複雑・ファジー小説
- 第二章『予兆』 ( No.7 )
- 日時: 2013/11/02 06:55
- 名前: シイナ (ID: PXn4LtCH)
【1】
▽▲▽▲▽▲▽▲
私が望むものは近くにありすぎて、それ故、逆に遠く感じるんだ。
▽▲▽▲▽▲▽▲
——輪廻転生。
その言葉をたまたま本で見つけて、柏葉柚葉(かしわばゆずは)はページを捲っていた手を止めた。
同時に漏れるのは小さなため息。無意識に起こった、自身の行動に対するものだった。
右手の人差し指と小指にはまった銀色の指輪を撫でる。それは、どうしようもない不安に襲われたときの、彼女の癖である。
図書館ということもあり、柚葉の周りはいつも以上に静かである。いつもは特に気にしないが、今は不安を煽るこの環境が嫌だと感じた。
(・・・ばかみたい。未だに未練に囚われているなんて)
そう分かっていても、どうしても考えてしまう。一度意識してしまったら、なかなか頭から離れなくなってしまった。
無理やり意識を本に戻して。再びページを捲りだすも、集中力が続かない。結局、10分もしないうちに、彼女は本を閉じた。
読んでいた本を定位置に返して、新たに別の本を持ってくる。辞書のように分厚いそれからお目当てのページを見つけて、彼女はぎっしりと書かれた文字を目で追った。
(輪廻転生。またはリンカーネイション。死んだ人間の魂が何度もこの世に生まれ変わることを指す。・・・だめだ。私が知りたいのはこんなことじゃない)
はぁ…、とため息を溢して柚葉はパタン、と本を閉じた。
(私にはまだ時間がある。時計の針は、少ししか進んでない)
だから大丈夫だ、と自身に言い聞かせる。そのお陰で少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
彼女の思いが、誰かに理解されたことはない。しかし、その時はすぐ近くまでやって来ていた。
止まっていた時計の針は、ゆっくりと動き出している。
- 第二章『予兆』 ( No.8 )
- 日時: 2013/11/02 20:32
- 名前: シイナ (ID: ptyyzlV5)
【2】
PM8:30
『へぇ。大変だったんだね。バルーンは無事?』
「ああ。ギリギリスーパーに間に合ってさ。そういうお前は?今入院中だろ」
電話して大丈夫なのか?と聞けば、元気に返事が返ってきた。
『大丈夫だよー。だって検査入院だもん。本当はもう帰れるハズなのにさー。みんな心配性なんだよ』
「そういうなって。みんなお前のこと思ってなんだから」
『うぅ、わかってるよ。でもやっぱり遊びたいんだよね…』
ゆずちゃんにも会いたいし。と電話の向こうで彼女は続けた。それに俺は苦笑を返す。
あの後、俺はどうにかしてスーパーまでいき、閉店間際に駆け込みで牛乳を買うことに成功した。
それを今の電話相手——風花優香(かざはなゆか)に話していたのだ。
彼女と初めてあったのは五月はじめ。俺のクラスにはいつも空いている席がひとつあって、それが彼女の席だった。
喘息持ちで体が弱く、一ヶ月遅れの仲間入りとなったのだ。
しかしそれはいい意味でも悪い意味でも目立った。
体は弱いのに成績はいい。それを気に入らない人間も多く、いじめに繋がってしまったのだ。
最初は俺も見て見ぬふりをしていた。しかしいじめはエスカレートしていき、我慢できなくなった俺が口をだしたのだ。
以来、俺達は仲良くなり、たまにこうして電話をすることもある。
「まあそう言うなって。そうだ、明日お見舞いにいくからさ」
『ほんと!?約束だよ!!』
先ほどまでの声とは変わって一気に雰囲気が明るくなる。元気を引き出すことに成功した俺は小さくガッツポーズをした。
「ああ。約束だ。ほら、もう電話切るぞ。お前も早く寝ないといけないしさ」
『えぇっ、も、もうちょとだけ!』
「・・・明日、行かないぞ」
『うわあもうこんな時間私寝ないとばいばいおやすみ』
ガシャン、という音の後、ツーツーと機械音がなる。最後だけ早口だったのには突っ込まないことにした。
「さてと。俺も風呂入るか」
ゆっくりと立ち上がり、部屋を出る。柄にもなく、明日が楽しみに感じた。
- 第二章『予兆』 ( No.9 )
