複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【第二章開幕!】 ( No.57 )
日時: 2014/03/02 16:50
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: jgZDwVO7)

【第十四話】 <危機一髪だったかもね> -赤崎 咲子-

 真人がスマートフォンをゲットする二日前。
 晴れ晴れとした、真人の入学式から三ヶ月位経ったある日の晩。真人が自室に寝に行った頃のことだった。真人の友達の、白野さん家からある箱が届いた。
 私は送られて来た時には、これが何なのか全く分からなかった。ただ、白い無地の箱に、一つのスマートフォンが置かれてあったのだ。なんのロゴも描かれていない、どこの企業のものか分からないスマートフォン。これがスマートフォンなのかどうかさえ、怪しかった。
 しかし、ホームボタンらしいところをを押してみたら、画面がパッと光って、ちゃんとロック画面が表示された。どうやら、本物のスマートフォンらしい。
 なぜロゴがないのかは置いておく。ロック画面にも、パスワードが掛かっている様だったから、一旦電源は切っておいた。
 そして、後は何かないか、と箱を漁ってみると、もう一つ、二つ折りにされた紙が置かれていた。
 淡いブルーの紙は、とても綺麗で、どこで買ったんだろ、なんてことを一瞬だけ考えてしまった。
 紙を開いて、ざっと書いてあることに目を通す。

『咲子さんへ
このスマートフォンを真人くんに渡してください。
パスワードは「makoto」です。
宜しくお願いします。
       白野 歩より』
 
 とても短い手紙だった。手紙というより、メモと言った方が正しいのかもしれない。
 しかし、この手紙は確かに、歩さんの筆跡だった。
 でも、なぜ歩さんはこんな物を私に送りつけてきたのだろうか。それも、なぜ真人に渡さなければならないのかな。
 考えれば考えるほど、謎は深まっていくばかり。

 はぁ。
 私は、大きくため息をついた。
 なんだか、疲れちゃった。こんなことを考えても仕方ないし、もうちょっとで朔さんが帰ってくるはず。その時に、また相談しよう。真人に渡すのは、後ででいいや。
 私は、そう考えてから、ため息をついた。タンスの引き出しからイヤホンを取り出すと、自分のスマートフォンに繋いだ。
 ちなみに、私のスマートフォンは赤色。朔さんと結婚した時に、苗字に因んで買ったもの。
 もうこれを買ってから十年経つんだけど、朔さんが結婚記念日に何かをしてくれたことはない。きっと、朔さんも忙しくて、そんなことが出来ないの。でも、仕事をしてくれて、私と真人を養ってくれてるんだから、感謝感謝。

 スマートフォンの電源を付けて、音楽サイトに繋げる。
 どれがいいかなーっ、と暫く音楽の題名を眺めていたが、今日はそんなに激しい曲を聴きたい気分じゃなかったから、演歌に近い曲を選んだ。

 音楽を設定し終わると、目をつぶる。
 イヤホンから流れてくる音楽は、とても綺麗。生の演奏よりもこっちの方がいいんじゃないか、という程にこの頃のイヤホンの性能は良いと思う。

 柔らかく、ゆっくりとしたこの音楽を美しいと思えるのは、やはり私が日本人だからに違いない。どれだけ外国の音楽が日本に入ってきても、やはり日本人はこんな演歌や、雅楽を、本能的に綺麗だと思えるのだろう(そりゃもちろん、有名なアイドル達の曲も嫌いじゃない。テンションが高めな時に、これを聴けば、幸せになれること間違いなしだから)。
 演歌を聴く度に、しみじみとそう思ってしまう。なんだか、そう思うと同時に、私って歳とったなー、なんて思ってしまうんだけど、まぁ年齢のことは仕方ない。一年に一つ、絶対に増えていくものなのだから、こればかりは変えようがない。私は、不老不死じゃないんだから。どうせ増えていく数字に、「あーあ、歳とりたくないな」なんて考える方が、私からみれば馬鹿らしい。まぁ、それは私の年齢に対する偏見なんだけどね。

「ただいま……」
 
 イヤホンの音量を最大近くにして聴いていた演歌の途中で、そんな低い声がした気がした。
 多分、朔さんだ。
 私は、慌てて音楽を切ると、タンスにイヤホンを戻した。
 そして、玄関に向かう。

「朔さん、お帰りなさい」
 
 私がニコリと微笑むと、朔さんは私を一瞥した後で、特になんの反応をするでもなく、横を通り過ぎた。そのまま、自分の部屋に入ると、ドアを閉めてから、鍵を掛けていた。

 あぁ、朔さんも疲れてるんだ。いちいち、私に声をかけられるはずがないよね、ははは。別に、返事を期待してた訳でもないんだし、こんなことに落ち込むことなんてないよね。そうだよね。
 
 私は、自分にそう言い聞かせる。
 そして、台所に行くと、朔さんのために作っておいた夕飯を温める。
 今日のエビフライは、いつもより良くできてる。真人も、珍しく美味しいなんて言ってくれて、とても嬉しかった。
 
「朔さん、今日のご飯は……」
「あぁ、それなら外で済ましてきたから要らない」
「そ、そう。なら、片付けるわね」

 ズキン。胸が痛む。
 そうだよね、朔さんだって上司や後輩との付き合いがあるよね。嫁のご飯があるからって、そんな付き合いを断つわけにはいかないもんね。何で食べてくれないんだろう、なんて考えちゃダメ。忙しくて疲れてる朔さんに、これ以上無理をさせちゃダメだよね。
 我慢してるのに、涙が出てくる。一度出てきたら止まらなくて、辛くて、悲しくて。
 誰も居ないリビングで、泣いた。朔さんや真人を起こさないように、小さな声で。