複雑・ファジー小説
- 『裸の一本勝負』 ( No.96 )
- 日時: 2013/12/31 13:45
- 名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)
お、まえ……?
銃の事を友達……いや、彼の目を見るとまるで恋人に愛を囁くかの様に“おまえ”だなんて言っている。コレは……ここまできたら本物の……。
知らなかった。松浦くんは————隠れ“銃マニア”だったんだ。
確かに思い当たるふしが無いとは言えない。何時だったか……学校で、あたしのクラスの松浦くんファンの女の子達がこんな話をしていた事を思い出した。
“松浦くんは、カバーを付けた小さな本をいつも大事そうに持ち歩いていて、休み時間や手の空いた時間にコソコソと隠れて読んでいる”のだって。
本に穴が開くくらいの真剣な瞳。それを本などではなく自分達に向けてほしいのだと、あたしには全く理解できないんだけど、何やらそんな事を。
彼女たちは“ポケット参考書”とか、“ミニ六法書”だとか言って騒いでいたけれど、本当は————
“マフィア関連の本”か。
マフィア……。松浦くんのイメージにピッタリだ!!
「おい……。ちゃんと聞いてんのか、おまえ……」
あたしの顔の前にかざした手の平を揺らし、ため息をこぼして舌打ちをした松浦くん。彼は握り締めていたシーツから手を離し、あたしの腕をギュっと掴んだ。
「ずっと欲しかったんだよ。おまえが……」
「 !! 」
思わず大声をあげて叫びそうになってしまったけれど、今こんな時に、こんな所で悲鳴なんてあげたりなんかしたら、1階にいるお母さんに聞こえてしまう。お母さんは、この人のお母さんとお友達なんだ。
あたしは口を押さえてつばを飲み込んだ。
いくらなんでもベッドの上で裸の姿になっている、まだ14歳の自分の娘が隣の家に住む親友の息子に手を掴まれている……。
そんな光景をお母さんが見たらどう思うだろうか。
『何もして(されて)いない』
いくらなんでもそんな言い訳が通用するワケがない。
とにかく今はただ————服が着たい。
☆ ★ ☆
————と、その頃、お母さんは……。
「そぉ、なのよう! 何年ぶりかしらねえ、鷹史くんがうちに遊びに来てくれるなんて!」
1階のリビングのソファーにのけ反り返り、お煎餅を片手に寝転びながら、松浦くんのお母さんとウキウキ・テレフォントーキング。
2階で何が起こっているのかも知らないで。
「うちの子、学校の事なんて聞いてもこれっぽっちも話してくれないんだから。ああ見えても一応思春期ですものねぇ。
なんだかんだ言ってあの子たち、今でも結構仲が良かったのね。
それにしても鷹史くんったら、すっかりハンサムになっちゃって。うちのなみこは昔から全然変わってないのに。え? かわいい? やだわぁ、わたしにそっくりだからかしら、ほほほほほ……。
え? 欲しい? やっだ、松浦さんったら、もうっ。
それはこっちのセリフよう。鷹史くんみたいないい子にもらってもらえるなら、あの子幸せよ。喜んで差し上げちゃうわ。うふふっ」
玄関の外……いいや、道路にまで響き渡る彼女たちのウキウキ・おばちゃんトーク。
しかも話題の本人(達)の気持ちを全く無視した勝手な夢物語は声のボリュームと共にエスカレートしていく。
この調子ではおそらく2階でどれだけなみこちゃんが助けを求めて絶叫をあげたとしても、残念ながら彼女の耳には留まらないだろう。
「そうそう、松浦さん、そういえばうちの主人が明日……」
————どうやら彼女たちの話は、しばらくこのまま続きそうだ。
☆ ★ ☆
————再び、和やかな1階とは正反対なダークな空気に包まれた2階では……。
掴んだあたしの腕を引っぱり寄せ、手の平を自分の頬につけて、松浦くんは小さく震えた声で話し出した。
「恥ずかしい……。どうして俺が……」
“恥ずかしい”って……。恥ずかしいのはあたしの方だよ。全身丸裸なんだから。
松浦くんの“銃マニア”なんて、どうってことないよ。
似合ってるんだし……。
「くそっ! どうして俺がこんなやつを“好き”だなんて言わなくちゃ、いけないんだ……」
月を抱いていた厚い雲が解かれて部屋の中が少しづつ明るくなりだした。
もうすでにこんな事をしたって手遅れ状態なんだって分かっているけれども、あたしは松浦くんの頬に付けた手を引いて離し、緩んだ腕に力を入れて再び丸くなった。
目の前にある拳銃が月の光を受けてキラキラと光っている。
