複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照300越えありがとう!】 ( No.31 )
日時: 2014/01/02 20:41
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: GlabL33E)

【第六話】<そろそろ一日が終わって> -高川 玲子-

「ありがとうございましたーっ」

 授業が終わると、生徒達が各々いろんな言葉を吐きながら、教室を走り出ていく。そんな姿に、「あまり興奮しちゃだめよー」なんて、苦笑交じりの声をかけながら歩いていく。
 そして、廊下の一番端にあるエレベーターに乗り込む。今いるのは、五階。一階のボタンを押して、暫しの静寂を楽しむ。
 このエレベーターは、そのまま私を乗せて一階まで行くはずだった。しかし、四階まで下がった時、エレベーターが停止して、そのドアが開いた。

「……玲子か」

 目の前の人物は、そうぼそりと呟くと、遠慮することなくエレベーターに入り込んだ。
 この学園内で、私を「高川先生」と呼ばない大人は一人しかいない。
 そう、白野 歩である。
 彼は、この学園の保険医をやっているらしい。確かに、白衣を着ている。元々科学関係者である歩に、その服装はとても似合う。それに、薬の匂いもベストマッチ。眼鏡も、理系っぽくていいと思う。
 ただ、あのルックスと科学の才能があるのだから、こんな学園の保険医になんかならなくたって、将来の道は選べたのではないか、と思う。これは、才能がない私の僻みでもあるのだけれども。

「歩……。どう? 毎日は楽しい?」
 
 歩にそう聞いてみる。まぁ、彼が答えるはずがないのだけれど。
 私が思ったとおり、彼は私の質問に答えることはなかった。
 さっきまで心地よかったはずの静寂は、歩が来たことによって、気まずいものへと変わっていく。
 なにか話題を作りたいけど、どうせ無視されるだけ。私は、話しかけないことにした。
 そのまま重い空気は続き、一階になったことを知らせるベルが鳴るまで、沈黙が貫かれた。

 やがて、一階につくと同時に、ドアが開かれた。
 なんだか、いままで詰まっていた胸に空気が入り込むような爽快感を感じた。
 女らしい態度を保つ為に、歩に軽く会釈してからエレベーターを出た(本当は、横から蹴り飛ばしてやりたいけど)。
 しかし、去りぎわに先ほどまで一言たりとも喋らなかった歩が口を開いた。

「玲子。“狂った子供チルドレン”を頼むぞ」
 あぁ、またあの子のことか。私は、わざととぼけてみせる。さっきお前がした無視、割と根に持ってるからねっ!
「“狂った子供チルドレン”? だれ?」
 すると、歩が眉をしかめる。ちょっと不愉快そうだ。
「知ってるだろーが。お前でいえば……高川 葵か」
 高川、とまで言われてしまうと、私も知っていると言わざるを得ない。
「あぁ。彼女ね。そういえば、私の子供ってことになってるのよね? なんで、私のクラスに……」
「僕だって、ツテがないわけじゃない」
 
 歩は、それだけ話すと私を追い抜き、スタスタと歩いていってしまった。
 ツテって……。どんな権力持っているのよ、あの人は。
 そんなことを考えながら、私は職員室に戻った。そして、他の職員と少し談笑する。
 一年一組の男性職員の話が面白くなくて、ふと廊下の方を見てみると、そこにはツインテールの少女が見えた。それはいうまでもなく、“ちーちゃん”だった。
 カバンを手に持って、玄関に向かっている。どうやら、下校途中らしい。
 私は、男性職員に急用があると言い、職員室をでた。荷物は全て持って。

「ちーちゃんっ!」
 
 そして、ちーちゃんに向かって手を振った。
 ちーちゃんは、私の方をちらっと見たあとで、すぐに目線を正面に戻した。どうやら、私と話す気はないみたい。
 だけど、所詮彼女は……。あ、そんなことを考えてはいけないわね。彼女は、今でも私の中では「親友」なのだから。そんな言い方をするのは悪いわね。
 もう一度、「ちーちゃん」と呼んでみた。しかし、今度はこちらを見もしなかった。
 
「ねぇ、歩とさっき会ったのよ」

 仕方が無い。最後の手段を使ってみる。
 本当は、こんな真似はしたくないのだけれど……。彼女が振り返ってくれないから、仕方が無い。

「なに? アイツと会ったのか?」

 私が「歩」と言葉に出した途端、彼女の首は180度回転して、私の目には私が映った。
 やはり、歩は有効だった。彼女の気を引かせるためには、無念にも歩を“利用”するしかないの。
 だって、彼女は授業をサボってでも、歩と保健室で過ごすような子だもの。まぁ、やましいことはしていないと思うけどね。
 きっと、今後の相談か何かしていたのだろう。