複雑・ファジー小説
- 第一章『少年邂逅』 ( No.2 )
- 日時: 2013/10/29 19:14
- 名前: シイナ (ID: ptyyzlV5)
【1】
▽▲▽▲▽▲▽▲
「あなたが小さな鏡なら、私は壊れた真新しい映写機ね。」
▽▲▽▲▽▲▽▲
「だぁれぇがぁ、こんなくそ暑いなか買い物いかせるんだよっ!」
右手に提げたエコバッグを腕ごと挙げて、俺こと真黒黒磨(まぐろくろま)は叫んだ。
現在の気温は推定38度。時刻は午後2時半。ちょうどアスファルトに蓄積された熱が、空気中に充満し出す時刻である。
そろそろ夏休みの宿題について考え出す8月中旬の今、夏限定の引きこもりになっている俺がこうして外を出歩いているのには勿論理由がある。
きっかけは約1時間前。俺の母親が冷蔵庫を開けて「あ、牛乳ない。黒磨、ちょっと買ってきて。拒否権ないから」と言ったからだ。
勿論、俺は断った。拒否権ない?知るかそんなもの。
だがしかし、さすがというかなんというか、母親の方が一枚上手だった。
「くっそぅ、アレを棄てるなんて言われたら逝くしかないじゃないか」
母親は人質をとりやがった。俺の趣味によって大量生産されている、バルーンアートたちという人質を。
バルーンアートとはあれだ。遊園地などで長い風船を使い、犬やらなんやらを作るあれ。
小学生のときにもらった犬のバルーンに俺は感動した。魔法みたいだと、そう思った。
以来、俺は高校生になった今でもバルーンアートを作り続けている。一回作ったものは自然消滅するまで絶対に棄てないのが俺のポリシーだ。
それを人質に取られたら、俺は従うしかない。完全な弱点である。
ぶらぶらとエコバッグを揺らしながら家への道を少し急いで歩く。牛乳を腐らさないために。
急がば回れとはよく言ったものだ。俺はこのときそう思った。
急ぎすぎていた俺は、カーブミラーを見ないで角を曲がった。そして。
出てきた自転車とぶつかった。
牛乳が入ったエコバックが宙を飛ぶ。
意識が暗闇に沈む最後に見たものは、憎たらしいほど青い空だった。
- 第一章『少年邂逅』 ( No.3 )
- 日時: 2014/03/29 17:14
- 名前: シイナ (ID: TzDM8OLf)
【2】
「・・・返事がない。ただの屍のようだ」
何処かで聞いたことのあるような台詞を吐き、黒磨の頬を叩く影があった。数秒前、黒磨とぶつかった少年である。
8月中旬であるというのに、少年は長袖のフード付きパーカーを着用していた。身長はそこまで高くないようである。せいぜい、150cmほどだろう。
「困った。僕は自転車だから彼を運べないとか。でもほおっておくのもダメだよね」
うーん、と彼は唸る。しかしその声は感情がこもっておらず、どうも困っているようには聞こえない。
やがて少年は「あ」と言って顔をあげた。その勢いでかぶっていたパーカーがとれて、銀色に輝く其れが顕になる。
「あの人を呼べばいいのか。それで、車ではこんでもらうとか」
太陽に反射して輝く銀色の髪と、同じく銀色の瞳。色素が感じられない真っ白な肌はまるで病人のそれだった。
白。無色な、白色。彼にこれほどピッタリ当てはまる言葉は、他に無いだろう。
ポケットから彼は無造作に携帯を取り出す。それさえも白色で、唯一色彩がある服が逆に不気味に見えてしまう。
「あ、もしもし、僕だけど」
「今、大丈夫? 車出してほしかったりとか」
「は? いやいや、そうじゃないんだ」
「ちょっと事故って。怪我人運んでもらおうと思ってさ」
「え? あ、ちょっと、ばしょ、」
「・・・切れちゃったりとか」
これは偶然起こったことに過ぎない。
しかしこの出会いは。
起こるべくして起こった、必然である。
- 第一章『少年邂逅』 ( No.4 )
- 日時: 2014/03/29 17:16
- 名前: シイナ (ID: TzDM8OLf)
誰でも、一度は言ってみたい台詞というものがあると思う。
それが実際に言えるかどうかということは別にしても、「あー、言ってみたいなあ」という言葉は絶対にある。
俺にも勿論それはあって、しかしきちんと言えたことは一度もない。
さて。なぜ急にこんな話をしたかというと今の状況に深く関係している。
一度は言ってみたい台詞は、カッコよく決めたくね?
