複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照400越えありがとう!】 ( No.49 )
日時: 2014/01/13 22:56
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: m9NLROFC)

【第十一話】<窃盗犯は身近> -“傍観者ノーサイド”-

「え、知らないよ? なくなっちゃったの? それ、大変! 私もそっちに向かおうか?」
 そう言う梅子の声は、なんだか焦りを含んでいる。

 ——やっぱりか。
 俺は、確信した。と、同時に少しの失望感を覚えた。

「いや、いい。……お前は、家にいろ」

 俺は、試作品を置いておいたはずのテーブルに乗っていたメモを見ながら、そう吐き捨てた。
 そして、強制的に電話を切る。彼女も言いたいことはあったのだろうが、もう俺は彼女の声を聞きたくなかった。


 俺が試作品がないことに気づいたのは、時雨とこの部屋に入り込んだ時だ。本来ならば、この部屋の中心のテーブルに、試作品は置いてあるはずだった。しかし、そこにあったのは試作品ではない。ただのメモであった。
 俺は、心の中では慌てていた。まるで、蟻が砂糖と塩を間違えて女王蟻に塩を献上してしまった時くらいに。
 しかし、ここには時雨がいる。恥ずかしい姿などは見せられるはずがない。
 ふぅ、と深呼吸する。そして、試作品がないことに気づいてあたふたしている時雨を横目に、メモを掴んだ。
 そして、ざっと目を通す。

『ぼうかんしゃ さまへ。
ちるどれん の おともだち の おともだち から おねがい が あった から 、 しさくひん 、とったよ 。とりかえし に なんか こない で ね 。
 せいぎ の ひーろー みずたまり より。』

 なぜか、単語が一つ一つ区切られている上に、平仮名ばかりだ。とても読みにくい。せめて、平仮名と片仮名くらいは使い分けて欲しいものだ。
 
 とりあえず、読みにくいメモは置いておくとしよう。
 俺は、こいつ——水田真理——を知っていた。確か、“狂った子供チルドレン”がよく話していた女の子だったと思う。「ボクと真理は悪友なんだぞっ」なんて、俺によく自慢してきていたから覚えている。
 しかし、“狂った子供チルドレン”の友達の友達とは誰のことだろうか。“狂った子供チルドレン”の友達と言われると、水田真理の他にも四人ほどいたはずだ。しかし、彼女達は自分の欲しいものがあれば自分で取りにくるような奴ばかりだ。人頼みなんて、考えられない。
 なら、“狂った子供チルドレン”の友達は一人に絞られる。……玲子だ。勿論、玲子とは時雨の妻だ。他の人間ではない。
 次に、玲子の友達と言えば……? 沢山の人間の顔が頭の中に広がる。
 その中で、この計画を知っていそうな人間を絞る。すると、そんな人間も、一人しかいなかった。

 認めたくはないが……絞られたのは俺の妻だった。そう、梅子だ。
 そんなわけはない。梅子の訳がないだろう。あいつはいい奴だ、そんなことは考えてなんかいない。
 そんな、薄い希望を胸に抱きながら、俺は梅子に電話をかけた。
 
 しかし、電話をかけた後に、俺の元に残ったのは、軽い失望感だけだった。
 彼女は、水田真理を利用して、この試作品を奪ったのだろう。

 それにしても、水田真理を利用するとは、彼女にしては賢明だ。
 水田真理を使えば、もし暴露ても自分に直接害がかかる事はないのだ。なぜなら、水田真理を含む窃盗団は、捕まっても絶対に依頼主の名前は吐かないから。
 今の時代、依頼主の名前を吐かないからと言って拷問を受ける事はない。だから、彼女達はぎゅっと口を結んでいるのだ。
 そして、彼女達は、巧みな技を使って牢屋を抜け出す。今までに、彼女達が抜け出せなかった牢屋などない。どれほどセキュリティを丈夫にしても、牢屋に入って二日めには抜け出されてしまう。
 ついでに付け加えるならば、隠れるのも上手い。殆ど、警察に見つかる事なんてなかった。だから、どれほど厳しい罪がかけられ、指名手配されたとしても捕まらないのだ。
 
 それでも、まさか俺の物が盗られるとは。
 いくら依頼されたといえど、水田真理にとっては、友人の家に不法侵入するのだ。少しは躊躇ったりはしないのか。
 まぁ、躊躇ったりしていたら、窃盗なんてできないだろうけどな。
 ちなみに、水田真理は高校一年である。俺の息子と同い年だ。
 しかし、年齢で言えばの事である。彼女は高校になんて通っていない。
 今もどこかで、なにかを奪っているのだろう。
 できれば、正しい道を歩んで欲しいものだ。高校に入る年になっても、あんなメモしか書けない彼女には、少しばかり同情してしまう所がある。それはやはり、俺に子供がいるからなのだろうか、それも彼女と同い年の。



Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照400越えありがとう!】 ( No.50 )
日時: 2014/01/14 18:40
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: 0exqyz.j)

 それにしても、彼女の名前は面白いと思う。
 噂によれば、彼女が所属している窃盗団の人たちは、皆面白い名前がついているらしい。俺が知っているのは、「水田真理」だけだが、他の四名にはどんな名前がついているのか、少し好奇心が湧いてしまう。

 それほど、水田真理という名前は、俺の好奇心をそそるだけには充分だったのだ。
 彼女の名前を平仮名にしてみると、「みずたまり」。彼女には失礼ながら、この名前を聞くと、俺は、あの雨上がりの水溜りを連想してしまう。いや、本当は名前で遊んではいけない。それは分かっている。でも、つい連想してしまうのだ。
 実際、このメモには名前が平仮名で書かれている。その上、メモの模様は水玉だ。彼女が自分の名前を強調しているとしか思えない。
 
 俺は、暫くそんなことを考えながらメモを右手に持っていた。……筈なのだが、いつの間にか何らかの感情が入ってしまったのか、メモが拳に握り締められていた。慌てて取り出してみるも、ぐしゃぐしゃになっていた。
 俺は、ふぅとため息をつくと、それをゴミ箱に投げ入れようとする。しかし、丸められたメモは綺麗にゴミ箱には入らずに、ゴミ箱の淵に当たって跳ね返った。
 こんな時にいつも思うんだけども、これ投げて一発で入る人ってすごいよな。尊敬するよ。

「あ、あのー、どうしましょうか、“傍観者ノーサイド”! 試作品がこの水溜りって人に盗られてしまいましたっ」

 時雨が焦ったような口振りでそう言った。とりあえず、俺はお決まりのお返事「黙れ」を返しておく。
 あーあ、こいつ、水田真理を水溜りと勘違いしている。こいつがみずたまりと発音した時のアクセントは、水溜りのソレだった。
 
「水溜りが物を盗るわけなかろーが」

 俺は、ぽつりとつぶやいた。
 時雨は、それに敏感に反応する。

「え、いや、でも、書いてありましたよっ! 『せいぎのひーろー みずたまり より』って」
「知ってるよ、読んだからな」
「だったらなんで——」
「お前はバカか」
「ちっ、違いますよ! だって……っ」
「お前、水溜りが物を盗ると思うのか?」
「お、思いませんけど……でもっ」
「それ、水田真理。正真正銘、人間だぞ」
「へ……?」

 俺が水田真理と言うと、時雨は唖然として、俺を見つめた。そして、なにか言いたそうに口をパクパクさせている。まるで酸欠の魚のようで、とても滑稽だ。
 
「え、あの……水田真理って、あの窃盗団の?」
「あぁ、それ以外に誰がいる」
「いや、同姓同名の方がいらっしゃると思いますけど」
「あぁ? なんか文句あんのか?」
「いえ、何でもないです」

 時雨は、えぇーっ、と驚いたような顔をしている。そして、直ぐにしかめっ面をして、その後に苦笑をした。
 なんなんだ、こいつ。気持ち悪りぃ。百面相なら、他所でやってくれよ。

「なんだ、お前。知り合いか?」

 俺は、彼の反応を見て、思った事を口に出してみる。しかし、時雨はそれには答えなかった。
 一人苦笑しながら、部屋を歩き回る。そして、窓やドアを興味深そうに見ている。

「あの、“傍観者ノーサイド”。ここって、完全に密室じゃないですか……?」

 ふと、時雨は振り返ると、俺に話しかけた。
 確かに、そうだ。俺は、周りを見回す。
 部屋にある二つある窓は、完全に鍵が閉められている。資料が貼られている壁には、通気口はあるものの、水田真理が資料を一枚ずつ剥がして、わざわざ通気口から出て行く可能性は低い。
 よって、ここは密室になるわけだ。

「すごいですよっ、水田真理はどうやってこの密室から出たんでしょうか!?」

 どうやら、彼は、水田真理と面識があるわけではなく、ただこの馬鹿らしいミステリーに興味が湧いただけらしい。
 時雨が、少し興奮気味でそう言う。そして、俺の方に身を乗り出したばかりに、俺の大切な資料を踏んでしまった。いや、踏みやがった。彼は、まだ心の制御は完璧にはできないらしい(彼が踏んだ資料は、ここにある資料の中で、「ウイルス伝染専用機 as-1」に次いで二番目に大切なものだ。後で、きっちりとお仕置きしようじゃないか)。 
 そう思いながら、俺は彼の言葉を聞いて微笑んだ。そして、口を開く。

「お前はバカか」

 それを聞いた時雨が、首を傾げた。
 どうやら、時雨は本当に"この事実"に気づいていないらしい。

「へ? な、何故ですか?」

 時雨は、目をパチクリさせる(とはいっても、ずっと笑顔のポーカーフェースは変わっていない)。
 俺は、態とらしく、大きなため息を吐いた。そして、時雨の顔をしっかりと見た。

