複雑・ファジー小説

『ギャグ漫画風(?)ロマンチック』 ( No.70 )
日時: 2013/11/08 05:06
名前: ゆかむらさき (ID: UJ4pjK4/)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 ————キッ。
 長い下り坂を降りてすぐのところで自転車を止めた高樹くん。
「じゃ、行こうか」
 もう少し、こうしていたかったんだけどなぁ。
 高樹くんの背中から腕と顔を離し、あたしは自転車の荷台から降りた。
 スタート時点で思いっきりつまづいたわりには、高樹くんのロマンチックなエスコートのお陰で何とかここまで順調(?)にこれた。
 まだあたしの体に残っている彼の優しい温もりと香り。
 だらしのない顔でホカホカしているほっぺたを手でさすりながら高樹くんの隣について歩いた。
 時折あたしの肩にかすかに触れる彼の腕。
 こんなに近いのに、掴めそうで……掴めない。
 本当はもっと、ちゃんとデートらしくしたいのに————


 ん? ここは……?
 目の前に真っ赤な文字で“昇天堂書店”と書かれた派手な黄色の看板が壁に貼り付いている大きな2階建ての白い建物が建ちそびえている。
 書店……どうやらここは本屋さんみたい。
 デートでいきなり初めに訪れた場所は本屋さん。
 これって一体、どういう事……ですか。


 自動ドアをくぐり抜けると、脇に置いてある“最新おしゃれファッション”と書かれたティーンズ・ファッション雑誌が目に付いた。表紙の中のモデルの女の子が長いまつ毛の大きな瞳を輝かせながら、あたしに微笑み掛けてくる。
 やっぱり退屈になったんだ。あたしなんかが相手だから。
 彼女から目を逸らして目が覚めた。 
 何が“高樹なみこ”か、だよ。
 あたしひとりで勝手にバカみたいに浮かれちゃって。
 そうだよね……。高樹くんとあたしだなんて全然つり合わな————


「————こっちだよっ」
「え……?」
 高樹くんはそのままあたしの手を引いて2階に昇っていく。
 昇っている途中にあたしの目に入ってきた階段の手すりに掛かっている小さな看板。
 そこに書かれていた文字は————“△2F DVD・ビデオレンタル”。


「なにか観たいの……ある?」
「えッ!!」
「せっかくのデートの時間削って、わざわざ遠い映画館まで行くより断然いいでしょ? だって、僕の部屋でならゴロゴロしながらくつろいで観れるじゃん」
「はぁっ!?」
 高樹くんと部屋で? ゴッ、ゴロゴロぉっ!?
 突然、あたしのおなかがゴロゴロと鳴り出した。
 ああ、そういえば、朝ゴハン食べてなかったな……。
 ——って、今はそんなコトを考えている場合ではないっ!
 ちょっ! ちょっと待って。おちつけ、あたし……。
 胸……ではなくお腹を押さえて呼吸を整えた。
 あたしはてっきり今日のデートは外で……例えば映画館とか遊園地とかが舞台だと————
 そんなあたしの気持ちをよそに、高樹くんはニコニコしながらDVDの陳列されてある棚を、さした指を横に動かしながら眺めている。
「リクエスト無いんだったら、僕が勝手に決めちゃうからね。ふふっ。じゃあコレにしよっと」
 彼はいたずらに微笑んでDVDを一枚手に取った。
 タイトルは————“呪いの首飾り”(ちなみにドクロの目から血がでているパッケージ)


「!」
 あたしは高樹くんの手からDVDを取り上げた。
「こわいのは、だめっ! 
 ……あたしダメなの、怖いのは! 絶対ッ!!」


 ————忘れていた。
 ここは静かな本屋さんだった。あたしの叫び声が広い部屋全体に情けなく響き渡る。時はすでに遅し。周りにいるお客さんが、あたしたちのやりとりを見てクスクスと笑っている。
 ——しまった!
 あたしは慌てて口を押さえた。
「なみこちゃんの絶叫……もう一度“僕の部屋”で聞ーてみたいなー」
 さっき、あれほど怖い話は苦手だ、って言ったばかりなのに、笑いながら高樹くんは————今度は“呪いの首飾り2(ツー)”を手に取った。