なんせ、あの松浦くん……だもん。あたしのひがみが少し入っちゃうけれど、彼はいくら届かないところにあるものでも、狙ったものは諦めないで、陰で精いっぱい努力をして今まで何でも手に入れてきたのだろう。物、だけではなく、スポーツ、勉強共に学年トップの座までも。そんな彼の一番欲しかったものが、努力の“ど”の字もしないで、のほほんと暮らしているあたしなんかのものになるのが許せないんだ。
もう、何も言わなくても分かる。悔しさが彼の瞳に表れている。
あたしはおそるおそる拳銃を手に取って松浦くんに渡した。
「そんなに欲しいんなら……あげるよ……」
あたしには全く価値の分からないこんな銃のために、ここまで執念深く……あたしを裸にして脅してまで渡したくない、という彼の根性に負けた。……っていうか、少し引いた。
このまま彼が『それなら頂く。じゃあな』と帰ってくれれば一件落着だ。そうしてくれる事を願いながら、あたしは心の中で“帰れコール”をくり返し唱えていた。
しかし————彼は、あたしの手をはたいて拳銃を落とした。
あんなにも欲しがっていたはずなのに。
ゴトッ。
床に落ちた拳銃の重みのある音と共に、松浦くんはあたしの上にまたがり、ひざをついた。
突然のわけの分からない彼の行動に驚き過ぎて言葉が出ない。
シングルベッドがミシミシとあたしの代わりに悲鳴をあげている。
「それなら頂く。————本当にいいんだな……」
あたしの耳に手を添えて囁いた後、言葉を返さないあたしに痺れをきかせたのか、『はやく答えろ……』と言う様に耳を噛んだ。
“返さない”のではない。“返せない”のだ。
噛まれている耳から注ぐあつい吐息。
松浦くんが欲しいのは拳銃ではない。
あたしは自分の勘違いに今頃になってやっと気付いた。
松浦くんの欲しかったものは————
- 『裸の一本勝負』 ( No.97 )
- 日時: 2013/12/31 21:11
- 名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)
あたしの隣で何年も威厳を保ちながら堂々と立ちそびえていた大樹が、突然根元から折れて————倒れた。
「武藤……」
今夜あたしに覆いかぶさってきたものは、毎晩ふんわりと優しく夢の世界へといざなってくれるパッチワークの羽毛布団ではない。
“松浦くん”という名の、ずっしりと重たいお布団に押し潰されてあたしは動けない。
痛い。
絶対こんなのは好きな女の子に対する扱いなんかではない。
一体この人はどういうつもりなんだろうか。
『ずっと欲しかった』
だなんて、今頃になって言わないでよ……。
嘘なのか。
本当なのか。
隣の家で暮らすお母さん同士がお友達……という運命で、こんなにも長い間近くで過ごしてきて、彼に“愛されていた”と感じた覚えはない。勉強もスポーツもできる優等生で、みんなから慕われている彼なのかもしれないけれど、あたしは会う度いつも陰でこの人にいじめられてコテンパンにされていたのだから。 でも、彼と同じ塾に通うようになってから……あんなに酷い人だと思っていたのに、いきなり勉強を教えてくれようとしたり、チカンに追いかけられた時、抱きしめて慰めてくれたり……ただでさえ何を考えているのか分からない人なのに、あんな事されると余計に分からなくなっちゃうよ————
『勉強はできない。可愛くもない。————そんなおまえを好きになるには、相当の努力が必要だよな! ……ハハ』
『おまえの事は嫌いだ』
そう言われたばかりなのに、その後、少し優しくされただけでコロッと気持ちを傾けてしまうあたしは何てバカなんだ……。単純で、本当バカ……。
あたしの事を必要だって……欲しいのだって思ってくれているのは高樹くんだけしかいないのに————
「たすけて高樹くん……」
心の声が漏れて思わず口からこぼしてしまったあたしの声を聞いた松浦くんは、舌打ちをして自分の足であたしの両足を力の加減無しに思いっきり挟んだ。
もしかして……これは高樹くんと“同じ反応”なのだろうか。信じられないけれど、やっぱり松浦くんがさっき言っていた事は……。
「細っせ。メシ、ちゃんと食ってんのか?」
「く、食ってます……」
しまった! 油断した。気が付くと、松浦くんに脇腹を撫でられていた。
以前、塾のバスの中でいきなり彼に手を握られた時と同じ気持ち。
彼の手が怖い。
この手が次にどこに動いていくのか。さっきの様に頭を撫でてくれるのならいいのだけれど……。
いくら学校や塾で女の子にモテている松浦くんだとはいえ、相手が小学生並みの体つきのあたしだとはいえども、ベッドの上で裸の姿の女の子を目の前にした男の子はどうなっちゃうんだろう……。
その後、松浦くんの手は————“上”にきた。あたしの頭の上に。
よかった……。
優しく撫でる彼の大きな手が震えている様に感じた。
「ねぇ……どうして?
