複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照500越えありがとう】 ( No.52 )
日時: 2014/01/16 21:51
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: a0tKrw1x)

【第十二話】<残された悪夢> -“狂った子供チルドレン”-

 目が覚めると、ボクは寝室に居た。ベッドの上で座っていた。
 いつも、そうだった。目が覚めると、寝室に居る。
 ボクは、寝室以外の所で目覚めたことがことがなかった。そして、目覚めた後は、記憶が消えていることが多かった。今回だって、今日の朝ご飯は言えるし、高校を出たところまでは憶えてる。けど、その後はなにしていたのか、全く思い出せない。
 ——きっと、家に帰ってすぐに寝てしまったんだ。それを“傍観者ノーサイド”が見つけて、寝室まで運んでくれたんだ——
 ボクは、そう思った。
 それ以外の疑問は全部邪念として振り払う。
 他のことは考えちゃいけない。“傍観者ノーサイド”を疑うなんて、悪い事。そう、悪い事だから疑ったらいけない。例え、ボクの目の前にある事実が、どれだけ怪しくても。
 
 覚醒した直後、まだ意識がぼんやりしている時。
 いきなり誰かが、最初から開いていた窓から、寝室に入り込んできた。紫色の三つ編みを靡かせながら。
 実は、この寝室の窓は、全部開けられていた。夏でも、冬でも開けられていた。この窓に鍵が掛けられているところを、ボクは見た事がない。だから、人が入る事ができたってことだ(ちなみに、ここは一階。窓から入るのは、容易なこと)。
 
「あの……これ」

 そんな紫色の侵入者は、部屋に入ってくるなり、ボクに黒いスマートフォンを押し付けた。そして、小さく声を出した。


 ボクを見上げるその女の子に、ボクは見憶えがあった。
 ほんのりとした薄紫色の髪の毛は、緩い三つ編みに纏められている。とても眠たそうにしていて、垂れ目なのが可愛らしい。身長がボクと同じくらいだが、ボクよりも幾分か大人なオーラを放っているのがちょっと羨ましい。
 そして、ここまでは可愛い普通の女の子なんだけど、一つだけ、彼女ならではの変わったところがある。

 それは……彼女がいつも人形を持ち歩いていることだ。

 今日も、彼女は人形を持っていた。しかし、ドレスを着た西洋人形を持ち歩いていることが多い彼女が、今回は着物姿の日本人形を持ち歩いていた。まぁ、彼女が「私は西洋人形だけを持ち歩く」って感じのことを断言したことはないから、ちょっとしたイメチェンみたいなものだと思う。
 
「ん? どした、久しぶりじゃないか」
 ボクは、心の中では彼女との再会に歓喜していた。しかし、それを表に出さないように冷静を装う。

 何故ボクがそれ程歓喜しているかといえば、答えは単純である。彼女はかつての悪友であり、幼馴染であったのだ。
 それに、彼女の実家がボクの家(ボクの家は“傍観者{ノーサイド}”の家だったりする)に近かったことから、善友悪友関係なく良く遊んでいた。
 ボクの悪友の中では、一番付き合いが長い彼女の名前は、神子斗 御琴という。ちなみに、ボクが小さい頃は、「みこみこちゃん」とニックネームを付けて親しんでいた。
 みこと みこと と、同じ読みが二回繰り替えされている彼女の名前は、かなり珍しいものだ。ボクは、とても気に入っている。
 そして、もう一つ。彼女は、ボクの名前を知っている。勿論、“狂った子供チルドレン”でも、高川 葵でもない、本当の名前だ。これを知っているのは、ボクの悪友でも三人しかいない。
 しかし、ボクが真名を忘れてからは、彼女はボクの名前を呼ばなくなった。それから暫くして、ボクと彼女は音信不通になった。
 それが確か、5年ほど前のこと。つまり、彼女とは5年ぶりの再会になるわけだ。
 これで、ボクが歓喜しているわけは分かってもらえたと思う。

「うん、久しぶり。……ねぇ、これ、『のーさいど』さんに……渡してくれる?」

 彼女は、ボクから僅かに目を逸らしてそう言った。右手はしっかりと人形を抱いていて、左手は、ボクの胸にスマートフォンを押し付けていた。

 これ、と言うのは言わずともこのスマートフォンだと分かった。黒く塗装されたそれは、とても綺麗だが、なぜ“傍観者ノーサイド”にこれを渡さなければならないのだろうか。
 それに、彼女の口調からして、傍観者ノーサイド”のことはよく知らないらしい。いや、歩のことは知っている。近所での表向きは「ボクの父親」なのだから(高校では、時雨が父親になっているけれど。なんだか、ボクには父親がたくさんいる気がするな……)。しかし、彼女の前では歩は白野 歩で、“傍観者ノーサイド”になることはなかった。だから当然、“傍観者ノーサイド”という存在は知らないに決まっている。
 きっと、誰かから“傍観者ノーサイド”に渡すように言われたのだろう。はて、それは誰だろうか。
 
 
 
