複雑・ファジー小説
- Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照300越えありがとう!】 ( No.36 )
- 日時: 2014/06/29 08:13
- 名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: MGziJzKY)
【第七話】<無言の文句> -高川 時雨-
スマートフォンが、鳴った。それも、この着信音を設定しているのは……あの人だけだ。
俺は、玲子さん着信欄に見られる前に、スマートフォンをサッと掴むと電話に出た。
「もしもし?」
「よぉ、時雨。元気してるかい?」
低い声が聞こえる。あぁ、やっぱり“傍観者”だった。
なんと、都合の悪い時に電話をしてくるのだろうか、この男は。
「すいません。運転中なので「うおっと。ちょっとだけだから。な?」……仕方ないですね。少しだけですよ?」
僕が切ろうとすると、“傍観者”は慌てて大きな声を出す。俺は、自分も大声になりそうなのをどうにか抑えて、小声で話す。
俺は、このことを玲子さんに知られてはいけなかった。
だって、俺と“傍観者”は、誰にも知られてはいけない計画を立てているのだから。これは、玲子さんにも梅子さんにも……“狂った子供”にも知られてはいけない。
そのために、その計画に関係する時の電話は、いつもの“傍観者”からの着信音とは違うものにしている。つまりは、“傍観者”が携帯を二つ持っているということだ(ちなみに、色は古い方が青で、比較的新しい方が赤である。赤の方が、計画用の電話だ。そんなことはどうでもいいけど)。
そして、今かかってきたのは計画用の電話だ。なにか、大切なことでも分かったのだろうか。
そう思って慌てて出てみたら、なんだ。あの軽い挨拶は。きっと、携帯を間違えたに違いない。本当、あいつは馬鹿だ。アホだ、間抜けだ。
「で、なんですか。要件は」
「まぁまぁ。ちょっとね、いい知らせがあってね……」
“傍観者”は、「それは、なに?」とでも聞いて欲しいのか、なぜかためている。……腹が立つだけなんだけど。こんなところだけ、いい年してる癖にガキだなぁ、と思う。
「早く話してください。……切りますよ?」
「え。えーっとね。できたよ、試作品。後は、誰かに贈るだけなんだ」
「……本当ですか?」
「えぇ、なんで疑うかなぁ。本当だよ、完成した。外側からみれば、どうみても『スマートフォン』にしか見えないよ」
「そうですか。では、また後で掛け直しますので、今は切りますね」
「はいはい。早めの掛け直し、よろしく」
「はい」
俺は、正直とても興奮していた。
だって、やっとあの計画の試作品ができたのだ。あれができたら、もう絶対この計画は成功することが決まったようなものだ。
試作品とは、そう。「ウイルス伝染専用機 as-1」のことである。
外装は完璧なスマートフォン。色は、黒。しかし、中身はスマートフォンの機能だけではなかった。実はこれには、ウイルスが内蔵されているのだ。
といっても、この機械がはじめから感染しているわけではない。使っている途中で、感染する。
仕組みはこうだ。
この機械を、使用者が利用し続けることによって、本体は自動的に熱くなる。特に、人間の体温よりはるかに熱くなるように設計されたこのウイルス伝染専用機は最高温度45度まで上がる。すると、40度以上の温度で活動を始めるウイルスが起動し、この機種に感染するわけだ。
そして、この特殊な活動条件がある上に、このウイルスは更に特殊な感染条件を持っている。相手が、「それ相応の人間でないと感染しない」のだ。
もし感染した場合には、中央端末を持っているものに、自由に携帯端末の中の情報を見られてしまう。例えば、個人情報とか、その人のアクセス解析とか、ね。
ちなみに、その中央端末を持っているのは、“傍観者”である。いや、でも、正しくは——。おっと、ちょっと話が逸れたね。中央端末を持っているのは“傍観者”だ。それ以外の、何者でもない。
しかし、このウイルスの感染条件にある『それ』というのが何のことなのかは、俺は知らない。その意味は、“傍観者”しか知らないのだ。
とりあえず、俺なりに解釈してみたところ、「何らかの条件で、“傍観者”が認めた人間の携帯端末にしか感染しない」ということなのだろう。
この条件とは、何なのだろうか。知りたいのに、教えてくれない。“傍観者”は「お前には必要ない情報だからな」といって笑って誤魔化してしまう。
だから、俺はなにも知らないのだ。きっと、この計画の一番核心であるところを。
