複雑・ファジー小説
- 『ピンチ! IN THE BUS』 ( No.52 )
- 日時: 2013/10/30 23:27
- 名前: ゆかむらさき (ID: bIwZIXjR)
「————高樹の女だろ、おまえ……」
まるで“ガリバー旅行記”に登場する“ガリバー”の様な体型をした大きな男の人が、眉間にシワを寄せてあたしの方に近付いてくる。一歩歩く毎に車を揺らしながら。
「だ、だれです、か?」
彼はあたしが座っている座席の背もたれと、前の座席の背もたれの裏側に両手を付けた。ソバージュのロングヘアを真ん中から半分に分けた前髪の間から、眉毛の無い細い糸の様な目を不気味にギラリと覗かせて、あたしの顔を睨み付けてくるこの人。全身に力を込めて押しても、びくともしない岩壁の様に“通せんぼ”をされていて、あたしはバスから逃げ出したくても逃げる事ができない。
「釜斗々中学……3年の、黒岩大作」
————高樹くんと同じ学校の人だ!
たしか、健くんと聖夜くん……だったっけ。あの個性的な彼等以上に高樹くんのお友達には結び付かない雰囲気の漂うこの人。
直感だけれど何かイヤなことが絶対に起こりそうな予感がする。しかもこんな……塾から離れた駐車場に止めてある、他には誰も居ないバスの中、という密室で————
「おい、女。おまえらは今、一体どんな関係、なんだ?」
「……え?」
「おまえと高樹が、何をした関係、かと聞いている……」
「…………」
「言え」
「……いやっ!」
心の中だけにそっと残しておきたい“あたしと高樹くんの秘密の(キスをした)関係”だという事を、あたしの前に突然現れエラそうな態度で威圧してくる(……あれ? 名前なんだったっけ)……ガリバーなんかに教えたくない。あたしがほっぺたを膨らませて顔を横に逸らすと、彼は大きな手であたしのほっぺたをつねって強引に引っ張り寄せてきた。
ガリバーの“にきび”だらけのゴテゴテの顔がいやらしく微笑んでいる。
「高樹をあれほどまで夢中にさせる女か。————ふん、おもしろいな。一度、お相手願おうか……」
“お相手”、って……このガリバーは、一体あたしに何するつもり————
「おう、おう、こんなに赤ーくなっちゃって可哀そうに。ごめんな。痛かっただろ?」
自分でやったくせに何を言っているのかガリバーは、釣り上がっていた目尻を急に下げ、ゴツゴツした手であたしのほっぺたを撫でながら何度も謝ってくる。
まあ、よく分からないけれど、こんなに謝ってくれている事なのだし、このまますぐにこのバスから出て行ってくれるのならば仕方ない。さっきの事は許してあげてもいいや、と思ったら、
「おまえも謝れ」
今度はいきなりあたしの髪を鷲掴みにして命令してきた。
なっ! なんであたしがっ——!
————納得いかない。いくらこの人が“あたしのことを好き”だからとはいっても、一方的にこんなにメラメラと嫉妬に満ちた攻撃的な愛情をぶつけてくるなんて酷過ぎる。第一、この人とあたしはコイビト同士でもなんでもないんだから!
あたしは震えながら歯を食い縛り、ガリバーを睨んだ。
会ったばかりでどんな人かはよく分からないけれど彼は————かなりアブナイ人だという事だけは分かった。
「……蒲池いねぇな」
「!」
松浦くんがバスの中に入ってきた。しかし、あたしがこんなに怖い思いをしているのに、チラッと一瞬だけあたし達の方を見て『俺は何も見なかった』という様に素通りし、一番後ろの席に座ってしまった。
大男ガリバーに髪を掴まれて、睨みをきかせた表情(かお)で上から思いっ切り見下ろされているこの状態を、頭のいい松浦くんならなおさらあたしの身に何が起こっているのか一目見ただけで察してくれるはず。いくら冷酷な彼だとはいえ、知っている女の子がこんなにピンチな状況に陥っているのだから、もしかしたら助けてくれるんじゃないか、と僅かな期待を持ったあたしがバカだった。
やっぱり松浦くんなんて、当てにならない。
松浦くんなんかに期待なんてするもんか……。もういい。ひとりで頑張るもん!
「さっ、触らないでよ、もうっ! あ、あたし、あなたのことなんて大っキライッ!! ……なんだからねっ!」
こ、これでどうだっ! ……どうですか?
