に着ていたジャケットを忘れてきてしまったらしく、取りに戻っている。
「……はぁ」
 両手の平を頬に当てて、大きなため息をついた。
 ほっぺたがこんなに熱いのは、つねり過ぎた事が原因なのか。それとも————


 デート、どうしよう。
 今まで男の子とまともに話すらした事のないあたしなんかが、知りあってたった三日の……しかも通う学校の違うカッコいい男の子、高樹くんと二人っきりで一日を過ごすなんて夢の様だ。……しかもキス付きときてるし。
 つねったほっぺたの痛みの熱は段々引いていくはずなのに、どんどん熱くなってゆく。
 あたしは、まだ準備もしないで何も置いていない机の上にほっぺたを付けて冷ました。


「ふふっ。どうしたの?」
 取りにいったジャケットを肩に掛けた高樹くんが、いつの間にか教室に戻ってきていた。そして机の上に顔を付けてつっ伏しているあたしの耳元でいたずらに囁いた。
「何? 今になって緊張してきた?」


「高樹くーん。ちょーっと聞きたいんだけどさー……」


 高樹くんと同じ学校の子だろうか。あたしと高樹くんの間にさりげなく透き通った高い声を挟み、飛び込んできたクラスの女の子があたしの隣で彼と話をしている。
 どうやら話の内容は勉強の事の様だけど、時折、彼女は高樹くんの肩に手を置いたり軽く押したりしてなんだかとても親しそうだ。それに……あたしなんかといるよりも、彼女と一緒にいる方が似合っている。
 見たくない。
 あたしは机の上に置いた自分の腕の中に顔をうずめた。
 胸がキューッと締めつけられて苦しい。仲良さそうに話す高樹くんとナゾの彼女(?)の会話。聞きたくないくせに自然と聞き耳をたててしまう、いやらしい根性のあたし。
 ゆっくりと顔を上げて彼らを視界に入れない様に教室の中をぐるりと見渡すと、あたしなんかよりも何十倍もかわいい女の子がいっぱいいる事に気付いた。


「なみこ、ちゃん……でしょ?」
 隣で高樹くんと親しそうに話している女の子が、長いツヤツヤの黒髪をかきあげながら突然あたしに話し掛けてきた。
 話し掛けられた事だけではない。彼女と目を合わせただけで女の子同士なのにドキッとしてしまうくらいの美しさに驚き過ぎて返す言葉に詰まったあたしは、自分の短いクルクルパーマヘアを押さえて裏返った情けない声で、なんとか「……です」とだけ答えた。


「おウワサは、かねがね聞ーてマース」
 うっ、うわさ!?
 “美しい”と“可愛い”を共に兼ね備え、ほっぺに“えくぼ”をつけた笑顔の似合う長い黒髪の女の子。彼女はあたしに向けた人差し指の先をクルクルと回しながら大きな瞳でジーッと見つめてくる。どうやら彼女はあたしの事を色々と知っている様子だ。あたしはこの子の事、何にも知らないのに。
 それにしてもウワサなんて一体誰から聞いたのだろうか。もしかして————
 あたしはおそるおそる高樹くんの顔を見た。
 彼は右手で頬杖をつきながら、あたしを見て微笑んでいる。


 えっ? 高樹くんどうして笑ってるの?
 今度の日曜日、あたしたちデートするんでしょ? この状況……絶対、気まずいはずなのに!!


 高樹くんは優しくてかっこいいから女の子にモテるのは当たり前。でも……さっきのキスは一体何だったの?
 今までお互いの想いが通じ合っていたと思っていたのに彼の気持ちがさっぱり分からなくなってしまった。
 モヤモヤとあたしの頭の中に黒い霧がたちこめる。
 確かにあたしは高樹くんに『可愛い』って言われただけで、『付きあって欲しい』とは言われてはいない。
 ……そういえば、前に読んだお母さんの週刊誌に、こう書いてあった。


 “男はその場の雰囲気で、好きでもなんでもない女に簡単に『好き』と言えるし、キスだってできる。”


 思い当たるふしが……あった。
 それは“やりまくりべや”に松浦くんと一緒にいた時、彼はあたしのことが嫌いなはずなのにキスをした。
 キスをされる前に、松浦くんに言われた言葉を思い出した。 


『どうせ、恋愛小説なんかの世界にでも夢見て浮かれちまってんじゃねぇのか? ————おまえ……高樹にメチャクチャにされるぞ……』


 さっきから、あたしの顔をまるで品定めをしているかの様に見てくる黒髪の女の子は再び口を開いた。
「なみこちゃんの事、“マスコット・ガール”なんだってー。健たちがいっつも言ってんだぁ。
 ウフ、ホントだねーっ、イマドキ珍しい純情そうなかわいーコだぁー。
 あっ、申し遅れちゃったケド、あたしの名前は小栗由季。Aクラスにいる高樹くんの友達の『健』っていうヤツの彼女なのでーすっ」


 キーンコーン。
 後半の講習の始令のベルが鳴った。
 健? なんか聞いたことがある名前の様な気がする。


「————覚えてる?
 この前なみこちゃんのおしりを触った僕の友達の“彼女”だよ」


 高樹くんがあたしの方に身を乗り出して顔を近付け、耳打ちをした。
「あはっ。なんか違う学校のコがお友達って魅力的ッ。仲良くしよーね! な・み・こ・ちゃんっ!」
 さっき高樹くんに見せていた笑顔と全く変わらない眩しい笑顔で嬉しそうに、握ったあたしの両手をブンブンと大きく振り“由季ちゃん”は自分の席に戻っていった。
 茫然としてる間に先生が教室に入ってきて講習が始まった。


「心配、した?」
 隣で高樹くんは回していたペンを机の上に置いて、あたしの手をふんわりと握ってきた。
 彼に握られた手に持っている蛍光ペンがブルブルと震えている。
 目頭があつくなる……。
「心配なんて、しなくていいよ。さっきなみこちゃんが松浦くんに連れていかれた時の僕の方が心配したよ……」
 頭の中にたちこめていた黒い霧が一気に晴れて、一粒の涙があたしの頬をつたった。
 あたしはそれを軽く指で拭い、高樹くんに笑顔を見せた。


「エへ。エへへ……。心配なんてしなくていいよ。松浦くんとあたしだなんて……ありえないよ」


 ————あたしはまだ知らない。
 あたしの見ていないところで、高樹くんと松浦くんの凄まじい戦いの火蓋がきられて落とされていたことを。