複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照300越えありがとう!】 ( No.37 )
日時: 2014/01/03 23:30
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: rBo/LDwv)

 実は、俺はこの世界を終わらせたいのだ。否、壊したいといってもいいのかもしれない。ただ、俺にはそういう願望があるのだ。

 それは、俺が物心ついた頃から持っていたものだった。
 それでも、小さい頃のそんな願望なんて高が知れている。あの頃ならば、包丁で親を殺したりとか、近所の人をナイフで刺して遊んだりするくらいで満足していた。
 だけど、この頃は違う。
 そんなことでは、満足できないのだ。

 ——もっと、もっと多くの人を絶望の淵に追い込みたい。

 そんな願望があったからこそ、俺は世界を一時的に終わらすことが可能な「世終ボタン」を作り出した。
 だが、所詮は一時的なもの。また、すぐに新しい世界が始まってしまう。そこでは、また皆元気な顔をして、笑顔で暮らしている。そして、また俺の願望は、心の底からふつふつと沸いてくるのだ。

 そんな俺は、【異常】だ。分かっている。痛いほど、理解している。
 だけど、我慢できないのだ。仕方ない。
 それは、年を重ねるごとに大きくなっていっていた。
 そして、——遂に俺は耐えきれなくなった。

 確か、二十歳になった頃のことだった。
 街の人を、目に入った順にナイフで……。その絶望に満ちた悲鳴が聞きたくて。とにかく、ナイフで。
 いつの間にか、もう数えきれないほどの人が床に寝転んでいて、俺は、赤い液体の絨毯の上を歩いていた。
 その時だった。
 目の前を男が歩いてきた。それは、真っ白で清潔な白衣をきていた。
 俺はそれを、真っ赤に染めたい衝動にかられた。
 この光景を見ても、立ち止まって唖然ともせずに、絶望して泣き叫ぶこともせずに平然と歩く男。

 ——ぐちゃぐちゃに、壊したい。

 そして、俺が目の前にきても気にせずに歩くのを止めない男を切ろうとナイフを振り上げた瞬間、ナイフが空中で停止した。
 正しくいえば、それは男の手によって停止されられてしまった。俺よりも背の高い男は、いとも簡単にナイフを掴んだ。それも、……素手で。
 驚いて目を丸くさせた俺に、男はこの場には合わない、無邪気な子供のような微笑みを向けた。

「ははは。君は面白いことをしているね」

 そういった彼の顔は、本当に面白いものをみた子供のように輝いていた。まるで、水族館で初めてイルカショーをみた子供のように。

 だが、理解できない。俺は、ただただ人の絶望するところをみたいという願望に従っているだけで、絶望した後の人間をみたって最早なにも思わない。面白いとは、微塵も感じない。
 しかし、男の様子をみていると、どうやら、この男も【異常】であるらしかった。

 道に倒れた人たちをみては、嬉しそうに笑っている。この異常な空気に、彼の無邪気な笑顔は、本当に合っていなかった。まるで、カレーにヨーグルトと缶詰みかんを混ぜるようなものである。

「いやぁ、いいものをみた。これは、あいつにも教えないとな。俺だけが知るのは勿体無いくらいにいい光景だ」

 彼は、そんな感じのことをぼそぼそと呟きながら、手帳になにやら書き込んでいた。
 そして、彼は手帳をみながら俺に話しかけた。

「君、名前は?」

 手帳に書き留め終わると、彼は俺に顔を向けた。
 その笑顔は、やはり無邪気で。俺は、なんの疑いもなく名前をいってしまっていた。否、口から言葉が滑り出ていたのだ。

「高川 時雨……です」
「ははっ、そうかい。俺は、白野 歩だ。何とでも呼んでくれ。できれば、“傍観者ノーサイド”と呼んで欲しいね。俺は、誰の味方でもないから」

 彼は、笑いながらそう告げた。
 ノーサイド。いい名前だと思った。白野 歩という名前よりも、彼にはノーサイドと言う名前がしっくりときていた。

 ——その時、彼のノーサイドという名前が、「傍観者」という言葉のルビだということに、俺が気づくはずもなかった。——

「はい……。ノーサイド、さんですか?」
「はははっ。敬称は要らないだろう。“傍観者ノーサイド”で良いよ」
「……の、ノーサイド」
「そうそう、それが正解だよ」

 ノーサイドは、とても快活に大きな笑い声をあげた。そして、俺の頭をがしがしと荒く撫でた。
 なんか、もう二十歳なのに、子供に戻った気分だった。

 そして、彼に会ってから俺は、大分普通の人間へと戻って行った。彼の、徹底的な指導によって。
 どれだけ快復したかは分からないが、歩く人を切りたい、とかいうのはなくなった。
 しかし。
 彼は、俺に新しい言葉をつぎ込んだ。
「世界を、終わらせてみないかい?」と。
 彼は、世終ボタンの「仮の終わり」を言っているのではないと、彼の目から感じ取ることができた。彼が言っているのは、本当の終わりのことだったのだ。
 だから、俺は頷いた。彼の「世界を終わらせる計画」の協力を決めたのだ。
 
 その日から始めて、約二十年。
 やっと、「ウイルス伝染専用機 as-1」は出来上がった。