複雑・ファジー小説
- 『ピンチ! IN THE BUS』 ( No.49 )
- 日時: 2013/12/09 16:39
- 名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)
《ここから再び武藤なみこちゃんが主人公になります。》
キーンコーン。
終了のベルが鳴り、今日の講習は終わった。
「ごめん、なみこちゃん。僕もう帰るね。帰りにちょっと寄りたいトコがあるから。日曜日……ちゃんときてね」
無造作にジャケットを羽織りながらカバンを持ってソワソワとした様子の高樹くん。なんだか急いで帰ろうとしているみたい。
こんな夜遅くに寄りたいとこってどこなんだろう。
聞きたいけれど……聞けない。
だって……恋人じゃないのに、なんか恋人気取りみたいな気がして。
いちいち『どこ行く?』とか、『何する?』とか詮索すると男の子は鬱陶しがるよ、ね。多分……。
由季ちゃんみたいに顔も性格も可愛かったのならば、ためらいなくできると思うけれど、あたしはこんなだもん。
そう。あたしみたいのはこうやって離れた所で見ているだけで充ぶ————
「ちょっと、ちょおっと、なーに高樹くん、もう帰っちゃうのー? なんでー?」
由季ちゃんが小走りで高樹くんに近付いてくる。
嫌な子だ、あたし……。今、彼女に『近づかないで!』と反射的に思ってしまった。
高樹くんにさっき『心配しないで』って言われたばかりなのに。
高樹くんの腕を掴み、くちびるをとんがらせている由季ちゃん。なんだか自分はここ……高樹くんの傍には居てはいけない子なのじゃないかと感じ、あたしは1歩後ずさった。
『羨ましいなぁ……』
あたしはこんな風に他人……自分よりも“できた”人に対して生まれてから何度も思った事がある。でも、その“羨ましい”の気持ちとは違うんだ。どう言えばいいんだろう。“羨ましい”に“憎い”が混じり合った様な。
由季ちゃんは健くんの彼女なんだし、いい子なのに————
「え!? あそこ9時に閉まるよ! はやく行きなよ!」
彼女は高樹くんの背中をぺチンと叩いた。
高樹くんに触らないで——!!
「……だからもう行くって」
————あたしの胸がズキンと痛む。
漫画では読んだ事があるけど、コレが“妬きもち”ってモノなのだろうか。初めてのこんな感情。
「たっ、高樹、くんっ……」
小さな声だったのに、彼はあたしの声に反応して振り向いてくれた。
「気をつけて、ね」
どうして由季ちゃんに対してこんなに意地になっているのか自分でもよく分からない。
由季ちゃんは健くんの彼女……。
そうさっきから自分に何度も言い聞かせている。
高樹くんはあたしに笑顔とウインクを残して教室を出ていった。
「じゃ、なみこちゃん、下まで一緒に行こっかぁ」
今まで気が付かなかったけれど、よく見れば腰のあたりまであった長いツヤツヤの黒髪をかき上げ、ほっぺに“えくぼ”を付けた笑顔で由季ちゃんがあたしに手を差しのべてくれている。
考えてみたら、あたしと高樹くんは知り合ってまだ3日だけしか経っていない。しかも塾の時間の中でだけでしか一緒に過ごしていない。
彼に少し触れられるだけでドキドキする。見られるだけでさえも。
いつか……もっといっぱい一緒に過ごしていって、彼の事を知っていけたら由季ちゃんの様になれるのかな。
あたしは彼女の手を掴もうとして止めた。
「きっと健くんが表で待ってるよ。はやく行ってあげなくちゃ。うん、大丈夫だよ、あたしは」
無鉄砲に飛び出た精いっぱいの……あまりにも惨めな————強がり。
ごめんね、由季ちゃん……。
「あんっ、もうっ。そんな照れなくってもいーのにサ! それじゃあ、またネ、なみこちゃんっ。——ヘンな男の子に捕まるんじゃないよッ!」
「えへへ…… (あたしにかぎって絶対ない……)」
由季ちゃんはドアから出ていくまで、あたしに何度も手を振ってくれた。
そんな彼女に手を振り返しながら感じた。なんとなく由季ちゃんが、なんだかあたしのお姉ちゃんみたいなのだと。
そうだ! “お姉ちゃん”って思うといいのかもしれない。あたしの頭の中で由季ちゃんを“自分のお姉ちゃん”だと設定してみたら少し心が落ち着いた様な気がしてきた。
今度の塾の日にまた彼女に会った時はあたしの方からから声を掛けてみよう。
塾のカバンに筆箱を入れようとして手を止め、フタを開けた。中に入っているげろげろげろっぴの消しゴムを取り出してそれを見つめながら、さっき由季ちゃんを送る時に言ったセリフを、もう一度心の中で唱えた。
『大丈夫だよ、あたしは』
———と。
学校と塾でやりたくない勉強をして……いや、勉強だけではない。塾に入るまでのあたしにはとても考えられない事が色々と起こり過ぎて、なんだか今日もとても疲れてしまった。
早く家に帰って寝ちゃいたい……。
本当に、朝起きてみたら実は昨夜見てた夢でした……みたいな、夢の様な出来事だらけで————
あたしは高樹くんにキスをされた事“だけ”を考えながら階段を降りた。
「?」
階段を降りたところで、ふと強い視線を感じ、振り返った。
「……気のせいかな」
さっき講習の休み時間に突然雷が鳴り大雨が降ったせいで、みんな急いで帰っていったからなのか、いつもガヤガヤと賑わっている塾の入り口が今日はガランとしている。
駐車場に出てバスに向かって歩き、あたしはもう一度振り返った。
どうしてもずっと誰かに見られている気がするのに、やっぱり誰も居ない。
「!」
夜のとばりの中、あたしが歩き出すと同時にどこからかかすかに聞こえてくる足音。そして重みのあるドロドロとした気配。人に恨みを買われる様な事なんてした覚えは全く無いけれど、間違いない。誰かがあたしの後をつけてきている。
しかし後ろを振り返っても誰も居ない。
この塾は、ほとんどの生徒が自転車で来ている。その他の生徒は歩いて来ている。
バスの駐車場に向かってくる人は蒲池先生と松浦くん、その二人しかいないはず————
こわくなってきた。やっぱり由季ちゃんと一緒に来ればよかった。
「——ッ!」
途中で転びそうになりながらも無我夢中で駆け足でバスに乗り込んだあたしはスライド開きのドアを思いっきり両手で閉め、席に座り、一息ついた。
先生も松浦くんもまだ来ていない。
おばけだったらどうしよう。一人じゃ怖い。
どうして居ないの、先生。松浦くんでもいいから居て欲しい。
あたしは耳を塞いで目もつむり……口もつむった。
————ガチャン。ガラガラガラガラ。
「!」
誰かがバスの中に入ってきた気配を感じた。
運転席のドアからではないから先生ではない……って事は————
「……松浦くん?」
あたしは目を開けてゆっくり顔を上げ、バスの中に入ってきた人の顔を見た。