複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照400越えありがとう!】 ( No.45 )
日時: 2014/07/02 22:09
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: I.inwBVK)

 “傍観者ノーサイド”は、あの夫婦に対抗して、そのボタンを造った。そして、それはあの夫婦が造ったボタンよりも強力だった。
 だから、世界はもう一度創られた。
 だって、もし“傍観者ノーサイド”が造ったボタンが、あの夫婦のボタンと同等だったとしたら、二つの力は打ち消されて、世界は壊れたのと同じようになってしまうでしょ? 

 だけど、あの夫婦はある勘違いをしていた。
 彼らは……世界を終わらせるボタンが、一旦旧世界を終わらせた後で、新しい世界を創造する、と考えていた。本当は、世界を終わらせてしまうだけなのに。
 それは、アリが砂糖と塩を間違ってしまったくらいに大変な勘違いだった(勿論、実際にアリが砂糖と塩を間違うことはないんだけどね、私の力ではこれくらいの例えしか思いつかないの)。
 とりあえず、彼らはこのボタンにそんな力があると思い込んでいて、だから、気に入らないことがあるとすぐにこのボタンを乱用しようとした。だけど、勿論それはイケナイこと。
 “傍観者ノーサイド”が造ったボタンだって、そんなことにいちいち対抗してられない。
 だから、“傍観者ノーサイド”は彼らからボタンを奪いとった。

 実に巧妙な口術で、彼らからボタンを奪ったんだけど、二人は奪い取られたなんて思ってないよ。だから、窃盗じゃないの、一応。まぁ、そこらの話はまた今度。

 キー、キー……。

 ボクがやっと話の序章を終えたその時、頭の中で鋭い警告音が響いた。
 あーあ、折角ここまで話せたのに。ボクは、とっても悔しい。もう、このことは忘れちゃうから。折角、こんなに話せたのに。あともうちょっとで、話の真ん中にはいれるところだったのに。
 さっきの音は、ボクのデータが消滅され始めた合図。これが鳴り始めたら、データはどんどん消えていく。だから、ボクに残された時間はそんなに長くない。
 身体にはなんの変わりもなくっても、データは、確実に消えていっている。それも、結構な速さで。
 その証拠に、ボクは今話した昔話が何年前のことか、思い出せなくなってる。
 とても残念だけど、もう、あまり長い話はできなくなっちゃった。
 今こういっているうちにも、データは消える。あれれ、世界を終わらせるボタンって、“傍観者ノーサイド”が造ったんだっけ? それとも、あの夫婦?

 キー、キー……。

 あ、一つだけ思い出した。それは、あの夫婦の名前。
 二人の名前は確か——

 キー、キー……。

 坂から始まってたっけ。

 キー、キー……。

 あれれ、それとも赤だったかな。あ、白からだったかもしれない。

 キー、キー……。

 なぁんだ、ボクなんにも思い出してないじゃん。っていうか、ボクって何か思い出したっけ? ううん、なにも思い出してない。

『白咲 葵 データ ヲ、強制削除 シマシタ』

 頭に、規則正しい電子音がした。
 それは、女声のようで、男声のようでもある。
 
 
 ——「やめてぇぇぇっ!!!!」
 私は、そう叫んだ。なのに、やめてくれなかった。
 ナイフで切られて、ハサミで切られて。
 いたいよ、いたいよ、助けてよ……ねぇ、なんで助けてくれないの?
 あなたは、私の味方でしょ? そうだよね?——


 頭の中で、知らない人の記憶が浮かぶ。なんだろう、これ。
 っていうか、ボクに味方なんていた? それに、ボクは自分のことを「私」なんて呼んでない。
 この記憶、誰のモノだろう。ボクの記憶ではないから、きっと他人のモノなんだけど、思い出せない。ボクは、『やめてぇぇぇっ!』なんて叫んだことはない。

 ボクは、悶々としてる考えを抑えて、すっと立ち上がる。そして、まだちょっと寝ぼけてる頭を軽く叩きながら、寝室のドアを開けた。
 きっと、この記憶は夢の中でのこと。頭がぼーっとしてるだけ。
 いつもの通り、覚醒したら全部忘れるよ。
 大丈夫、ボクは“狂った子供チルドレン”だから。
 

 キー、……。
 なにかの音が、小さく頭に響いた。
 あぁ、ウルサイな。たまにあるんだよね、耳鳴りみたいな、この音。文字通り、『耳障り』だな、っていっつも思うんだ。


【第九話 END】