あたしの事、嫌いなんじゃ……なかったの?」
ベランダの窓の向こうから覗いていた月が厚い雲に覆われ、再び真っ暗になったあたしの部屋。
あたしの質問になかなか答えを返さない松浦くん。
せめて彼が今、どんな顔をしているのか知りたかったのに黒い闇がそれまでも一緒に隠してしまった。
「俺が初めておまえにキスした事……覚えてるよな? よく考えてみろ、唇と唇がブチュッと重なるんだぜ。好きでもなんでもねぇやつに、できねーだろ、普通。……俺がオンナに飢えた変態ヤローじゃあるめーし」
そ、そっか。そうだな……。
確かに釜斗々中のガリバーに『やれ』って言われても、死んでもやりたくない。
「俺はそれなりの“意思表示”はしてきたつもりだ。どうして分かんねーんだ、この鈍感!」
意思表示……。そっか、“アレ”が意思表示……。
高樹くんの大胆な意思表示に隠れて見えなかった……松浦くんの“不器用”な意思表示。
頭の中で今までの松浦くんとの記憶をさかのぼっている間に、彼は撫でていたあたしの頭から手を離し、あごに添えた。
「どうせ愛されないのなら、いっそ嫌いになってやろうと、嫌われちまおうと……努力したんだ。
小せぇ頃から隣でずっとおまえを見てきて、マジ見ててバカで、呆れるくらい要領が悪くて、危なっかしくて……関わりたくないのに、どうしても放っておけないんだ。
努力が報われない事もあるんだな。人の心だけはどうしても変えられない。愛しい人を嫌いになるなんて……無茶だよな……」
松浦くんのミントの香りの荒い息がだんだんと近付いてくる。
「……なぁ、“もう一回”してもいいか? ————今度は“きちんと”するから……」
- 『裸の一本勝負』 ( No.98 )
- 日時: 2013/12/31 21:46
- 名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)
今度はきちんと、する……。
松浦くんが今、あたしにしようとしている事は多分————
あたしのくちびるにフワッと一瞬だけ彼のくちびるが触れて離れた。
暗い部屋の中で彼が今、どんな表情(かお)をしているのか見えない。
彼も同じ……あたしが見えていない。まるで、あたしの気持ちを確認しているかの様なキスだった。
「武藤……?」
普段の様に上から見下す……ではない。あたしと同じ目線で横から手を差しのばしてくる様に、低いけれど優しい声で呼び掛ける松浦くんの言葉の中に見える『どうしたらいいんだよ……』の迷い。
あたしもどうすればいいのか分からない。
数時間前に高樹くんに抱かれて、彼の愛に応えたばかりなのに————
「ごめんなさい……」
そう応えるしかなかった。
曖昧な想いで小さな声でしか応える事ができなかったあたしの返事を何も言わずに受け取った松浦くん。
あごに添えられていた手も離された。
今のあたしの一言で長年の想いに踏ん切りをつけたのだろうか。あたしの身体から彼が離れていく時に感じた。これからもう二度と彼に抱き締められる事も、キスをされる事もない、と。
きっと今まであたしだけにしか見せていない、この……信じられない程に優しくて素直な松浦くんを見られるのも夜空を走り抜ける流星の様に今夜だけで見おさめなんだ。
ここからは普段通りのあたしと松浦くんの関係に戻るだけ。
もう相手にされない。
これでせいせいするはずなのに————
正直言うと迷っている。本当にこう応えて良かったのだろうか……と。
分からない。
今、わたしが好きなのは“どっち”なのだろうか。
選べない。
選びたくない。
ベッドがミシッと音を立ててきしんだかと思ったら、松浦くんがベッドから降りていた。
ベランダの窓から月が顔を出し、優しい光が彼の背中を照らしている。
「こっちこそ、ごめんな。
せっかく隣同士で住んでンだから、もっと仲良くすれば良かったな……」
「あ、れ……?」
心臓がドキドキと音を立てて刻み出し、鼻が急に詰まって————
「や、やだっ……。どうして?」
あたしの目から大粒の涙がボロボロとこぼれ出す。
瞼に力を入れて目をつむって止めようとしても止められない。
嬉しいのか悲しいのか何なのか分からない感情が溢れ出して止まらない。
ずっと嘘だと思っていたお母さんの“あの話”は本当……だったのかな?
