複雑・ファジー小説

『王子様のお宅訪問レポート』 ( No.83 )
日時: 2013/12/09 16:34
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

《ここから再び武藤なみこちゃんが主人公になります》


 ここが、高樹くんのおうち……?
 あたしの目の前に一見ヨーロッパの洋館をイメージするような大きな豪邸がたちはだかっている。狼が息を強く吹きかけても飛ばなさそうな赤茶色のレンガで敷き詰められた高い塀と家の壁。三角屋根の上にはサンタクロースが余裕で入れるくらいの大きな煙突がある。一瞬『ここって日本、だよね?』と、混乱してしまった。
 改めて自分で自分の姿をファッション・チェックしてみた。
 出かけ始め、ただでさえ天然パーマでクルクルの髪を朝、セットをする時間が無くて寝ぐせがついたままの状態で全力疾走で走ったために更にボッサボサになった髪。太り気味のあたしのお母さんが、最近買ったはいいけれど、どうもサイズが合わなかったらしく『捨てるのももったいないし、痩せるのもどうせ無理だから、あんたコレ着てくれる?』と昨夜、あたしの部屋のタンスの中に了解も得ないで勝手にしまわれたダボダボのベージュ色のセーター。そして、デニムのショートパンツにピンク色の星の柄の刺繍がちりばめられた黒いスニーカー。唯一ファッションで光っているものは、さっき高樹くんにプレゼントされた髪の毛のピンだけだった。
 最悪だ……。こんなのは、まさに招かざれる客だ。
 シンデレラにかけられた魔法がだんだんと解けていく。


 ガレージに自転車を片付けに行っている高樹くん。
 乗用車が5台くらい入りそうなガレージの中に1台、フロントに跳ね馬のエンブレムを着けた左ハンドルの黒いスポーツカーが停めてある。


 あたしにかけられた高樹くんにされたキスの魔法がこれで完全に解けてしまった。 
 手なんて届くワケがない。あたしの頭の中から“高樹なみこ”を取り消そう……。


「お待たせ! ……じゃ、入ろうか」
 ガレージから戻った高樹くんはさりげなくあたしの腰に手を回し、エスコートしてくれた。
「ビックリした。なんか、スゴイね。ホテルみたい……」
「プッ! ホテルって。ふふっ、何なら泊まってく?」
 からかっているのか、本気なのか、高樹くんは突拍子もない言葉で誘ってきた。
「え!! だめだよ、明日学校だし!!」
 ……っていうより、男の子のおうちに泊まるだなんて!!
 取り乱して困っているあたしの反応を見て高樹くんは手を口に添え、顔をそむけて大爆笑をした後、舌をペロッと出して答えた。
「冗談、だって」


 ————冗談なんかに聞こえない。
 大胆にも出会って僅か3日しか経っていない男の子といきなりデートをする事になって、しかも初めてのデートを彼の家で過ごす事になっている。
 いつも自分の部屋で読んでいる少女マンガのストーリーの様な出来事が現実の中で次々とあたしの身に起こっているんだもん。
 ヒロイン(あたし)の恋の相手は高樹くん。
 今、隣にいる大好きな高樹くん。
 嬉しいんだげど……正直、少しだけコワい。
 ショートパンツ越しに彼に触れられている腰が————すごく熱い。


 深紅の花で飾られたアーチをくぐり抜け、玄関に辿り着いた。
 あたしの家の1.5倍くらいもある大きさのドア。そのドアの取っ手のそばに付いている黒いセンサーに高樹くんが手をかざすと鍵の開く音がした。
 ドアを開け中に入ると、案の定、再び高級ホテルを連想させるようなロビーが目の前に広がった。
 靴をはいたまま、綺麗に磨かれた白い石で敷き詰められた床を高樹くんに連れられて歩きながら、あたしは口を半開きにして脇に置かれている西洋アンティークな家具や、壁に掛けられてある金色の額縁に入った油絵の絵画を見ていた。


 実は高樹くんの家に足を踏み入れた時からずっと気になっている事があった。
 ロビーの中央にある螺旋階段を昇りながら、あたしは尋ねた。


「おうちの中、静かだけど、あたしと高樹くんの他には……もしかして今、だれもいないの?」
「…………」


 何も言わない高樹くんに連れられて2階に昇ってきた。
 聞こえなかった、かもしれない。
「広いおうち……。家政婦さんとか雇ってるの?」
「うん、一応、ね。あ、ここ僕の部屋。どうぞ、入って」
 やっと言葉を返してくれた。こんなに大きな家の中に高樹くんと二人っきりではなかったことにホッと胸を撫で下ろし、あたしは彼の開けたドアから中に入った。


