複雑・ファジー小説

第五章『魔法事情』 ( No.41 )
日時: 2014/04/04 15:24
名前: シイナ (ID: 63VIkG8S)

【4】

「——というわけで今回わかったことは『副産物』の持ち主が境会にいるということだよ。たぶん、というか絶対、彼女自身は気づいていないけど」
「そもそも『サイハテの魔法』がわかってなかったみたいだぜ?」

とある洋館の一室。御笠埜と獅子は仲間たちに向かって収穫した情報を話していた。

「ふうん、へえ。『副産物』ねえ。しかも『時』。それは厄介だねえ。境会の『クイーン』ってところか」

みな黙って話を聞いていたが、とある少女が口を開く。けらりけらりと彼女——日向汐莉ひゅうがしおりは笑い、自分の隣に座る少女を見た。

「じゃあこれからなんだけど、二人と、それからイア。君も着いていきなよ。あれは確かに厄介だけど、君なら対処できる。というか、君が唯一の弱点にもなりうるからね。ええと、それからハヤテも。一応着いていってほしい」
「うん、わかった」
「っち、ボクもかよ。理由ぐらい教えてくれるんだよね」

名前を呼ばれた二人——野乃道衣亜ののみちいあ桧谷疾風ひだにはやては正反対の反応を見せた。だが、いつものことなのだろう。日向は気にする様子もなく、桧谷の疑問に応える。

「『副産物』の子、ええと、カシワバさんだっけ?彼女をこちらに引き込みたいんだ。クイーンは扱いにくいけど、強力だからね。交渉はヒナ、無力化させるためにイアとシシキ、それから最終手段のハヤテだよ。彼女がこちらに大人しく従わなかった場合、ハヤテの力で何とかしてほしい」

日向はじっと桧谷の瞳を見つめる。そして「頼むよ」ともう一回言った。

「と、まあゲームメイクはこんな感じでどうかな?」
「それでいいだろう」

今までずっと瞳を閉じて話を聞いていた青年がそういった。今まで日向に向いていた視線が全て彼に移される。

「それでいい。四人で事を進めろ。俺からは一つだけ、言っておくことがある」

そこでやっと彼は瞳を開いた。だが、焦点は定まらない。宙を虚ろに見つめるだけだ。

「『真黒黒磨』」

と。彼はその名前を音にした。先程、御笠埜と獅子の報告に出てきた憐れな一般人の名前である。皆が聞き流していたために、一瞬それが何を示すのかわからない者もいた。示すものが少年だとわかっても、その意味を正確に把握する人物は誰一人いなかった。

「『真黒黒磨』」

もう一度だけ、青年はそれを音にする。それから、焦点のあわない瞳で、しかし確かに野乃道と御笠埜を捉えて、二人に告げる。

「覚えておいた方がいい。特に御笠埜は。それは恐らくお前の魔法を打ち消す。野乃道の魔法も、効果が薄くなるだろう」

その言葉にざわめきが広がる。二人の魔法は『終わらない終焉』のなかでも、強力な魔法として知られていた。その二人の魔法が効かないと、青年は言ったのだ

「……確信はない。確証もない。だが、恐らくソレは俺の思っている存在で間違いない。二人の天敵になるだろうが、絶対に殺すな」

またもやざわめきが広がる。「殺すな」という指令は、そうそうあるものではない。

皆が混乱する中、一人だけ落ち着いている人物がいた。

「『真黒黒磨』か……」

ぽつり、と溢された呟き。それは誰の耳に届くこともなく消えていった。

第五章『魔法事情』 ( No.42 )
日時: 2014/04/06 15:20
名前: シイナ (ID: zPsmKR8O)

【5】

「えーっと、確かこっちに行って……」
「おい、本当にこっちなのか?大丈夫なんだよな?」
「だ、大丈夫ッス!!……たぶん」

心霊スポットとして有名な廃病院が、『境会日本支部』の入り口。そう言った羽多野だったが、その足取りは目的地がはっきりしているようではなかった。

「なあ羽多野、間違ってるんじゃないのか?どう考えても気味の悪い病院にしか見えないぜ」
「いや、間違ってないッスよ、場所は。ただ、久しぶりすぎて記憶が曖昧なんッス。あー、確かここを右に曲がったところに…」

やけに「場所は」を強調していたような気がする。時々立ち止まって「あっれぇ?」と言っており、物凄く不安だ。

「ううん、おかしいッスねぇ…ぼくの記憶が確かなら、ここに階段があるはずなんッスけど」

少し開けた場所、恐らくは待合室であっただろう場所で、羽多野は立ち止まりそう言った。おかしい、おかしいと唸る羽多野が見つめるそこには壁しかない。

「……なあ、羽多野、この壁変じゃないか?」
「ん?変ッスか?ううん、ぼくは特になんとも思わないッスけど」
「いや、変だ。そこだけなんだか歪んで見える」
「は?」

驚いたように彼は声を上げた。どうやら歪んで見えるのは俺だけで、羽多野にはただの壁に見えているらしい。

「なんて言うか……度の合っていない眼鏡を通して見てるっていうか、そこだけ曲がって見えるっていうか……うまくは説明出来ないんだけど」

気になって羽多野の前に出て、そこの壁に手をつける。後ろで羽多野が声を上げたのと、俺の手がそこに触れたのはほぼ同時だった。

「「なっ!?」」

今度は二人同時に声を上げる。その理由はただ一つ。

「壁が、消えた……!?」
「なるほど……幻覚魔法ッスか。しばらく来ないうちに変な仕掛けができてるみたいッスね」

俺が手で触れた瞬間、まるでもとから無かったかのようにそこの壁は消え失せた。代わりに現れたのは下へと降りる階段——というよりは梯子で、納得したように羽多野が頷く。

「真黒さん、この下に境会への入り口があるッス。先に降りてもらうことになるッスけど、下に着いても勝手に進まないで欲しいッス」
「ああ。わかった……下には何があるんだ?」
「扉、っていうんッスかね。まあ、着いたらわかるッスよ」

それじゃあ、行ってくださいッス、と羽多野は言う。俺は頷いて梯子に足をかけた。