複雑・ファジー小説

『歪んだ正義』 ( No.46 )
日時: 2013/10/28 16:26
名前: ゆかむらさき (ID: bIwZIXjR)

「王子様ヅラしてんじゃねぇよ。フン! どうせ武藤のカラダだけが目当てなんだろ。ん? 高樹君……」
 僕の肩に手を置き、耳元に顔を近付け囁いた松浦鷹史。彼は階段を降りて教室へ戻っていった。


 ————それは、あんたの事だろっ!!


 僕は拳で壁を思いっ切り叩いた。
 なみこちゃんの気持ちを考えたら、今は一人でそっとしておいてあげた方がいいのだろうか。
 それとも僕が傍にいてあげた方がいいのだろうか。


『助けて』
 さっき松浦鷹史に手を引かれていった彼女の泣きそうな顔が頭の中に浮かんでくる。と同時に、今あいつに言われた言葉と一緒に考えたくもない光景が映し出される。
 なみこちゃんが、あの部屋で————


「な、何するの、松浦くん! やめてッ!!」
『武藤のやつ……暴れるわ、叫ぶわで大変だったぞ……』


「うるせーな。騒ぐんじゃねぇ……」
 松浦鷹史に押し倒されて、ムリヤリ……。
『まったく処女ってモンは扱いかたに困る……』


「すぐ終わるから我慢しろ……」
 けがれたあいつの手がなみこちゃんの体に触れる。まるで玩具を扱うかの様に己の快楽だけを求めるために強引に。純粋無垢な彼女の肉体だけではなく、精神にも大ダメージを与える様な極悪非道な“やりかた”で。
「 !! 」
 襲い掛かる悪魔の恐怖に押し潰され、声さえも出す事のできないなみこちゃんはそのままあいつに————!!


『————今“あそこ”で再起不能になってるぜ……』


 握り締めた手にじわりと血が滲んでいる。それを舐めて僕は1回深呼吸をした。
 いけない。爆発しそう……。落ち付け、僕……。
 体の震えが止まらない。
 しかし、なみこちゃんの方がもっと震えているに違いない。あんな部屋であいつにこわい事をされて……今、泣いているのかもしれない。
 僕の足が階段を————上へ昇る方に動いた。


 なみこちゃ、ん……。
 階段を昇る途中で、なみこちゃんにバッタリ会った。
 突然のあまり彼女に掛けてあげたい言葉が見付からず、僕は何も言えずにゆっくりと彼女に近付いていった。
 松浦鷹史は僕を脅そうとしてあんなデタラメを言ったんだ。 
 絶対にそうだ。そうであってほしい! 
 血の滲む拳を握り締めてそう祈りながら。


 彼女の様子を見ると、着ている服に乱れは無く、涙の跡も無い。
 どうやら大丈夫そう。よかった……。
 僕の体の震えが徐々に消えていく。
 口元を小さな手で押さえて隠し、はにかんだ顔で僕から目を逸らす彼女。 
 やばい……。その顔があまりにも可愛すぎて。
 あれは何時だったか。まだなみこちゃんに出逢って間もない夜に見た夢が蘇る。まさに今の“その顔”をしたエプロン姿の彼女が、初めて一生懸命作った手料理の前で僕を誘う。