いつかテレビでやっていた“犯罪ドキュメント番組”で見た事がある。ストーカー犯罪に巻き込まれた女の人が曇りガラス越しで音声を変えた声で語っていた。こういうガリバーの様な自分勝手なタイプの人には特に……今のうちに、できるだけ早く勇気を出してハッキリ、バッサリと言っておかないと、後にヒドい目に遭う、と。内心ビクビクしながらあたしはタンカを切った。
「あ? 何言ってんだ? この女……」
あたしの髪から手を離し、ガリバーは目を丸くして驚いている。
「……?」
手強いと思っていた彼が……信じられないけれど、これは予想以上に効き目があったようだ。とにかく勇気を出して言ってみて良かっ————
「ぶっ! くくくっ……あはははは……!」
————しかし、何故か後ろの席で松浦くんが大爆笑をしている。
え? なに? ……どうしたの?
あたしの頭の中が“?”でいっぱいになった。
『大嫌い』と言った言葉がよっぽど応えたのか、さっきよりも格段にレベルを上げて進化した怪獣・ガリバーは再びあたしを睨んできた。
「ビッ、ビリヤードッ!! あたしと高樹くんは一緒にビリヤードをした関係ッ! ただそれだけ!! ……なのッ!」
「はぁっ……
はぁっ……
はぁ……
ごくん」
よし、言った。
ちゃんと教えたんだから、さっさと帰ってよね、ガリバーめ……。
あたしよりも1年先輩で、しかもこんな大きな図体をした、読めない……っていうより読みたくもないアブナイ思考回路の男の人と対等で向かい合うなんてとても敵わない。悔しいけれど、ここは下手に出るしかないと思った。
「……フーン。ビリヤードとは、ずいぶんと遠回しに言ったもんだな、女……」
これでもういい加減諦めて帰ってくれるかと思ったけれど————甘かった。ガリバーは隣の席にドカッと座り、再び眉間にシワを寄せながらあたしの腕を凄い力で掴んできた。
車体と一緒にあたしの身体も恐怖で揺れる。
「——痛いッ!! いや……やめて……」
嫌がれば嫌がるほど喜ばせてしまうのか。必死で抵抗するあたしの声を聞きながら笑顔で頷いているガリバー。
あたしはシートの上から顔を出し、松浦くんに向けて視線を送った。
おねがい! たすけて松浦くん——!
松浦くんは携帯電話をいじっていて、全くあたしを見てくれない。
「棒で……玉を突いて穴に入れた関係、か。こんなガキみたいな顔してるくせに……たいしたもんだな————よくヤった」
ガリバーは掴んでいた腕を離し肩に回して、今度はあたしの履いているショートパンツのボタンを外した。
「ひぃっ——!」
あたしはもう一度シートの上から顔を出して松浦くんを見た。
松浦くんはまだ携帯電話をいじっている。
「残念だな。あの男はおまえを助けない……」
ガリバーはいやらしくニヤニヤしながらショートパンツのファスナーを下げた。
あたしの顔を近距離で覗き込んでくる彼の荒々しい鼻息が顔に掛かって気持ち悪い。松浦くんの冷たいミントの息よりも更にもっと————
「——おい待て。このゴリラブッチョ……」
「!」
頭の上から降り注ぐミントの香り。
シートの上から松浦くんが見下ろしている。
「ハン! なに勘違いしちゃってんの? おまえの言う、こいつと“ビリヤードの関係”の相手っつーのは……俺なんだぜ。
————そーだよなぁ、なみこ」
- 『ピンチ! IN THE BUS』 ( No.53 )
- 日時: 2013/10/30 23:46
- 名前: ゆかむらさき (ID: bIwZIXjR)
「どけ」
こんなにも大きくて恐いガリバーが相手なのに、なるほど……態度だけは大きいからなのだろう。物怖じをした顔なんてこれっぽっちもしないで松浦くんはあっさりと彼の太い腕を掴んだ。
あっ……もっとお手柔らかにしておいた方が……。
あたしの心の中の助言に全く気付きもしないで、彼はそのまま強引にガリバーを引っ張り出し、あたしの隣に座ってきた。
この先ガリバーがどう出てくるのかは気になるけれど、“ムリヤリ襲われる”事はなんとかまぬがれた様で、とにかくこれで安心した……はずなのに、ガリバーにすごまれていた時よりも、あたしは今ドキドキしている。
何故だろう。このドキドキする気持ちは高樹くんと一緒にいる時の気持ちに似ている。きっとこれは今まであたしに意地悪な所しか見せた事の無かった彼に助けてもらったからに違いない。
隣のシートで松浦くんはあたしの顔をジッと見つめている。
あたしの心臓がさらにドキドキしだした。だって……“あの”松浦くんが不思議とかっこよく見えてしまうのだから————
「なみこ、おいで」
おっ、おいで?
