複雑・ファジー小説
- 『遅刻した罰は……みんなの見てる前で……』 ( No.64 )
- 日時: 2013/11/04 10:41
- 名前: ゆかむらさき (ID: UJ4pjK4/)
「はあっ……
はあっ……
ちょっ! ちょっと待ってえぇ……っ」
ブロロロロ…………。
「……いっ、ちゃっ、た」
ここでこのバスに乗る事ができたらデートの待ち合わせの時間までになんとかギリギリで間に合うかもしれなかったのに————あと少しのところでバスを乗り過ごしてしまった。
誰も居ないバス停で力の抜けたあたしは、よろめきながら標識に近付いていった。そして時刻表に人差し指を付けて、次に来るバスの到着時間を確認した。
もうダメだ。遅刻、決定……。
学校行事の持久走大会ならまだしも、よりにもよって高樹くんとのデートでこんな事をしでかしてしまうだなんて。どんどんとあたしは不幸のどん底にハマっていく。
きっとこれは運が悪いわけではない。お母さんや松浦くんにあんなに『しっかりしなさい(しろ)』ってきつく言われ続けていたのに。自分のいつもいい加減な気持ちで生きてきた日常が、こんなかたちで仇になって返ってきたんだ。
あたしは目に涙を溜めながら、少しでも早く待ち合わせ場所の塾に到着できる様に早歩きで次のバス停まで歩いた。
☆ ★ ☆
「はぁ……」
あと15分で10時になっちゃう。
あたしはため息をつきながらバス停の長椅子に腰を掛けた。
こんなハズじゃなかったのに……。
昨夜、寝る前、ベッドの中で妄想した高樹くんとのラブラブデートシミュレーションによれば————
【出演:武藤なみこ・高樹純平】
自転車で風を切りながら颯爽とあたしの方に向かってくる高樹くん。実は大好きな人との初めてのデートという事で、あたしは待ちきれなくて、約束の時間よりも30分も早く塾に到着していた。
高樹くん:「ごめん! 待った!?」(息を切らしながら自転車を止める)
あたし:「今来たところです」
高樹くんは両手であたしの手を包み込む。
高樹くん:「なみこちゃん、手が冷たいよ……。本当は待ってたんでしょ?」
あたし:「えへ。高樹くんに会いたくて早く来すぎちゃった」
あたしから誘ったデートで大遅刻だなんてふざけてるよね。もぉ最悪……。
座ると同時に目の中に溜まり続けていっぱいになった涙がポロポロとこぼれ出した。
どうせバスに乗り遅れてこんな風に無駄な時間を持て余すハメになるんだったら、こんなダボダボのセーターにデニムのショートパンツなんて子供っぽい格好なんかじゃなくって、めったに着る機会が無く、タンスの奥にしまいこんであった、よそ行き用の“いっちょうら”、ピンク色の生地に白い花柄が散りばめられた乙女チックなワンピースでキメてこれば良かった。
大好きな高樹くんとのデートなんだから、ちゃんと早く起きてもっと時間をかけてオシャレしたかった————
震える膝の上で、ギュッと握り締めた手の甲にポタポタと涙が落ちる。
「……おねーさーん」
涙を落としながらうつむいていると、ふと目の前にピカピカに磨かれた小さな茶色のローファーを履いた細い足が見えた。
顔を上げると、黒いブレザーに赤いタータンチェック柄のミニスカートをはいた10歳くらいの黒髪、おかっぱ頭の女の子が、ちょっぴり背伸びをした学生風ファッションでキメて片方の手を腰に当てて立っている。
彼女は何も言わずにあたしの頭に優しく手を置いて隣に座った。
『泣かないで』と、慰めてくれるのかと思ったけれど大間違いだった。
「……やめてよね。舞、これからデートなのにさ。そんなに泣いたら雨降ってきちゃうじゃない。
ああもう! いや、いやっ! 初っぱなからこんなにオイオイ泣いてる人に出逢っちゃうなんて……縁起わるいわ」
うわぁ……。松浦くんの女の子バージョンが、いる……。
「ごっ、ごめんね、舞ちゃん」
あたしはハンカチを出してサッと涙を拭き、彼女に微笑みかけた。
「プッ! へんなかお」
初対面。しかもあたしの方が一応歳上なのに、彼女に思いっ切りバカにされた言葉で返された。————確かに鼻水も一緒に出ていたし、変な顔だったかもしれないけれど。
ブロロロロ……
キ————……
シュ————ッ。
やっとバスが来た。
あたしは舞ちゃんの隣の席に腰を掛けた。
「なんでわざわざ舞の隣に座ってくるのよ。他にもいっぱい席、空いてるじゃない」
