複雑・ファジー小説
- 『闇の中の侍』 ( No.91 )
- 日時: 2013/12/09 17:19
- 名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)
《ここから再び武藤なみこちゃんが主人公になります》
「——ふうっ」
まさかこんな時間になっちゃってるなんて。
赤色、緑色と……ちょっぴり気の早いクリスマスモードのレストランの電飾や、居酒屋ののれんを灯す赤ちょうちんをバスの窓から眺めながら、ため息をついた。
もう5時はとっくに回っている。
普段おつかいなんて頼まれることはないし、お友達もいなかったから遊びになんても行かなくて、いつも家でゴロゴロしてばっかりなあたしが、こんな時間に外に出る、という事が何カ月ぶりか分からないくらい久しぶりだ。
もうカラスもおうちに帰っていってしまったみたい。
5時なんてまだ明るいから大丈夫だ、って思っていたけれど冬はもう目の前。よく考えてみればこの時期が一年で一番日が短かった。一人だと塾に行く時とは違ってこの暗さはやっぱりちょっと怖いかもしれない。
アノ後は2人、ちゃんと服を着て、ホント……本当に何も無かった。うっかり口を滑らせて松浦くんの話をしてしまわないように気をつけながらお互いの学校の事を話したり、実は想像以上にたくさんいた高樹くんのお友達のお話を聞いたりして平和なひとときを過ごした。
ただ……前に高樹くんが話していた“あたしの出てきた夢の話”が会話の途中に急に気になりだして、さりげなく聞いてみたはいいけれど————
「ん? でも、なみこちゃん、さっき“もうムリ”って言ってたよね。
ホントにイイの? そんなに知りたいなら、もう一度……いや、僕の体力(スタミナ)が続くかぎり教えてあげてもいいけど……」
彼は再び着ていたシャツを脱ごうとした。その時点であたしは夢の内容を即座に理解した。目の前にある、結局恥ずかしくって聞けなかった“メロン以外は名称不明なセレブご用達(?)フルーツ”を、あたしは心臓をバクバクさせながら食事中のリスのようにバクバクとほおばってごまかし、なんとか上手く(?)回避した。
こんなに何回も求めてこられるなんて。
やっぱり高樹くん男の子なんだ。
あたしもちゃんと……女の子なんだ。
「家まで送る」
高樹くんはそう言ってくれたけれど、お昼ゴハンをごちそうになっちゃった上に、わざわざ遠くまで往復してもらうなんて悪いし、それに……あたしは今日経験した甘酸っぱい夢の様な出来事に一人でどっぷりと浸りながら帰りたかった。
『心配だ』なんてこんなあたしなんかに本気で思ってくれている高樹くん。
本当に大丈夫、って言っているのに、彼は彼の家の傍のバス停まで送ってくれた。
ちょうど周りには人がいなかった。
耳をかすめる微かな風の音しか聞こえないバス停のベンチに腰を掛けて手を繋いでいただけ。何も話さなかったのに二人の“同じ”気持ちが重なった。
その時にしたキスは『さよなら』じゃなくて————
『もっと一緒にいたかった』のちょっぴり名残惜しいキスだった。
☆ ★ ☆
「きゃっ、やだっ、うふっ」
バスの中で自分のくちびるに手を触れながら何度もあたしはだらしのない顔でニヤけてはキリッとした顔に戻していた。
舞ちゃんはどうだったのかな。
こんなに遅い時間だし、もうおうちに帰っている事だろう。バス停で会った時は初めてのデートで気持ちがピリピリしていたけれど、大好きな人に可愛い笑顔をいっぱい見せていたんだろうな。
今、おうちでおいしくゴハン食べてるかな————
グルルルル。
「ぎゃっ、やだっ もうっ!」
日曜の夕方で平日よりも人の少ない静かなバスの中(まさか、こんな時に限って! なタイミングで)、あたしのお腹が女の子らしくない音で鳴り響いた。
通路を挟んであたしの反対側のシートに座っている、白と黒のストライプ柄のスーツを着た、ガラの悪……コワモテ系のおじさんが携帯電話をいじりながら背中を震わせている。濃い茶色のサングラスに目が隠されていて、彼がどんな顔をしているのか分からない。
あ、あたしのせいじゃ、ないもん……。
きっとおもしろいサイトでも見ていたんだ! と、勝手にそう思い込みながらも、いち早くこの場から逃げ出したい気持ちになったあたしは、まだ降りるには早い1つ前のバス停にもかかわらず、“とまります”のボタンを押した。
☆ ★ ☆
バスから降りて辺りを見渡すと、すでに目の前は真っ暗になっていた。
せっかく慌てて降りたのに、なんて計算外。さっき“おもしろいサイトを見て笑っていたあのおじさん”も、困った事にあたしと一緒に降りてきてしまった。
“チカンに注意!!”と歩道の脇に立っている町内掲示板に貼られた赤い色のポスターがあたしに警告をしてくる。
『はい、コレ。僕の携帯の番号。家に着いたら電話してね』
『う、うん。わかった(本当、高樹くんってば、心配性なんだから……)』
『ああ、でも女の子だし、なみこちゃん可愛いから心配だな』
バスに乗る前に彼が呟いた言葉が頭をよぎる。
コツ、コツ、コツ、コツ。
あのおじさんの足音が近付いてくる。
彼のくわえているタバコの煙のにおいもだんだんと強くなる。
怖くて振り向く事ができない。
サングラスをかけていたから顔がよく分からないけれど、歳は大体50〜60歳。女であれば誰でもいいから獲物を狙っていたのかもしれない。
こんな暗い夜道を一人で歩く女子中学生————
あたし……絶好の獲物だ!!