「 !! 」
 あたしは彼の手から“2”のDVDも取り上げ、ほっぺたを膨らませながらつま先立ちで元にあった場所に戻した。そして今度はあたしが高樹くんの手を引っ張って、今、高樹くんと一緒にいるホラーストーリーのスペースから離れ、恋愛・ロマンスストーリーのスペースに来た。
 この辺のやつだったら、大丈夫かな。
 どれが面白いのかいまいち分からないけれど、あたしはタイトルも見ないで適当に手に取ったDVDを高樹くんに渡した。
「これに、するっ!」


「——ぶっ!」
「え?」
「な、なみこちゃん。コレ……っふ」
 高樹くんは右手で顔を覆い、懸命に笑いを堪えている。
「あはははは……!」
 堪えていた笑いを止めていられなかったのか、彼は自分の顔を覆っていた手を離し、あたしの顔を見て大爆笑しだした。
「?」 
 あたし、またヘンな事したのかな……。
「笑っちゃってごめん、ね。だけどコレは反則、だって……」


「すみません。これ、お願いします……」
 レジカウンターにDVDを出した高樹くんの背中がまだ震えている。
 あたしはいったい……なにをしたんだ……。
 なんとなくレジの人も、あたしの顔を見て「クスッ」っと笑った様な気がした。
 DVDを受け取って、さりげなくあたしの腰に手を回し、寄せた高樹くん。
 彼は嬉しそうに階段を降りながら呟く。
「“おうちデート”決定」
「……おうちデート?」
「ふふっ。しかもなみこちゃんと初めてのデートで観るDVDのタイトルが————」
 高樹くんは再び笑い出し、あたしに顔を近付けて耳打ちをした。


「“処女の誘惑”だなんて、ね」

『ギャグ漫画風(?)ロマンチック』 ( No.71 )
日時: 2013/11/07 16:59
名前: ゆかむらさき (ID: UJ4pjK4/)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

     ☆     ★     ☆


「確かーに、今、ユーワクされちゃってるなー。僕」
 本屋さんを出て、脇に止めてあった自転車にまたがった高樹くんは、
「乗って」
 あたしに向けてウインクをした。
「ゆッ、誘惑だなんて! そんなっ、あたし……っ」
 なーんて言いながらも、あたしは高樹くんの自転車の荷台に腰を掛け、背中にそっと手を回した。
「……してないもん」
「してるじゃん。さっきからずっと、なみこちゃんの“おなか”がね。
 ふふっ。この近くに、すっごく美味しーお好み焼き屋さんがあるんだよ。……いっちゃう?」
「い、いっちゃう……」
 あたしが小さな声で返すと、高樹くんはあたしの頭をクシャッと撫でて自転車を走らせた。
 高樹くんのサラサラした髪が風に乗ってなびいている。


『もっと近くにおいで』


 彼の背中があたしに語り掛けている。
 あたしはそっとほっぺたを付け、目をつむった。
 白い自転車……いや、ペガサスに乗った王子様と共に天を駆ける————お姫様。
 どんどんと現実離れてしていくあたしの妄想。