彼女は松浦くんそっくりな嫌そうな顔であたしを見ている。
しかし、どうしてだろうか。強気な事を言っている割には不自然に彼女の声が震えている様な気がする。
あたしは彼女に耳打ちをして言った。
「————実はね、あたしもデートなんだ。……今日ね、生まれて初めて好きな人とデートするの」
「ふーん。頑張ってね……」
やっぱり彼女の言葉の中に緊張が見える。そして体も小刻みに震えている。————もしかして彼女も今日が初めてのデートなのだろうか。
お行儀良く……ではなく、震えを止めているかの様に堅く膝の上に重ねている舞ちゃんの手をあたしはそっと握った。
「うん、ありがとう。がんばろうね」
舞ちゃんはあたしの降りるバス停よりも、3つ先のバス停で降りるのだと言っていた。
そこはこの辺りでは一番栄えている街で、ボーリング場や映画館などといった遊戯施設がある。しかし、彼女たちのデートをする場所は予想外にもあたしはまだ1度も行った事のない……っていうか行こうとも思った事もさらさら無い最近できたばかりのアウトレット・モールだった。
「最近の小学生って進んでるんだね……」
驚いたわたしに「まあね」とスパッと返す彼女。
大きな瞳をキラキラと輝かせながら好きなファッションブランドの事や、憧れているモデルの事を話す舞ちゃんの顔は、出だしからつまずいてしまい沈んでいたあたしの心を引き揚げてくれた。
☆ ★ ☆
ブロロロロ。
塾の近くの大型スーパーマーケットの前のバス停でバスが停まった。
「またいつか逢えたらデートのお話、聞かせてね」
「お姉さんもね」
別れ際、今度はあたしが舞ちゃんの頭を撫でて席を立った。
バスを駆け降りて飛び出し、あたしは全力疾走で塾へと向かった。とにかくスニーカーを履いてきた事“だけ”は良かった。
途中で赤信号に引っ掛かりながら、がむしゃらになって走った。
もうすでに髪の毛はボッサボサ。汗だっくだく。————こんなセーターなんて着てくるんじゃなかった。
————またもや赤信号。
まるでどこか遠くで誰かがあたしに向けて呪いをかけているかの様に、結局今日出会った信号機は全て赤ばっかりだった。
「なみこちゃん!」
「!」
交差点の横断歩道。信号が変わるのを待っているあたしがいる反対側に、満点の笑顔で自転車にまたがって手を振っている————高樹くんがいた。
「高樹……くん」
彼は自転車をガードレールに立て掛けさせ、あたしをまっすぐ見ながら信号が青に変わるのを待っている。
ピッポッ、ピッポッ、ピッポッ。
信号が青になり、高樹くんは髪の毛とジャケットのすそをなびかせて走ってきた。
信号機から流れるメロディーとあたしの心臓の音が重なる。
このあとはきっと彼の事だから『会いたかった』と優しく頭を撫でてくれるのかと思った。
横断歩道を渡り、息を切らした彼はあたしの前で足を止めた。
「————どうして遅れたの?」
「え?」
「なみこちゃんの方から誘ってきたくせに……ふふっ」
あたしが遅刻たから怒っているのだろうか。しかし、どうやらそうではないみたい。だって……なんだかニコニコしているんだもん。
「ねぇ。ここってさ、塾と比べものにならないくらい人が多いよね」
「う……うん」
たしかにこの交差点は近くに大型スーパーマーケットがあるし、飲食店も多い。それに、なんてったって今日は日曜日だし。
「どーして遅れたのー?」
あたしの両肩に手を置いて、高樹くんは顔を覗き込んできた。
あたしの心臓の音が信号機のメロディーよりも早く刻み出した。
「ごめんなさい。えっと……寝坊、しちゃっ、た」
「……プッ」
吹き出して笑った高樹くんに、あたしは優しく抱き締められた。
「僕、今日のデート、すごーく楽しみにしてたのになー
なみこちゃんは忘れちゃってたのかー。……フーン」
横断歩道を渡ろうとする人達が、通りすがりにあたしたちの事をジロジロと見ていく。
「たっ、高樹くんっ、ここは恥ずかしい……っ」
前にちゃんと言ったのに……。
あたしは高樹くんの胸を押して腕を解こうとした。 しかし抱き締める手に力を入れた彼に、もっと強く抱き締められた。
あたしの体温が急上昇している。
もう限界……おふろに長く浸かり過ぎちゃった時の様に、ふわふわ、って倒れてしまいそう————
「ふふっ」
高樹くんは小さく笑ってあたしの耳元で囁いた。
「みんなの見てる前で“恥ずかしいコト”しちゃおうかな……」
「……え?」