複雑・ファジー小説

『恋に障害はつきもの!?』 ( No.44 )
日時: 2013/10/22 17:05
名前: ゆかむらさき (ID: bIwZIXjR)

 ————前に健から聞いたことがある。
 徳永さんが今、熱をあげている恋の相手は————松浦鷹史。


     ☆     ★     ☆


 所属しているバスケ部活動を終え、学校から帰った僕達……僕と健と聖夜は自転車で塾へと向かった。
 学校の授業なんて全然耳に入らない。入らなくても今日の理科の授業で抜き打ちで行われた電気分解の小テストは何故か満点を取ることができたけれども。……って、そんな事はどうでもいい。テストで満点を取る事なんかよりも今日これから、もっと嬉しい事があるんだから。僕が考えているのは、そう、“あの子”の事だけ。


 もうすぐ、なみこちゃんに会える。


 いつも自転車を漕ぐのにかったるかったこの急坂が、なみこちゃんと出逢ってからは何とも思わない。
「ちょっ、待てよ、高樹ッ!」
「愛のチカラ、おそるべし……」
 気が付くと、僕のいる50メートルくらい後ろで健たちがへたばっている。
 彼らには構わず、そのままペースを落とさずに高台まで上った僕。そこでやっと自転車を止めて下に広がる街の景色を見ながら、まっすぐ伸ばした右手を空に掲げ大きく深呼吸をした。
 心地のいい風が僕の髪を優しく撫でる。
 やっぱり、今日の僕はちょっと焦り過ぎの様な……。
「あせりすぎでござるぞ、おぬし……」
 ——やっぱりね。しかも“ちょっと”じゃなくて“過ぎ”って言われた。
 汗だくになりながら息をきらしてやっと追いついてきた聖夜に怒られちゃった。


 走り出したら止まらないんだよ。
 ごめんねっ。


 いくら急いで早く塾に着いたって、なみこちゃんが乗っているバスが来る時間は同じなのに。何やってるんだ、僕。
 舌をペロッと出して「ごめん」と彼らに謝っておきながらも、再び高速スピードで塾へ向かって走った。
 この胸のドキドキは自転車のペダルを思いっ切り漕いだからではない。多分それは————


     ☆     ★     ☆


「あ。なんだ? 高樹、それ」
 塾の自転車置き場に着いてから、昨日サイクルショップで僕の自転車の後ろに取り付けた荷台に、健がやっと気が付き指をさしている。
「もっと早く気付いてよ」
 自転車に鍵をかけ、僕は健に向けて手の指をピストルの形にして「バーン!」と撃った。
「ほほう。これは羨ましいでござるな。背後から手を回されて、なみこ嬢の可愛らしい胸が密着とは。うむむ。純情そうな顔しておぬしもなかなか……」
「聖夜。こいつ最終的には“自分の上”に乗せる気だぞ。全くけしからんヤローめ」
 恒例の下ネタ妄想トークが始まった。こーゆーのホント好きなんだよな、こいつらは。
「ふふっ。いつかはね……って! 何言ってんだよっ」


 そうこうしているうちに駐車場に塾のバスが入ってきた。


「!」
 バスから降りてきたなみこちゃんが、松浦鷹史に強引に腕を引っ張られて泣きそうな顔で怯えている。
 何しやがる、あいつッ——!!
 僕は健達をほったらかしにして、急いで彼女の元へと走った。


「悪ィな、高樹君……。少しこいつ借りてくわ。
 あー大丈夫、大丈夫。後で、ちゃんと返すって。な?」


 松浦鷹史は僕のなみこちゃんへの気持ちを知っていながら、わざと神経を逆撫でするかの様に挑発的な笑みを浮かべ、彼女を塾の中へと連れ込んでゆく。


『助けて』
 なみこちゃんは何度も振り返り、目で僕にうったえていた。
 黙って待ってられるか!! 大丈夫じゃないだろ!!
 これも生まれて初めての感情だった。僕の中で何かがブチッときれた音がした。
「——っ!」
 僕はすぐになみこちゃんを連れた松浦鷹史を追いかけ——————————られなかった。