 なんだか、あたし……高樹くんの自転車の荷台に乗るの病みつきになりそう————


     ☆     ★     ☆


 本屋さんを少し先に進み、大通りから一本入った路地にひっそりとたたずむ……そう、ここがさっき高樹くんが話していた美味しーお好み焼き屋さん。
 “お好み焼き”と紺色の生地に白い文字で書かれた“のれん”の掛かった黒い木造建ての小さな老舗風のお店。イメージしていたお店とは全く違っていて、自転車から降りたあたしは口を半開きにしてビックリとたたずんでいた。『本当に中学生だけで入ってもいいんですか?』と疑ってしまう様な、一見、政治家とか社長さんとかが利用していそうな高級懐石料理店と間違える様なたたずまい。 
 緊張でためらうあたしの手を高樹くんに繋がれながら中に入ると、まず最初に甘い香りの漂う大きな生け花アートにお出迎えされた。紺色の作務衣を着たお兄さんに案内されながら席へと向かう。しっとりとした琴の音楽が流れていて、まるで江戸時代くらい昔にタイムスリップしたのかと錯覚を起こしてしまいそうな和のインテリアが所々に飾られてあり、全席個室の高級感溢れる雰囲気の内装だった。
 そこで高樹くんの“テクニッシャン”なへら捌きにうっとりと見とれながら、メニューには載ってはいない、彼いち押しの、隠れスペシャルメニューのおいしいお好み焼きを食べた。
 おなかも胸もいっぱいになったあたしは、ショートパンツのベルトを少し緩めたと同時に、どうやら気持ちも緩んでしまった様だ。
「あのねっ、あたし、デートの前にバス停で小さな女の子に会ったんだ。
 その子、顔はかわいいのに……うふふっ。性格が なんかねっ、すごーく松浦くん、なのっ」


「…………」
「あ。松浦くん、知ってるでしょ? あたしと同じ中学の……」
「ふーん……」
 テーブルの向こう側にいた高樹くんが席を立ち、あたしの傍に寄り座った。
「松浦鷹史……くん、って……どんな、ひと?」
 高樹くんは真剣な顔でまっすぐあたしの顔を見つめながら手を掴み、手の指を絡ませてきた。
「なみこちゃんは同じ学校なんだし、隣の家に住んでるんなら、よく知ってるんじゃない? ……教えて」
 彼の手の平がすごく汗ばんでいる。気が付くと、彼の顔からさっきまでの笑顔が消えていた。
 バカ! デート中に他の男の子の話しちゃうなんて、何してんの、あたし!
 あたしは首を横に振って答えた。
「ごっ、ごめんっ、よく知らないの。隣に住んでるからって、彼、(あたしにだけ)すごく意地悪だし、それに殆ど話した事無いし(話したくないし)
 ……いつも何考えてるのか、よく分かんない人だよ。うんっ」
 とにかく話題、変えなくっちゃ!
 あたしは必死だった。
「こんなに可愛いなみこちゃんをいじめるなんてヒドイな……」
 そう言って高樹くんは、もう片方の手であたしの頬に指を添え、耳元で囁いた。
「塾のクラスも違うし、通ってる学校も違う僕が、どうして分かるんだろう。松浦鷹史が何を考えているのか————」
 呼吸を乱したセクシーな声の高樹くんの顔が、あたしの顔に近付いてくる。
 わっ! ウソ、ウソっ! だって、ここお好み焼き屋さんでしょっ!
 恥ずかしさとこわい気持ちが重なる。手元にある湯のみに入ったお茶を飲んで、どうにかして雰囲気を変えようかと思ったけれど、今淹れてもらったばっかりで熱くて飲めなかった。
 舌がちょっぴりヒリヒリする。ヤケドしちゃったかな。
 えっと……確かここは高樹くんの行きつけのお店、だった様な気が……。
 食べ終わって空になったお皿を片付けに来た店員さんが、あたし達のいる席の前で足を止め、咳払いをして何も持ち帰らずに早足で厨房へ戻っていった。


「僕とおなじ……気持ち、なんだよ」
「 !! 」


 ————高樹くんの震えたくちびると、あたしのくちびるが……触れた。
 意味不明な言葉を残し、あたしとキスをした高樹くんはその後いつも通りの笑顔を見せた。


「ふふっ。今のは“キス”じゃないよ。
 なみこちゃんのくちびるについた青のりを取ってあげた……だけっ」