複雑・ファジー小説

『女泣かせの色男』 ( No.43 )
日時: 2013/12/09 16:40
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

《ここからしばらく高樹純平くんが主人公になります》


「純平。急な話ですまないが、ちょっと来てくれないか」
 朝から、どうしたんだろ。いつも穏やかな父さんがこんなにかしこまって。
 バスルームから濡れた髪をタオルで拭きながら出た僕は父さんが呼ぶリビングのソファーに座った。台所のカウンターから厳しい顔で僕たちの様子をジッとうかがっている母さんの視線を感じる。制服のカッターシャツのボタンを留めながら僕は父さんの話を聞いた。


 どうやら父さんと母さんは、2人で経営している女性物の下着の会社の都合で、急遽明日から中国に一週間滞在する事になったらしい。————まあ、昔からそんな事はしょっちゅうあるんだけど、ね。


 明日から一週間————この家には僕だけしかいない……ってコトか。


 フッと頭の中になみこちゃんの顔が浮かんだ。
 前に見た“夢”の続きを見たくなる。
 もう一度会いたい。あの可愛い“エプロン姿”のなみこちゃんに。
 母さんが大きなため息をついて、父さんと僕にコーヒーのおかわりを注いでくる。
「分かっているとは思うけど、純平、家に親が居ないからといって調子に乗って友達と外で夜遅くまで遊んでばかりいるんじゃないわよ。……近所の目もあるんだから」
 僕はテーブルの上に何冊か重ねて置いてある、父さんと母さんの会社の通販カタログを一冊手に取り、膝の上で広げてペラペラとめくった。
 あっ、これこれ。こーゆーの、なみこちゃんに着けて欲しーなー。ふふっ。
「学校の成績がいくらいいからといっても、あなたは生活態度がメチャクチャでしょう……」
 ああー。コレはもっと大人になってからの方が————
「はぁ。お母さん、わからないわ……。
 だいたい純平、あなたはいつも何を考えて生きているのよ……」


 ——パタン。
 見ていたカタログを閉じ、小さく咳払いをして立ち上がった僕は、片手を頬に付け、目を細めてジーッとこっちを見て反応を待っている母さんの肩に手を置いた。
「母さん。父さんと二人っきりで一週間……忘れちゃった愛をたしかめ合ってきてね」
「——っ!!」
 僕の言葉が彼女の頭に角を生やした様だ。
「遊びに行くんじゃないわよ! 仕事で行くの! 
 ————全く! 一体誰に似たのかしら、この子は……」
「まあ、まあ、まあ……」
 父さんの方はまんざらでもないらしく、楽しそうに笑いながら母さんをなだめている。
 僕は手ぐしでヘアスタイルを整えて、母さんが注いでくれた温かいコーヒーを一気に飲みほし、
「いってきまーす」
 学校のカバンを持ち、父さんと母さんに片手で軽いVサインを見せて部屋を出た。


 ————僕の名前は高樹純平。純平の『純』は純粋の『純』。
 友達は結構いる方かな。その中には女の子の友達も何人かいるけれども恋にはならなかった。
 しかし、ある日突然塾で出会った原黒中の僕と同じ2年生(……だけど小っちゃくって可愛い)女の子“なみこちゃん”。
 彼女に出会った瞬間————僕は生まれて初めて恋を知った。


 玄関のドアを開けて、眩しく降り注ぐ太陽の光と風の香りを感じながら大きく深呼吸してみる。
 やっぱり空気がいつもと全然違う。


 今日は塾の日————
 はやくなみこちゃんに……会いたい。


     ☆     ★     ☆


「よ、よぉーっし、じゃ、“お姉ちゃん”が君の靴に“魔法”をかけてあげよう!
 1・2・さんっ、えーいっ!」
「ほらっ、コレで大丈夫!」
「……ほんとう?」
「たぶん……いや! 絶対!
 ————だからもう泣いちゃだめだよ。ね?」


     ☆     ★     ☆


 ————ここは僕の通っている釜斗々(かまとと)中学校。
 今は昼休み。
 別に何をする用事もない僕は、廊下の壁にもたれながら窓の外で交尾をしているトンボを見ていた。


「やあやあ高樹殿、本日はお待ちかねの塾でござるなあ。
 愛しのなみこ嬢との甘い愛の戦略を練っておられるようで? 邪魔してすまんな……」
「会いたいのにぃー、週2しか会えなぁーい。どうしてあなたは原黒中なの? どうして処女なの?
 ——痛ッて! 何すんだ由季ッ!」
「……ばーか。もうっ、ごめんね高樹くん」
 ヘンな奴等だけど、一応彼らは僕の友達。
 時代劇役者(?)口調の聖夜と、『少年よ、オンナを抱け(いだけ)』が口癖の、見ての通り“チャラ男”な健。そして“はきだめに鶴”、日本人形の様なしとやかな顔をしているこの女の子は、信じられないけど、まさかの“あの”健の彼女の由季ちゃん。
 なんだかんだ言って、いつも彼らとつるんでエッチな話に花を咲かしているんだけど————今は由季ちゃんがいるから無理だな。


「え! ウソ! マジで今日告るの!? 静香!!」
「……ウン」


 廊下にいる僕に“わざと聞こえるように”アピールしているのか大きな声で教室の中からぞろぞろと出てきた女の子達。3人いる中の1人、1番スカート丈の短い中学生離れしたグラマーな体型をした今日誰かに告白するらしい女の子は“徳永静香さん”。彼女は見ての通りクラス……いや、この学校の名物キャラだ。
 その名物、徳永さんがお尻を振りながらゆっくりと歩いて近付いてきて、僕の横に香水の香りをフワフワと漂わせながらもたれてきた。
 そんな彼女が赤茶色の縦ロールの長い髪を指で少しつまみ、毛先を僕の鼻のそばに近付けて上目遣いで話し出す。


「高樹クン。静香をフったコト、今に後悔させてアゲルから————」


「おおうっ! 今日も色っぽ……いや、エロっぽいよ! 静香御前」
「よッ! 女泣かせの色男、高樹源氏!」
 僕と徳永さんの前で健たちがワケの分からない事を言ってはやしたてている。
 僕は自分の鼻の前にチラついている徳永さんの髪を手で払いのけ、「ふっ」と小さく笑った。


「胸の谷間に着火したダイナマイトはさんで挑む覚悟がないと無理だと思うよ。
 ————頑張って。本気で応援してるから」