しかし、俺はこの計画を成功させたい。
この計画を成功させることができれば、この世界はやっと終わりを告げることができるのだから。
- Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照300越えありがとう!】 ( No.37 )
- 日時: 2014/01/03 23:30
- 名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: rBo/LDwv)
実は、俺はこの世界を終わらせたいのだ。否、壊したいといってもいいのかもしれない。ただ、俺にはそういう願望があるのだ。
それは、俺が物心ついた頃から持っていたものだった。
それでも、小さい頃のそんな願望なんて高が知れている。あの頃ならば、包丁で親を殺したりとか、近所の人をナイフで刺して遊んだりするくらいで満足していた。
だけど、この頃は違う。
そんなことでは、満足できないのだ。
——もっと、もっと多くの人を絶望の淵に追い込みたい。
そんな願望があったからこそ、俺は世界を一時的に終わらすことが可能な「世終ボタン」を作り出した。
だが、所詮は一時的なもの。また、すぐに新しい世界が始まってしまう。そこでは、また皆元気な顔をして、笑顔で暮らしている。そして、また俺の願望は、心の底からふつふつと沸いてくるのだ。
そんな俺は、【異常】だ。分かっている。痛いほど、理解している。
だけど、我慢できないのだ。仕方ない。
それは、年を重ねるごとに大きくなっていっていた。
そして、——遂に俺は耐えきれなくなった。
確か、二十歳になった頃のことだった。
街の人を、目に入った順にナイフで……。その絶望に満ちた悲鳴が聞きたくて。とにかく、ナイフで。
いつの間にか、もう数えきれないほどの人が床に寝転んでいて、俺は、赤い液体の絨毯の上を歩いていた。
その時だった。
目の前を男が歩いてきた。それは、真っ白で清潔な白衣をきていた。
俺はそれを、真っ赤に染めたい衝動にかられた。
この光景を見ても、立ち止まって唖然ともせずに、絶望して泣き叫ぶこともせずに平然と歩く男。
——ぐちゃぐちゃに、壊したい。
そして、俺が目の前にきても気にせずに歩くのを止めない男を切ろうとナイフを振り上げた瞬間、ナイフが空中で停止した。
正しくいえば、それは男の手によって停止されられてしまった。俺よりも背の高い男は、いとも簡単にナイフを掴んだ。それも、……素手で。
驚いて目を丸くさせた俺に、男はこの場には合わない、無邪気な子供のような微笑みを向けた。
「ははは。君は面白いことをしているね」
そういった彼の顔は、本当に面白いものをみた子供のように輝いていた。まるで、水族館で初めてイルカショーをみた子供のように。
だが、理解できない。俺は、ただただ人の絶望するところをみたいという願望に従っているだけで、絶望した後の人間をみたって最早なにも思わない。面白いとは、微塵も感じない。
しかし、男の様子をみていると、どうやら、この男も【異常】であるらしかった。
道に倒れた人たちをみては、嬉しそうに笑っている。この異常な空気に、彼の無邪気な笑顔は、本当に合っていなかった。まるで、カレーにヨーグルトと缶詰みかんを混ぜるようなものである。
「いやぁ、いいものをみた。これは、あいつにも教えないとな。俺だけが知るのは勿体無いくらいにいい光景だ」
彼は、そんな感じのことをぼそぼそと呟きながら、手帳になにやら書き込んでいた。
そして、彼は手帳をみながら俺に話しかけた。
「君、名前は?」
手帳に書き留め終わると、彼は俺に顔を向けた。
その笑顔は、やはり無邪気で。俺は、なんの疑いもなく名前をいってしまっていた。否、口から言葉が滑り出ていたのだ。
「高川 時雨……です」
「ははっ、そうかい。俺は、白野 歩だ。何とでも呼んでくれ。できれば、“傍観者”と呼んで欲しいね。俺は、誰の味方でもないから」
彼は、笑いながらそう告げた。
ノーサイド。いい名前だと思った。白野 歩という名前よりも、彼にはノーサイドと言う名前がしっくりときていた。
——その時、彼のノーサイドという名前が、「傍観者」という言葉のルビだということに、俺が気づくはずもなかった。——
「はい……。ノーサイド、さんですか?」
「はははっ。敬称は要らないだろう。“傍観者”で良いよ」
「……の、ノーサイド」
「そうそう、それが正解だよ」
ノーサイドは、とても快活に大きな笑い声をあげた。そして、俺の頭をがしがしと荒く撫でた。
なんか、もう二十歳なのに、子供に戻った気分だった。