 ————高樹くんのお部屋(初公開!)。
 部屋の中に入ってまず初めに目に飛び込んできたものは、あたしの部屋にのベッドの倍くらいの広さのある柔らかそうなベッドだった。ホテルのベッドを見るとダイブしたくなる小さい頃からのヘンな癖で思わず飛び込んででしまいそうになったけれど、今日だけは堪えた。
 だって、そんなコトしたら……ねぇ。


「僕の親ね、今、仕事で2人とも中国にいるんだ。まだ出掛けたばっかりでね、しばらくは帰ってこない……」
「え……?」


 ……バタン。
 ドアを閉め、持っていた肩掛けカバンの中からDVDレンタルの袋を取り出し、ベッドと向かい合わせの壁にある100インチ以上はある大きなスクリーンのそばの棚に置いた高樹くん。
 アレであのDVDを観るんだ。困ったな。無駄に迫力ありそう……。
 気が付かないうちに、またもやあたしの口が半開きになっていた。
 20畳以上はあるのかもしれない……それにしても広すぎる高樹くんの部屋。
 気持ちが落ち着かない。
 部屋が広すぎて落ち着けないわけではない。落ち着かない本当の理由は————


「なみこちゃん……」
「うっひい!!」


 名前を呼ばれるだけで過剰に反応してしまうあたしの顔を見て、彼は「プッ」と笑い、あたしの両肩にそっと優しく手を置き……ベッドの上に座らせた。
 ……ベッドの上に。


「家政婦さんにはね、親に内緒で僕がこっそり連絡して今日だけ休んでもらったんだ。
 どうしてなのか分かる? ……分かるでしょ?
 ————なみこちゃんと二人っきりで過ごしたかった、からだよ」

『王子様のお宅訪問レポート』 ( No.84 )
日時: 2013/11/28 05:26
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

     ☆     ★     ☆


『あんたバカねぇ。
 男の部屋に入る、って行為はどーゆー意味だか分かってないでしょ!』


 コレは昨夜寝る前にテレビで見たバラエティー番組“DAI・TAN・DX(ダイ・タン・デラックス)”。
 大きな体でブラウン管をガッツリ占領していたのは最近巷で人気急上昇中のぽっちゃりオカマコメンテーター“ユカコ・デラックス”。彼(女?)は相変わらず独自の強烈な毒舌トークで新人アイドルの女の子に突っ掛かっていた。
『別にー? 何にもなかったよー』
『フーン。ホントかしらァ、信じらんないワねぇ……とかなんとか言って本当は何かアッたんじゃないのーぉ?』
『まァ、アンタも一応アイドルだし? テレビだからコレ以上追求しないでおくけど?』


『まったく! ゴキブリじゃあるまいし、女の子がカンタンに男の部屋にホイホイと入るモンじゃないわよ!
 ____(ピー)スるまで帰らせてもらえないわよ!!』


 彼(女)お約束の放送禁止ワードが飛び出して、スタジオ中は大爆笑の嵐。
 ツッコまれたアイドルも可愛らしい顔を崩し、両手を叩いて大はしゃぎしていた。


 現実であたしは今、男の子の部屋に彼と二人っきりで……しかもベッドの上にいる。
 大はしゃぎどころではない。今、あたしの心臓が体の中で大騒ぎしている。 
 よりにもよってアノ話を今、思い出しちゃうなんて————ユカコのバカ……。


 あたしの肩に置いた手を離しスッと立ち上がった高樹くんは、スクリーンの方に歩み、プレーヤーにDVDをセットしてリモコンを手に取った。
 軽快なポップミュージックとともに“処女の誘惑”のオープニング映像がスクリーンに映し出される。
 どうやらそれはアメリカの学校を舞台にしたスクール・ラブ・コメディー。チアガールの格好をした金髪のポニーテール・ヘアの女の子が、アメフトのユニフォームを着たマッチョな体格をした男の子に一途に恋をする、といった内容のストーリーの様だ。タイトルからイメージした過激な内容ではない印象を受け、あたしの気が少しだけ安らいだ。