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目が覚めた。
寝た記憶はないのだが、いったいどうして目が覚める、ということが起こったのだろう。自分でも知らない間に寝てしまっていたのだろうか。
寝返りをうち、障子をじっと見つめて考える。
…障子?
がばっと思いきり起き上がって俺は周りを見回した。
「和室、って、え?」
知らない部屋である。少なくとも、俺の部屋ではない。となれば俺がやるべきことはひとつ。
もう一度布団に入って仰向けに寝て、一言。
「知らない天井だ」
「…どう考えても遅かったりとか」
「だよなぁ…って 、ん?」
思わずそのまま流しそうになって、その声が俺の知らないものだと気がつく。あわてて声のした方に視線を向けると、そこには呆れた顔をした少年がいた。
「なっ…!?」
そいつを見て俺は声を失う。無表情でそこにたたずむ少年が、あまりにも白かったから。
髪も、瞳も、はだの色も。すべてが白く、不気味なほどであった。
「アルビノ、か…?」
彼を見て一番最初に思い浮かんだ病名を言ってみる。恐らく間違いないだろうと思ったが、少年は首を小さく横に振ってそれを否定した。
「違うよ。僕は夕魔。亜木夕魔(あきゆうま)アルビノって名前じゃなかったりとか」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて。えーと、なんだ。アルビノっていうのは病名で…」
そう説明しても彼は小さく首をかしげるだけである。俺もそこまで詳しい知識を持っているわけではないので「わかんないならいいや」とそれ以上尋ねるのはやめにした。
「なあ、ここ、どこだ?」
「僕の家。自転車でぶつかって、きみが倒れたから運んだりとか」
そう言われ俺は倒れたことを思い出し、「あぁ!」と声を上げた。
「俺の鞄は!? バルーン! バルーンの命ぃぃ!」
弱冠暴走ぎみになって俺は布団から飛び出し辺りを見る。しかし部屋のどこにもエコバックはない。
「…鞄ってこれ?」
「それ! それだ!」
アルビノ少年、もとい亜木が俺に見せたのは間違いなく俺のエコバックだった。しかし。
「中身がない?」
「牛乳パックのこと? あれならつぶれてたから棄てたけど?」
その言葉を聞いて俺は腕時計で時間を確認する。時刻は午後6時25分。まだスーパーは開いている!!
「手当てありがとな、亜木少年!!俺は急ぐから帰らしてもらうけど、本当助かった!じゃあな!」
ダッシュで部屋を後にし、幸い目の着く場所、というか廊下を挟んだ場所に靴が置いてあったので、それを履いてその家を後にする。
とりあえず今はスーパーにいかなくては!
- 第一章『少年邂逅』 ( No.5 )
- 日時: 2013/10/31 07:39
- 名前: シイナ (ID: v6.r5O3g)
【4】
「行っちゃたりとか」
一人になった部屋で亜木夕魔は呟いた。
嵐のような人だったと、彼は思う。
起きたかと思えば夕魔を見て驚き、なにやら叫んで、そして走って帰っていく。
「でも、まあ、」
久しぶりに、興味をもった。
これはあくまで勘だが、彼とはまた会う気がする。名前も知らない少年。少ししか話していないが、だけど。
「次は、もっと話して仲良くなりたいな」
口元がにやける。まともに話した同年代の人は久しぶりだった。
だから夕魔は願う。再び彼と出会うことを。
そしてその願いは、案外早く叶うことになる。