「はやく食べてくれないと、冷めちゃう、よ……」
 ————と。


 それが凄く美味しそうで我慢ができなくなった僕は、彼女の言う通り、すぐに料理……の方じゃなくて、“彼女”を頂いた夢。
 エプロンの紐を解く様に、彼女の心を壊してしまわない様に優しく解いて脱がしてあげて、首筋から指の先までゆっくりと味わいながら。
 そんなご馳走を夢の中でだけじゃなく、現実の中で頂いてしまってもいいのだろうか。
 今ここで彼女を抱き締めてもいいのだろうか。
 “ゾクゾクする”とはいっても、さっきとは全く違う感情が僕の体を震え上がらせる。
 バ、バカ! よりにもよって、こんな時に……何考えてんだ、僕っ!!
 頑張って引っ込めていた僕の本能が理性をぶっ飛ばそうとしている。僕は彼女から目を離さずに、重たい足を持ち上げて階段を1段づつ踏みしめる。
 ————抱き締めたい。
 彼女がいる1段下の所で僕は足を止めた。そこでちょうど背の高さがなみこちゃんと同じ高さになり、僕の顔の前が彼女の顔になった。小さな口に手を当てて顔を真っ赤に染めている彼女は、チラッと僕の顔を見て再び顔を逸らした。
 ……キ、キスしたいっ!!
 完全に本能が剥き出しになった僕は生つばを飲み、彼女の両肩に手を置いた。
 ここが塾なのだとか、周りの景色は何も見えない。もう……彼女の事だけしか見えない。
『大丈夫?』
 ついさっきまでは彼女に問いかけたかった言葉なのに今度は自分に聞かなくちゃいけない言葉になっている。
 全然大丈夫なんかじゃない。
 肩だけじゃなく、もっと色んなところに触れたい。彼女の心の奥まで入りこんで絡み合いたい。
 逸らした顔から細く伸びるなみこちゃんの白い首筋を見た途端、僕の身体が異常を起こしだした。


 君だけしか……僕を処理できない。


 キーン、コーン。
 始令のベルが僕の暴走を止めた————しかしそれは、ほんの一瞬だけだった。


「————サボっちゃおっか……」
 逃げ出してしまおう。僕と一緒に。
 驚いている彼女の手を握って、僕は3階の“ヤリまくり部屋”へと向かった。
 通う学校の違う僕達が、唯一二人っきりになれる楽園、あの部屋でしようとしている。“あの夢の続き”を。
 まだ会って間もないのに一体何を考えているんだ。僕の中に棲んでいる悪魔が天使を差し置いてしゃしゃり出てきて耳元で『素直になれ』と囁いてくる。
 もっとなみこちゃんと一緒にいたい……だなんて正直言って綺麗事なのかもしれない。松浦鷹史への対抗心が加わって、気が付かないうちに僕の彼女への恋心は強烈なものになっていた。


 もう、だめだ。我慢できないよ……。


 なみこちゃんの手を握りながら“ヤリまくり部屋”のドアを開けると同時に————僕は欲望のドアを開いた。


     ☆     ★     ☆


 思い切った行動に出たはいいものの、僕は今“アレ”を持っていなかった。
 残念だけど、今回は……おあずけ。


 結局、僕は欲望の爆発を必死で抑えた。
 僕にしがみ付いてくるなみこちゃんを震える手で支えながら、無意識でズボンのベルトを緩めてしまったけれど、部屋の中に偶然揃っていたビリヤードの道具のおかげでなんとか気持ちは緩まなかった。


 ほんの40分だけ……なのに、最高に甘酸っぱいプチ・デートを僕はなみこちゃんと二人っきりで楽しんだ。
 そこで彼女にもらった夢の様なプレゼントは————キス付きのデート。
 一日中なみこちゃんを“ひとり占め”できるだなんて。
 どうやら今度の日曜日まで僕は充分に眠れなさそうだ。
 なみこちゃんとのデートのシミュレーションで。

歪んだ正義 ( No.47 )
日時: 2013/10/28 16:38
名前: ゆかむらさき (ID: bIwZIXjR)

     ☆     ★     ☆


 前半の講習を堂々とサボって甘いひと時を堪能した僕達は、休み時間に教室から出てくる人たちに紛れて何食わぬ顔でBクラスの教室に戻った。
 なみこちゃんはこのクラスでたった一人の原黒中出身。そして僕は普段から頻繁に講習を抜け出してサボっていた事がちょうどカモフラージュになっていたからだろうか。教室に居なかった僕達に対してアレコレ詮索してくる様な人は居なかった。
「楽しかったね」
「…………」
 言葉では何も返してこないなみこちゃんだけど、頬を赤らめながら繋いだ手をギュッと握り返してくれた。
 僕の場合は先生に気付かれさえしなければそれでいい。なみこちゃんと“ヤリまくり部屋で愛し合う関係”なのだとクラスの皆にこっちから公表したって構わない。でもなみこちゃんは女の子だし、もしも、そんなコトになったらきっと困らせちゃうだろう。
 なみこちゃんと僕の二人だけの秘密、か。


