複雑・ファジー小説

第二章『予兆』 ( No.9 )
日時: 2013/11/03 20:33
名前: シイナ (ID: ptyyzlV5)

【3】

「ぬぅはぁっ!殺ってきちゃいました!殺ってきちゃいました!!僕ボク様がお通り死まーす!赤い絨毯でお出迎え!ぬぅはぁっ!!テンションあっがるぅー!私様ってばテンション上がって殺って死まったよっ!」

赤く染まった床を歩くのは、1人の男性である。短髪の黒髪で、スーツを纏っており、容姿だけを見ればどこかの御曹子のようである。

—否、「ようである」ではない。実際に彼はとある財閥の一人息子で、後継者だったのだ。先程までは。

「ぬぅはぁっ!!俺様とうとう両親殺っちゃった!!ぬぅはぁっ!!ヤバイなぁぁっ!!警察捕まりたくねぇっ!いっそ警察も殺っちゃうか!!ぬぅはぁっ!!」

右手に持った半透明のナイフをくるくると回しながら、彼は何度も「ぬぅはぁっ!!」と嗤う。その狂気に染まった目は血のように赤い。

元々は真っ白な大理石の床を赤く染めたそれは、彼の家族のものだった。彼らが互いに家族と思っていたかはわからないが、少なくとも、血は繋がっていた。

もう原型をまったくとどめていないそれを、彼はグリッと踏みつける。同時にびちゃり、と音がして、そこにあった内蔵が潰れた。

「ぬぅはぁっ!!で、私様は僕ボク様にいったい何のようかなっ!?けーさつに通報死てないところを視ると仲間と思っていいのかなっ!?ぬぅはぁっ!!」
「そんなの、聞かなくてもわかっているんでしょう?私は君で、君は私なんだから」

突如そこに現れたのは1人の女性であった。背中には小学生の必需品である赤いランドセルを背負っており、その違和感はとてつもなく大きい。

しかし彼はそれを気にする様子もなく「ぬぅはぁっ!!それもそうだっ!あったりまえぇっ!」と笑う。

「じゃぁ必要なんてないだろうけどいっちおう自己紹介をしよぉぉうっ!俺様は獅子 市嬉々(しし しきき)!よっろしくぅっ!」
「じゃあ私も自己紹介だね。御笠埜 雛菊(みかさや ひなぎく)だよ。よろしくね、私」

にこりと笑って差し出された手を、獅子は血で汚れた手で握り返す。どう考えても非常識なのだが、御笠埜はただ笑うだけである。

「さて、早速で悪いんだけど、ちょっと移動するよ。死体処理とかは他の私がやってくれるから」
「了解っ!!私様はとぉぉぉっても優秀みたいだなぁっ!!俺様うっれ死いぃっ!!ぬぅはぁっ!!ぬぅはははぁっ!!」

二人はそれだけの会話をすると死体の合間を縫って血で染まった床を歩く。時折血が跳ねるが、どういう原理か二人の衣服にそれがつくことはない。

だが、それ以上に驚くべきことは、獅子の手に先程まであったはずのナイフが無いということだろう。床に落としたわけでもなく、どこかにしまったわけでもない。ただ純粋に無くなっていたのだ。

御笠埜もそれに気づいたのだろう。一瞬だけ彼を見て目を見開き、しかしすぐに「ふぅん」と納得した表情を浮かべた。

「もうそこまでつかいこなせてるとはね。さすが私ってところかな。将来が末恐ろしいよ」
「ぬぅはぁっ!!何いってんの僕ボク様は!!そんなのあったりまえじゃん!!私様がこれぐらいできなくてどうするのさ!!」
「どーでもいいけどさぁ、キミ達もう少し静かにできないわけ?ボクの耳が腐っちゃうじゃん」

と、急に第三者の声が聞こえた。少し低めのアルトだが、どこか幼さを感じさせる。

「ほら、早くしてよ。死体処理するのはボクなんだから。キミ達が出ていかないとできないじゃん」

彼は、片手でルービックキューブをいじりながらそう言う。黒い髪の少年で、バインザーを着けていた。

「ん、随分早くついたんだね。もう少し遅くなると思ったんだけど」
「うるさい。もう着いたんだからどうでもいいじゃん、そんなの。アンタの考えなんて聞いてないんだから。それよりも早く出てって」

至極面倒くさそうにそう言うと、御笠埜はやれやれと首を振って獅子に「さっさと行こうか」と言った。

「じゃあ頼んだよ私」

二人が出ていき完全に見えなくなった後で、少年は一つ溜め息を吐いた。

「ボクはボクであってアンタじゃない、って何回言わせる気なんだか」

さてと、と彼はルービックキューブを空中に放り投げて、落ちてきたものを顔の前でとった。

「始めますか」