複雑・ファジー小説
- 『少女漫画風ロマンチック』 ( No.65 )
- 日時: 2013/11/04 14:47
- 名前: ゆかむらさき (ID: UJ4pjK4/)
あたしの頬に指を添え、高樹くんの顔が近付いてくる。
恥ずかしい事、って……まさか、こんなところでキ……
————うっ! ウソでしょおッ、高樹くん!
だって、だって! なんてったってここは人通りのめちゃくちゃ多い交差点。
横断歩道のすぐ横の車両停止ラインに大きなコンテナを積んだトラックが低い排気音をさせながら停まっている。運転席の窓からタバコを一本指に挟んだ日に焼けた太い腕を出して、フロントガラスからニヤニヤしながらあたし達の事を見下ろしている茶髪スポーツ刈りのお兄さんと目が合った。……合った瞬間、恥ずかし過ぎて逸らしてしまったけれど。
どうしよう。お母さんとか学校の人とかにこんな事している姿を見られてしまったら!!
あたしの知っている人は多分ここにはいないとは思うけれど、もしかしたら塾の人が……っていうか、高樹くんの知り合いが、絶対いそうじゃんっ!
いくら約束だからとはいっても、いきなり“してくる”だなんて!
こういうコトをみんなに見せびらかして“やる”のは普通……(……ん? “普通”じゃないかもだけど)もっと、なんかこう……デートの回数を何度も重ね、深い関係になったラブラブカップルとかが————って! もう、自分でも何が言いたいのか分からないけれど、想像を超える程大胆な彼の行動に、どう応えたらいいのか分からなくて、アワアワとうろたえる事しかできない。
結局何も言えず、あたしは目を閉じて顔を逸らした。
「……冗談だって。“まだ”しないよ。うん、ビックリした顔も可愛い」
抱き締めた腕を解いて、高樹くんはあたしの頬を指でつついて笑った。
あたしが目を開けると、
「おいで」
彼はあたしの手を引いて横断歩道を渡り、ガードレールに立て掛けさせてある自転車の元へ向かって歩いた。
「後ろ、乗って」
自転車にまたがった高樹くんが、眩しく輝く太陽を背景(バック)に嬉しそうな笑顔で振り向いた。
やっぱり今日の服をワンピースにしないでショートパンツに決めてよかったと思った。……別に決めたワケではないくせに。
自転車の荷台に腰を掛けたあたしは、おそるおそる彼の背中から腕を回した。
あんまりくっつくと胸が当たっちゃうし、くっつかないと落っこちちゃうし……なんてうだうだ考えている間に、
「ふふっ。ちゃんと掴まってないと落ちちゃうよーっ」
高樹くんはペダルを(わざと?)思いっ切り漕ぎ、急発進で自転車が走り出した。
「ひゃあっ!」
回した手に力を入れて、あたしは彼の背中に顔をうずめた。
さわやかなシトラスの香りの奥に……男の香りがする。
ドキドキが止まらない————
このままわたしは自転車の後ろに乗りながら、激しく動き過ぎた心臓が壊れて死んじゃうかもしれないと思った。
何か……何でもいいから話さなくっちゃっ!
「ねぇ、高樹くん……」
「なに?」
「えっと……さっき、あたしにキス……しようと、した?」
「キスか……」
高樹くんは一瞬だけ振り返ってあたしの顔を見て前を向いた。
「うん。したかったけど我慢した。
僕ね、おいしいおかずは最後にとっておくタイプなんだ」
☆ ★ ☆
あれれ。キスの話をしたはずだったのに、ご飯の話になっちゃった。
高樹くん、お腹が空いてきたのかな?
華奢なのに食欲が旺盛っていうギャップも素敵。
もう高樹くんであれば大食いでも不良でもなんだって……って不良はちょっと困るけどね。
あたしは頭の中に高樹くんの好きそうな食べ物を描き始めた。
フランス料理のフルコースや、高級懐石料理とかが次々と出てきて、つい、よだれが————
「なみこちゃん、見て」
「はっ、はいっ! えッ? ——なにっ!?」
「……プッ」
周りの景色なんて目に入らないくらいに、高樹くんの意外にも(?)がっしりしている男らしい背中にほっぺたをつけて、彼とテーブルで向かい合ってランチを楽しむ姿を妄想してうっとりしてしまっていたあたし。まだ会ったばっかりなのに、もう何回彼に笑われてしまったのだろう。
何か話さなくちゃ……なんて言っちゃって、自分は全然人の話を聞いてないんだから。
高樹くんは自転車のペダルを漕ぐ足を止め、急な下りの坂道を降りている。
「どこ?」
そして彼の背中から顔を離しキョロキョロしているあたしに、人差し指で示した右手を横に伸ばした。
「ここっ。塾の帰り道の夜景がね、すっごーく綺麗なんだよ」
ガードレールの横に見える澄んだ青空との境界線に鮮やかな緑の広がる街並みが見える。
日中の今でもこんなに素敵な景色が夜になった時の事を想像してみた。
街の電飾の輝きが加わってロマンチックに目の前いっぱいに彩る星空。
そんな夜の物語をいつか……もう少し大人になったら、高樹くんとここで一緒に手を繋いで————
「夜景……見てみたいな……」
「うん、見たいね! 一緒に」
“一緒”————
考えてた事がおんなじだったって思ってもいいのかな?
うぬぼれかもしれないけれど————お願い。そう思わせて……。
「まるで、夢みたい……」
「ん?」
「あたしね……こうやって男の子と自転車で楽しそうに二人乗りしてる女の子見て“いいなぁ”、“羨ましいなぁ”って、ずっと思ってたんだ。
あたしなんかが絶対こんな事経験できるわけない、って、諦めてた」
高樹くんの背中にほっぺたを付けて、あたしは再び口を動かした。
「でっ、でもねっ、男の子なら誰でもいい、ってワケじゃないんだよ。
一番好きな人とできたらいいな……ってね。えへ」
————キッ。
自転車を止めた高樹くんは、そのまま前を向いたままで聞いてきた。
「ねぇ。その願い……今、叶ってる?」
『その人が高樹くんでよかった』と言おうとしたのに、言葉が詰まってしまって何も言えなくなってしまった。
「————ごめん。……ホント焦りすぎだな、僕」
下り坂のはずなのに、何故か呼吸を乱しながら地面を蹴り、ペダルに足を乗せて思いっ切り漕いだ高樹くん。
高樹くん……大好き。
気が付かないうちに自転車ですれ違う人が、みんなあたし達の方を見ていくけれど、彼等の視線が今はもう恥ずかしく感じなくなっている。
これが当たり前の様にできるようになっちゃうのかな。
そのうちに、これだけじゃもの足りなくなってきてお互いもっと求め合うように————
“高樹……なみこ”か。えへへへへ。けっこう、あう……。
「キャーッ」
高樹くんの背中にしがみ付きながら、あたしは勝手に何年も先の未来を想像して一人で舞い上がっていた。
————今、自転車を漕ぎながら高樹くんが何を思い、これから僅か数時間後に何をする計画を立てているのかも知らずに。