「!」
 なみこちゃんとのデートの事で浮かれていて、さっき彼女と一緒にいたあの部屋に僕のジャケットを置き忘れてきてしまったらしい。
「ごめん。ちょっと待ってて」
 すぐに戻るから、ね。
 なみこちゃんのフワフワした柔らかい髪をクシャッと撫でて、僕は教室を出て再び3階へ昇った。


 階段を昇る途中で僕は足を止めた。
 何やら3階の廊下で大きな声が聞こえる。耳にツンと突き刺さる様な甲高い女の子の声が。
 ああ、あの声は……。
 どこかで……いや、何度も聞いた事のある声。以前は健たちよりもと言ってもいい位な程、僕の傍にいたけれど、“ある日”を境に離れていった女の子————


「どうして!! 静香のドコが気にいらナイっていうのヨッ!!」
 ————やっぱり徳永さんの声だった。


 ケンカかな……。
 彼女は見た目もハデだし自意識が強く、色んな意味で先輩に目を付けられる事が多い。なんてったってあのダイナマイトな体型。“逃したマーメイドは大きいぞ(胸が)”と、部活の先輩達にことごとく冷やかされたっけ。
 マーメイド、か。地味にしてたら結構かわいいと思うのに。
 一対一ならば構わないけど相手が大勢でかかってきているのだったならば助けてあげたい。偶然にも徳永さんとは小学1年の時から学校でずっと一緒のクラスだった。ずっと近くで彼女を見てきたから知ってるけど、彼女はああ見えて自分を支えてくれる人に傍にいてもらえないととても脆く崩れやすい子だから。
 激しい口論中の彼女達に気付かれない様に、僕は壁に背中を付けながら階段を昇っていった。


「静香のコト……アナタの自由にシテもいいって言ってルのに……」


「——ぶっ! ごほ! ごほごほ……」
 あまりにもロコツなマーメイドのコトバに驚き過ぎて咳が出てしまった。
 相手はどうやら男の様。
 ……っていうか、ちょっと待ってよ。なんだあの、へんな告白……って、ん? 告白?
 告白の相手、って……“あいつ”と“あの部屋”に入ったのだろうか?
 階段を昇りきったところで“相手の男”の冷たい声が聞こえた。


「じゃあ、もう俺につきまとうの……やめろ」


 聞き覚えのある相手の男の声を聞き、思わず僕はシャツの腕をまくっていた。
 3階の廊下で徳永さんが松浦鷹史に愛の告白をしていた。————しかし(やっぱり)うまくはいかなかった様だ。
 あんな告白の仕方じゃあムリないよ……。
 いつも高飛車で自信に満ち溢れている徳永さんが、床に両手を置き、ひざまづいて泣きじゃくっている。
 そんな彼女に一切目も触れず、松浦鷹史は片手に僕の忘れたジャケットをぶら提げ、窓の外の遠くの景色を見ながら大きなため息をついて話し出した。


「……悪ィな。俺、今、好きな女がいンだよ。
 でも、まァ“そいつ”をまだ俺の女にしてねぇ事だし、見返りを求めずタダで奉仕してくれるんなら、それはオイシイ話だが……。
 おまえとだけは、死んでもヤル気になんねぇなァ、ハハッ!」


「——ッ!!」
 階段の陰から2人のやり取りを見ていた僕は、我慢ができなくなって飛び出した。
 そして、涙でベタベタになった床に突っ伏せて丸くなっている徳永さんの傍に歩み寄り、腰を落として背中に手を置いた。
「教室に戻ろうか……」