 やだなぁ、もうっ。
 あたしってば自意識過剰なんだから。高樹くんがいきなりそんなコトしてくるワケ————


 シャッ。
 あたしの安らいだ心が一瞬で暗くされた。
 高樹くんは部屋のカーテンを……全部、閉めたのだ。
 ベッドのヘッドボードに置かれたアロマキャンドルの炎が照らすほんの僅かの明かりが妖しい雰囲気をかもし出している。


「……寒くない?」


 ベッドの上に座っているあたしの隣に腰を掛けた高樹くんが優しくあたしの手を握る。
「は、はいっ! うん! 大丈夫! ……ですッ」
 あたしの精神力はもうすでに限界に達しているかもしれない。
 ただでさえ高樹くんの部屋に二人っきりでいるだけでも緊張なのに————
 彼のかすれた甘い声があたしの全身に響いて……もうどうしたらいいのか分かんない。


「ねぇ……、
        ……どうしてほしい?」


 左手に持ったリモコンを操作しながら高樹くんが問い掛けてくる。
 薄暗い部屋の中。
 高樹くんと二人でベッドの上で。
 手を握られながら————どどど、どうしてほしい!?


「字幕モードにするか、日本語吹き替えモードにするのか……」
 え! ああ、そっちか……。


 ビックリモードになっていたあたしの心が落ち着いた。
 さっきの様にあたしはバカみたいに一人で勝手な妄想に突っ走っていた。
 その妄想、っていうのは……恥ずかしくて言えない。
 何も答えなかったのに、英語の苦手なあたしに気を利かせてくれたのだろうか高樹くんは、日本語吹き替えモードに設定をしてくれた。
 せっかく彼にこんなにも気遣ってもらっているのに、あたしの頭の中は今、DVDのストーリーなんて入る余裕がないくらいに高樹くんとのこれからのストーリーの事で満員御礼になっている。


「……デザートが欲しいな」
 隣で高樹くんが呟く。
「おなかいっぱいでもデザートなら食べられるよね?」
「う、うん……」
 小さな声で返事をして頷くと、彼はあたしの頭をフワッと撫でて立ち上がり、「待っててね」と言い、部屋を出ていった。
「デザートって何かな? アイスクリームかな? ん……それともケーキ?」
 あたしは頭の中に様々なスイーツを思い浮かばせた。


 ————高樹くんにとっての甘いデザートが“自分”であることにまだ全く気付きもしないで。

『王子様のお宅訪問レポート』 ( No.85 )
日時: 2013/11/29 16:55
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

     ☆     ★     ☆


「はーっ」
 死ぬかと思った。
 密室の中、ベッドの上で高樹くんにあんなコトをされて。
 今日の今まで妄想ですらしたこともなかった状況に耐える事に限界で、もう、いっぱいいっぱいだった。
 力の抜けたあたしは腰を掛けているベッドにコロンと寝そべり、両手を胸に当てて呼吸を整えた。


「へぇ。コレが男の子のお部屋、なんだぁ」
 寝そべった格好のままで片方のほっぺたを布団につけながら、あたしは改めて部屋の中をゆっくりと見回した。
 漫画の単行本が無造作に積み上げられているあたしの机の上とは違って、彼の机は置いてあるのはコンパクトなノートパソコンとデスクライトだけでスッキリと片付けられている。
 部屋に入ってきて高樹くんがジャケットをクローゼットの中にしまった時の事を思い出した。一瞬だけしか見えなかったけれど、そこもジャケットやズボンが綺麗に仕分けされ、ハンガーに掛けられていた。 
 そして土足で上がるのが申し分けないくらいに磨かれたフローリング。投げたけど命中しなくて、紙くずがゴミ箱の周りに散乱しているあたしの部屋のフローリングとは大違い……っていうか、あたしはホントに女の子なのだろうか。
 もしも今度あたしが彼を部屋に招く事になった時がくるとしたら、とても恥ずかしくって見せられない————


「 !! 」
 なッ! なに考えてんの、あたし!!
 “今度、彼をあたしの部屋に招く”だなんて!!