さっきバスの中で笑っていたのは、お腹の鳴る音を聞いたからではなくて、おもしろいサイトを見ていたからでもなくて……。
————この人、チカンなんだ!!
怖い!! どうしよう!!
ちょうど街灯もなく車通りも少ない、脇に竹やぶ林が続く道にさし掛かる。
そういえば日が落ちるのが早いこの時期は、特に不審者に気を付けてなるべく一人で出歩かない様にと学校で先生に言われていた事に今頃気付いた。
1つ前のバス停で降りたりなんかしないで、きちんと家の傍のバス停で降りれば良かっ————
コツコツコツコツ。
————チカンが来るっ!!
あたしの後方10メートル? 5メートル?
脇を閉め、どうしたらいいのか考える。
振り向いたら口を塞がれて竹やぶへ連れこまれるだろうか。
振り向かずに今、ここで大声で叫んでしまおうか。
何で!!
大体どうしてこのおじさんあたしなんかを狙うの!? 胸のサイズなんてAカップも満たしてないんだよ!!
だってそれに、さっきヘンな音でお腹鳴らしてた女の子だよ!!
誰か助けて。この前みたいに……。
松浦くんでもいいから!! お願い!!
——って、こんなに遠く離れているバス停のそばを、こんな時間に彼が歩いているワケがない。
一応学校でカタチだけとはいえども陸上部に所属しているあたしは、歯をくいしばって早歩きの足を全力疾走に変えて走った。
☆ ★ ☆
「 !! 」
がむしゃらになって走り、ようやくあたしの家の前のバス停まで辿り着いた時、背格好が松浦くんによく似た人が立っているのが見えた。
幻覚……?
————違う。幻覚なんかじゃない。
「武藤」
“本物”の松浦くんはあたしに気が付くと、こっちに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
あたしは————彼の胸の中に思いっ切り飛び込んだ。
- 『闇の中の侍』 ( No.92 )
- 日時: 2013/12/10 10:01
- 名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)
相手が松浦くんだとかは関係ない。
あたしは怖かった。ただ……とにかく今は、誰でもいいから助けて欲しかった。
面倒事を嫌い、いじめる目的だけでしかあたしに話し掛けてくるとかして関わってこない彼の事だから、あたしなんかに対してこれっぽっちも関心なんか持っていない彼の事だから、“どうしてこんな時間に1人で夜道を歩いているのか”だとか、“何が起きたのか”とか、その辺りの事はやっぱり何も聞かれなかったけれど、彼はいきなり飛びついてきたあたしの背中にそっと両手を回した。
怖かった気持ちが涙へと変わり、ボロボロとはがれ落ちてゆく。
松浦くんの胸の中に顔をうずめ、まるで迷子になった小さな子供の様に声まで出して泣いてしまったあたし。
『もう大丈夫だ。俺がいるから』
彼にそう慰められていると勝手に思い込みながら目を閉じたあたしは松浦くんの心臓の音を聞きながら呼吸を整えた。
背中にある彼の手がとても冷たい。
松浦くんこそ、どうして一人でこんなところにいたんだろう。
一体何時からいたんだろう。
「ねぇ、松浦くん……」
聞こうと思ったけれど、それを聞くのはやめておく事にした。
「チカンに追いかけられてね……コワかったんだ……」
あたしの頭の上に置かれた松浦くんの手が、ふわふわと撫でる。
冷たい手から伝わってくる優しい温もり。
信じられない。
なんだか今夜の松浦くんは松浦くんじゃないみたい。
————ごめんね、松浦くん。今までいじわるばっかりしてくるひどい人だと思ってて……ごめんね。
「ああ、そういえばおまえ、これでも“一応”女、だったもんな……」
「……え?」
彼の吐く白い息と共に、耳元から伝わる冷たい毒。
松浦くんは、わざわざアクセントまで付けて囁いてきた。
「フン! たとえおまえがその辺で全裸で踊っていたとしても俺は“1秒だって”見たくない。
単なる自意識過剰だ、バーカ」
なんて、そう言いながらもあたしの気持ちが落ち着くまでずっと抱き締めていてくれた松浦くん。不思議な事に今の彼の言葉のおかげであたしの気持ちがスーッと安らいでいく。