そして、彼に会ってから俺は、大分普通の人間へと戻って行った。彼の、徹底的な指導によって。
どれだけ快復したかは分からないが、歩く人を切りたい、とかいうのはなくなった。
しかし。
彼は、俺に新しい言葉をつぎ込んだ。
「世界を、終わらせてみないかい?」と。
彼は、世終ボタンの「仮の終わり」を言っているのではないと、彼の目から感じ取ることができた。彼が言っているのは、本当の終わりのことだったのだ。
だから、俺は頷いた。彼の「世界を終わらせる計画」の協力を決めたのだ。
その日から始めて、約二十年。
やっと、「ウイルス伝染専用機 as-1」は出来上がった。
- Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照300越えありがとう!】 ( No.38 )
- 日時: 2014/01/04 12:58
- 名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: IqVXZA8s)
——早く、見てみたい。
俺は、さっさと玲子さんを家において、“傍観者”の家に向かうことにした。
玲子さんは、俺にベタ惚れみたいだが、残念ながら俺はそれほど彼女を愛してはいない。俺の表面だけをみている女を愛する必要なんて、ない。
それでも、彼女と結婚した理由は、“傍観者”に勧められたからだ。「こいつなら、お前の過去に深入りはしてこない」と。
だから、彼女とは結婚した。流石に、子供は作らないけどね。こんな奴と子供なんて作りたくない。まず、夜を共にすることだって嫌だ。気色が悪い。
そう考えれば、“傍観者”はすごい。妻がいて、二人の子供もいるのだ。外からみれば「真面目な夫と優しい母と二人の可愛らしい子供」なんて最高な家族に見える。
きっと、“傍観者”はそれなりに妻——白野 梅子——を愛しているのだろう。
……俺も梅子のことは嫌いじゃないけど。まぁそれは、昔の話かな。
「すいません、玲子さん。歩に言われちゃったので、先に帰っていただいていいですか?」
俺は、すまなさげに笑ってみせる。
玲子さんは、満面の笑みで了承してくれた。本当、ちょろい。
そして、家に着くと、玲子さんを下ろした。「ばいばーい、時雨」と笑顔で手を振ってきたから、面倒くさいけど手を振り返しておいた。勿論、ちゃんと顔は笑っている。心の中では、悪態をついてるけどね。
玲子さんが下りたから、できるだけ早めに車を飛ばす。彼女は、あまりスピードを出しすぎると「危ないよ、時雨」とか、すぐに言うから、満足できるほどにスピードが出せない。
しかし、今はいないから飛ばし放題である。といっても、さすがに時速100キロとかは出さないから、心配ない。
“傍観者”の家は、比較的俺の家に近い。丁度、俺と彼の家が川を挟んでいる、という感じだ。
その時に、ある商店街をいつも通らなければならない。そこは、俺が20代の時に暴れまくった街である。
あまり通りたくはないが、ここを抜けた先が彼の家だから仕方が無い。遠回りしても彼の家には行けるのだけど、俺は近道をする派なのだ。
この商店街は、もう寂れてしまっている。十年くらい前なら、俺に殺された人たちの遺族がどうにか頑張ってたんだけど、やっぱり若者はこんなところの店を継ぎたくはなかったのか、都会に行ってしまったらしい。だから、もう全く寂れてしまったのだ。
きっと、俺があそこで暴れていなかったら、もう少しは持っていたことだろう。しかし、終わったことは仕方が無い。
そのまま通り過ぎて、“傍観者”の家についた。
車を“傍観者”の家の二台入る車庫に停めておく。どうやら、梅子さんの方が空いているから、梅子さんは外出しているらしい。
そして、玄関まで走ると、インターホンを押した。
その時だった。
家の中から、ガッシャーン! と、まるで何かがぶつかったような音がしたのだ。それに続いて、ガラスが割れる音がする。
どうしたのだろう。
そんなになるような事が起こすなんて、“傍観者”は何をしたのだろうか。
実験の失敗、愛人との喧嘩……色々なことを考えてみるが、どれも完璧な彼には当てはまらない。
実験は失敗するはずがないし、今している実験は失敗してもこれだけ部屋が荒れるようなことにはならないはずだ。
愛人との喧嘩は、ないこともないが、俺の尊敬する人はそんなことをするはずがない。そう信じたい。
しばらくして、音が静まった。そして、玄関に近づいてくる足音。どうやら、俺の来訪に気づいたらしい。
——この時、あまりにも愚かだった俺は、この家の中で大変なことが起こっているなんて、気づくはずもなかった。——
【第七話 END】