 またもや勝手に大胆な妄想が暴走してしまった。
 やっ、やだなあ、もうっ! ……キャーッ!!
 勝手に一人で恥ずかしくなったあたしは、目の前にある枕を手に取った。それをギュッと腕の中に抱き締めて、ベッドの上で足を投げ出しゴロゴロとのたうち回っていた。


「ん?」
 枕があった辺りに何か……小さなモノを発見。
 それは縦5センチ×横5センチほどの薄っ平い銀色の袋だった。
 あたしはおそるおそる指先を使ってそれを手に取り、ゆっくりと顔を近付けてみた。
 何かが中に、入って、る?
「なんだ、これ? お菓子、かな?」
 袋の表面の欠けたお月さまのデザインの横に英語で何やら書いてある。
 一体何て書いてあるんだろう。

「んっ、と……“エ、エックス、タシー? ……何”??」
 なんだ、コレ……。


 あたしの頭の中で“?”が細胞分裂を起こし出した。
 今だかつてこんなお菓子は食した事がない。しかも“MADE IN 外国”っぽいネーミングだし、セレブな高樹くんが枕の下に隠しているくらいのモノだから、きっとあたしの様な一般庶民には手の届かないシロモノに違いない。
 さすが高樹くん……。
 甘党なあたしはこのお菓子(?)がどんな味がするモノなのかとても気になるところだったけれど、つばを飲んで我慢した。そして、その……“エックスタシーなんとか”を元にあった位置に戻し、枕をそっと上に被せた。
 高樹くんに聞くのは、なんかちょっと恥ずかしいな。
                  お母さんなら知ってるかな。
                         帰ったら聞いてみようかな……。


     ☆     ★     ☆


「……何を聞いてみるの?」
「えっ!?」


 ハッと気が付くと、あたしのすぐ目の前に高樹くんの顔があった。
 彼もあたしの隣で片肘をついて微笑みながら寝そべっている。
「 !! 」 
 もしかして高樹くん、あたしと一緒に寝……ちょっ! ちょっとまって!! どッ、どーゆーコトになっ、てん、のッッ!?
「あーあ。もうちょっと見ていたかったのになー。なみこちゃんの、寝・が・おっ」
 これは夢なのか現実なのか。状況を把握できないでパニックになっている頭の中を慌てて整頓させた。
 ……どうやら“こーゆーコト”になっていたらしい。
 あたしはベッドの上に横になり、高樹くんが部屋に戻ってきた事にも気付かないくらいに堂々と————熟睡をしていた。(寝言まで言いながら)
「ひいッ!! ごっ、ごめんなさいぃっ!!」
 ホント何してんの!? あたし!!
 よだれを手で拭って慌てて飛び起きたと同時に、あたしの体の上から(たぶんあたしが寝ている間に高樹くんが掛けてくれていたのであろう)掛け布団がズルッと滑り落ちた。
 恥ずかしすぎて高樹くんの顔が見れない。
 あたしは掛け布団を頭から被って顔を隠し、もう一度小さな声で「ごめんなさい」と、謝った。


「ふふっ、大丈夫っ。“まだ”何にもしてないって。
 だって、寝こんでる女の子のくちびるを奪うなんて反則、でしょ? ほらっ、出ておいで」

『王子様のお宅訪問レポート』 ( No.86 )
日時: 2013/12/02 08:45
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

「おいしいうちに食べて。ねっ」
 ……おいしい?
 布団の上から高樹くんに頭を優しくポンッ、と叩かれ、デザートにつられて顔を出したあたし。
 ベッドの脇の艶のある木とタイルで造られたオシャレな小さなテーブルの上のデザートにあたしの目が釘付けになる。
「すっごぉい……。コレ、全部高樹くんが切ったの?」
 バラの花の形をしたガラスの器の中いっぱいに並べられたメロン以外は食べた事も見た事もない見事に飾り切りのほどこされたフルーツの盛り合わせ。そして、フルーツの器とお揃いのガラス製の小さなペア・ティーカップに注がれた紅茶。それらを乗せている金色のお盆……じゃなくってトレイ(?)の上には、さっき、高樹くんの家に上がる前に通った玄関のアーチに華やかに咲き乱れていた深紅の花の花弁が華麗に散りばめられている。
『ぱ、パティシェ、ですかー!!』
 思わず心の中で叫んでしまった。
 さすがテクニッシャンの高樹くん。前に一緒にビリヤードをした時と同じ様にあたしのハートは再び彼にさらわれてしまった。
 花弁の形をした小さな取り皿にフルーツを取った高樹くんは、驚きのあまり全開になっているあたしの口の中にフォークで刺した一かけのフルーツを放り込んだ。
 突然だったから、あたしの中に入ってきたものは何だったのか分からなかったけれど、甘くて、酸っぱくって……じわじわと溶けていった。
 なんだかグルメ・リポーターのコメントみたいになってしまったけれど、それは初めて高樹くんに出逢った時のあたしの気持ちに似ていた。
 今になっても思い出せば顔が赤くなっちゃうくらいの甘い甘い彼との思い出を、もう一度味わいながら飲みこんだ。


