複雑・ファジー小説

『本当はずっと……』 ( No.90 )
日時: 2013/12/08 23:23
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

     ☆     ★     ☆


「鷹史兄ちゃん!!」
 遊んでいた公園から帰ってきたのだろう。左手の脇にサッカーボールを抱えて手を振りながら俺に向かって走ってきた男の子。
 彼は向かいの家に住んでいる小学生の“貴志”。
 漢字は違うけれども読みかたは俺と同じ“たかし”。今は確か3年生……だった、かな?
「ぼくのリフティング、見て見てっ」
 俺の前で得意気にリフティングをやってみせ始めた貴志。 
 小学校に入学した頃は泣き虫で家の中に引きこもりがちだった子だったのに。
 彼の母曰く、俺が『サッカー教えてやる』と外に出るように誘い出した時から熱中し始めたらしく、その後自らの意志で地元の少年サッカークラブに入部し、今はもう、こんなにも上手に。
「へへんっ。この前ぼく、100回クリアしたんだっ、100回だよ!」
「おっ、ほんとかー! ずいぶんと上手くなったもんなあ、貴志」
 今の俺よりもサッカーにのめり込んでいるようにみえる貴志。


 だって俺は今、サッカーよりも“あいつ”のほうに————


『そろそろ帰らなくちゃお母さんに叱られる』と、始めてから一度もボールを落とさずに続けていたリフティングを止めた貴志は、俺に礼を込めた笑顔を見せて家へ向かって走って帰っていった……かと思ったら、再び俺の元に戻ってきた。


「そういえばさぁ、友達から聞ーたんだけど、鷹史兄ちゃんと、鷹史兄ちゃんの隣の家に住んでいる“ヘンなお姉ちゃん”が恋人同士……って話ってホントなの!?」
「——プッ!」
 真剣な顔で突拍子もない事を聞いてきた彼に思わず吹き出してしまった。
 貴志の後ろから来た車に気付いた俺は、彼の肩に手を置き内側に寄せた。
 “ヘンなお姉ちゃん”。それに“恋人”って————
 ヤバい。笑いが止まらない。マジで。
 貴志は隣で『鷹史兄ちゃんってこんなに笑うんだ……』という様な表情をして俺の顔を見上げている。確かに人前でこんなに笑ったのは久しぶりなのかもしれない。


「あはははは…………!
            違うよ、違う……クックック……。
                               ————“片想い”だよ」


「そ、そうだよね!? 鷹史兄ちゃんがあんなお姉ちゃんと恋人だなんてありえないよね。
 ごめん、へんな事聞いちゃって。じゃあね!」
 俺の事をまるで本当の兄の様に慕っているかの様に輝かせた目をして手を振り、彼は家へと戻っていった。


 ————片想いだよ。“俺の”な……。


 俺の言葉を聞いて貴志は100パーセントの確率で“武藤が”俺に想いを寄せつけていると思っていただろう。
 彼女が愛しているのは高樹なんだ。
 今の俺に幼かった頃の俺の影が重なる。
 あの頃も、今も……彼女はこんなにも近くにいる俺を飛び越して別のものを見ている。
 そんなに欲しいのならば手を伸ばして掴もうとすればいいのに、彼女への想いを認める事ができなくて、逆に辛くあたっていた。何年も、何年もずっと。
 誰かに取られない様に見えない鎖でいつまでも縛って繋いでなんかいないで、“あいつ”のように正々堂々と示せば良かったじゃないか。
 俺の上の街灯のあかりに蛾(ガ)が羽音をたてながらむらがっている。
 俺の場合、そんな事したら絶対気持ち悪がられると思うが————


“I want to……spend the rest of my life with you.”
 ————君とずっと……一緒にいたいんだ。