「このドアに鍵はついてないだろーが」
 

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照500越えありがとう!】 ( No.51 )
日時: 2014/01/16 21:18
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: nnuqNgn3)

 そう言って、俺は、自分の後ろのドアを指差した。そこは勿論、さっき通った、あのボロいドアである。
 実は、このドアは、予算が足りなかった為に、鍵をつけていなかったのだ。ただ、鍵をつけてあるかのように見せる為に、鍵穴だけはつけている。しなし、ちょっとしたフェイクだから、ドアノブを捻れば、普通にドアは開く(ちなみに、この鍵穴に合う鍵はない。それに鍵穴を造ったのは俺だから、このフェイクに関する費用は殆ど掛かっていない)。

 俺が考えるに、水田真理は、何らかの手段であのパスワード入力が必要なドアを潜り抜け、その後は普通にドアを開けて、ウイルス伝染専用機 as-1 を手にいれると、また引き返して行ったのだろう。そう仮定すると、辻褄が合う。
 パスワード入力は……多分、“狂った子供チルドレン”だろうか。“狂った子供チルドレン”にはパスワードは教えていないが、あいつなら多分何かの方法で俺からパスワードを盗み取れるはずだ。
 だって、俺が造った万能人間だからな。すっごく迷惑ではあるものの、これくらいの能力がないようでは困ってしまう。

 俺がこの仮説を説明すると、時雨は納得したような口振りで「そうですね」とは言ったものの、トーンは低い。不思議に思って彼の方を見てみると、いつもの笑顔のままで、顎に手を当てていた。きっと、まだ、この密室ミステリーを実証できる証拠でも考えているのだろう。

 フンッ、無駄な努力だな。そんなことに力を費やすのならば、その勉強にしか使えない頭の改良に力を費やしてほしい。
 俺が知っている時雨は、とても頭がいい。彼がなろうと思えば、裁判官にでも医者にでもなれるだろう。しかし、彼は普通のサラリーマンである(これこそ、「宝の持ち腐れ」だとは思うのだが、彼がサラリーマンになりたいと強く願っていたものだから、将来について、俺は干渉していない)。
 しかし、勉強以外は全くダメだ。ダメダメだ。
 料理、掃除などの家事はなにも出来ない。結局、掃除などは全て玲子に任せているらしい。自分で掃除くらいは出来るだろう、と思うのだが、玲子曰く「あの人が掃除なんてしたら、逆に汚くなるのよー!」らしい。それほど酷いのだろうか。
 それが本当ならば、是非、時雨にはいつもお世話になっている玲子に土下座をしてもらいたい。サラリーマンは得意だろう、スライディング土下座?

 そんなことを頭の中で考えながら、俺はゴミ箱に歩み寄る。可哀想にゴミ箱の近くに投げられているメモ用紙だった丸い物を拾い上げると、ちゃんとゴミ箱に入れておいた。

 そして、ウイルス伝染専用機 as-1 もない事だし、そろそろ時雨を追い出すことにした。ウイルス伝染専用機 as-1 の取り返しは、一人になってから考えよう。
 だって、こいつがいると、色々うざったいのだ。それに、煩い。
 俺は、こういうタイプの人間は、気分転換としては仲良く出来るが、ずっと一緒に居たいとは思えない。だから、もうこれ以上こいつと一緒に居るのは面倒だ。
 シッシッ、と子犬を扱うように部屋を追い出す。「ええー、それはないですよーっ、“傍観者ノーサイド”!」と、時雨は部屋に残ろうとするが、俺は容赦無く彼の首根っこを掴むと、廊下に放り投げた(成人男性を片手で持ってはいけないと後悔したのは、この直後だった。腕が痛い、痛すぎる)。
 
「うぅー、酷すぎますっ!」
「るせぇよ、時雨」

 俺は、時雨の頭を、ぺちっと力の入らない片手で軽く叩いた(勿論、力が入らないのは痛いからだ。あぁ、なんで片手でこんな奴を持ったんだろう……痛すぎる)
 時雨は、暫く恨めしそうに俺を見つめていたが、俺がなにを言っても効かないと分かると、渋々帰って行った。
 
 ふぅ。
 俺は、大きくため息をついた。そして、“狂った子供チルドレン”の居る部屋に歩いて行く。つまり、寝室へと向かった。別に、“狂った子供チルドレン”を解放しにいくわけではない。ただ単に、寝る為だ。

 そして、寝室のドアに手をかけた時。
 中から話し声が聞こえた。
 それは、“狂った子供チルドレン”と……もう一人の声は聴いたことがないものだ。おどおどして、弱々しい声。
 なんだか気になってしまい、柄にもなく聞き耳を立ててしまった。

「どうしたんだ? 別に、成功したのだろう、依頼」
「そーらしい、だけど……返品してって言われたんだって……」

 “返品”? なんのことだろうか。

【第十一話 END】