「高樹クゥーン……」


「!」
 僕の腕に大粒の涙をボロボロとこぼしながらしがみついている徳永さんが。
 きっと彼女もアレを見たんだ。
 バスから降りてきた松浦鷹史を捉まえて、いざ告白しようとしていたのだろう。可哀そうに……。
 気合いを入れてまつ毛にマスカラをたっぷり塗り付けていた様で、目の周りがパンダの様に黒くなっている。
「ヒドイィ。ヒドすぎるゥー」
 さらにラメ入りの真っ赤のリップグロスが前歯にベットリと貼り付いている。
「……大丈夫だよ」
 僕、今こんな事してる場合じゃないのに……。
 “大丈夫”なんて人に偉そうな事言ってるこっちが大丈夫なんかじゃない。
 心の中で徳永さんを飛び越えてなみこちゃんの行方を追っている。
 塾に来る人達が、みんな立ち止まって僕たちの事を見ている。
 厄介な見えない壁か次々と現れ、いたずらに僕の行く手をはばんでくる。
 勘弁してよ。これじゃあまるで僕が徳永さんを泣かしてるみたいじゃないか。
 僕は自分の腕から彼女の腕をそっと外して、なんとか落ち着かせようとした。
「まだ伝えてないんでしょ。……泣かないで」


「!」
 彼女は今度は僕に抱きついてきた。
「おおーっ!!」
 周りが一気にざわめき出した。野次馬の中にいる徳永さんのとりまき(?)の2人の女の子は、予定外の彼女の行動に驚きながらも小さく拍手をしている。これはマズい。もしもコレがヘンなウワサになってなみこちゃんの耳にでも入ったら、たまったもんじゃないよ。
 僕に磁石の様にひっついている徳永さんを引き離し、
「おいで」
 と、仕方なく彼女の手を引いて、自転車置き場に戻っていった。


「ごめん! 聖夜、あとたのむ! なぐさめてあげて!!」
 いきなりそんな事を押し付けられて目を丸くしている聖夜。
 彼の手に徳永さんの手をムリヤリ繋がせて、僕は塾の中に飛び込んだ。


 ————どこにいる松浦鷹史! なみこちゃん!!


     ☆     ★     ☆


 1階は職員室と3年生の教室だから、おそらくいない。————2階に行った方がいいとみた。


「……高樹」
 階段を昇ろうとしたら、誰かに声を掛けられた。
 また、こんな時に限って誰だよ……って、うわっ!
 引退したのだから、もう関わる事はそうそうないと思っていたのに。
 僕に声を掛けてきた男は————誰がどう見たって成人男性の様な彫り深い顔。そして怪物の様な雰囲気を漂わせるこの男は、同じ学校の、僕の所属している男子バスケ部の部長を以前務めていた黒岩先輩だった。


「————話がある。来い」
 低く重たい声で、身長180センチ以上もある黒岩先輩が腕を組んで僕を見下ろしている。部長を降りたのに、今もあの頃と変わらず視線だけで目の前の全てのものを覆い尽くしてしまう様な威圧感で、思わず生つばを飲んでしまう。
 実は……僕は彼が苦手なのだ。
 厳しいからでは、ない。
 乱暴だからでも、ない。
 陰険だからでも、ない。


 ————それは“僕だけ”に異常に優し過ぎるから。

『恋に障害はつきもの!?』 ( No.45 )
日時: 2013/10/22 19:03
名前: ゆかむらさき (ID: bIwZIXjR)

     ☆     ★     ☆


 僕達は階段を2階を越えて3階まで昇ってきた。
 3階に着いたとたんに、黒岩先輩の汗でにじんだゴツゴツした手が僕の手を強く握ってきた。————しかも僕がまだ、なみこちゃんとした事のない“恋人繋ぎ”で。
 僕は1回つばを飲み込んでから彼に問いかけた。
「話って、なんですか……」
「…………」
 何も言わずに僕の手をさっきよりも強く握り締め、廊下をまっすぐ歩いていく先輩。 
 先輩と交互に絡んでいる指が痛む。あんなに人とフレンドリーに関わる健や聖夜も、彼だけには距離を置いている。先輩はちょっと……いや、かなり強引なんだ。嫌がられると余計に燃える(萌える?)タイプっていうのか————


