複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照300越えありがとう!】 ( No.39 )
日時: 2014/01/07 11:01
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: RnkmdEze)

【第八話】<やっと幕開け> -“傍観者ノーサイド”-

 時雨に、電話をしてから五分。
 早めの掛け直しを頼んでいたはずだが、まだ掛け直してこない。仕方なく、計画の資料の見直しとかをしていた。

 そういえば、学生時代も、こんなことをしたはずだ。試験の時にすごく時間が余って、三十分くらい、頬杖をついて試験問題の見直しをしてたっけ。本当、学生の試験って簡単すぎるんだよね。三十分もあれば、充分だ。


 しかし、予測できないソレは、突然訪れる。

 
 ——迂闊だった。
 多分、この時の俺は注意が足りていなかったのだ。きっと、ウイルス伝染専用機 as-1 ができたために、浮き足立っていたのだろう。本当に俺はバカだ。
 だから、俺の家に入ってきた人の存在にも気づかなかった。……俺が気づいたのは、その人が後ろからいきなり俺を叩いた時だった。

「ってっ!」

 後頭部に、鈍い痛みが走る。どうやら、平手で叩かれたらしい。だが、痛みは尋常じゃない。まるで、波紋のように、頭に痛みが響いていく。
 俺は、振り向くことに多少の恐怖を抱いていた。もう、俺を叩いた人が誰なのか分かっていたから。そして、その人が俺を叩くということは……——その人はかなり怒っているということなのだから。
 
「おい、“傍観者ノーサイド”。なにをやっているんだ」

 俺は、ゆっくりと振り向いた。
 そこには、すでにご立腹のオーラをこの場に振りまいている“狂った子供チルドレン”がいた。
 あまりにも怒りすぎて、アニメの演出のようにツインテールが宙に浮いて俺をビンタしてきそうだ。
 
「な、どうしたんだ。“狂った子供チルドレン”」

 どうにか、声を出す。
 流石に、彼女にずっと怖じている訳にはいかない。いつもの自分のペースを取り戻そうと試みてみる。
 多分、彼女は些細なことで怒っているのだろう。なんでボクの部屋の掃除をしていない、とか、なんで私を出迎えてくれなかったのか、とか。うん、きっとそうだ。

「それは、なんだ……!」

 彼女の声は震えていた。勿論、泣きそうだからではない。怒りで震えているのだ、ということはすぐに分かった。
 そして、彼女が指差した先にあるもの。それは……あの計画の資料であった。
 
 やばい。俺が、本能的な恐怖を感じた。
 やっぱり、彼女が怒る理由がそんな些細なことであるわけがなかったのだ。さっきの俺の考えは、きっと俺の現実逃避でしかなかったのだろう。
 しかし、なぜ彼女がこの資料をみて怒るのだろう。今、俺がみているページはあのウイルス伝染専用機 as-1 の設計図。見ていても、彼女に理解できるわけがない。

「さっきからずっと見ていたら……世界を壊すだと? ふざけるなっ」

 『さっきからずっと見ていた』……だと? 嘘だろ。
 俺は、慌てて前のページ、もっと前のページと、捲って確認してみる。
 確かに、世界を壊すことに関係する内容のことが書いてあった。ゲームのことも、台本のことも……。

 その時、俺の横から何かが飛んできた。それを、体を反らせることで間一髪で避ける。頬を、何かがかすった。
 そして、その何かは、俺の目前を通り過ぎて、床にぶち当たったと同時に、派手な音を立てた。

 飛んできたモノは……彼女の持っていた黒いペンケースだった。周りに、沢山の鉛筆や、消しゴムが散乱している。俺が、彼女の入学祝いに購入して与えたものだった。
 与えたモノを投げてくるなんて、かなり怒っているみたいだ。投げつけられたペンケースは、可哀想にほとんど原型をとどめていない。鉛筆なんかは、布を突き破って外に出ていた。多分、もう使い物にならないだろう。

「なにが『世界を壊す』だ! 壊してどうするんだよっ、人間が全員いなくなるんだぞっ!? お前の大切な人だって、死ぬんだぞ!?」

 なぜか、いつも冷静な彼女は、かなり感情的になっていた。珍しい。
 『研究対象』として、かなり面白い反応を出してくれているようだ。これは、かなり助かる。
 
 しかし、今はそんなことをメモに書き留められる場面ではなかった。
 まず、どう考えてもおかしいことだった。彼女が俺に怒りを示すことは。
 例えるならば、洋食を取り扱うレストランで、ハンバーグを注文した時に、運ばれてきた皿にざるそばがのっていた、と言うようなくらいにおかしいこと。
 つまりは、【あり得ない】のだ。

 その上、俺には彼女が怒る理由が分からない。
 別に、世界が終わる計画と言っても、“狂った子供チルドレン”が怒る必要などない。寧ろ、彼女は刻一刻とこの世界を蝕み続けているのだから、壊す側の人間だ。にも関わらず、なぜこの計画が彼女の逆鱗に触れたのだろうか。
 俺には、理解できなかった。

「冷静になれ、“狂った子供チルドレン”」

 とりあえず、そう言ってみることにした。といっても、実際に彼女が冷静になるはずなんてない。それなのに俺がこう発言しているということは、俺の方が冷静にならなければならないことを暗示しているのだろう。
 
「うるさいっ!!! テメェのせいでボクが産まれてきたんだろぉがっ!! テメェがいなけりゃ、ボクはこんなところに居る必要なんてなかったんだよっ! なのに、不幸分子のボクを造った後にこの世界を壊すなんて、おかしいだろ! なんで、ボクを造ったんだ!」

 ちょっと待て、ちょっと待ってくれ。さすがの俺でも、それほどの悪言には耐えられないぞ。
 どうやら、彼女は相当お怒りのようだ。俺が想像していたことの上をいっている。
 きっと彼女は、
「ボクを造ったのに、なんでボクを壊すのだ」と言うことが言いたいのだろう。

「別に、お前を壊したいわけじゃない」
「なら、誰を壊してぇんだよっ!」
「この世界だ」
「じゃあ、この世界にボクが含まれていないとでも言うのかよっ!!」
「そんなわけはない。お前は、この世界の『重要な』人間だ」
「なら……結局ボクを壊すんだろうが……!」

 そう言った途端、“狂った子供チルドレン”はその場にヘナヘナと座り込んだ。
 きっと、過度な電力消費によって、機械が正常に動かなくなってしまったのだろう。確か、かなり丈夫に造ったはずなんだけど……ネジでも緩んだのか。
 俺は、座り込んだ“狂った子供チルドレン”を見下げた。

「うるさいぞ、“狂った子供チルドレン”。俺に反抗もできない癖に、偉そうな言葉を連ねるな」