- 日時: 2013/11/03 20:33
- 名前: シイナ (ID: ptyyzlV5)
【3】
「ぬぅはぁっ!殺ってきちゃいました!殺ってきちゃいました!!僕ボク様がお通り死まーす!赤い絨毯でお出迎え!ぬぅはぁっ!!テンションあっがるぅー!私様ってばテンション上がって殺って死まったよっ!」
赤く染まった床を歩くのは、1人の男性である。短髪の黒髪で、スーツを纏っており、容姿だけを見ればどこかの御曹子のようである。
—否、「ようである」ではない。実際に彼はとある財閥の一人息子で、後継者だったのだ。先程までは。
「ぬぅはぁっ!!俺様とうとう両親殺っちゃった!!ぬぅはぁっ!!ヤバイなぁぁっ!!警察捕まりたくねぇっ!いっそ警察も殺っちゃうか!!ぬぅはぁっ!!」
右手に持った半透明のナイフをくるくると回しながら、彼は何度も「ぬぅはぁっ!!」と嗤う。その狂気に染まった目は血のように赤い。
元々は真っ白な大理石の床を赤く染めたそれは、彼の家族のものだった。彼らが互いに家族と思っていたかはわからないが、少なくとも、血は繋がっていた。
もう原型をまったくとどめていないそれを、彼はグリッと踏みつける。同時にびちゃり、と音がして、そこにあった内蔵が潰れた。
「ぬぅはぁっ!!で、私様は僕ボク様にいったい何のようかなっ!?けーさつに通報死てないところを視ると仲間と思っていいのかなっ!?ぬぅはぁっ!!」
「そんなの、聞かなくてもわかっているんでしょう?私は君で、君は私なんだから」
突如そこに現れたのは1人の女性であった。背中には小学生の必需品である赤いランドセルを背負っており、その違和感はとてつもなく大きい。
しかし彼はそれを気にする様子もなく「ぬぅはぁっ!!それもそうだっ!あったりまえぇっ!」と笑う。
「じゃぁ必要なんてないだろうけどいっちおう自己紹介をしよぉぉうっ!俺様は獅子 市嬉々(しし しきき)!よっろしくぅっ!」
「じゃあ私も自己紹介だね。御笠埜 雛菊(みかさや ひなぎく)だよ。よろしくね、私」
にこりと笑って差し出された手を、獅子は血で汚れた手で握り返す。どう考えても非常識なのだが、御笠埜はただ笑うだけである。
「さて、早速で悪いんだけど、ちょっと移動するよ。死体処理とかは他の私がやってくれるから」
「了解っ!!私様はとぉぉぉっても優秀みたいだなぁっ!!俺様うっれ死いぃっ!!ぬぅはぁっ!!ぬぅはははぁっ!!」
二人はそれだけの会話をすると死体の合間を縫って血で染まった床を歩く。時折血が跳ねるが、どういう原理か二人の衣服にそれがつくことはない。
だが、それ以上に驚くべきことは、獅子の手に先程まであったはずのナイフが無いということだろう。床に落としたわけでもなく、どこかにしまったわけでもない。ただ純粋に無くなっていたのだ。
御笠埜もそれに気づいたのだろう。一瞬だけ彼を見て目を見開き、しかしすぐに「ふぅん」と納得した表情を浮かべた。
「もうそこまでつかいこなせてるとはね。さすが私ってところかな。将来が末恐ろしいよ」
「ぬぅはぁっ!!何いってんの僕ボク様は!!そんなのあったりまえじゃん!!私様がこれぐらいできなくてどうするのさ!!」
「どーでもいいけどさぁ、キミ達もう少し静かにできないわけ?ボクの耳が腐っちゃうじゃん」
と、急に第三者の声が聞こえた。少し低めのアルトだが、どこか幼さを感じさせる。
「ほら、早くしてよ。死体処理するのはボクなんだから。キミ達が出ていかないとできないじゃん」
彼は、片手でルービックキューブをいじりながらそう言う。黒い髪の少年で、バインザーを着けていた。
「ん、随分早くついたんだね。もう少し遅くなると思ったんだけど」
「うるさい。もう着いたんだからどうでもいいじゃん、そんなの。アンタの考えなんて聞いてないんだから。それよりも早く出てって」
至極面倒くさそうにそう言うと、御笠埜はやれやれと首を振って獅子に「さっさと行こうか」と言った。
「じゃあ頼んだよ私」
二人が出ていき完全に見えなくなった後で、少年は一つ溜め息を吐いた。
「ボクはボクであってアンタじゃない、って何回言わせる気なんだか」
さてと、と彼はルービックキューブを空中に放り投げて、落ちてきたものを顔の前でとった。
「始めますか」