 すると松浦鷹史は手に持っていたジャケットを僕に向けて投げ付け、
「紳士だねェ。武藤と、どさくさに紛れてヤリまくってたくせになァ!」
 片手を腰に当て、いやらしい顔でニヤニヤしながら僕の方に歩み寄ってくる。
「ごめん。今、ティッシュしか持ってなくて」
 ズボンから出したポケットティッシュをそっと徳永さんの手に握らせて僕は立ち上がり、彼を思いっ切り睨み付けた。
「んん? 高樹君。どうしたのかな? そんなこわい顔して。かわいい顔が台無しじゃないか……」


「…………」
 まだ女に、してねぇ……?
 歯を食いしばりながらずっと彼から目を逸らさなかった。
 許せない。
 恋敵だからとか、そんなカワイイものじゃない。こいつは“もうすでにスイッチの入った時限爆弾”だ。こんな男の傍になみこちゃんを置いておくなんて危険過ぎる。さっきはたまたま未遂で終わったのだろうけど、いつか、そのうち僕の知らない間に……僕が見ていないところでこの男はなみこちゃんを————!!


 暗く静かな廊下に徳永さんの泣く声だけが哀しく響き渡る。
 哀しいのは彼女だけではない。彼の黒い泥に濁った心も。
 松浦鷹史もずっとそのまま僕の顔から目を離さずに白い歯を見せて「ククッ」と嘲笑い、徳永さんを足で指した。
「なァなァ、どうだよ、その女……。そいつと付き合うと、もれなくスッゴいサービスが、てんこ盛りで付いてくるらしーぜ。高樹君……」


「————松浦アッッ!!」


 僕は彼の胸ぐらを掴んで叫んだ。

『歪んだ正義』 ( No.48 )
日時: 2013/10/28 16:44
名前: ゆかむらさき (ID: bIwZIXjR)

     ☆     ★     ☆


「————もォいいよ。高樹クン。ゴメンね、松浦くん……」


 体を起こし顔を上げた徳永さんは、僅かに残っているプライドをかき集めた様な笑顔を僕に見せて走って教室へ戻っていった。
『ありがとう』
 真っ赤に腫れ上がった彼女の瞳が、まるで僕にそう伝えていたかの様に感じた。
 いつもつま先立ちで背伸びをしていた彼女が“飾り”を全て外した笑顔は思った通り、やっぱり可愛かった。
『こんな男なんかよりも、もっとあなたに相応しい人は必ずいるから大丈夫だよ』
 徳永さんの背中に視線でそう送りながら、僕は松浦鷹史のシャツを掴んだ手を離し、いかりで乱れた呼吸を整えた。
 一切瞬きもせずに僕から目を離さなかった松浦鷹史。
 あれは僕の宣戦布告を受け取ったという事にする。
 勝てる自信は90%軽く超えてる。今のところ……は。


「ねぇ、松浦くん。さっき徳永さんに言ってた“好きな女の子”って……だれ?」


 松浦鷹史は廊下に転がっている小さな空の段ボール箱を足でポーンと蹴飛ばして不敵に笑い出した。
「プッ、ククククッ……。何? ソレ、友達でも何でもねぇおまえなんかに教えなきゃあ、いけねー事?」
 強がっているつもりだろうけれど、彼の言葉の中にはっきりと焦りが見える。
 動揺している表情を僕に見透かれてしまうのが嫌だったのだろう。松浦鷹史は急に僕から視線を外し、再び窓の外を見た。
「関係ねーだろ、……ンなの」
 彼は何とかごまかして僕の質問から逃げようとしている。
『今、好きな女がいんだよ……』
 さっきのアレは徳永さんの交際の申し込みを断るために作った嘘なんかではない。僕は気付いていた。彼と初めて言葉を交わした時から……いや違う、顔を見た瞬間に直感で“同じ女の子に想いを寄せている”んだってね。
「じゃあな。俺、もう戻るわ」