 
 

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照500越えありがとう】 ( No.53 )
日時: 2014/01/18 13:57
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: I.inwBVK)

 考えてはみるものの、誰も思いつかない。
 彼女に“傍観者ノーサイド”のことを教え込む奴など、彼女の周りにはいないはずだ。
 ボクや時雨達以外に、“傍観者ノーサイド”を知る者と言えば、水田真理が中心の窃盗団しかいない。確かに、この窃盗団に彼女は属しているが、この窃盗団は協力やチームワークは重視していなかった。最小限の関わりしかしていない。
 だから、水田真理が彼女に“傍観者ノーサイド”のことを教えたならば、それは窃盗団の中の彼女に対する【依頼】があったということなのだ。水田真理でも、他のものでもない、神子斗 御琴に。
 それならば、辻褄が合う。

「なぁ、神子斗。お前の依頼主は誰だ?」
 
 ボクは、この推理が当たっているか、確認するためにそう聞いた。
 答えがもし「水田真理」なら、当たっている。その他の誰かならば、ハズレ。
 といっても、もし他の知らない人の名前が出てきたら、それはそれで困ったことになってしまう。
 少し期待しながら、彼女の答えを待った。

「言えない。……依頼主は、言えない」

 しかし。彼女は、絶対にその名を吐かなかった。
 悪友であるボクに対しても、断固として口を一の字に結んでいる。
 これは困ってしまった。
 でも、彼女が依頼主を吐かないのは、当然の事だ。
 だって、もし詐欺グループの金を回収する係りが警察に捕まった時に、そのグループの中心人物の名前を吐く奴がいるだろうか。今みたいに、拷問がなくなった社会で、そんなことを吐く奴はいるまい。
 きっと、彼女はそれと同じ心理で、依頼主を言わないのだろう。
 ボクは、そのことを知っていた。この窃盗団のメンバーは、一人として依頼主を吐いたことがないことも知っていた。
 なのに、聞いてしまった。
 
「そうか」
「うん。……私は、これが仕事だから」

 ボクが頷くと、彼女は少しだけ視線を下に落とした。
 やはり、彼女も窃盗という仕事に、少なからず後ろめたい気持ちを持っているのかもしれない。
 だって、彼女はこの窃盗団に入る前は、普通の女子中学生だったのだから。ボクの、何の変哲もない幼馴染だったのだから。
 あの時の話は長いから、今は話さないことにする。けど、きっとこの話を話すときはくるだろう。その話を話す時が、少しでも後になることをボクは祈ることしかできない。

 少し暗くなってしまったけど、話を戻そう。
 彼女の仕事は窃盗犯だが、今彼女がやっていることは窃盗ではなかった。ただ、返しにきているだけだ。
 
「わかった。このスマホ、返しておくよ」
「うん、……よろしく」

 ボクは、もう何も聞かずにスマートフォンを受け取った。すると、彼女の悲しそうな顔に、少しだけ笑顔が灯った。
 その後で、彼女は仕事が終わったから帰る事にする、と言って窓の方に向かって行った。
 その時。ボクはこうつぶやいた。

「どうしたんだ? 別に、成功したんだろう、依頼?」
 
 彼女の肩が僅かに震えた。
 どうやら、ボクの言葉の意味が分かったらしい。
 こちらを静かに振り返ると、困ったように眉をハの字に曲げた。そして、苦笑する。

「そーらしい、だけど……返品しろって言われたんだって——」

 彼女は、そう残すと窓から降りて行った。ボクには、窓から落ちたようにしか見えないが、彼女の事だから路地裏に華麗に着地していることだろう。

 さて。ボクはスマートフォンを右手に握ると、振り返って、背後にあるドアと向かい合う。
 そして、一言。

「盗み聴きはダメだぞ。“傍観者ノーサイド”」

 
 神子斗と別れる少し前。ボクの後ろの廊下から、誰かが歩いてくる音がした。そして、その音は寝室——ボク達のいた部屋——の前で止まると、近づいてきた。
 きっと、“傍観者ノーサイド”がボクを迎えにきたのだ。なら、別になにも考える必要はなかった。部屋に入ってきても、神子斗が相手だったら、“傍観者ノーサイド”もなにかを怪しんだりはしないだろう。
 しかし、その足音が止まってからドアが開くことはなかった。
 つまり、ドアの向こうの誰かは、この部屋での会話を盗み聴いていることになる。
 そして、今この家にいるのは“傍観者ノーサイド”だけだった。ボクの頭の中で終始流れている、この家にある五台の監視カメラから見える映像の中に、“傍観者ノーサイド”以外の人は映っていなかったからだ。
 ということは、必然的に、盗み聴いているのは“傍観者ノーサイド”と言う事になる。
 頭の中で流れる映像は邪魔なだけだったが、まさかこんなところで効果的に使えるとは。少し驚きだ。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。
 “傍観者ノーサイド”が盗み聴きをするなんて、初耳だ。彼は、そんなことはしない人間だと思っていた。

 

