複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【罪と輪廻シリーズ第三弾 連載開始!】 ( No.18 )
日時: 2013/12/28 14:38
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: Mj3lSPuT)

【第四話】<あぁ、またいつものヤツか> -“狂った子供チルドレン”-

 目が覚めると、ボクは真っ白な世界にいた。目にはいるもの、全てが白い。天井、壁、カーテン、そしてボクが横たわるベッド。

 その、無垢な白は、とても美しい。

 そして、しばらく白を見つめていると、大分意識が覚醒してきた。鼻から入るわずかな刺激臭が、消毒液からくるものだということも分かってきた。

 そんな中、ボクはある重大なことに気づいた。

 こんなに重大なことにも気づかずにさっきまですやすやと眠っていたボクは、まるで、すぐ近くに警察がいるのに、それに気づいていなくて、捕まってしまった泥棒のよう。
 言葉にして表すなら、馬鹿、間抜け、おたんこなす。

 なんと……学生にとっての一大イベント、「入学式」たるものを、ボクは保健室で過ごしてしまったのだ!!

 あぁぁぁぁああっ、なんということだ。
 きっと、ボクの名は学園中に広がって、「入学式に出ない不躾な女」と噂されるのだろう。それに、髪色やあの大男との戦いも混ざって、嫌な人間と嘯かれるのだろうか。

 嫌だ。それは、確実に避けたい。……といっても、それを打開できる策も、今のところ思い至らなかった。
 
 それならば、逆に病人らしく保健室で寝ている方がまだ可愛らしいのでは? 元々、可愛いんだからこうやって寝ておけば、「眠り姫」とかいわれて、良い噂が広がったりして……。

 そんなことを考えて、ベッドにもう一度横たわった。
 今更だが、この保健室のベッドは意外と寝心地がいいものだ。今まで保健室のことは、話しか聞いたことがなかったが、そんな所に、入学当日からお世話になるとは。
 横たわってから、目をつぶる。
 そして、暫しの静寂。
 また、うとうとして眠くなってきた……その時だった。
 ガラッとカーテンが大きな音を立てて開いた。

「おい、お前はなに当日から倒れてんだ、アホ」

 いきなり、ボクに罵声を浴びせてくる人間が、ボクとなにか関係を人間であることは容易にわかることだ。
 そして、そいつがボクと一番大切な関係であるということも、すぐに分かった。
 その声は、ボクがよく知っている男の声であったから。

「うるさいな。仕方ないだろう、倒れてしまったのだから。お前こそ、なにをやっているんだ、こんな所で」

 ボクは、目を開けて小さく首を上に傾けた。そこに映るのは……もちろん、“傍観者ノーサイド”だった。
 タバコの形をしたチョコレートを咥えて、偉そうにボクを見下げている。しかも、口にはからかうような微笑を浮かべて。

「俺? そうだなー、保険医。それより、どう、この白衣。かっこいいだろ?」

 “傍観者ノーサイド”は、さらっと話題を変えて、くるりとボクの前で回転してみせた。
 ……確かに、元よりこいつはイケメンという部類に属している。それも、メガネの似合うクール派だ。だから、白衣が似合うのは言うまでもない。
 鼻筋の整った顔立ちはもちろん、細めの黒目や縁なしのメガネはなんとなく大人の色気を漂わせている。これで、普通の女ならばすぐに「キャー、イケメンっ!」なんて騒ぐのだろう。まぁ、イケメンではある。
 でも、ボクはこんな野郎には、そんな考えは持たない。
 だって、この男はムカつく奴なのだから。どれだけかっこよかろうが、ムカつく奴はただの野郎である。

「そうだな、別にそんなのはどうでもいいんだが……」
「なんだよ、冷たいな。『かっこいいぞ、“傍観者ノーサイド”』とかないのか?」
「ない。断じて、ナイな」
「え、面白くないな。ちょっとドキッとするシーンとか俺にくれないんだ?」
「お前にそんなものを与えるほど、ボクは優しくない」

 実は、“傍観者ノーサイド”は先程から表情は全く変えていない。セリフだけ聞けば、かなり感情豊かな奴に見えるだろうが、こいつの表情は変わらない。ただ、口に固定された微笑を浮かべ、チョコレートを咥えたまま、器用に喋っていた。
 なぜなら、彼は“研究対象”以外には興味がないのだから。
 ボクは、彼の研究対象であるが為に、喋っているが、彼は研究対象以外の人間には見向きもしない。ましてや、『ちょっとドキッとするシーン』なんて、全く彼は欲してなんかいないのだ。ただ、話してみるだけ。研究対象の態度をみる為に。

「そ。まぁ、どーでもいいや。それで、今なんでお前がここにいるか分かる?」

 “傍観者ノーサイド”は、だるそうにベッドの端に座り込むと、あの固定された表情をこちらに向けて聞いた。

「あぁ。いつものアレだろう? 自分の名前を思い出そうとすると、気絶する、アレ」
「うん、それだ。ずっといっているだろ、思い出すな、と」

『ずっといっているだろ』。そういった瞬間、“傍観者ノーサイド”の表情が険しくなる。チョコレートを全て噛み砕いて飲み込んでから、口元の笑みを消したその表情は、険しいという形容詞以外には、例えようがない。
 
「仕方ないだろう。知りたくなるんだから」
「お前が知る必要はない事なんだよ」
「なぜ、ボクは知ってはいけないんだ?」
「言っただろう、必要がないからだよ。必要がないものを研究対象に教える義務なんてない」
「……」

 彼の言葉を聞いて沈黙してしまうボク。
 どれだけ可愛くて、完璧で、正義であるボクでも、彼には逆らえなかった。どうやっても、勝てなかった。
 そして、今回のボクの沈黙は、ボクの惨敗を意味していた。