松浦くんはいきなりあたしの肩に腕を回し、なんと抱き寄せてきた。そしてあたしの耳元に口を近付け囁いた。
「不自然に振る舞うな。俺に合わせろ……」
え……?
「おい、おまえら2人……本当に愛し合ってんのか? あ?」
ガリバーがあたしたちに疑いの目を向けている。そういえば、さっきの松浦くんの言ってた作り話によると、あたし達は“深く愛し合っている関係”になっている事に気が付いた。
「——ホラみろ」
松浦くんは再び耳元で囁き、あたしの足のつま先をかかとで踏ん付けてきた。
「俺の目をまっすぐ見ろ————うっとりした顔でだ」
げっ! ちょっと待ってよ、不自然に振る舞うな、とか、うっとり……って!! でっ、できるわけないでしょ、松浦くんなんかに————!
あたふたしていたら再び彼につま先を踏ん付けられた。
ああ、もうっ! 松浦くんが高樹くんだったらいいのに……あっ、そうだ!!
あたしは頑張ってムリヤリ松浦くんを高樹くんだと思い込んだ。————しかしダメだった。やっぱりこれは少し……どころじゃない、かなりムリがある。
ガリバーは腕を組み、不気味に八重歯を光らせてあたしたちを見下ろしている。
とにかくあたしは松浦くんに言われる通りに頑張ってみることにした。……もう、そうするしかない。
とりあえず……まずは松浦くんの顔をうっとり(?)した顔で見た。しかし、その顔がどうやら不自然だったらしく松浦くんは「プッ」と吹き出した。
————果たして、こんなやり方でガリバーを騙すことができるのだろうか。
心配だったけれど、やはり頭のきれる彼はあたしの頭を撫でながら話し始めた。
「なみこ……。何おまえ、そんなに恥ずかしがってんだよ……ん? いつもはもっと求めてくるくせに……」
「そ、そうだね……」 ……いらない。
そして松浦くんは今度はあたしの耳に、「フーッ」とゆっくり息を吹きかけてきた。ミントの香りの気持ちの悪い風が全身を駆け巡り凍りつきそうになったけれど、目をつむって堪えた。
「……いいぜ、その顔」
彼は囁き、再び話し出した。
この人は本当にわたしを助ける気があるのだろうか。なんだかいつもの様にからかわれているだけの様な気がしてきた。次はどう出てくるのか……今はガリバーに対してではなく松浦くんに対して思っている。
「車の中で、こーゆーコトするのって燃えるな……」
「も……もえるね……」 ……バスガス爆発。
松浦くんはあたしのあごに軽く指を添え、くちびるを親指で撫でてきた。
あたしは思った。もしかしたらこの人は自分にうっとりしているんじゃないか、と。
「なぁ……俺のこと“好き”って言ってよ……」
「は? う、うん……。おれのこと……すき……(——げ!しまった!!)」
隠れナルシストな松浦くんを気持ち悪いと思っていたら“ドラマ・バスで愛し合う2人”の台本のセリフを思いっ切り間違えてしまった。
せっかくここまでうまく(?)いっていたのに、全てがオジャンに。
————ごめんなさい!!
あたしが目をつむったその瞬間————
「 !! 」
松浦くんに……キスをされた。————またしても予告無しで。
けれどもこれは“あたしを助けるため”の演技。“ドラマ・バスで愛し合う2人”の演技。
————演技だから!!
そう自分に言い聞かせ、あたしは目をつむったまま彼の背中に手を回した。
「可愛い……。可愛いよ、なみこ……」
松浦くんはあたしの髪を優しく撫で、強く抱きしめた。
あたしは鳥肌を立たせながら……我慢した。
……ガリバーはどうしたのか。
松浦くんの背中に回した手を離し、あたしは彼の胸を押して体を離した。ぐるりとバスの中を見回してみたけれど、あたしが松浦くんとキスをした姿を見て、やっと“あたしをコイビトにする事”を諦めたのだろうか、ガリバーの姿は見えなかった。
「あの人、居なくなったよ。————良かった。えっと……ありがとう松浦くん」
松浦くんは何も言わずにあたしを見ている。きっと今、彼は“さっきの事は何も無かった”とか思っているのかもしれないけれど、あたしは違う————
いくら演技だとはいえ、松浦くんがあんなに甘いセリフを(しかもあたしに)言うなんて正直今でも信じられない。
「可愛いよ、なみこ……」
キスをされたくちびるの感触と一緒に彼の言葉が耳に残って離れない。
「————そんなに俺に見せたいのか……」
「?」
松浦くんはあたしのショートパンツに視線を落として言った。
「……赤のギンガムチェック」
「!」
うひゃあ!!
あたしは慌ててファスナーを上げた。