「高樹くん。あのね……」
 高樹くんは手に持っていたお皿をテーブルの上に戻してまっすぐあたしの顔を見ている。
「あたし……、あたし、ね……」
 そう言いかけた途端、すでに忘れかけていた“処女の誘惑”がスクリーンの中で厄介なコトになっていた。


『キスして……リック……』
『ジェーン……』
 さすが(?)アメリカ発、恋愛・ロマンス系映画(ムービー)。一体どんな流れでこんな所に居るのかは分からないけれど、今、2人の居る場所は真夜中の廃ビルの工事現場の片隅。この映画の主人公のチアガールの女の子“ジェーン”は、何故か上下セクシーなスケスケの黒いレースの下着姿になっている。そして、アメフト君“リック”の膝の上に向かい合ってまたいで座り、大胆にもキスを要求していた。
 さわやかで健康的なチアガールの衣装を一体何時脱ぎ捨てたのか。モジモジして話すらできなかった彼女だったはずなのに。オープニング映像の時とは打って変わってエッチになってしまった彼女はリックと目のやり場に困る様なキスを交わした。


 どうしよう……。
 困る。非常に、困る。
 チアガール……(しかし、もうその面影は無し)のジェーンに、あたしがさっき高樹くんに言おうとした言葉をぶっ飛ばされてしまった。
 今、ベッドの上に腰を掛けている高樹くんとあたしの前で、まだ懲りずにスクリーンの中で堂々とすごい音をたててキスを交わし合うジェーン&リック。スクリーンから目を離しても彼らの生々しい会話と(キスの)音が聞こえてくる。
 ここで耳を塞いだら余計に不自然だし————
 高樹くん……。今、どんな気持ち、なんだろう。
 とりあえず、この気まずい雰囲気をどうにかしなくっちゃ!!
 あたしは膝に乗せた両手をギュッと握り締めて高樹くんを見た。


「がっ、外国流のキス、ってなんかスゴいよねぇ。えっへへへ……」


 とりあえず笑って全力でごまかしてみた。
『あはは。ホント、すごいよねぇ』————こんな風にいつもの笑顔を見せて返してくれることを願って。
 ……けれど、甘かった。


「日本人も……するよ……」
 照れて抵抗する余裕もなく、あたしのくちびるは高樹くんに吸い込まれていった。
 それも以前“やりまくりべや”でされた触れただけのキスとは違う、まるでジェーンとリックに対抗している様なくらいの……激しいキス。
 そうだよね……。だって“約束”だったんだもん……。
 あたしは震える両手を高樹くんの背中にそっと回した。


「なみこちゃん、可愛い……っ」
 声を震わせながら、あたしを抱き締める腕に力を入れた高樹くん。


『可愛い……。可愛いよ、なみこ……』


 今、一緒にいるのは高樹くんなのに……まるでフラッシュバック現象の様にあたしの頭の中に浮かび上がってきた松浦くんの顔。
 そして思い出した。以前、夜の駐車場に停めてあった塾のバスの中でガリバーに迫られた時に“演技”で彼にキスをされた事を。
 やっ、やだっ! どうしてこんな時にあんなコト思い出しちゃうワケ!?
 あたしは瞼に力を入れ目を閉じて高樹くんを抱き締める。
 どうしてもあの記憶だけは跡形もなく消してしまいたかったのに、あたしの頭の中の隅っこに今だにしつこくこびり付いている。
 荒々しい息使いであたしの耳元で囁いた松浦くん。
 彼のイメージからは想像できない、あの甘い言葉。生温かったミントの香りの吐息————


『ふふっ……。いいぜ、その顔……』
 ほら、もっと思い出してみろよ……。
 まるであたしにそう言っているかの様にあの時と同じ薄笑いを浮かべた顔で松浦くんがあたしににじり寄ってくる————