「教えて」


 僕は松浦鷹史の前に回りこんで、左手を横に伸ばして行く手をはばみ、逃げられるのを止めようとしたが、
「どけ」
 彼の手の平で胸を押し返された。
「関係あるでしょ」
「じゃあな」
「ちゃんと聞いて」
「…………」


 もっと崩してやる。そのポーカー・フェイスとやらを。
 今からあんたに見せるロイヤル・ストレート・フラッシュでね。


「ねぇ、その女の子ってさ、塾が同じ子なの? 学校が同じ子なの? 
 ————それとも実は……塾も学校も同じ子だったり?」


     ☆     ★     ☆


「……最後のは冗談だろ?」
 松浦鷹史は笑いながら、また一つ段ボール箱を蹴飛ばした。
 当たってるくせに……。
 彼の笑顔が動揺して引きつっている。その顔があまりにも滑稽で思わず僕も一緒に笑っちゃいそうなくらいだ。
 彼だけは許しておけない。徳永さんと同じいたみを存分に味あわせてやりたい————


「さっき、さ、“松浦くんと塾も学校も同じ女の子”からデートに誘われちゃっ、た」


 ゴロゴロゴロゴロ。
 秋はもう深まってきているのに季節外れの雷が鳴り出した。
「嬉しかったよ。
 松浦くんはもう知ってると思うけど、僕もずっと“彼女”の事が気になってたからね。デートの約束は、今度の日曜日……」


 まるで戦いの始まりを知らせるゴングの様に窓の外で激しい稲妻が横切り、雨が凄い音をたてて降り出した。
「ハハ。どしゃ降りになりゃあいいよな、その日……」
 松浦鷹史はまだ引かない。ここまで言われてもまだ窓の外を見ながら笑っている。————おそらく表面だけ、だけど。


 さあ、これで“終わり”にするよ。
「どしゃ降りになったら、か。ふふっ。でも、もしそうなれば“おうちデート”に持っていけるし……。
 実は僕の家、明日から1週間、両親が仕事で外国に行く事になってるから、その間ずっと家に居なくってね。
 一つ屋根の下で、あんなに可愛いなみこちゃんと二人っきりで何時間も一緒にいたら……絶対、何か起こっちゃうよね」


 この一撃で完全に笑顔が消え去った松浦鷹史。
「高樹……おまえ、初めてのデートでいきなり武藤を家に連れこむ気、か?」
 彼の鋭い視線が僕を突き刺す。


「だから、僕が紳士でいられるように————祈っててね、松浦くん……」


     ☆     ★     ☆


 あんなに感情をさらけ出して他人に突っ掛かっていったのは初めてかもしれない。まだ胸がドキドキしている。全く大人気ない。
 手強かったけど逆転勝利、かな?
 松浦鷹史は教室へ戻っていった。
 つい勢いで飛び出てしまった言葉だったけれど、本当は彼に“なみこちゃんとのデート”の事を教えてやりたかったのかもしれない。
 彼と同じで実は僕も焦っている。学校が同じで家が隣同士、というハンデがあるから……。


 胸に引っ掛かっている、彼が去り際に残していった言葉。


 ————『なぁ、高樹君、“北風と太陽”っつー物語、知ってるか?
 旅人の上着を脱がすために、北風と太陽が勝負するってヤツ。
 一応、物語では太陽が脱がした事になってンだけどな。北風が、もう少し強い風を起こしてたら————旅人の上着を剥ぎ飛ばす事ができたんじゃないか、って、思って、な……』


 窓の外を見ると、さっきはあんなに荒れ狂っていた空がウソだったかの様に穏やかになっている。
「通り雨か……。きっと自転車ベタベタだな」
 床の上に落ちたままになっていたジャケットを拾い上げて肩に掛け、僕も教室へ戻った。


 確か、塾の帰り道の途中にあるドラッグ・ストアーって九時閉店だったっけ。
 急いで帰れば……なんとかギリギリで間に合いそうだ。