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照500越えありがとう】 ( No.54 )
日時: 2014/01/18 18:33
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: Phd7u5Xm)

「なんだ、気づいてたのか。……さっきの奴は誰だ?」
 
 ボクが思案していると、ギィ、と低い音がして、ドアが開いた。
 部屋に入ってきた“傍観者ノーサイド”は、怠そうな声でそういった。
 さっきのさっきまで盗み聴きしておいて、いきなり質問とは、かなり無礼なことだ。だけど、“傍観者ノーサイド”の方がボクより強い。だから、ボクは答えなければならない。
「ボクの……」
 そこまで答えて、ボクはあることに気がついた。
 ——“傍観者ノーサイド”が……神子斗のことを憶えていない。——
 ボクは、“傍観者ノーサイド”に彼女の事を「幼馴染」として紹介していて、“傍観者ノーサイド”も彼女に「“狂った子供チルドレン”の父」として接していた。
 ボクと、“神子斗”はとても仲が良かった。
 なのに、“傍観者ノーサイド”は憶えていない。
 もし憶えていたなら、「さっきの奴は誰だ?」なんて聞き方をするはずがない。

 その事実は、ボクにとってとても衝撃的。こんな衝撃に、ボクが耐えられる訳がない。
 頭の中で、何かがガラガラと崩れていく。キー、キー……と何かの警告音が響く。
 
「あーあ。なんだ、故障か? めんどくさいな……また直さなきゃいけないのか」

 身体が熱い。燃えるように熱い。
 頭の中に流れていた監視カメラの映像がくにゃりと曲がって、真っ暗闇へと変わっていく。
 目の前の“傍観者ノーサイド”も曲がって、どんどん薄くなって——……。

「ア、ァ、ゆ……ボク、ク、ど、な、て……る、……か?」
「んー、オーバーヒートだな。……っし、直しに行くぞ」

 ボクの身体は、軽々と担ぎ上げられた……筈だった。
 ボクは、“傍観者ノーサイド”に持ち上げられて直ぐに床に落とされた。

「った……!」

 そう声をあげたのは、ボクではなくて、“傍観者ノーサイド”。
 自分の手首を抑えて、痛そうにその端正な顔を歪めていた。どうやら、元から右手を負傷していたらしい。
 ボクも、落とされた衝撃で、少し意識が覚醒した。腰の辺りが痛んでいるけど、多分そのうちにおさまるだろう。
  
「ど……シ、た?」

 音声が上手く発せられない。
 声が、勝手に高くなったり低くなったり。
 だが、それでも“傍観者ノーサイド”にはちゃんと伝わったらしい。

「ちょっと、煩い狐を片手で持ち上げちまってな……」

 ぶらぶらと腕を軽く振りながら、ボクを見下ろして“傍観者ノーサイド”はそう言った。
 『煩い狐』とはなんだろう。ボクには、思いつけなかったから、また後でこのことに関するデータが残っていれば、考えたいと思う。

「ソ、か」

 そうか、としか返すことができなかった。
 身体が熱くなっている。熱くて熱くて、もう疲れた。
 そういえば、誰かがインフルエンザや風邪に掛かると、こんな感じで熱が出るって言ってたっけ。多分、それと一緒かな。
 
「っし、もう大丈夫だ」

 そういうと、“傍観者ノーサイド”はボクを持ち上げた。今度は、ボクは落ちなかった。かなり痛みを我慢しているらしい。さすが、大の大人だ。そこだけは尊敬しようじゃないか。
 そのまま、薄れた視界が、寝室から廊下へ、廊下から研究室へと移り変わって行く。最初は木造で茶色かった視界は、いつの間にか真っ白に変わっていた。その白は、無機質な……白。
 
 あれれ、どこかで白い所ってみたよね。全部真っ白で、上も下も左も右も真っ白で、白くないのは一つだけだった。
 でも、そこは無機質な白じゃなかった。暖かい白だった。ここみたいに匂いがない部屋じゃなくて、消毒液の匂いがしてた。
 なにか声を出そうと試みるけど、もう声は出ない。
 ボクは、“傍観者ノーサイド”に反論することもできなくなってしまった。なにもできなくなってしまった。
 
 ぷすり。
 なにも出来ないボクの腕に、堅くて細い針が刺された。勿論、それは注射の針以外の何物でもない。
 ボクは、注射がすっごく苦手。多分、今動けてたら、暴れ散らしてたと思う。まぁ、絶対に出来ないけどね。
 
「おー、すげー熱いな。大丈夫か?」

 “傍観者ノーサイド”が、苦笑いしていた。
 ボクはなにも返事が出来なくて、ただぼーっと“傍観者ノーサイド”を眺めていることしかできない。
 でも、しばらくするとどんどん眠くなってきて、目が開けられなくなってしまった。
 そのまま、眠気に従って目をつぶった。

 ——その時に、さっき神子斗から貰ったスマートフォンは誰もいない寝室で、静かに振動していた。
 画面に文字が表示される。
『Die Application インストール完了』——

【第十二話 END】