「いっ! いやあーッッ!! こっち来ないで松浦くんっっ!!」


「……松、浦?」
 無意識であたしはとんでもない言葉を叫んでしまった。
 気が付くと、あたしの前で顔をこわばらせて固まっている高樹くんがいる。
 最低だ……あたし。
 さっき高樹くんと一緒に行ったお好み焼き屋さんの時に続いて、一度ならず二度までもデート中に松浦くんの名前をうっかり口に出してしまうだなんて!!
 本当は薄々気付いていたんだ。何となく“高樹くんが松浦くんを嫌っている”んだって。理由が何なのかは分からないけれど、正義感の強い彼の事だから、きっとあたしを陰でコソコソと苛めている松浦くんが気に入らないのだろう。


「ごめんね。高樹くん……」
 申し分けない気持ちでいっぱいで高樹くんの顔が見れないあたしは、彼の胸に顔をうずめて小さな声で謝った。
「あはは。やめてよ、なみこちゃん。そんな風に謝られちゃうと、なんか惨めだ、僕……」
 あたしの両肩に置いた彼の手がもの凄く震えている。
 そして、あたしの顔を覗き込んで無理矢理作った様なぎこちない笑顔を見せる高樹くん。
「……参ったな。まさかこんなところまでジャマしにくるとはね……あいつ」
 高樹くんはベッドから身を乗り出して手を伸ばし、テーブルの上のフルーツを1かけフォークで刺して再びあたしの口の中に入れた。
 “あいつ”って、やっぱり松浦くんの事なのかな……。
 高樹くんと甘いキスを交わした後だからなのかもしれない。あたしの口の中のフルーツは、さっき食べたものよりも甘くない感じがした。
「高樹くんは食べないの? ……おいしいのに」
 もごもごと口を動かしながら、あたしは彼に尋ねた。


「じゃあ……たべて、いい?」


「 !! (たっ! 高樹、くん!?)」
 高樹くんは、いきなりあたしの前で————着ている自分のシャツを脱ぎ出した。
 ……ごっくん。
 口の中のフルーツを飲み込んであたしは考えた。
 あ、暑いから脱いだのかな? それともあたし、これから高樹くんに————
 頭の中がパニック状態。
 どどど、どうしよう!! トッ、トイレ行くフリして、いったん部屋を出たほうが、いいのかな?
 ……と思った瞬間、あたしの両腕は上半身裸の姿になった彼に掴まれ、そのままベッドの上に押し倒された。


 ————もう逃げられない。


 思えばさっきもそうだった。
 あたしが松浦くんの話をすると、高樹くんがおかしくなる。
 もしかしたら高樹くんは“あたしが松浦くんの事を好き”だって思っているのかもしれない。
 ちがうよ! ……違うの。だって、あたしが好きなのは!!
「ちょっ、ちょっと高樹くん、待って! 靴がっ————」
 両腕をシーツに押し付けて、あたしの上に覆い被さってまたがっている高樹くんは耳元にキスをしてから囁いた。


「大丈夫だよ。僕が脱がしてあげる。————全部」

『王子様のお宅訪問レポート』 ( No.87 )
日時: 2013/12/02 15:26
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

     ☆     ★     ☆


 ————どうしたらいいのか分かんない。
 当たり前だ。だって、ここから先は今まで妄想でもした事のない未知の世界なのだから。
 こんな事になるなんて思っていなくて全く色気の微塵もない下着を着けてきてしまった。
 ま、いっか……。どうせすぐに外されちゃうんだから……。
 いくら着るもので飾って頑張ったとしても、どうしたって中身は“あたし”なんだもん。高樹くんみたいなパーフェクトな男の子に、こんなあたしの全てををさらけ出すのは恥ずかしい……っていうよりも失礼にあたるって言ったほうがいいのかもしれないけれど、『僕にまかせて』と言う彼にあたしは身をまかせた。


「好きだよ……なみこちゃん……」
 呼吸を乱しながら、あたしの身体の至るところにキスをして彼は何度も名前を呼んだ。
 彼の愛を受け止める事で精いっぱいで、あたしは口では何も返すことができなくて————心の中で答えた。