「すみません。諦めてください。僕には今、好きな女の子がいますので……」
「————知っている」
 “女の子”という所をちゃんと強調して言ったのに、先輩はそれでも構わないかの様に僕を連れて、そのまままっすぐ歩き続けた。
 マズイな。先輩、やっぱり————
 僕の予想通り、彼は廊下の一番奥の部屋の前まで来て足を止めた。
 この部屋は、塾のカップル達がキスをしたり、もっとすごい事をして愛し合う、という“ヤリまくり部屋”。
 ここに僕がなみこちゃんとではなくて黒岩先輩と来る事になるなんて思ってもみなかった。


「高樹。おまえ両刀使い、なんだろ?」
「えっ、ちょっ、と待って、先輩。それ、は……」
 黒岩先輩はいきなり僕の手の甲にキスをして僕の尻を撫でてきた。


「最後に1度……1回だけでいいから、思い出つくらせてくれ」


     ☆     ★     ☆


「可愛いな。もしおまえが女だったら良かったと思っていたけど————
 フッ。まあ、こういうのもいいなあ。刺激的で……」
 鼻息を荒くした黒岩先輩は、僕の尻を撫でていた手を離し、ドアの取っ手に手を掛けた。


 ガチャッ、
         ガチャ、ガチャ。


 どうもドアには鍵が掛けられていた様で、取っ手には“使用中”と書かれた表札が、ぶら下がっている。幸いな事に“ヤリまくり部屋”は偶然にもちょうど今、この塾のカップルの誰かに使われていた様だ。


「チッ! 先約があったか、クソッ!」
 取っ手から離してグーに握り締めた手とおでこを、レザー張りのドアに付けて先輩は舌打ちをした。
「————仕方無いな、諦めるか」
 “諦める”と言われた時、喜んだのもほんのつかの間だった。
 僕の頬を軽く指でつつき、
「また今度、な」
 とがった八重歯をチラッと見せて言い残し、彼は走って自分の教室へ戻っていった。
 甘かったな。恋に障害があると燃える、ってよく言うけど、コレはちょっといただけないよ。
 ヒドイ目には遭ったけど、松浦鷹史となみこちゃんが3階に居なかった事にホッと胸を撫で下ろし、僕は2階に戻る事にした。


 あんな事言っといて、僕の事騙したんだな。松浦鷹史……。
 いつの間にか講習の始まる時間間際になっていた。
「なみこちゃんとの時間が無くなっちゃったじゃん……。僕はあんたと違って、一緒にいれる時間が少ししか無いのに……」
 しかもよりにもよって2人っきりになっていた相手が黒岩先輩ときたもんだ。チャンスを見つけて今度こそはなみこちゃんに僕の気持ちをはっきり伝えて“この前の続き”をしたいと思っていたのに————
 大きなため息を落として僕は階段を降りていった。


「!」
 何やら後ろから足音が聞こえる。その足音が早いペースで僕の方に近付いてくる。
 トン、トン、トン、トン。
 小走りで階段を駆け降りてくる足音。嫌な予感が僕を襲う。
 “ヤリまくり部屋”にいたのは、もしかして……。
 僕を追いこす手前で、その足音が止まった。


「————やあ、高樹君」


 不安といかりが混じり合った感情が僕の体全体に広がる。
 さっきの嫌な予感が的中した。3階から降りてきたのは————松浦鷹史だった。
 僕は振り返らずに、両方の手の平ににじんだ汗をズボンで拭いて彼の言葉を聞いた。


「武藤のやつ、暴れるわ、叫ぶわで大変だったぞ……。
 デリケートだか何だかよく分かんねぇけど、全く処女ってモンは扱いかたに困る。
 ————今“あそこ”で再起不能になってるぜ。ククッ」