鼻をすすって聞いてみた。
「お母さんがね、へんなこと言うんだよ……」
「ん? ああ、おまえの母さん面白ぇもんな。まぁ、おまえほどじゃあねぇけど。……で? なんだ?」
「うん……。聞いたのは最近で、すごく昔の頃のあたし達2人の話なんだけど、松浦くんがあたしの家に遊びに来る度、いつもね……いつも欠かさずお花を摘んできたんだって……
ボサッ!
なにか大きな物があたしの上に被さってきた。
“松浦くん”ではない。軽くて、ふんわりとした……今度は本物の掛け布団だった。
「おまえ、寝相悪すぎだな!」
さっきあれだけ必死になってベッドの上を探したのに見つける事ができなかったこの掛け布団は、どうやら床の上に落ちていたらしい。松浦くんはそれを拾って投げ付けてきたのだ。
それにしても、さっきも思ったけれど、好きな女の子に対してこの扱いだなんて……。
こんな不器用過ぎる意思表示は超能力者とかじゃないと絶対分からない様な気がする。
でも、布団のおかげでなんとかやっと裸の姿を隠す事ができて良かった。ついでに服を取ってもらおうとお願いしようとしたら、
「ホラよ。さっさと着ろ」
ぐじゃぐじゃの塊にして丸めたパジャマと下着が布団の中にギュッと押し込まれてきた。
超能力持ってるのかな……松浦くん。
そう思いながら、もぞもぞと布団の中で着替え中に交わした会話は————
「……見た?」
「は?」
「あたしの裸……どのくらい、見た?」
「プッ! 昔、俺等しょっちゅう一緒に風呂入ってただろ? んー。そーだなー、あン時からあんまり……いや、全く発育してねぇような可愛い裸だった。……そのくらい見たな」
「…………」
「んん? どうしたのかな? “なみちゃん”?」
「松浦くんのバカぁ……。あたしもうお嫁にいけない……」
「今まで生きてきた中で俺に向かって“バカ”って言ってきたやつは、よく考えてみりゃおまえだけだったな。……よりにもよってなんで“おまえ”なんだろうな。不思議だよなあ、こりゃ笑えるわ、ハハ」
松浦くんこそ、いくら顔だけは良くたってそんな性格じゃ一生結婚なんてムリだよ……。
ブツブツ言いながらあたしはパジャマのボタンを留めた。
「……いいか? 電気点けるぞ。おまえが今、どんな顔してるか思いっきし見てやる」
電気を点けてあたしを見た松浦くんは、顔を真っ赤にして————大笑いしだした。
「ぶっはははは……!! まぬけだ、こいつ!」
あたしはパジャマのボタンを掛け違えていた。……しかも2つも。
どおりでボタンの数がやけに少ないな、と思ってはいたけれど。
人差し指をあたしに向けて指し、あの松浦くんが涙を流し、お腹を押さえて笑っている。
“まぬけ”だと言われているのに怒れない。
松浦くんって、こんなに笑うんだ……。
今までずっと探し続けていたものをやっと手に入れる事ができたみたいに嬉しくて……わたしは掛け違えたボタンを直しながら、「えへへ……」と彼と一緒に笑った。
『もっと仲良くすれば良かったな……』
ただ、ずっと掛け違えたままになっていただけ。
直せばいいんだ————