複雑・ファジー小説

第五章『魔法事情』 ( No.42 )
日時: 2014/04/06 15:20
名前: シイナ (ID: zPsmKR8O)

【5】

「えーっと、確かこっちに行って……」
「おい、本当にこっちなのか?大丈夫なんだよな?」
「だ、大丈夫ッス!!……たぶん」

心霊スポットとして有名な廃病院が、『境会日本支部』の入り口。そう言った羽多野だったが、その足取りは目的地がはっきりしているようではなかった。

「なあ羽多野、間違ってるんじゃないのか?どう考えても気味の悪い病院にしか見えないぜ」
「いや、間違ってないッスよ、場所は。ただ、久しぶりすぎて記憶が曖昧なんッス。あー、確かここを右に曲がったところに…」

やけに「場所は」を強調していたような気がする。時々立ち止まって「あっれぇ?」と言っており、物凄く不安だ。

「ううん、おかしいッスねぇ…ぼくの記憶が確かなら、ここに階段があるはずなんッスけど」

少し開けた場所、恐らくは待合室であっただろう場所で、羽多野は立ち止まりそう言った。おかしい、おかしいと唸る羽多野が見つめるそこには壁しかない。

「……なあ、羽多野、この壁変じゃないか?」
「ん?変ッスか?ううん、ぼくは特になんとも思わないッスけど」
「いや、変だ。そこだけなんだか歪んで見える」
「は?」

驚いたように彼は声を上げた。どうやら歪んで見えるのは俺だけで、羽多野にはただの壁に見えているらしい。

「なんて言うか……度の合っていない眼鏡を通して見てるっていうか、そこだけ曲がって見えるっていうか……うまくは説明出来ないんだけど」

気になって羽多野の前に出て、そこの壁に手をつける。後ろで羽多野が声を上げたのと、俺の手がそこに触れたのはほぼ同時だった。

「「なっ!?」」

今度は二人同時に声を上げる。その理由はただ一つ。

「壁が、消えた……!?」
「なるほど……幻覚魔法ッスか。しばらく来ないうちに変な仕掛けができてるみたいッスね」

俺が手で触れた瞬間、まるでもとから無かったかのようにそこの壁は消え失せた。代わりに現れたのは下へと降りる階段——というよりは梯子で、納得したように羽多野が頷く。

「真黒さん、この下に境会への入り口があるッス。先に降りてもらうことになるッスけど、下に着いても勝手に進まないで欲しいッス」
「ああ。わかった……下には何があるんだ?」
「扉、っていうんッスかね。まあ、着いたらわかるッスよ」

それじゃあ、行ってくださいッス、と羽多野は言う。俺は頷いて梯子に足をかけた。