もうひとつ不思議な事に、今だに激しい音で刻んでいる心臓の音が、松浦くんの方から聞こえてくる様な気がした。
チリン、チリーン。
風もなく静まりかえったバス停にベルの音を鳴り響かせ、自転車に乗ったおまわりさんがあたし達のいる横の車道を通り過ぎた。
松浦くんはあたしの体から腕を離し、背を向けた。
『もう大丈夫だろ』
彼の背中がそう言っている。あんな風に抱き締められた後だから、もしかしたら手を繋いで家まで送ってくれるのかと思って図々しくも出してしまっていた自分の右手をサッと引っ込めた。
出演・松浦鷹史・武藤なみこ
ドラマ『バス“停”で愛し合う2人』
以前、塾のバスの中で大失敗したにも懲りず、こっちの方も、やはりとても違和感のあるキャストだが、少女マンガやトレンディードラマの見せ場の様なあたし達のこの“やりとり”を誰かに見られたくなかったのかもしれない。
だって……そこから近所や学校でヘンな噂がたっちゃったら迷惑、だもんね。
“チカンに追いかけられた”って言ったのに、スタスタと一人で勝手に家に向かって歩いていってしまう松浦くん。
だ、だいじょうぶ? ……ホントに大丈夫なの!?
後ろを振り向いてみれば、曲がり角や路肩に停めてある車や電信柱……あの陰からまた変なものが“出てくる”かもしれない。
「ひいっ! ま、待って!!」
あたしは松浦くんを追い掛け、彼の横について歩いた。
「プッ。そういえばおまえ昔、幽霊とか妖怪だとか怖がってたなぁ。
幽霊が呆れちまうくらい鈍いくせに……」
さっきあんなに怖い思いをしたのに。
抱き締めて頭を撫でてくれたのに。
実はまだ怖いこっちの気持ちも知らないで笑いながらスタスタと歩いてしまう松浦くん。あたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれればいいのに……。
「どうせ見た事なんか、ねぇだろ」
「やめて……。こんな時におばけの話しないでよ……」
「あ。軍服着た血だらけの兵士が、あの曲がり角に————」
「 !! 」
まんまと思惑通り(?)腕にしがみついたあたしの顔を見て彼は鼻で笑い————あたしの腰に手を回した。
「俺が今、何を考えているのか……教えてやろうか……」
腰に回した手を寄せ、彼が呟く。
どうせ、あたしが“バカ”だとか“単純”だとかだと思うけど。
ほっぺたを膨らませながらあたしは松浦くんの言葉の続きを待っていた。しかし彼は結局その後何も話さないままあたしの家の前まで送ってくれた。
『ありがとう』
そうお礼を言いたかったのに、「はやく行け」と背中を押された。
玄関のドアを閉めるまで腕を組みながらずっとあたしを見て見送ってくれている松浦くん。
「ありがとう!」
やっとお礼が言えた。
ドアを閉めたらやっと……スッキリした。
手を挙げて応えるとか、笑顔を見せるとか、何の反応もなかったけれど。
“ありがとう”
なんだか彼に対してこんな気持ちになったのはものすごく久しぶりの様な気がする。
最近お母さんが言っていた。
「鷹史くんね、なみこのためにいつもお花を摘んで遊びにきてたのよ」
お母さん同士仲が良かったし、家も隣同士でさらに同い年同士だから小さかった頃は彼があたしの家によく遊びにきてくれた事は覚えている。
でも“あの松浦くん”がお花だなんて……。
その話を聞いた瞬間、胸元の開いたシャツに黒いタキシードを着た、今の……“14歳の松浦くん”が、赤いバラの大きな花束を両手で差し出している姿が浮かんだ。
絶対ウソだ。お母さんは冗談でデタラメ言ったんだ。
あたしはそう思った。笑いを通り越して寒気がしたんだ。その話を聞いた時は。
『俺が今、何を考えているのか……』
松浦くん……。あの時、何を言おうとしてたんだろう。
玄関で靴を脱ぐ手を止めて、あたしは考えていた。
そういえばさっき松浦くんに言われた。
あたしは“自意識過剰”なんだって。
顔を彼の胸の中に包まれて抱き締められていたから見えなかったけれど、松浦くんに撫でられた頭を、あたしに花を渡す彼の顔を想像しながらもう一度自分で撫でてみた。
自意識過剰なのかもしれないけれど、松浦くんはあたしの事をそれほど嫌っていないのかもしれない、って思った。