「あたしも好きです……」
 ……と。


 ヒトの体は、全身の40パーセント以上の深い火傷を負うと死に至るらしい。
 高樹くんに触れられる所が火傷を負ったかのようにあつくなる。今まで触れた事のないあたしの、そして彼の秘密の場所にも自然に優しく導かれ、もうあたしの身体は100パーセントに近い火傷を負っている。全身にがんじがらめに繋がれた爆竹の束が導火線を走る炎に点火されて次々と爆発を起こし、体全体を駆け巡る様な激しい火傷を。
 あたしの中に高樹くんの深い愛情が注がれる。
 溢れてこぼれるくらいに————
 今度は冗談じゃなくて、本当に死んじゃいそうだよ……。


『愛してるよ。ジェーン……』
『これからも、ずっと一緒よ、リック……』
 スクリーンの中で、いつの間にやら純白のタキシードとウェディングドレスを着飾ったジェーン&リックが教会の壇上の前で大勢の人たちに祝福されながらキスを交わしている。
 2人共とても幸せそうな顔をしている。DVDなんて観る余裕なんてなかったけれど、気が付かないうちに彼らは勝手にハッピー・エンドになっていた。
 あたしもこのまま高樹くんとハッピー・エンドになるのかな?
 高樹くんの温かい腕に包まれながら、あたしは“処女の誘惑”のエンディング・ロールを眺めていた。
 それにしても人肌がこんなに温ったかくて気持ちがいいものだったなんて思わなかった、な……。
「ひっ!! ひ、人肌ぁッ——!!」
 あたしはビックリして跳ね起きた。
 気が付くと何も身に着けていない産まれたままの姿になっている……あたし。
 ふっとそばに全然お菓子なんかじゃなかった“エックスタシーなんとか”の封の切られた袋を発見してしまい、心の中で『うっひゃー!』と叫びながら素早くグジャッと丸めてゴミ箱に向けて投げ捨てた。そしてベッドの上に散らばっている、さっき高樹くんに脱がされたパンティーとタンクトップを慌てて着て、「ふーっ」と大きく一息ついた。
「あれ?」
 履いたパンティーがヒヤッと冷たくて、中に手を入れてみるとベットリと濡れていた。


『僕が全部飲んであげるから、もっと出して……』


 力を抜いて、って言われたのに力み過ぎちゃってこんなにおもらししちゃった……。
 あたしの隣で横になり、静かに寝息をたてている高樹くん。
 下半身には掛け布団が掛けられているけれど……きっと彼も産まれたままの姿だ。
 風邪、ひいちゃうよ……。
 あたしは高樹くんに布団を掛け直すついでに、彼の顔を見つめた。
 気持ち良さそうに眠っている。
 今まであたしの油断した寝顔を見られてしまった事は何度かあったのだけれど、彼の寝顔を見るのは初めてだった。
 きっと彼も、今のあたしと同じ気持ちでこうやって眺めていたのかな。
 短距離のトラックを全力疾走した様に汗をいっぱいかいていて今はペタン、となっているけれど、いつもはサラサラの彼の髪。
 男の子なのに、女の子の様な長いまつ毛。
 そしてセクシーな唇。
 こんなに可愛らしい寝顔をしているのに、あんなキスをしたり、あたしのココに指とかアソコとか……。
 ……やだッ! またさっきのアレを思い出しちゃいそうッ!
 高樹くんに布団を掛け直してから、エアコンの暖房の温度を上げに行こうとあたしはベッドを降りようとした。
「 !! 」
 そのとき、あたしの手首が寝ていたはずの高樹くんに掴まれた。


「なに? もう終わっちゃった、の?」


 下着を着けたあたしの姿を見て彼は言った。
 うそ!! この後、まっ、まだ続くのぉッ!?
 高樹くんが“テクニッシャン”だっていう事は充分に分かっている。でもッ! あたしは……。あたしはッ!!
「ごッ、ごめんっ、高樹くんっ! あああ、あたし、もう……むりみたい、でっすッ!」
 熱くなった顔を枕にうずめて本音を叫んだ。
「ぶっ! あはははは……!」
 高樹くんが大爆笑をしている。
「何、言ってんだよ。DVDのコトだって、なみこちゃん。
 うーん。確かに正直いうともう少し“探検”したかったんだけど……無理なんじゃあ仕方ないよねっ」
 枕から顔を出し、ほっぺたを膨らませているあたしをまっすぐ見て彼は言った。


「愛してるよ」